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64・異邦の少年と限界

恐怖はなかった。

これだけの事をしたのだ、何かしらの反動があってもおかしくはないと、心のどこかで思っていたから。

でも、今は倒れたり、休んだりなんかできない。

まだ、終わってない。

まだ、ボクには出来る事がある。

魔王種である黒い巨人が暴れる度に地形や生き物が破壊され、それを修復する為にボクの内側から大量の魔力が空一面に広がる魔術陣へと注がれる。

なにかが修復されればされる程、ボクの体に少しずつ鈍い痛みが溜まっていく。

ボクは構わずに、更に神域と冥域から魔力を吸い上げて、幾つもの魔術陣を作り出す。

たぶんだけれど、今ボクが倒れたら癒しの魔術が消えてしまうような、そんな気がした。

だから、あと少しだけ頑張ろう、きっとなんとかなるから。

視界の端が赤くにじんできた。

コタマとティグレさんがボクに何かを話しかけてくれているけれど、音が遠くてよく聞こえない。

ひどく心配そうな顔をしている二人にボクは笑う。

大丈夫だよ、なんでもないよと強がって見せる。


「ダメダメにゃーご主人、このままじゃ肉体の方が先に音を上げて壊れるのが目に見えているにゃー。仕方がにゃいから、コタマが少し肩代わりしてあげるにゃ」


頭に直接コタマの声が響く。

コタマは肩代わりと言ったけれど、一体どういう事なんだろう。


「ご主人と繋がっているパスをうちに差し替えるにゃ。範囲も狭まるし、効果も薄まるし、時間もそんにゃにはもたないかもにゃ。でも、このままご主人がこの規模の奇跡を維持するよりはだいぶんマシなはずにゃー。だから、ご主人はただうちに任せるって思うだけでいいニャー。それで、ぜぇんぶなんとかなるにゃ」


(……それじゃ、この痛みをコタマが味わう事になるじゃないか、ダメだよそんなの。ボクが嫌だ、痛いのは嫌だけれど、誰かが痛いのはもっと嫌だ)


「我がままなご主人にゃー。裏技いくにゃー」


プスリと首筋に何かが刺さる感触がした。

それが何かは分からないけれど、それはボクの中に広がっていった。

口が勝手に動くのが分かった。


「け、契約獣に、す、全てを任せる――」


「合点承知にゃーご主人」


コタマがボクの首筋から何かを抜き取ると、ボクは立っている事が出来ずに倒れ込んだ。

咄嗟にボクをティグレさんが抱き留めてくれた。


「クソ精霊獣、ソラタ様に何をした!!」


「うるさいにゃー、虎女。うちのご主人しっかり守れにゃー。うちはちょっとご主人の代わりにこの癒しの奇跡を維持するにゃー。まぁ、範囲狭まるしー、効果も薄まるしー、持続時間も短くなるけどにゃー」


「これを維持するですって!? いくら大地の魔力の塊である精霊獣でもそんな無茶をしたら――」


「あぁ、気にするにゃ虎女。ご主人のおかげであの黒いのから切り離された時に、ちょっと魔力をごっそりかすめ取ったにゃ。それを使うだけにゃー」


コタマとティグレさんが何か言い合っているのがなんとなく聞こえる。

さっきまであった、体の奥に響く鈍い痛みが引いていくのが分かった。

そして、何かと繋がっていたという感覚も消えていた。


「コ、コタマ……ダメだよ。それはたぶんボクだからこれくらいで済んでたんだ……、だから……」


「まったくもー、ご主人は心配性にゃー。援軍が来るまでくらいにゃら、持たせてみせるにゃ。ご主人の契約獣のすっごいとこ見せてやるにゃー」


コタマの頭の白い輪が光り輝き始め、その背中から白い羽根が生えだした。


「おらー、戦ってるお前ら―!! 限界のご主人の代わりにうちがこの癒しの奇跡を引き継ぐにゃー!! 範囲とか効果とか弱くなるし、維持できるのも精々五分にゃー!! それまでににゃんとかするにゃー!!」


コタマが大声で叫ぶ。

魔力を帯びたその声は広範囲にコタマの言葉を届けているようだった。

その声を聞いて、プラテリアテスタの王様が黒い巨人の攻撃を潜り抜けてボクの所にやって来るのが見えた。


「ソラタよ、そなたの尽力なくばヴルカノコルポとの全面戦争は不可避であった。そして、この魔王種との戦いにおいても、そなたの力がなければ我らは瞬く間に屠られていたであろう。今は休むがよい、必ずや吉報をもたらすと約束しよう。ティグレよ、ソラタとその契約獣を守れ、王命である」


「は、身命に代えても必ずや」


王様がボクの頭を優しく撫でる。


「フフ、まだまだ子供だと思い、守らねばと思っていたが逆に幾度も守られてしまった。ソラタよそなたは真の博愛の勇者である」


ニコリと王様が微笑む。

王様はバサリとマントを翻して、そのそびえたつビル群を思わせる強靭な広背筋に魔力を込め、溢れ出さんばかりに隆起させた。


「ソラタよ、我が友よッ!! 我が背なを見よ、我が示すは王の道ッ!! 人を国を世界を思う、王の心をしかとその目に刻みつけよッ!!」


樹齢千年を越える巨木を思わせる程の幻影を魅せる脈動する両の豪腕を大きく広げ、美しいとすら思わせる無駄を排した完全無欠の筋肉たちを引き連れて、王様が黒い巨人に突撃する。


「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!! 我が豪腕に宿れプラテリアよッ!! これが、王の拳であるッ!!」


襲い来る黒い巨人の恐ろしく巨大な腕を弾き飛ばし、王様の拳が黒い巨人に叩き込まれる。

その瞬間。


「我が子、ソラタになにしてくれやがるんだ、てめぇええええええええええええええええッ!!」


王様の拳よりも先に、プラテリアテスタの女王様がとてつもない速度で飛んできて、黒い巨人の顔面に強烈な蹴りを食らわせた。


「ム、ムスクルスッ!?」


女王様の強烈な蹴りを食らい、黒い巨人が大きくのけぞったせいで、王様の拳は空を切った。

女王様を何故かは分からないけれど、空中に浮いたまま黒い巨人を睨みつけた。

魔力感知で女王様の指環から何か魔術が発動している感じがしたから、たぶん魔導具という物を使っているんだろうと思った。


「大の大人が揃いも揃ってこのていたらくッ!! 恥を知りなさいッ!! 我が子ソラタの献身なくば、その身はすでに底の国に落ちていよう!! 各々、名の知れた豪の者であるならば、我が子ソラタの献身に命を以て報いよッ!!」


女王様はそう叫んで、黒い巨人に追撃をかける。


「フハハハッ!! なんとも猛き女王がいたモノよ!! さすがは噂に名高き竜殺しのアマゾネス、その意気やよしッ!! ブレットッ、ヌゥーリッ!! そして大賢者、武神よ!! その力をかの女王に示すがよいッ!!」


女王様の声を聞いて、ヴルカノコルポの王様や他のみんなも攻撃の手が激しくなった気がする。

全力の一撃が当てられなくて王様がちょっとだけしょんぼりしてた気がしたのはきっと気のせいだろう。

ふと、何かが近づいてきている感じがした。

この気配が何かは分からないのに不思議と懐かしいような、そんな気がした。

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