49・異邦の少年と思いの力
誰かの巨大な魔力の広がりを感じたと思ったら、周囲一帯が一瞬でその人の魔力に染められてしまった。
この魔力の感じはたぶんさっきボクが心の世界で出会ったヴルカノさんが守っていた心の持ち主だと思う。
きっかけはきっと心の世界でボクがヴルカノさんとお話しをしたせいだろう。
ボクのせいで状況がさらに悪くなってしまったかも、と思ったが感じる魔力自体に嫌な気配はない、むしろ神様に近い感じだ。
今なら、ちゃんと話し合いが出来るのではないだろうか、この魔力を放つ人物、ヴルカノコルポの王様と。
「ティグレさん、今ならヴルカノコルポの王様とお話しとか出来ないかな」
「ソラタ様は……この魔力の波動をお分かりになられていますか……?」
ティグレさんの様子がなんだかおかしい。
とても怖がっている様で少し震えている。
「ティグレさん、大丈夫!?」
「ダメです、ソラタ様!! 早く逃げましょう!! これは、この魔力は人のそれを遥かに超えています、チート能力者すらも超えているかもしれません!!」
青ざめた顔でティグレさんがボクの肩を掴む。
ティグレさんの心が恐怖で染まっているのが分かった。
「ごめんティグレさん、きっとボクのせいなんだ。ボクがヴルカノコルポの王様の心の中にいたヴルカノさんと話をしたのがきっかけで、目覚めちゃったんだと思う。今のヴルカノコルポの王様はたぶん神様に近くなってる」
「ソラタ様がきっかけ……? ソラタ様が嘘を言う訳がありませんが、しかし、にわかには信じがたい事です……。ですが、この魔力の規模は確かに神と言われれば納得してしまう程ではあります……」
「うん、だからティグレさんは先に戻っててもいいよ。たぶん、ティグレさんにはこの魔力は辛いんでしょ? 無理しなくていいよ、ボクはなんだか平気みたいだから、一人でなんとかしてみるよ」
ボクの言葉にティグレさんの顔から血の気が引いたのが分かった。
直後、パチンと軽くほっぺたをティグレさんに叩かれた。
痛くはなかった。
「ソ、ソラタ様……ご無礼を承知で申し上げます。自分は平気などと、思い上がるのはおやめください!! 確かに天の国と底の国の魔力をその身に宿したソラタ様ならば、この異常な魔力の圧にも屈する事なくおられるのでしょう、ですが、今のこの魔力はただ放たれるに任せただけの明確な意思のやどらぬ純粋な魔力の圧に過ぎません。この規模の魔力の持ち主が明確を意思をもって、この魔力に敵意や殺意を乗せたならば、魔力の圧はこの程度ではすみません」
目に涙を浮かべ、ティグレさんは更に続ける。
「善性の塊のようなソラタ様は恐らく今まで他者の敵意に晒された事などないでしょう。ソラタ様がいくら相手に善意を向けたとて、相手も同じく善意で返すとは限らないのです。ましてや相手は我が国に攻め込もうとしているヴルカノコルポの王、何もないと思える訳ないじゃないですか!! だというのに『先に戻ってていい、一人で何とかしてみる』!? 戦争を、殺し合いをソラタ様は甘く見過ぎています!! ソラタ様の癒しの魔術がもし失敗したら!? 相手が成功するまで待っていてくれるとでも思いですか!? ソラタ様はいまだにここが敵地であるとの認識がないのではありませんか!? 」
ティグレさんの言う通りだ。
ボクにはここがプラテリアテスタに戦争をしようとしている国だという認識はなかった。
ティグレさんが怒るのももっともだと思う。
「ソラタ様、私はプラテリアテスタの侍従長であり、マチョリヌス国王陛下より、貴方様の世話係を仰せつかりました。最初は異界からの異邦人であるソラタ様に無礼の無いようにと心を砕いておりました。貴方様に付き従ったのも、お世話を致しましたのも、全ては国王陛下からの命令あればこそでした。しかし、貴方様と共にある内に私は心より貴方様のお力になりたいと思うようになったのです。隷獣契約を結ぼうとしたのもその為です」
ポロポロと涙を流すティグレさんを前にボクは何も言えなかった。
「隷獣契約は己の意思を相手に譲り渡し、完全獣化した我が身を兵器として扱っていただく契約です。それが何を意味するかお分かりですかソラタ様? 私は私の命を貴方に差し出すと、私の全てを貴方の為に捧げるという誓いに他なりません。ソラタ様は何も説明をしなかったのに私の為を思って、契約を結びませんでした。あの時トレイクハイト様がお怒りになられたのはソラタ様が私の命を捧げるという覚悟を踏みにじったように感じたからなのでしょう」
「そう……だったんだ。だからあの時トレイクハイトちゃんあんなに怒ってたんだね……」
「私を大切に思ってくださったソラタ様の心も、私の思いを慮ってくださったトレイクハイト様の心も、私には十分すぎるものです。私などにはもったいない程に」
ティグレさんがボクをギュッと抱きしめた。
「私の恐怖心がソラタ様にいらぬ配慮をさせてしまいました。ですが、ご理解いただきたいのです、ソラタ様の言葉は私を不要と言ったも同じ事だと。ソラタ様にそのような意図があったとは思いません。私を思っての言葉であるとは理解しております。きっかけはソラタ様なのかもしれませんが、私がこの魔力に恐れをなしたのは全て私の弱さ故、けしてソラタ様のせいなどではありません」
ボクは自分のせいでヴルカノコルポの王様がこの神様に似た魔力に目覚めたと分かってる。
ティグレさんはボクのせいではないと言ってくれたけれど、それはきっと違う。
ボクはボクのせいでティグレさんが苦しむのを見たくなかっただけ。
ティグレさんを思っての事じゃない、ボクはただ自分のせいで誰かが傷ついたり、苦しむのが嫌だっただけだ。
「ティグレさん、ボクはただボクがティグレさんの苦しむ姿を見たくなかっただけなんだ、ボクはボクの心が傷つかない様にしただけなんだ。ティグレさんは何も悪くないよ。ティグレさんの気持ちを考えなかったボクが全部悪いんだ」
「いいえ、ソラタ様はお優しい方。私はそれは知っています。その事実は誰にも否定させません、それがたとえソラタ様自身であっても」
ボクの言葉をティグレさんは優しく否定する。
「ソラタ様の成したい事は理解しております。ですが、その為にソラタ様が傷つくなどあってはならない事。もし、ソラタ様の身に万一の事があれば、国王陛下はもちろん女王陛下もトレイクハイト様もアロガンシア様もウルスブランも、もちろん私だって悲しみます。私は、この場へとソラタ様を移動させたアロガンシア様ほど、ソラタ様の力を信じられないのです。私はソラタ様を失う事が、何よりも恐ろしいのです、ですから、どうか、どうか私の意を汲み、この場をお離れください、お願いしたします。皆がソラタ様の無事を願っているのです、どうか尊き御身をお大事にしてください………」
ボクはこんなにも思われていたのかと今更ながらに思い知らされた。
でも、ボクはこう思ってしまう。
だからこそ、と。
「嬉しいなぁ……ティグレさんはボクをこんなにも大切に思ってくれてる事がすっごく嬉しい。ありがとうティグレさん、ボクをこんなに思ってくれて。ティグレさんの思いが魔力を通じてボクにも分かるよ。だからこそ、なんだ。だからこそボクはみんなを、すべてを守りたいんだ」
「ソラタ様……」
ボクは神域と冥域の中間点としてどちらの魔力も引き出す事が出来たから、それだけで十分な気がしていた。
それは間違いだった。
ティグレさんがそれを気付かせてくれた。
みんながボクを思ってくれているなら、ボクもみんなを思わないといけなかったんだ。
ボクだけの力じゃ足りないなら、みんなから借りればよかったんだ。
神域と冥域に聖域、それにこちら側の世界に至るまで全ての力を借りれば、ボク一人で何かするよりもずっといいモノが出来るに決まっている。
「ボクの弱さがティグレさんを不安にさせてる、ならボクは示さなくちゃいけない。ボクはみんなの思いを受け止める事が出来るんだって。もう大丈夫だよティグレさん、ボクは分かったから、みんながボクを思ってくれてるって事が。だから、ボクは――」
魔力感知の範囲がどんどん広がっていく。
みんなの思いが、ボクを大切に思ってくれている人の思いがボクに繋がっているのを感じる。
「奇跡を起こすよ」
絶界神域と絶界冥域の魔力がボクを通して世界にあふれ出る。
カチリと歯車が噛み合った感覚がした。
ボクは世界と繋がったのが分かった。




