54・魔王種とチート能力者
眼前に広がるのは闇、何もかもを飲み込むかの様な黒。
闇に飲み込まれたかと錯覚しかねない状況ではあったが、ミスター・ブレットの目の端にはヌゥーリの姿も、家などの景色も見えていた。
つまり、この目の前の真っ黒な闇は、自分の視界ギリギリまで広がっているに過ぎない。
まばたきにも満たない時間に広がった闇の速度は目を見張るモノはあるが、決して脅威ではない。
だが、この闇は明らかに自分に対して、攻撃を仕掛けようとしている。
ミスター・ブレットはそう判断し、正体はともかくこの闇を敵性存在と認定した。
今まさに自分を襲い来る闇よりもヌゥーリの声に驚きを覚えながら、ミスター・ブレットは自らの右腕にスラッグ弾を能力により装填する。
「ヌゥーリよ、お前がそんなに大きな声を出せるとはな。驚いたぞ」
バスンッと渇いた音が響き、弾丸が闇に命中する。
一瞬、闇の動きが止まったが、またすぐにミスター・ブレット目掛け闇が動く。
通常なら小型の魔獣程度の頭部を吹き飛ばす威力を持つミスター・ブレットのスラッグ弾だが、闇には効いた様子はない。
「不定形の魔獣か、やっかいだな。クレイモアだと民に被害が出るか」
そう呟きながら、足の裏にプラスチック爆薬をセットし、闇に蹴り込むと同時に起爆。
ズドンッと大きな爆裂音が響き、闇が消し飛ぶ。
しかし、闇はすぐに収束し、またネコの形となった。
「物理攻撃が効きにくい相手は不得手なのだがな」
「いやぁ、びっくりだねぇ。驚いてつい大声だしちゃったよぉ~」
ヌゥーリはいつもの調子で喋りながら、空中に指を遊ばせる。
すると、ネコの形をした闇は半透明の球体の中に閉じ込められた。
体当たりや体中から棘を出したりして半透明の球体を破壊しようとするが、びくともしない。
「あはは~、絶対障壁って二つ名は伊達じゃないからねぇ、そう簡単には壊せないよぉ」
騒がしさに気づいたヴルカノコルポ王トリンカーが視線をミスター・ブレットとヌゥーリに向ける。
そして、見た事のない動物らしき形をした闇を見た瞬間、ゾッと背筋が凍りついた。
書物や口伝で聞き、記憶水晶に残された映像で見たモノと大きさや姿形は違えど、あの何もかもを飲み込むような黒さを見間違える事などない。
トリンカーは一目でその黒い闇が魔王種であると気付いた。
「マチョリヌス、話しは後とする。アレは危険だ、ワシには分かる。アレは小さくあるが紛れもなく魔王種。今ここで滅せねばこの一帯は闇に飲まれると知れッ!!」
トリンカーの言葉にマチョリヌスもヌゥーリの絶対障壁内に閉じ込められているネコの形をした闇に眼をやる。
マチョリヌスもまたすぐに気付き、戦闘態勢をとる。
プラテリア・オブ・レガリア、大地の国において神より下賜されたとされる王権の象徴にして、膨大な神の魔力を秘めた杖を持つマチョリヌスもまたわずかに神気を身にまとっている。
その神気が底知れぬ闇を前に最大限の警戒をするよう促しているのを感じたのだ。
「ミスター・ブレット、最大火力にてそれを討てッ!! ヌゥーリ、魔王種を上空へ!! 並行して付近一帯の兵や民を守れ!!」
「ティグレよ、ソラタを連れて下がれ!! 今は火急の事態、この場より、あの魔王種より離れよッ!!」
トリンカーの言葉を受け、ミスター・ブレットは自身の能力をフル稼働させ、最大火力を装填する。
ヌゥーリも魔王種を閉じ込めている絶対障壁を上空へと向けて高速で移動させた。
ティグレはマチョリヌスの言葉を聞き、獣の如き瞬発力で川を目指し走り出す。
「大賢者、道をッ!! ソラタ様を危機にさらす気かッ!!」
「あーもー、何が何やらって訳ですよ、でもまぁ、坊やに何かあっても嫌なのも事実な訳ですよ。王様、これは裏切りとかじゃないですから、そこんとこヨロシクって訳ですよ」
ソラタの状態を診ていた大賢者ライトニングの分身が消え去り、桟橋の先に立っていた本体がため息交じりに、空中に展開していた幾十もの魔術陣を一つに組み合わせ、巨大な魔術陣に仕上げる。
「海割り、って言ってもまぁここは川な訳ですけどねー」
魔術陣が光輝き、次の瞬間、ドドドドッと凄まじい轟音と共に川が対岸まで割れた。
川の底は整備されたての様に美しい石畳の道が出来ている。
ティグレはその石畳の道を一目散に駆けて行く。
「装填完了、いつでも行けます我が王よ」
「遠慮は無用、ヌゥーリとマチョリヌスで周囲への影響は最小限に留めさせる」
「ハッ!!」
足裏にセットした爆薬を爆発させ、その衝撃で上空へと運ばれた魔王種に向かって行くミスター・ブレット。
ヌゥーリは町に居る全ての人間に絶対障壁によりバリアを張っていく。
「他国の王を顎で使うかトリンカー、しかし、他国の民とはいえ、民は民、王たる者が守るは必定!! 任せるがよい!! 風よ、荒れ狂う暴風となりて、襲い来る衝撃を受け止めよ!!」
マチョリヌスを中心に強烈な風が巻き起こり、ニックリーンの町全体を覆う。
トリンカーは指示を出した後、その身に炎をまとい、神気を高める。
ミスター・ブレットはヌゥーリの絶対障壁に閉じ込められている魔王種が絶対障壁の内部で膨らんでいくのに気付いた。
猛烈な勢いで膨らむ魔王種の圧によって、絶対障壁にヒビが入る。
「ヌゥーリよ、魔王種を閉じ込めている絶対障壁を解けッ!! 我が手で滅却してくれるッ!!」
上空のミスター・ブレットの声はヌゥーリには届いてはいないが、ヌゥーリはミスター・ブレットが大きく振りかぶった右腕を魔王種へと叩き込むタイミングに合わせて絶対障壁を解除した。
音を置き去りにした閃光と爆炎が遥か上空で輝く。
音よりも先に衝撃がマチョリヌスたちを襲う、遅れて爆音と多少の熱。
絶対障壁や風の防壁で衝撃や熱のほとんどを防いだにも関わらず、軽くよろめく程度の衝撃と火を近づけられたかの様な熱。
マチョリヌスはチート能力者の力を間近で見て、ぶるりと筋肉が震えるを感じた。
「これが、グレイトリニティ、砲煙弾雨ミスター・ブレットの力か……」
「左様、これぞミスター・ブレットの持つチート能力『アームズ・ボディ』の力よ。広域殲滅戦において大地の国で並ぶものなどあるまい」
空中でもうもうと立ちこめる黒煙から、ミスター・ブレットが落下してくる。
右腕全体が炭化しており、自らのチート能力に自分の体が耐えられなかったのが見て取れた。
しかし、炭化した右腕はソラタの癒しの魔術によって瞬く間に修復される。
瞬時に修復された自分の右腕を見て、驚きつつもミスター・ブレットは自らの最大火力を叩き込んだ魔王種への警戒を一切緩めない。
「トリンカーよ、なぜ魔王種への攻撃は無効化されないか分かるか? ソラタであるならば、恐らくあの魔王種とすら対話を望むであろうに」
「下らん、今はそんな事を気にしている場合かマチョリヌス。こちらには瞬時に回復する広域魔術があり、魔王種への攻撃は無効化されない、この事実のみを見よ。今、この場においての詮索など百害あって一利なし。まずは魔王種の殲滅にのみ全力をそそげ」
「然り。まずはこの場を治めねば何も始まらぬ。しかしだ、勇者も魔王もおらぬ以上、決め手には欠けるのは事実。チート能力者と我らのみでは魔王種を退ける事は出来たとて、滅ぼす事は――」
「臆したかマチョリヌス。そのような軟弱な者に勇者を任せるなど出来ぬ。勇者は我が手に委ね、我らがヴルカノの火が世界を救う様を見ておるがよいわッ!!」
トリンカーは足元から激しく炎を吹き出し、いまだ黒煙が立ちこめる上空へと飛翔した。
ミスター・ブレットと入れ替わりになる形でトリンカーが黒煙へと向かう。
「見るがよい、これが、これこそが、我が力!! 否、我とヴルカノの合一せし力のほとばしりであるッ!!」
黒煙の前で、トリンカーは両手を天に向けて巨大な炎の塊を生み出すと、その炎の塊を拳の形に変形させた。
そして、巨大な炎の拳を黒煙の中に居るであろう魔王種に向けて振るう。
「くらえいッ、ヴルカノとワシの必殺の拳を!! ヴルカノ・パンチッ!!」
「名前ださっ!!」
大賢者は思わずそう叫んでしまった。




