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44・女王と王

プラテリアテスタの女王であるムスクルス・アマゾネシアン・ウヌス・プラテリアテスタは元をただせば住む土地を失い、各地を転々とする流浪の民の出身であった。

加護を得るべき特定の神を持たない流浪の民は大地の国では厄介者扱いされる事が多く、特定の神を信仰しないという点で星神教から異端扱いを受けていた過去もある。

今でこそ、表立って異端者扱いする事は少なくなっているが、信心深い地域ではやはり異端者として毛嫌いされていた。


ムスクルスは様々は種族の集まる流浪の民の中で一際異彩を放つ、アマゾネスという女性のみで構成される種族の王女として生を受け、流浪の民として様々な国を目にしてきた。

アマゾネスは種族全体の特徴として、強い子孫を残す為に強い異性に強烈に引かれるという特徴を持つ。

様々な国々を転々とする流浪の民という在り方は、より強い伴侶を探すアマゾネスの特徴に適していた。


流浪の民としての旅路の中で、他国に比べかなり歓迎されたのがプラテリアテスタであった。

プラテリアテスタで暮らす中、ムスクルスはマチョリヌス王に淡い恋心を抱き、大地の国の中でも取り分け危険な場所として恐れられているドラゴン・マウンテンと呼ばれる山へ赴き、当時の山の主であった嵐の竜王トルメンタを腕力で叩き伏せ、その頭部に生える六本の角の内、一本をへし折って手土産とした事で二人は恋仲となり、一年も経たぬ内に結婚する事となった。

四十年以上前、二人がまだ二十歳にも満たない若かりし頃の話である。


そして、アマゾネスたちの特徴としてもう一つ挙げられるのが、絶対に女しか生まれない事。

ムスクルス・アマゾネシアンもその例の漏れず、マチョリヌス王との間に設けた子は全て女児であった。

そのせいか、アマゾネスは種として息子という存在に対して免疫が無く、気に入った幼い男児に対して過度で異常な愛着行動を見せる事がある。

つまり、母性本能が暴走してしまうのだ。


暴走した母性本能に突き動かされ、ムスクルス・アマゾネシアンはソラタが空の彼方に殴り飛ばされたとほぼ同時に、ムスケル宮殿の窓を突き破り、着地した中庭を真っすぐに疾走して宮殿の壁を突き破り、城壁に至るまでの直線上にあった建物を激突粉砕した。

城壁すらぶち抜いて、ソラタの飛んで行った方向へ激走するムスクルス・アマゾネシアンを見て、アロガンシアは呟く。


「なんとも向こう見ずな。己が立場をわきまえておいでなのか我が母上は」


「それをアロガンシアちゃんに言われたら、おしまいでございますよ。あ、ラージュちゃんに伝えるでございます、母上がソラタ殿を追って王都の城壁を破壊してそちらの方向に向かっていると。あの様子なら、半日とかからず本隊に追い付くでございましょうね。ところで、ソラタ殿は無事でございましょうかねぇ、アロガンシアちゃんたら嬉しさの余り加減忘れてぶん殴ってそうでございますしー」


「妾を誰と思っている怠惰なる姉君よ、妾だぞ、そのような不覚をとる訳なかろうが。ソラタの魔術の影響か、ティグレの防御魔術も強度が上がっておったしな。さて、妾は部屋で吉報を待つとしよう」


「はぁ、ある意味というかなんというか、国の存亡の危機なのでございますけどねぇ、みんな危機感が足りなさ過ぎでございますよまったく」


広間を出ていくアロガンシアの背中をため息まじりで見送り、トレイクハイトは女王の保護と広間の修繕の指示を出し、女王がもたらした王都の被害の確認を急がせるのだった。


「ソォオオオオオオオラタァアアアアアアアアアアアアッッ!! 我が息子ぉおおおおおおおおッ!! 必ず、この手で助けるぞぉおおおおおおおおおッ!!」


獣の咆哮にも似た絶叫を上げながらプラテリアテスタの女王、ムスクルス・アマゾネシアンは疾走する。

その勢いは、たとえ竜種や巨人であろうと止める事は出来ないだろう。

眼前に迫る大岩を粉砕し、厳かな森の木々をなぎ倒し、ソラタの飛んで行った先にある国境線を兼ねる大河ポワ・ディ・フルーヴへと突き進む。

遥か彼方からのムスクルス・アマゾネシアンの暴走する魔力の波動を感知したマチョリヌス王は冷や汗を流した。

暴走したムスクルス・アマゾネシアンははちきれんばかりの筋肉を以てソラタに抱きつくだろう。

そうなれば、ソラタの生命に関わる事は明白であった。

夫として、王としてソラタを勇者を守らねばならない。

そう決意したマチョリヌス王は娘であり、今回の対ヴルカノコルポの総指揮官たるラージュにお小言を言われながら、自らの全身の筋肉たちを構成する筋繊維一本一本に魔力を集中し始めた。


「ん、父上何をするつもりですかネェ? なんで魔力を高めてやがるんですかって聞いてるんですヨォ」


「うむ、ムスクルスの気を感じた。恐らく、数時間とせず我らを追い抜き、ソラタへと迫るであろう。守らねばならぬ、ソラタを。ゆえに我は行かねばならんのだ」


「いや、だから――」


マチョリヌス王はみなぎる筋肉たちを抑えつつ、屈みながら両手を肩幅よりも大きく広げて地面に手をつく。

地面に両手と片膝をついてしゃがんだ姿勢から腰を高く上げながら、片足を後方に少し伸ばす。


「父上、人の話を――」


そして、足の筋肉たちに溜め込んだ魔力を爆発させ、足を前に踏み出す。

首元から背中、背中から腰、腰から膝、膝から足先までを一直線に伸ばし、魔力を込めたあらゆる筋肉たちを収縮し一気に伸展する事で暴力的なまでの推進力を生み出す。

一歩、二歩と素早く足を回し、三歩目にしてトップスピードへと至る。

地面をえぐり飛ばし、暴風を巻き起こしてマチョリヌス王もまた国境線である大河ポワ・ディ・フルーヴに向かって爆走を始めた。

その速さは風の精霊ですら追い付く事はできないだろう。

マチョリヌス王の巻き起こした暴風により、大量の土煙が舞い上がり、土煙が収まった事にはマチョリヌス王は遥か彼方へと消えていた。


「……人の話を聞けってんですヨォオオオオオオオオッ!! ウィルフレッド騎士団長、騎兵隊五百を率いて全速力で父上を追ってマッスールへ!!」


「御意ッ、ただちに!!」


総指揮官ラージュのそばに控えてた騎士団長ウィルフレッドはすぐさま選りすぐりの騎兵隊員五百人を率いて、マチョリヌス王を追う。


「通信兵、父上と母上がマッスールに向かった事を先遣隊に伝え、見つけ次第捕縛、そして本隊と合流するように伝えろ、どうせ無理でしょうけどネェ!! 更に各地域の砦に伝達、ヴルカノコルポ軍の侵攻が始まっても全力で防衛に専念、攻勢に出る必要はない!! 劣勢になれば、砦を放棄し生き残る事を優先せよ!! ヴルカノコルポの下らぬ言いがかりなんぞで命を落とす必要はないと伝えよ!!」


「御意!!」


通信兵に命令を下したラージュは率いる兵士たちに向き直り、深呼吸をして叫んだ。


「プラテリアテスタの精兵たちよ、聞けいッ!! 主戦場はマッスールとニックーリーンに挟まれた大河ポワ・ディ・フルーヴの水上!! 水上戦にてヴルカノコルポとの雌雄を決す、我らが王に遅れをとるな!! 我らにプラテリアの加護ぞ有り、守護神プラテリアよ、我らの勇姿をとくと照覧あれッ!! プラテリア万歳ッ!!」


「うぉおおおおおおお、プラテリア万歳ッ!!」


「プラテリア万歳ッ!! プラテリア万歳ッ!!」


「プラテリア万歳ッ!! プラテリア万歳ッ!!」


ラージュの声に続き、兵士たちが鬨の声をあげる。

兵士たちに発破をかけて士気を高め、マチョリヌス王が独断専行してしまった事で兵士たちが抱いた不安感をなかば強引にぬぐい去る。


「あー、こんな所で士気上げても維持できる訳ネェってのに。父上、母上、あとでマジで怒るからな……。あぁ、アロガンシアのやつ、勇者ちゃんを国境まで殴り飛ばしたのはまさか武神をぶつけた事への意趣返しじゃないだろうネェ、親が親なら子も子ってやつですかネェ、あたしも含めて。あー笑えネェ」


兵士たちの鬨の声に背中を押されつつ、ラージュは進軍を再開した。

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