74・異邦の少年と後悔
グーグーというイビキで目が覚めた。
見知らぬ天井がまず目に入った。
ここはどこだろう、そんな事を思いつつ身体を起こして辺りを見回すと、どうやらボクはベッドで寝ていたようだ。
ボクが体を起こした拍子にボクのお腹辺りで寝ていたコタマがコロコロと転がっていく。
ベッドの端で止まったコタマだったが、起きる気配はなく眠ったままイビキと共に鼻ちょうちんを膨らませていた。
あの時、希望の勇者のキキラちゃんが治療してくれたおかげでコタマは消えずに済んだのだ。
改めてお礼をしなきゃな、と思いながらボクはコタマを抱き寄せて頭を軽く撫でた。
ぼやけた頭が少しずつはっきりしてくるにつれて、何故自分がここに居るのかという当たり前の疑問に思い至った。
確か、ボクは魔王種の塵を魔力で引き寄せて、ひとまとめにしたら魔王種の塵が人の形になって、それで……、そうだ空から赤い光と一緒に大きな声が聞こえたんだ。
「やぁ、おはよう。よく眠れたかい、博愛の勇者ソラタ君」
不意に声をかけられて少し驚いた。
声のした方を振り向くと赤い髪で爽やかな感じの男の人のがニコニコと笑ってドアの前に立っていた。
顔に見覚えはないけれどその声と魔力には覚えがある。
魔王種の塵が人の形になった後、真っ赤な光と共に大きな声をあげて落ちてきた男の人だ。
「お、おはようございます。あの、なんで……」
「なんで君の事を知ってるかって? ココノツとガリガルに聞いたからね、もちろん王様たちにも君の人となりは聞いたよ。それでも、最後は自分で会って話してみないと分からない部分はあるからね。あぁ、自己紹介が遅れた、俺は正義の勇者、行道 真直だ。マッスグと呼んでおくれ」
「あ、はい、分かりましたマッスグさん。ボクは山田 空太って言います、よろしくお願いします」
「うんうん、少々覇気がないが、良い子だというのは良く分かる。まだ少し寝ぼけているようだし、現状の説明はメイドっぽい彼女に任せるとして。後日、勇者たちと王様たちなんかで話し合いをするそうだ、それまではゆっくり休むといい。それじゃあ、後でね」
そう言ってマッスグさんは部屋を出ていき、代わりにティグレさんが入ってきた。
少しこわばって見えたティグレさんの顔がボクを見てホッと和らいだ表情に変わったのを見て、ボクはとても心配させていたのだなと、胸が痛くなった。
「ごめんね、ティグレさん。ボクのわがままのせいでいっぱい迷惑かけちゃって」
「何故、ソラタ様が謝る必要があるのでしょうか。ソラタ様の尽力なくば、プラテリアテスタとヴルカノコルポの戦争は止まる事はなかったはずです。魔王種とてそうです、ソラタ様の癒しの魔術が無ければ被害はもっと甚大なものになっていたでしょう。ソラタ様のおかげで救われた命は多くあります、どうか成された事を卑下なさらず誇ってくださいませ」
そう言ってティグレさんはベッド横の椅子に座った。
「国王陛下と女王陛下もひどく心配なさっていました。あのお二方もソラタ様の行動を迷惑だとは思っていないでしょう。ただ、心配させてしまったのは事実、お会いになりましたら謝罪しておくのがよいかと。もちろん、その時は私も共に。あの時、ソラタ様をお止めできなかった責が私にはありますので」
「ボクが無理にティグレさんにお願いしたんだからティグレさんは何も悪くないよ。悪いのはボクだけなんだから」
そう言ったボクにティグレさんは首をゆっくりと横に振る。
「いいえ、ソラタ様は人々の事を思って行動しただけ。その博愛に満ちた心になんの責がありましょう。ソラタ様を守るなどと言いながら、逆に守られてしまった私の不甲斐なさをどうかお許しください」
深々と頭を下げるティグレさん。
「そんな事ないよティグレさん。ボクはティグレさんに沢山助けてもらったし、守ってもらったよ。ティグレさんが居なかったらボクはきっと何もできなかったよ」
「いえ、今後は必ずやソラタ様の盾として役立つようにより精進いたします」
「盾だなんて、ダメだよ。ボクとティグレさんは友達なんだから、役立つとかそんな事言わないでほしい、そんな関係ボクは嫌だ。助け合うのが友達なんだから、あぁ、でもティグレさんがボクと友達なのが嫌なら――」
「そんな事はありません、むしろそれ以上だと私が嬉しい!! ――あ、いえ、ゴホン。ソラタ様は博愛の勇者であり、私はその世話係を命じられた者、線引きは必要なのです。私を友と思ってくださっている、それを知れただけで私はとても嬉しく思います、ありがとうございますソラタ様」
線引き、ティグレさんが言う事は少しは分かるけれど、納得は出来ない。
上とか下とかそういう上下関係はあまり好きじゃないけれど、大人には必要な物なのだろうと、無理矢理思うしかなかった。
「あぁ、ソラタ様、おなかは空いていませんか? 魔王種の討伐から丸二日も眠っておられたのですから」
「えっ、ボク二日間も寝てたの!?」
「はい、体の傷は希望の勇者キキラ様や大賢者などに治癒の魔術でほぼ完全に癒えていると思います。専門の魔術医にも診てもらっておりますので、魔力的にも問題はないかと」
「……確かに体はどこも痛くはないし、魔力も感知出来るし操作もできるみたい。ちょっと体が硬くなってる気がするけど」
その時、寝ていたコタマのお腹がグゥと鳴った。
前足で顔をこすりながらコタマは大あくびをした。
「ん~、腹減ったにゃ。肉食いたいにゃ肉、野菜は嫌いにゃ」
そうむにゃむにゃと言ってコタマはまた眠ってしまった。
その様子を見て、ボクとティグレさんはつい吹き出して笑ってしまった。
「ボクもお腹が空いちゃったかも」
「そうですね、では簡単な物をご用意いたします。ソラタ様が眠られていた間の話もせねばなりませんし、魔王の事もあります。何より、もっと大事な事も確かめねばなりません」
そう言って、ティグレさんは部屋を後にした。
ボクが眠っていた二日間の間に何があったんだろうか。
ティグレさんは魔王と言った、魔王種ではなく魔王と。
ボクが覚えている限り、魔王種との戦いの中で魔王と呼ばれる人が出てきた覚えはない。
それに、もっと大事な事を確かめるって、一体どういう事なのだろう。
そんな事を思っている内に、ボクはふと思い出した。
人の形になった魔王種の事を。
「……あの魔王種、人の言葉を話せてた。だったらきっと一緒にお話しとかも出来たんだろうなぁ」
もし、あの魔王種とお話が出来ていたら、とそんなどうにもならない事を思ってしまう。
話さえ出来ていたら、戦ったりしなくて済んだかもしれない、あの魔王種を倒したりなんかしなくて済んだかもしれない、もっといいやり方があったかもしれない、と頭の中で色んな事がグルグルと回る。
どれだけ考えても答えは出ない。
ただ、あの時何も出来なかった自分の弱さが少し嫌になった。




