72・異邦の少年と勇者たち
ボクが癒しの力を使い続ける事が出来なかったせいで、この港町は結果として壊れてしまった。
跡形もなく、なくなってしまった。
ボクはこの港町の事を全然知らないけれど、ここに暮らしていた人たちにとって、ここはとても大切な場所だったはずなのだ。
もっとボクがキチンと力を使えていたなら、博愛の権能や神域や冥域の魔力を使いこなせていたら、こんな結果にはならなかった。
あの黒い巨人は倒されたけれど、まだ魔王種の魔力が残ってる。
周囲に薄く広がっているこの魔力はとても弱々しい、でも魔王種の魔力の中にいる人たちの魔力を吸ってちょっとずつ回復しているのが魔力感知でなんとなく分かった。
まだ、終わっていない。
なら、せめてボクはボクの出来る事をしなくてはならない。
痛いのは嫌だし、死んじゃうのはもっと嫌だけれど、それでもボクにしか出来ない事があるんだから。
「無理はしない事だゾ、博愛の勇者ちゃん。キキラの希望の権能を応用してある程度の治療はしたし、命の危険は脱しているけれど、まだ完全に回復してる訳じゃないんだからね」
希望の勇者であるキキラちゃんにそう言われ、ボクは少し驚いてしまった。
なんでボクが思っていた事がわかってしまったんだろう。
「博愛の勇者ちゃ――、言い辛いわね。ソラタちゃんを治療する為にキキラちゃんは希望の権能を使ったのよね、そのせいでソラタちゃんの思いがキキラちゃんにも流れ込んできたんだゾ。ソラタちゃんは何も悪くないんだゾ。この港町がグッチャグチャになったのは魔王種のせいで、直接的には信仰の勇者のガリガルさんのせいなんだから、ソラタちゃんが気に病む必要まったくないんだゾ」
「それでも、何かしなくちゃ。ボクはボクを許せなくなっちゃう」
「死ぬ事になるかもしれないのに?」
「うん、ボクに出来る事があるのに何もしないのは嫌だから」
キキラちゃんは呆れた様な顔でボクを見ていた。
もう動ける程度には回復している、行かなきゃ。
ボクが立ち上がろうとするのをティグレさんがギュッと抱きしめて引き留める。
「なりません、ソラタ様。もうよいではありませんか、ソラタ様はご自身の体を酷使して皆を癒し続けました。ソラタ様のご助力がなければ、皆魔王種に殺さていたでしょう。もう立派に博愛の勇者としてソラタ様は力を尽くしたのです。これ以上は他の方々に任せてもよいではありませんか」
「心配してくれてありがとうティグレさん、でもボクは行くよ。大丈夫、無茶な事なんてしないから、約束するよティグレさん」
ボクの言葉にティグレさんの腕から力が抜けていく。
その時、ティグレさんの肩に女王様が優しく手を置いた。
さっきまで王様たちの所に居た気がしたけれど、いつの間にかこっちに来ていたようだ。
「カネーガ枢機卿の狙いがソラタであると確信が得られたので、守る為にこちらへ気づかれぬように移動しましたが……。ソラタ、ティグレの言うように貴方は十分に博愛の勇者としての力を振るい、我らを助けてくれました。おかげで人的な被害は皆無、誰も傷つかずに戦争を止める事が出来たと言っても過言ではないでしょう。先程の魔王種との戦いでもそうです、貴方は自身の体を顧みずに力を使い、我らを助けてくれました。貴方は博愛の勇者としての務めを果たしたのです。もう、ここで手を引いたとて、誰も貴方を責めはしません。もし、する者がいたら私が仕留め……コホン、殺します」
「本音が隠せてないんだゾ、この女王……」
ボクは女王様の言葉を聞いても、考えは変わらなかった。
戦争を止めたいと願ったのはボクで、誰にも傷ついて欲しくないと思ったのもボク。
でも、ボクはこの港町を守れなかった。
だから、これはボクなりの罪滅ぼし、誰かに肩代わりしてもらっちゃあダメな事だ。
女王様はボクの目をジッと見つめ、悲しそうに笑った。
「その目は覚悟をしている目です。成すべき事を理解し、実行すると覚悟を決めている目。……ティグレ、ソラタの覚悟を汲んでおやりなさい」
「女王陛下……」
「いってらっしゃいソラタ、我が息子。貴方が成すべき事があるというのなら、成し遂げなさいそして、必ず戻って来なさい」
「どうか、どうか無事に戻ってきてくださいソラタ様、お願い……いたします」
女王様が優しくボクの頭を撫でる。
ティグレさんと女王様はボクに戻ってきて、そう言った。
だからボクは笑顔で答える。
「うん、絶対に」
ティグレさんの腕からスルリと抜け出て、ボクは王様たちがいる場所へ歩きだす。
魔力感知の応用で王様たちの考えがなんとなく分かった。
魔王種の塵全てを一か所に集める事が出来れば、この辺り全てを焼き尽くす必要なんてない。
魔王種の塵が回復の為に人の魔力を吸収するなら、とびきりいっぱいの魔力の塊があればいい。
まだ頭痛はするし、吐き気もある。
時々、目の前がぼやける事もあるけれど、まだ自分の力で立って歩けているから大丈夫。
ボクは力いっぱい声をあげた。
「ボクが魔王種の塵を集めるよ」
自分が思っていたよりもずっと弱々しい声しか出なかった。
王様たちが何とも言えない、顔でボクを見ている。
プラテリアテスタの王様がすぐにボクのそばまでやって来た。
「ならぬ、ならぬぞソラタよ。そなたの体はいまだ万全のようには見えぬ、希望の勇者の治療はまだ完全には終わってはおらぬのではないか? そなたが無茶をする必要などないのだ」
「大丈夫、王様。ボクは無茶なんかしないから。ボクの魔力なら魔王種の塵をきっと全部集め切れるよ。それに確認する方法もあるから」
「しかし……」
王様はこれ以上ボクに魔力を使ってほしくはないようだった。
王様自身、魔力をほとんど使い果たして辛いはずなのにボクの事を心配してくれているのが良く分かった。
「ボクは魔力を出すだけで、魔術は使わないから負担はそんなに大きくないよ。ティグレさんや女王様に絶対に戻るって約束もしたんだもの、信じて」
「いいじゃないのさ、プラテリアテスタの王様。博愛の勇者が信じてって言ってるんだ、やらせてみればいいさ」
女の人の声と一緒にボワンと近くで煙が立ち昇る。
煙の中から、着物を着た狐みたいな顔をした女の人が現れた。
「やぁやぁ、初めましてだねぇ博愛の勇者。あたしは節制の勇者ココノツ。同じ勇者のよしみでココノツちゃんとでも呼んでおくれ」
「初めまして、ボクや山田 空太って言います。よろしくお願いしますココノツちゃん」
「アハハハハ、素直ないい子だ事。今後ともよしなにソラタちゃん。さてさて、安心しなよ王様、この節制の勇者ココノツさんが手取り足取りきっちりソラタちゃんをサポートしてあげるからさ、もちろん信仰の勇者ガリちゃんも手伝ってくれるさ、なぁガリちゃん」
ココノツちゃんに呼びかけられた男の人が少し怒った様な呆れた様な、なんとも言えない表情でココノツちゃんを見ていた。
背の高い男の人は羽の生えた馬から降りて、隣に居るちょっとふくよかなおじさんと何か話しをした後、ボクの所までやってきた。
「お初にお目にかかる博愛の勇者。私はガリガル・ヒョウロイン、信仰の権能を持つ勇者だ。ココノツの言う事はあまり真に受けない方が良い。痛い目を見るからな」
「はい、初めましてガリガルさん、山田 空太っていいます。よろしくお願いします」
「今の私は先ほどの神聖魔術の使用で魔力をほぼ使い果たしてはいるが、サポート自体は問題なく行える。権能を並列同期させれば君への負担も少なく済むだろう。希望の勇者トキメの権能は燃費が悪くてね、権能の連続使用後は幾ばくかの冷却期間をおかねばならない。通常の魔術戦闘には何の問題もないだろうが、権能を並列同期させるのは控えた方がいいだろう。あぁ、サポートはこちらが勝手にするから、君は君のしたい様にするといい」
「えっと……、お手伝いしてくれるのはとっても嬉しいです。全部終わったら、同じ勇者として色々お話しましょうね」
なんだかよく分からないけれど、キキラちゃんは権能の力を使い過ぎてるから休んでる方がいいらしい。
コタマやボクを治療する為に頑張ってくれたお礼を改めてしないといけない。
そんな事を思いながら、ボクは魔王種の塵を一か所に集める為に神域と冥域の魔力を溢れさせた。




