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71・節制の勇者と塵

「いやはや、腹の読み合い騙し合い、腹芸なんてものをしてるなんざ、なんとものんびり屋さんなこって。人の何倍、何十倍と慎ましやかに生きてる身ではあるけれど、ここまで呑気にはなれないよ。なんてったって、ここはまだあの黒い巨人の腹ン中も同じなんだから」


甘く蕩ける様な女の声が不穏な言葉を伴って怪しく響く。

ガリガルは聞き覚えのあるこの声の主を探してキョロキョロと周囲を見回す。


「ココノツ、節制の勇者たる貴女が何故ここに? それに今の言葉はどういう意味だ?」


ガリガルの問い掛けに答えるようにボンと小さな爆発音と煙がもわもわと立ち昇り、その煙の中から着崩した着物姿の獣面の女が現れた。

獣面の女、節制の勇者であるココノツはこの場に居並ぶ者たち全員をニタニタとどこか人を小馬鹿にしたかのような笑顔を浮かべ、ねっとりとした視線で見回す。


「やぁやぁ、ガリちゃんに枢機卿の旦那、それに王様方、こんばんわぁ。いやぁ、何やら賑やかだったものだからねぇ、お祭りの一つや二つでも催されてるのかと、ついつい足が向いちゃったのさ。所がどうだい、やぐらどころか屋台一つありゃしないなんてねぇ」


「ココノツ、貴女のくだらない戯言を聞きたいわけじゃない」


「ありゃまぁ、おっかない顔しちゃって。ここに来た理由なんざ幾らでもでっち上げられるさ。アンタが納得のいく理由が欲しいってんなら、幾らでも言ってあげちゃうよガリちゃん、ククク」


ケラケラと楽しげに笑うココノツ。

その様子を見て、ガリガルは頭に手をやって深いため息を吐く。


「主観でしかないが、恐らく人の抗う姿を楽しみに来たのだろう。私は貴女がそういう存在だと認識している。だから、この問答はもういい。ここが黒い巨人の腹の中、との言葉の真意を聞かせてほしいのだが」


「クックック、よぉく分かってるじゃないかいガリちゃん。飴ちゃんあげちゃおう」


「結構だ」


「つれないねぇ、そんなんじゃ女にモテないよ?」


「ココノツ」


「はいはい、そんなおっそろしい顔しないでおくれよ、怖くておねえさん泣いちゃいそうだよ。さてさて、ここが黒い巨人の腹ン中って話だけどねぇ、言った通りさね。あの真っ黒巨人の残滓、あぁ魔力じゃあないからね、魔力探知なんかには引っかからないよ。塵芥にまで砕け散っちまった極微小な欠片、それがまだここには残ってるのさ。しかも、自我を持ってねぇ」


ココノツの言葉にその場に居る者たちの警戒度が跳ねあがる。

魔王種という埒外の怪物は最初は小さな獣程度の大きさだったが、それが天を突くほどの大巨人に変じてみせた。

ならば、逆もまた有り得るのではないか。

恐ろしく小さな存在になっている可能性は否定できない。


「人には分からないだろうけれど、長い事バケモノやってるあたしには分かるのさ。鼻は利く方でね」


ココノツは着物の袖口から煙管を取り出して、軽く一服し紫煙を吐き出す。

漂う白い煙が途端に黒に染まる。


「ほうら、これがさっきの黒い巨人の欠片さね。ちょいと煙に魔力を含めて吐き出してみたら、この通りさ。気づかれない内に魔力を食って体を再生させようって魂胆だろうねぇ」


ココノツは黒く染まった煙めがけ、軽く煙管を振るう。

すると黒い煙は紫の炎に包まれて消えてなくなった。


「こんだけ小さいんだから、弱い魔術なんかでも消し去る事くらいは、見ての通り簡単だろうさ。ただ、あとどのくらい微小の欠片があるのかなんて、さすがのあたしでも分かりゃしないよ。ただまぁ、よかったねぇガリちゃん。あたしが止めなかったら、ガリちゃん達はここで野営なんざしてたんだろうねぇ。下手したら黒い巨人の腹ン中でぐっすり夢の中、朝が来る頃にはカラッカラに干からびたミイラの出来上がり、ってな事になってたろうねぇ」


ココノツは再び煙管をくわえ、その場の適当な瓦礫に腰を降ろす。

次の瞬間、ココノツが座ろうとした瓦礫が吹き飛び、代わりに一人の男が四つん這いの状態でそこに居た。

瓦礫が吹き飛んだ事など微塵も気にした様子もなくココノツはそのまま男に座る。


「さてさて、魔王種の塵をどうするかだねぇ。もう一発、ガリちゃんがあのド派手な魔術でも使ってここら一帯を更地にしちまうのもいいかもしれないけれど、お勧めはしないよ? 塵がより広範囲に飛び散るだけだろうし、全てを完全に消滅できたかなんて、確認のしようもないだろうからさ」


ココノツは軽く掌で煙管を叩き、灰を椅子に落とす。

ビクリと体を振るわせる椅子など意に介さない。

その光景にマチョリヌスもトリンカーも呆気に取られてしまう。


「……魔王種の塵、これが勇者ですら対処が難しいとされる魔王種の数の脅威というものか。塵一つ残せば、時間はかかれど魔王種が再び現れる。今なんとかせねばなるまい、この地が他国であったとしても」


「ふん、忌々しい限りだが仕方あるまい。一蓮托生と言う奴だな星神教、節制の勇者が言った事が事実ならば、すでに我らの体内にも魔王種の塵は潜り込んでいよう。迂闊に移動すれば、さらに魔王種を拡散する事と同義。マチョリヌスの言う通り、今ここでなんとかせねばならん」


ひとまず、魔王種の塵をどうにかしなければならない以上、異様な光景への言及など無駄である。

その場に居る者たちはそう見切りをつけ、どうすればよいか対策を話し合う事にした。


「ここら一帯に魔王種の塵が舞い散っている以上、それら全てを滅するのは難しい。ならば、先程の神聖魔術以上の威力で、更に広い地域を焦土と化す覚悟を持って焼き尽くす他あるまい。ヴルカノの火による浄化こそ、魔王種を屠り去るものだと証明してみせよう」


「まて、トリンカー。それではこの地が回復するまで何年もの時が必要となろう。それではここに暮らす民が生きては行けぬ。なにより、先程の神聖魔術以上の威力を出すなど、そなたの体ももつまい。魔王種の塵のみを一網打尽にする手立てを考えるべきである」


「我が国をわしがどうしようと、ワシの体がどうなろうとワシの自由。他国の王がとやかくいうモノではないわ。無論、ワシとてこの地を好き好んで焦土にするのではないし、死ぬつもりも毛頭ないわ」


「ならばこそ、他の手を考えるべきだ。魔王種という災禍に見舞われたこの地に更なる不幸を重ねる必要などない、今のそなたならばよりよい国を作れるはずだ、考え直せトリンカー」


「ふん、黙れマチョリヌス。魔王種との戦闘で我々に残された力はわずかばかり、我らの力が回復するまで魔王種が待ってくれるとでも思っているのか? 博愛の勇者のあの力がなくば、認めたくはないが我らはとうに死んでおったのだぞ。大幅に力がそがれた魔王種と言えど、我らにとっては脅威に違いない。ゆえに取る手は一つ、貴様らがワシに魔力を委ね、魔王種が塵の状態である今の内にヴルカノの火で全てを浄化し尽くす事のみ。周囲の塵を一掃した後は我らの体内に残る少量の魔王種の塵をどうにかすればよいだけ。回復したヌゥーリならば、絶対障壁の応用で容易く我らの体内から塵を取り除く事ができよう」


王同士のやり取りを見て、カネーガはコホンと咳ばらいをした。


「素晴らしい、トリンカー王にそのように国を想う心があったとは知らなんだ。えぇ、えぇ、善なる者にこそ神はお力をお与えになるのです。ならばこそ、我らも貴方の想いに力を貸しましょう。魔王種という艱難を越えてこそ、人はより邪悪な魔王という存在をも排する事が出来ようというもの。魔王母胎樹の討伐という大業を成すのなら、魔王母胎樹が産み出す魔王種に遅れなど取ってはなりません」


カネーガはちらりとガリガルを見る。

ガリガルは構わないとでも言うように軽く頷いて見せた。


「信徒たちの魔力の受け渡しは信仰の勇者であるガリガルが引き受けましょう。その方がより効率よく魔力を渡せる事でしょう」


「ふん、ならば決まりだな。マチョリヌス、別の案があるならば言え、無いのならばワシが魔王種を討伐する様を黙って見ておれ」


トリンカーの言葉にマチョリヌスは何も言えなかった。

風の魔術で魔王種の塵を一か所に集めれば、とも思ったがどの程度まで魔王種の塵が散らばっているのか確かめようがない以上、取りこぼしを防ぐ為にも広範囲を一気に叩くしかない。

眉間にしわを寄せるマチョリヌスの目にココノツの吐く紫煙が映る。

先程、ココノツは魔力を込めた煙に魔力を求める魔王種の塵を集め焼き払った。

同じ様な事を更に大規模に行えばわざわざこの地を焼き尽くさずともなんとか出来るのではないか。

周囲一帯に散らばる魔王種の塵全てが誘引されてしまう程の莫大な量の魔力。

マチョリヌスの脳裏に一人の子供の姿が浮かぶ。

だが、その姿を頭を振って振り払う。


(疲弊の極みにあるあの者に更なる辛苦を与えるなど、出来ようはずもない……)


トリンカーへその場に居る者たちの魔力を渡す為の準備に取り掛かろうとした時、幼く弱々しい少年の声がその場に響いた。


「ボクが魔王種の塵を集めるよ」

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