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6・異邦の少年と女王様

ウルスブランさんが持ってきてくれたケーキを食べ終わった頃、ドゴンッと大きな音と共に扉が凄い勢いで開いた。

ボクがビックリして扉の方を見ると、慌てている様子のティグレさんと両手を腰にやって小さな胸を張っているアロガンシア王女が足を突き出していた。

どうやら、扉を蹴って開けたようだ、随分と乱暴な王女様がいたものだ。

さっきと違い、着ていたドレスや顔、手なんかに血は全然ついていない。


「あ、あの、アロガンシア王女様、ケガは……?」


ボクが恐る恐る尋ねるとアロガンシア王女は口の端を吊り上げてニヤリと笑い、ボクの前までズンズン近寄ってきた。

アロガンシア王女はボクの目と鼻の先までその綺麗な顔を近づけると、ジッとボクの目を見つめた。

燃える夕焼けの様な赤い目が宝石の様にキラキラと輝いているように見えて、吸い込まれそうになる。

フワリと香る嗅いだ事のない不思議ないい匂いが漂ってきて、少しドキリとした。


「うむ、ご覧の通りだ勇者殿。妾の玉体には瑕疵一つなく実に完璧である。クハハ、世界序列一位たる妾に傷など、神でも無い限り付けられるはずが無かろう、それが妾である。未だ最弱たる勇者殿よ、刻むがよいぞ、妾という存在をな、妾が許す」


「は、はい……ケガがないみたいで何よりです……それで、その、ちょっと顔が、あの、近いんですけれど……」


「構わぬ、我が眉目秀麗たる尊顔を間近で拝するなど望外の僥倖であると知れ。そこらの王侯貴族どもでもここまでの近さで妾を見た者はおるまいよ、感動のあまり滂沱の涙を流す事を許すぞ勇者殿」


「えっと……その……」


アロガンシア王女はボクの言葉を気にする様子もなく真っすぐにボクを見つめている。

なんだか目が離せない。

どうしようかと困っていると、ティグレさんがアロガンシア王女に声をかけた。


「アロガンシア王女殿下、ソラタ様が困っております。王女殿下の紅玉眼に見つめられて、心穏やかなままの者はそうおりません。どうかご配慮の程を」


ティグレさんの言葉にアロガンシア王女は少しつまらないと言った表情をしてフンと鼻を鳴らし、仕方なく、と言った感じでボクから離れていき部屋の一番奥の椅子に乱暴に腰かけた。


「妾に意見するとは、何とも偉くなったものよなティグレ。まぁ、良かろうその不遜許す」


「寛大なお心遣いを賜り、恐悦の至り。ウルスブラン」


ティグレさんがウルスブランさんの名前を呼ぶと、ウルスブランさんはアロガンシア王女の前に紅茶を用意した。

玉座の間ではなんだかアロガンシア王女を怖がっていたように見えたけれど、今はそんな様子はまったくない。

ボクの気のせいだったのだろうか。

などと思っていると、アロガンシア王女は紅茶をグイっと一気飲みして、トレイクハイトちゃんの方をジロリと睨んだ。


「おやおや、珍妙な壺が動いていると思えば、怠惰なる我が姉君ではありませぬか。我が父のわがままを聞き入れ勇者召喚を為し遂げるとは、なんとも大儀でありましたな」


「アロガンシアちゃんは勇者召喚には反対でございましたねぇ。わたくしとしては、出来る事はしておきたかっただけでございますし、それをとやかく言われる筋合いは微塵もねぇでございますよ? 我が傲慢なる妹」


「他国で既に六人の勇者召喚が為されていた以上、安易な七人目の勇者召喚は他国や魔王種の介入を招くだけと理解なされていないとは、実に残念至極。国を思えば、いっそ七枠目は大国を自称するヴルカノコルポにでもくれてやれば良かったのでは? 世界を滅ぼす七つの脅威が残り四つになったとは言え、未だに魔王種を産む魔王母胎樹は健在というのに、いやはや」


「これ以上、プラテリアテスタの評判を落とす訳にはいかない訳でございますよ? ただでさえ世界序列一位がこれでは面倒でございますが、もう一枚くらい切り札が欲しくなるのは致し方ない事でございましょう? 」


「ほう、今日はよく舌が回るではないか。余程良い事でもあったと見える。……まさか姉君、ティグレと同じく青い麦畑を買う趣味があおりか?」


「ティグレ殿と一緒にされるとは甚だ心外でございます。先行投資と言っていただきたいでございますよアロガンシアちゃん?」


アロガンシア王女とトレイクハイトちゃんの間の空気がなんだかピリピリしている。

ちょっと怖いくらいだ。

ティグレさんとウルスブランさんは二人に何も言わない。

ティグレさんは何故かちょっと頬が赤いけれど。

ただ黙って控えているだけだ。


「あ、あのアロガンシア王女にトレイクハイトちゃん喧嘩をするのはちょっと――」


「ぬ、トレイクハイト『ちゃん』だと? 勇者殿、姉君にはちゃん付けしておいて妾は王女と呼ぶか。その距離感の違いはなんだ? よもや姉君が勇者殿よりだいぶ年上である事を知らぬのか?」


「え? いや、あの、その、それは、トレイクハイトちゃんがボクより年上なのは王様から聞きましたけど……。トレイクハイトちゃんがちゃんを付けて呼べって、自分が喜ぶからって……」


「ハァッ? 年甲斐もなくなんという横暴を。妾とてそこまではとてもとても」


アロガンシア王女は肩をすくめて、やれやれと言った感じに首を振る。

それを見て、トレイクハイトちゃんがぬうと唸り、少しプルプルと震え出した。

怒っているのだろうか……。


「はんッ、強がりばかりの傲慢お姫さまでございますね!! 素直に羨ましいと、自分もちゃん付けで呼ばれたいと言えばよいでございましょうが!!」


「妾をお姫様などと呼ぶなよ怠惰姫ッ!! そんな可愛らしい呼び方、虫唾が走るわ、挽肉にでもなりたいと見える!!」


二人の喧嘩を止めようとしたのに、なぜかよりヒートアップしてしまっている……。

姉妹なんだから喧嘩なんかしないで仲良くしないとダメだと思うんだけれど、どうしよう。 

ボクに何ができるだろうか、ボクが何か言ってもまた激しくなるだけなんじゃ……でも何とかしないと。

そんな事を考えながらあたふたしていると、扉の外から大きな声が響いた。


「トレイクハイト、アロガンシア、二人ともそこまでになさいッ!! 勇者殿と国王陛下の御前で恥を晒すなど言語道断、わきまえなさい!!」


「よい、ムスクルス。二人の確執は我が事を急いたのが元々の始まりであろう。ソラタも煩わせてすまぬ、許せ」


扉の方を見ると、わずかに筋肉たちが光沢を失い、しょぼんとしている様な印象を受ける王様と豪華なドレスとティアラを付けた美人な女の人が立っていた。

その二人のそばには頭ツルピカおじいさんのマッシモーさんもいて、この女の人も偉い人なのかなとボクが思っていると、ティグレさんとウルスブランさんが片膝をついて頭を下げた。

そして、アロガンシア王女とトレイクハイトちゃんが椅子から立ち上がり、スカートの端を摘み、王様と美人な女の人に頭を下げた。

 

「ご機嫌麗しゅう、国王陛下、女王陛下。壮健なようで何より」


「ご機嫌麗しゅうございます、父上、母上」


アロガンシア王女とトレイクハイトちゃんが優雅に一礼をしているのを見て、ボクも慌ててペコリと頭を下げる。

王様と一緒にいる美人な女の人はどうやらアロガンシア王女とトレイクハイトちゃんのお母さんらしい。

つまり女王様だ、初めてみたなーなどと、そんな事を思っていると女王様がボクの近くまでやってきて頭を優しく撫でてくれた。


「……このような幼い子に我が国、ひいては世界の命運を託す、なんと身勝手で残酷な所業でしょう。まだ親が恋しい年頃でしょうに……。マチョリヌスは貴方をプラテリアテスタの客人であり、我が友と言いました。ならば私、ムスクルス・アマゾネシアン・ウヌス・プラテリアテスタは貴方の母となりましょう。この世界にいる間は私を母と思うとよいでしょう。是非、そうなさい、ええ、そうすべきです可愛い」


女王様はそういうと、いきなりボクを抱きしめた。

抱きしめられて分かったけれど、王様と同じで女王様もかなりの筋肉の持ち主であり、鍛え抜かれ重厚でありながらも母としての慈愛を内包した繊細さを持つ筋肉だった。

というか、かなり力強く抱きしめられているので、息が、苦しく……。

息苦しさから、ボクが手足をばたつかせているのに気づいた王様が慌てて、駆け寄ってきた。


「ムスクルス、やめよ、ソラタが苦しがっておるではないか!!」


「あと五分」


「ムスクルス!?」


……少し気が遠くなってきた気がする。

多少の息苦しさと女王様の優しいぬくもりと筋肉の力強さを感じながらボクは目の前が真っ暗になっていくを感じた。

あぁ、そういえば色々あって疲れていた気がする。

いっそこのまま眠ってしまおうか……そんな事を思いながら、ボクは意識を保つのを諦めてそのまま気を失ってしまったのだった。

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