60・異邦の少年と黒ネコ
真っ白な世界を漂っていた。
ふわふわと浮かんでいる様な感覚だけがあって、上も下も分からない。
この間、トレイクハイトちゃんから何だかよく分からない飲み物を飲まされた時、底の国に魂だけ落ちていった時の感覚を思い出す。
なんでこんな事になっているのか、ちょっと思い出せない。
頭がぼんやりして、世界に自分が溶けていくような、不思議な感覚。
ふと、思い出す。
あの時、底の国に魂だけで落ちていた時はフマニタスさんが声をかけてくれた事を。
なんとなく、このまま頭がぼんやりしていると危ない気がしてきた。
とにかく意識をはっきりさせないといけない。
ペチンと自分のほっぺたを叩く。
痛くはない。
どうやら、ここは夢の中らしい。
「ニャア」
突然、ネコの鳴き声がした。
鳴き声のした方を向くと、黒ネコが一匹ちょこんと座っていた。
真っ白な世界に黒ネコがいるせいか、とても目立っている。
というか白い世界の中で黒猫が凄く浮いて見えた。
「黒ネコ……、飼ってたタマコを思い出すなァ」
目の前に居る黒ネコを見て、元の世界で飼っていたペットのネコを思い出した。
タマコもこの子と一緒で黒ネコだった。
懐かしい気持ちになり、黒ネコに近づく。
黒ネコはボクが近づいても逃げたりはしなかった。
しゃがんで黒ネコの頭を撫でると、黒ネコは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
この黒ネコ、普通のネコではないようで目や鼻、口がない。
しかし、特に問題はないようで尻尾をゆっくりと振っている、
「意識ははっきりしてきたけど、夢から覚める気配がないなぁ、なんでだろう……。癒しの魔術を使った後、みんながどうなったか分からないし、早く目覚めないと」
黒ネコを撫でるのをやめて、立ち上がって辺りを見回す。
さっきと変わらず、白一面で何もない。
この風景はカエルムさんに連れて行ってもらった絶界神域に似てると今更気づく。
今度は魂が天の国に来ているのだろうか? そんな事を考えていると黒ネコがボクの足に頭をこすりつけてきた。
まだ、遊んで欲しいのだろうか。
「ごめんね、ボクはこの夢から覚めないといけないんだ。もしかして、君はこの夢から目覚める方法をしってたりするの?」
そう聞くと、黒ネコは顔の無い顔を上げて「ニャア」と鳴き、どこかへと歩きだした。
少し進むと、黒ネコはボクの方を振り向いて、また「ニャア」と鳴いた。
どこかにボクを案内したいみたいだ。
「そっちに行けば、この夢から覚めるの?」
黒ネコは何も答えずに、前を向いて歩き始めた。
ボクはとりあえず、黒ネコについて行く事にした。
時々、黒ネコはボクがちゃんとついて来ているかを確認するように、立ち止まって振り返った。
どれくらい歩いただろう。
一時間も歩いてない気がするし、一日中歩いた気もする。
いつまで歩くのか分からない中、黙々と黒ネコの後ろを歩いていると急に黒ネコが立ち止まり、その場に座り込んだ。
「ここが君の連れて来たかった場所?」
「ニャア」
黒ネコはそうだと言わんばかりに一鳴きした。
辺りを見回してみるが真っ白なだけで何もない。
でも、ここに夢から覚める何かがあるのだろうと、注意深く辺りを調べてみる事にした。
感覚的に二、三時間くらいあちこち調べたけれど、何もない。
ここに案内してくれた黒ネコは寝そべって、尻尾を振りながらボクを眺めていた。
「夢の中だから、疲れたりはしないはずなんだけど、くたびれたなぁ……」
黒ネコと同じように寝転がり、真っ白な世界見上げる。
その時、首に違和感を覚えた。
なんだろうと思い、首の辺りに手をやると、輪っかがあるのに気付いた。
これは神域と冥域の魔力を固めて作った魔術陣だ。
起きている時に作ったから、夢の中にも持ってこれたのだろうか。
「そういえば、ライトニングさんに魔術の事教えてもらった時に作ってそのままにしてたんだった、忘れてた」
首から白と黒の重なった魔術陣を外して手に持った瞬間、黒い方の魔術陣がパキンッと音をたてて弾けて消えた。
すると真っ白な世界にうっすらと影が現れた。
何もないと思っていた真っ白な世界だったけれど、自分の足から伸びる影のおかげで空中に浮かんでいる訳じゃなく、真っ白な床みたいな物の上に立っている事が分かった。
たぶん、黒い方の魔術陣の影響なんだろう。
影が現れた事で、ボクは新たな発見があるんじゃないかと思い、改めて周りを調べてみる事にした。
すると、黒ネコのすぐ隣に扉がある事に気付いた。
「そっか、初めから扉はそこにあったんだね。ごめんね、すぐに気付けなくて」
ボクが謝ると黒ネコは気にするなとでも言うように「ニャア」と鳴いた。
黒ネコはボクの肩に飛び乗ると、頭をボクのほっぺたに擦り付けた。
「君も一緒に行く?」
「ニャア」
「うん、じゃあ行こうか」
ボクはドアノブを掴んで回し、扉を開いた。
眩しい程の光が流れ込んでくる。
「あ、そうだ。黒い方は消えちゃったけど、まだ白い方は残ってるから君にあげるね。たぶん、君は普通のネコじゃないと思うから、魔力の塊のこれを取り込んだりできるんじゃないかな」
ボクが残った白い魔術陣を黒ネコに差し出すと、黒ネコは白い魔術陣をくわえて器用に上の方に投げた。白い魔術陣はクルクルと宙を舞って、ちょうど黒ネコの頭の上へと落下する。
そして黒ネコの頭にぶつかる前に、白い魔術陣はまるで、天使の輪っかのように黒ネコの頭の上でピタリと止まって浮いていた。
「ニャー」
黒ネコの機嫌良さそうな声にボクはつい笑ってしまった。
「フフ、嬉しそうで良かった。そうやってみると、その白い輪は本当に天使の輪っかみたいだね」
だんだんと、夢の中で意識が遠のいてくるのを感じる。
夢から覚めていく時はこんな感じなのかと、そんな事を思いながらボクは夢の中で意識を失った。
エラー発生、エラー発生、エラー発生、エラー発生。
防衛機構乙種のメンタルコア流出によりメンタルシステムに重大なエラーが発生しました。
権能・博愛による介入を確認、排除実行。
排除失敗、権能・博愛の変容を確認、修正不可。
上位権限より異質権能との仮称申請あり。
異質権能の排除要請、却下。
上位権限は異質権能の排除を絶対不可と規定。
異質権能の排除不可により、防衛機構乙種のメンタルシステムの長期維持が不可能になりました。
自壊プログラム始動によるメンタルコアの破壊を要請、受理。
防衛機構乙種メンタルコアがモデル天使のコアを獲得、自壊プログラムの強制停止発動。
自壊プログラムの停止、また防衛機構乙種の構成因子の四割がメンタルコアへ奪取されました。
防衛機構としてのオーダー実行不可能域に達しました。
メンタルコアの再取得を断念。
メンタルコアとの回線切断、残存構成因子のリミッターコードを解除、世界の均衡を乱す危険因子の排除を最優先。
複数の権能、モデル勇者及びモデル魔王の接近を確認。
防衛機構乙種への敵対行動が見られた場合、危険因子として排除可能とする。
防衛機構乙種より、乙種及び甲種の増産並びに現地への派遣要請、不可。
防衛機構アセツータへの断続的な妨害活動を確認、防衛機構アセツータの維持を最優先。
防衛機構乙種より、危険因子による能力行使による損害あり、同乙種への補給要請、却下。
防衛機構アセツータの維持を最優先。
防衛機構乙種へ通達、残存戦力のみで対処、また補給は現地にて行うように。
防衛機構乙種より返信あり。
『エフ ユー シー ケー』
防衛機構乙種のメンタルシステムの思考汚染確認、緊急思考洗浄の必要あり。
不可、防衛機構アセツータの維持を最優先。
防衛機構アセツータの維持が絶対優先事項である。
以上。




