7・勇者と神
薄暗い石造りの広い部屋の中に古めかしい円卓が置かれていた。
円卓には七つの席があり、その内三つは既に埋まっている。
「巫女の元に神託がくだった。七人目が召喚された」
円卓の一席に座る長身痩躯の男が誰に言うでもなくぽつりとそう零した。
その言葉を聞いて、長身痩躯の男の隣に立っていた白い祭服を着た小太りの男が驚き、天を仰いだ。
そして、胸の前で手を組みなにやらブツブツと呟きだす。
「ついに主神ステルラは我らに七人の勇者様をお遣わされた……。ようやく、世界に平和が訪れる日がやってくるのですね……」
白い祭服を着た小太りの男は、感無量と言った面持ちでうっすらと涙を流していた。
その様子を見て、長身痩躯の男は肩をすくめる。
他の席に座るニ人の人影は特に気にした様子もない。
「七人目はどこが召喚に成功したんだい?」
長身痩躯の男の向かいの席に座るニコニコと笑う短い赤髪の青年がそう尋ねた。
フウと息を吐いて、長身痩躯の男は目を閉じる。
「プラテリアテスタだ、どうやらマチョリヌス王の独断だな。神託は大地の国全土にすぐに伝えられる、その報によりヴルカノコルポが動く」
「プラテリアテスタ、世界序列一位のお姫様がいる国だね。その上、勇者まで手に入れたとなると、確かにヴルカノコルポとしては面白くないね」
「そうだな、その規模は大地の国の中では一、二を争う大国ではあるがあの国には勇者はいない。各国に許された勇者召喚の回数はそれぞれ一度のみ、という取り決めを無視してその召喚権を他国から買い取ってまで勇者召喚を繰り返したというのにそのすべてに失敗、だからな」
「プラテリアテスタにも勇者召喚権の譲渡を迫っていたし、一時はそれに応じる姿勢を見せていたから、プラテリアテスタの勇者召喚成功の報は余計にヴルカノコルポは腹立たしく感じる、か」
「勇者、もしくは世界序列一位の譲渡、応じねば世界の均衡、平穏を乱しかねない暴挙、一国に強力な戦力を集中させる事は他国への宣戦布告にも等しい、この辺りがヴルカノコルポの言い分だろうな」
「プラテリアテスタはそれに応じると思うかい?」
「まさか。プラテリアテスタは七つの脅威の内の一つをその身に孕んでいる。世界序列一位であっても、七つの脅威と魔王種の二つには対処しきれん。世界序列一位と勇者、プラテリアテスタにとっては共に必要な手札だ。今までは世界序列一位が先んじて対処し事なきを得ていたが、それも時間の問題だっただろう。世界を背負うには、あの姫は強すぎる。遠くない未来、人を疎ましく思い、人の世界を切り捨てていた。世界序列一位を人の世界に留めるのは今回召喚された勇者にしかできん。我々、他の勇者ではあの姫のお守りは荷が勝ちすぎている」
長身痩躯の男の言葉に赤髪の青年はなるほど、といった表情を浮かべて頷いた。
別の席に座る着物を着た獣面の女が円卓に足を投げ出して、キセルをプカリと吹かしながらケラケラと笑い出した。
「いやはや、まるで見てきたかのように語るじゃないのさヒョロガリ坊や。信仰の権能は実に便利なものだねぇ。節制の権能なんざ、あたし自身とずいぶんとまぁかけ離れてると来たもんだ。まぁ神様からの貰い物、無下にはできないってのが困りものさね」
「ココノツ、貴女にそのような呼ばれ方をされる覚えなない。私の名はガリガル・ヒョウロインだ、今後も協力する気があるのなら、忘れるな」
「あーはいはい、わかったよガリちゃん。そんなおっかない目で睨まないでおくれよ、おねえさん怖くて
泣いちゃうじゃないかシクシク」
長身痩躯の男、ガリガルの言葉に獣面の女、ココノツはわざとらしく泣き真似をしてみせた。
その姿にガリガルはハァとため息を漏らした。
そんな二人の様子をハハハと苦笑い混じりに眺めながら赤髪の青年が、「ところで」と前置きして真面目な顔つきに変わった。
「……プラテリアテスタとヴルカノコルポはやはり戦争になると思うかい? お二人さん」
赤髪の青年の問いにガリガルとココノツの二人はわずかに沈黙し、少ししてガリガルが自分の考えを答えた。
「世界序列一位と勇者はプラテリアテスタにとって必要不可欠な手札、手放す事はあり得ない。代替の手段による和睦をヴルカノコルポが受け入れないのならば、世界の均衡、平穏を盾にヴルカノコルポは喜々としてプラテリアテスタに攻め込むだろう。なにより彼の地にある神格ヴルカノはプラテリアを毛嫌いしているしな」
ガリガルの答えにココノツも同調する。
「だろうねぇ。まぁ、世話になってる国以外の所の事情なんざ、あたしには知ったこっちゃないんだけれど、どこの世界でも人間って種族は大してかわりゃしないのさ。欲しい物は奪う、むかつきゃ殺す、そんなもんさ。自分より下に見てた奴が、自分より良い物をたぁくさん手に入れちまったんだから、そりゃあカッカときちまうってもんさ」
何か思い当たる節でもあるのかココノツはつまらなそうに紫煙をくゆらせる。
赤髪の青年はそうか、とため息をついた。
その時、ガリガルの隣に立つ白い祭服を着た小太りの男が声を上げた。
「正義の権能を持つ勇者ユクミチ・マッスグよ、そなたの戦争を憂う気持ちは、このカネーガ・メッサ・スキャネン痛い程に分かる。さりとて国と国との問題である以上、他国の勇者が口を出すのは重大な外交上の欠礼となろう。国に属するのをやめた勇者であるならばいざしらず、貴方がたは国と共にあると契約なされた勇者。どうか自重なされよ。世界の危機が近くもたらされるやもしれぬ局面ではあるが、ヴルカノコルポが信仰する火山の神ヴルカノも、プラテリアテスタが信仰する草原の神プラテリアも、どちらも主神たるステルラの子。二国とも神々のお力添えにより、必ずや手と手を取り合って世界の為にその力を尽くしてくれるはず。私は星神教の枢機卿の一人としてそれを信じております」
国と国の外交問題に神様を持ち出すのはどうなのかねぇ、とココノツがボソリと呟いたがカネーガの耳には届いていない。
いまだ神秘が多く残るこの世界ヴィーゲベルトでは神は実在する。
天上にありし古代神は既にその神格を別の次元へと昇華しているが、大地の国に根を下ろした神格もまた多くいる。
情報としてはココノツを始め、ガリガルもマッスグも実在する神の事は知っているが、人知を超えた神という存在が国同士という規模であるとはいえ、人のいざこざにわざわざ首を突っ込むかどうかという疑問があった。
信仰する神の違いで戦争が起こるなどよくある事、三人は元居た世界は違えど神の存在が人に与える影響を多少なり理解していた。
「困ったときの神頼みとはよく言ったもんさね。まぁ、さっきは戦争が起こると言ったけれどね、プラテリアテスタとヴルカノコルポが本当に戦争をおっぱじめるかどうかは実際の所わかりゃしないさ」
「どうしてそう思う? 可能性として戦争になる確率はかなり高い。ヴルカノコルポの王の気性を考えれば、神託が伝えられたその日に使者だけでなく軍すら動かしかねないくらいだ」
「女の勘。世界序列一位のお姫さんがいた所で戦争を回避できない、あれほどの力でさえ抑止力足りえないってんだから人の群れってのは愚かにも恐ろしいもんさ。だからこそ、ガリちゃんが言ったお姫さんのお守り役の七人目の勇者に期待してるのさ、あたしはね」
「勘ほど当てにならないものもない。戦争となれば七つの脅威の一つが目覚める危険性もある。目覚めたそれを止められるのは世界序列一位たるあの姫のみ。七つの脅威の一つと世界序列一位との戦いなど神話級にも匹敵しよう。国の一つや二つは地図から消える、自国をそれに巻き込ませる訳にはいかん」
ガリガルはそう言うと立ち上がり、部屋を後にした。
マッスグとココノツに一礼してカネーガもガリガルの後を追って部屋を出ていく。
シンと静まり返る石造りの部屋の中、ココノツが口を開いた。
「マッスグちゃんよ、あの枢機卿の手前あえてガリちゃんが言わなかった事があるの分かるかい?」
マッスグは静かに頷いた。
「魔王、でしょ? 七人の勇者が揃ったのなら底の国を治める七大魔王たちも動きだす。魔王に匹敵する力を持つ魔獣たち、魔王種と呼称される存在への対応と対策の為に大地の国に上がってくるでしょうね」
「あの枢機卿は底の国の住人や魔王たちこそ世界を滅ぼす元凶と思い込んじまってるが、七つの脅威に含まれてない以上それはあり得ないってのにねぇ。自分とこの神様が定めた世界を滅ぼす七つの脅威ってのを軽んじてるんじゃないのかねぇ」
「ま、俺は自分にできる事をするだけです。困ってる人がいたら助ける、国も人も、神様だってです」
「はっ、単純で分かりやすい子は大好きさ。あたしゃ、いい酒といい男がありゃ満足さね。対価として、勇者の役目くらいはまっとうするさ、契約ってのは破ると後が怖いからねぇ。さて、そろそろあたしもお暇させてもらおうか。戦争が起こるにせよ起こらないにせよ、身の振り方は決めとかないと、小国でしかないうちの所は大国の気分次第でポックリ逝っちまいそうだからねぇククク……」
そういうとココノツの体が煙のように揺らぎ、空中に溶けて消えた。
残されたマッスグはパシン、と自分の両頬を叩いて笑顔を浮かべた。
「お世話になってる王様たちには悪いけど、正義の権能をいただく俺がそんな分かりやすい横暴を許せる訳ないんだよな。よっし、ひとっ走り行くかッ!!」
マッスグもまた部屋を後にした。
そして、建物の外で待っていた付き人達をほったらかしにして、プラテリアテスタを目指して凄まじい速度でまっすぐに走り始めた。