68・信仰と節制
数多の信仰を束ねて力と成す、それが信仰の勇者の力と伝えられている。
信仰とは、神の存在と啓示を真実として信じる事。
だが、この世界には実在する神がいる。
この世界での信仰とは、神への絶対的な崇拝。
自身の全てを神に捧げ、神の望む世界を作り保つ事こそが神を信仰する者の在り方である。
星神教は星の神ステルラを主神とし、その他の神をステルラの子、属神と定めている。
ステルラは星の神、夜空にまばゆく輝く星々の全てがステルラであり、太陽や月もその一部であると星神教は定義した。
太陽の出ている昼間と月の出ている夜、そのどちらでもステルラは星の力を発揮できるのだ、と決めたのだ。
人が神をこういうモノだと規定した所で実在の神には何の意味もないが、神をそう規定し、そういうモノだと思う人には意味がある。
魔術とは魔力と思いの力でその強さが決まる。
神を崇拝する星神教の信者の信仰もまた思いには違いない。
星神教には複数人が魔力の波長を同期させる事で個人で放つよりも、はるかに強力な魔術を使用する技術が存在しており、それを星神教では神聖魔術と呼んでいた。
星神教はこの世界で最大規模の宗教団体ではあるが、魔力の波長を同期させられる人数にはどうしても限界がある。
同じ認識を持っていたとしても差異が出てしまうのが人間だからだ。
神聖魔術を行使する場合、その思いや信仰が同じ方向性であるならば、その人数が多ければ多い程その威力が増していくが、一人一人にわずかな差異がある以上、不純物が混ざってしまうのはどうしようもない。
だが、信仰の勇者の持つ信仰の権能はその方向性をわずかの差異もなく定める事が出来る。
純度が増したその信仰、その魔力を信仰の勇者、ガリガル・ヒョウロインは一人で行使する事が可能なのだ。
星神教の信徒の信仰から来る魔力の波長全てを同期させて放たれる神聖魔術、その威力はチート能力者の力すら凌駕する。
「不浄なる者に星の神の裁きを下さん。光りて落ちる星辰の雨、メテオルムプルウィアッ!!」
黒い巨人とチート能力者級の者たちの戦いの場を目視できる程度には離れた小高い丘で信仰の勇者、ガリガル・ヒョウロインは信仰の権能を用いて、神聖魔術を行使した。
天空から雨の如く降り注ぐ無数の光の矢が、希望の勇者キキラの魔法のようなモノで拘束された黒い巨人の破片を港町ニックリーンごと吹き飛ばしていく。
しばしの静寂が流れ、土煙が晴れると港町ニックリーンだった場所は岩肌が剥き出しの荒れ果てた地となっていた。
「うむ、人類の敵である魔王種、勇者の権能無しであそこまで魔王種を破壊したというのは実に素晴らしい。けれど、魔王種の再生能力は魔獣などとは比較にならない程高いと聞き及んでいます。他の勇者と力を合わせ、欠片も残さぬ程に殲滅せねば、魔王種討伐は成し遂げられなかったでしょう」
ガリガルの隣に立つ小太りの男、星神教の枢機卿カネーガが空を仰ぎ、涙ながらにそう呟く。
「これはいうなれば聖戦、かの港町はその犠牲になったのです。過去、魔王種が権限した折には国が幾つも滅んだとあります。それがただ一つの港町で済んだのはまさに奇跡。しかし、あの魔王種との戦いの中において、ヴルカノコルポのグレイトリニティの一人が住民を始め、兵士すらその力をもって避難させていた事は実に喜ばしい事。我らが神、ステルラもその功績をお認めになる事でしょう。あの場に居た方々が星の神ステルラへの信仰心篤い方ならば、神聖魔術が当たるはずもない。当たってしまい、悲しくもその命を散らしていたならば、それは神への信仰が足りなかった故の事、神の御許へと還る手伝いをしたのだと、思うほかありますまい」
涙をぬぐいながらカネーガはそう続けた。
「では、参りましょうか、信仰の勇者ガリガル。神の御業を成した博愛の勇者ソラタを我らが星神教にお迎えせねば」
「あの神聖魔術が博愛の勇者に当たっている可能性は考えないのですか?」
「おかしな事をいいますね、信仰の勇者ガリガル。神の御業を代替とはいえ成したのですよ、それ程の偉業を成し得たのは神への信仰に篤いがゆえに他なりません。ならばこそ、神聖魔術が博愛の勇者ソラタを害する事など有り得ません」
宗教家と言うのはどこまでも自分本位な考え方をすると、ガリガルはため息を漏らす。
ガリガルは博愛の権能を微弱ながら感知していた。
だから、万が一にもその周辺には光の矢が落ちない様にしていたのだ。
博愛の勇者はまだ生きてはいる、かなり消耗、もしくは負傷をしているようだが、生きているのなら問題ない、死んでしまっていた場合は魔王種など比較にならない程の災禍がこの世界を襲っていただろう。
そんな事を思い、ガリガルは人知れず冷や汗をぬぐって、意気揚々とペガサスを駆るカネーガの後に続いた。
「いやはや、派手な事だねぇ。お空から落ちてくる矢の花火とはたまげたよ。まぁ、だぁれも死んでいないのがちょっとばかし興覚めだけれどねぇ。ガリちゃんもお人好しだこと、花火の弾ける範囲に巻き添えになる人間がいないのを確かめてからぶっ放してるんだもの。ありゃ、早死にする類の人間だろうねぇ」
ガリガルやカネーガが港町ニックリーンがあった場所へペガサスで向かっている、更に上空に隠蔽の魔術が施された魔導飛空艇が飛行していた。
その舳先に腰かけて、プカプカと煙管を楽しむ人ならざる者が一人。
獣面の化生であり節制の権能を持つ勇者ココノツがケラケラと愉快そうに眼下を眺めていた。
「さてさて、魔王種なんていう大それたバケモノ退治としゃれ込もうって気合を入れてやってきたはいいけれど、肝心の魔王種は木端微塵の塵芥ときた。こうなったら今回は勇者稼業は店じまいでもしちまって、節制の勇者らしく酒宴でもおっぱじめるのも乙なモノだとは思うのだけれど……」
ココノツは口から紫煙を吐きだしてながら、荒地となった港町ニックリーンをジッと目を凝らして見つめる。
そして、風に乗ってどこか懐かしい臭いを嗅ぎ取った。
口の端を三日月の様に歪ませて、ココノツはクククと声を漏らす。
「……まぁ、そうは問屋が卸さないよねぇ。ククク、人間のガリちゃんにはわっかんないだろうねぇ、このどろりと粘っこくて生き汚い魔力の残り香、バケモノの残滓ってやつは。まだまだ、終わっちゃあいないよ。さぁさ急ぎな、節制の勇者ココノツさんの活躍の場を他の勇者に持ってかれちゃあたまんないからねぇ」
ココノツの声に反応し、魔導飛行艇が加速する。
さも、楽しい遊び場に出かける様な気軽さで、ココノツは魔王種が生きている確信を持ってその場へと向かう。




