42・異邦の少年と先生
ライトニングさんに教えてもらい、ボクは癒しの魔術の範囲を広げる為の方法を色々と試す事にした。
大きな魔術陣を作ってみたり、更に魔力を込めて見たり、癒しの魔術の精度を上げる為に魔術式を書き加えてみたり、複数の魔術陣を作って同時に発動させてみたりと手当たり次第に試したのだが、これだ、という方法にはたどり着かなかった。
「なかなか思った通りに出来ないなぁ、時間が無いのに……」
「いやいや、坊やの魔術の効果は十二分過ぎる程ですよ、それだけ強いイメージを反映出来てる証拠。あとは効果時間と範囲の問題ですが、これはもう坊やにしか出来ない方法でごり押しする訳ですよ」
「ボクにしか出来ない方法?」
「坊やの強みは神域、冥域の二つの領域の中継点である事でどちらの魔力もほぼ無尽蔵に引き出せる事。だから、試した事を全部やっちまえば言い訳ですよ」
試した事を全部?
つまり、大きな魔術陣に更に魔力を込めた上で魔術式を書き加えた物を複数用意するって事になるけれど。
「でも、どれか一つずつでもかなり集中しないと難しかったんですけど……」
「出来なきゃ、戦争は止められないって訳ですよ、無理を通して道理はぶっ飛ばすんですよー」
「……うん、やってみる、言い訳とか無理な理由なんて口にしてる暇なんてなかったんだ、やらなきゃ」
両手を上に向けて魔力を集中させる。
黒と白の輪を更に大きくし、それに更に魔力を込めていく。
なんとか二メートルくらいの大きさの魔術陣が出来上がるった。
出来上がった魔術陣を維持しつつ、同じ物を一から作り上げる。
「あー、そのやり方じゃダメな訳ですよ坊や。一つずつだと時間がかかる割に維持コストがでかくなるんで、やるなら全部を同時に作るか、一つを分割する方がコスパがいい訳ですよ。オレとお姉さんを止める時も同時にいくつも魔術陣を出したでしょ?」
「そういえば、あの時は二人を止めないとって必死だったから……どうやったんだろうボク。あ、作っちゃったこれはどうしよう……とりあえず、小さく固めておこう」
作ってしまった魔術陣を小さく固め、大人用の帽子くらいサイズにまで圧縮してとりあえず自分の首にかけておく事にした。
少し光が眩しい。
「うーむ、魔力の物質化とかとんでもない事なんだけどなぁ……まぁ、いっか」
そう言いつつ、ライトニングさんがお手本と言わんばかりに、何十個もの魔術陣を空中に描いてみせた。
しかも、全ての魔術陣には緻密な魔術式も書き加えられており、漫画やゲームなんかで見る様な魔法陣そのものだった。
「慣れれば坊やにもこの位は出来るようになる訳ですよ。なんたって坊やの魔力量は神域と冥域二つ分ですからね。桁違いの魔力量を持つオレですが、世界が保有する魔力量とオレ個人の魔力量を比べるなんてバカバカしいにも程がある訳ですよ。オレに出来るんだから、坊やにだって出来ますよ。コツはですね、魔術陣の基準となる魔力点を複数用意して、それらを起点に一気に魔力を込めて魔術陣にしちまう事な訳ですよ、魔術式についてはあらかじめ書き込む魔術式を魔術陣に書き込む魔術を組み込んでればコピーアンドペーストみたいな感じポンポンっとできますからねー」
「うん、ボクがんばるよ」
「うんうん、その意気な訳ですよ。いやぁ、実はオレって教師に向いてたりするんじゃないですかねー」
ティグレさんが何言ってんだコイツみたいな虫かゴミを見る様な目でライトニングさんを睨んでいた。
ライトニングさんが何か変な事でも言ったのだろうか?
とりあえず、ライトニングさんの言った通りに、魔術式を書き込む為の魔術を作る。
書き込む魔術式としては範囲拡大の為に車輪と馬、吹き抜ける風、再生とライトニングさんが教えてくれた模様の様な文字を組み合わせた物を書き込んで魔術のイメージと方向性をより強固にしていく。
魔術式を書き込む魔術陣を完成させたら、魔術陣の基準となる魔力点を十個程周囲に配置して、その点と魔術式を書き込む魔術陣とを魔力で繋げる。
そして、配置しているすべての魔力点に一気に魔力を注入していく。
幾つかの魔力点が、注いだ魔力を上手く魔術陣に出来ずに光の粒になって消えてしまったが、六つ程は上手く円の形に出来た。
上手く作れた六つの魔術陣に対して、魔術式を書き込む魔術を発動して魔術式を書き写す。
少しいびつになってしまった一つを除いて、五つの魔術陣が綺麗に完成した。
「やった、意識してやるのは大変だったけど、なんとか五個できたよ」
「ほうほう、まぁまだまだ荒いし数も少ない訳ですが、初めて意識してやったにしては上出来なんじゃないですかねー。これを瞬時に出来る様になれば、まぁそれなりの魔術師や冒険者なんかとやりあえる訳ですよ。坊やの魔術陣自体は人間レベル越えてますからね、きちんと制御できるようになれば一人前ですよ」
「うん、これからも勉強と鍛錬をがんばる」
ライトニングさんに頭を撫でられ、やる気が出てきた気がする。
「魔術陣の複数展開、魔術式の複写どれも絶位の魔術師であっても困難な技術、大賢者殿はともかく、初めてのソラタ様が五つも……少し魔術師としての矜持が……」
ティグレさんが何故か頭を抱えて、何かブツブツ言っているけれど、どうしたのだろうか。
そういえば、トレイクハイトちゃんが言っていたけれど、魔術陣を安定させるために魔術陣の中に土、水、火、風の四大属性を示す四角を描くと安定するって言ってたのを思い出した。
どうにか書き足せないだろうかと思っていると、ライトニングさんが杖を手に持ち軽く伸びをしながら町の方へ歩き出した。
どうしたのだろうと思って、ライトニングさんの歩く方向を目で追うとその理由が分かった。
「もう少し、先生していたかった訳ですよ。でもまぁ、時間切れって訳で、後は宿題ですよ坊や。坊やとお姉さんの事はしばらく誰も認識できないように魔術かけてますので、まぁ上手い事やってくださいって訳ですよ、もし敵対する事になっても味方にはなってあげられませんからねー。では生きてたらまた会いましょう」
「うん、ありがとうライトニングさん、またね」
ライトニングさんはひらひらと手を振って歩いていく。
その先には大きな土煙があがっていた。
巨大な象に似た六本足の動物を始め、見た事のない大きな動物や虫に似た生き物が沢山押し寄せてきていた。
それらの動物や虫の上には人が乗っている。
魔力感知で感じ取れた魔力の数はとても多くて把握しきれない程だった。
この港町にもたくさんの人の魔力を感じていたけれど、今やって来た人たちの数は百は千では全然足りない、もっともっと多くの人の魔力を感じた。
ボクはこの人たちがヴルカノコルポの兵隊さんたちなのだと理解した。
その大勢の人たちの中にライトニングさんと同じくらい大きな魔力を二つ、それより少し小さい魔力が一つ。
他の人たちも魔力の大小は有るけれど、ライトニングさんたちの魔力が大きすぎて、あまり違いが分からないくらいだ。
ふと横を見るとティグレさんが青い顔をしていた。
カタカタと震えるティグレさんの顔から汗がポタリと垂れ落ちる。
「こ、これがヴルカノコルポのグレイトリニティ、その内二人の魔力の圧……アロガンシア王女殿下にも引けを取らない程とは……」
僕は震えるティグレさんの背中をさすりながら、休めそうな場所を探す事にした。
ヴルカノコルポの兵隊さんたちがここにたくさん来たって事は戦争がもうすぐ始まるかもしれないって事だと思う。
早く戦争が起きるかもしれない範囲全部を囲えるくらいの癒しの魔術を発動させないと。
ただ、もし上手くいかなかったら、という不安もある。
何より、ティグレさんが心配だ。
今、準備している魔術陣とは別に癒しの魔術を使おうとしたら、ティグレさんに止められてしまった。
「い、いけませんソラタ様、今は大賢者殿の認識阻害の魔術が私たちにかけられています。ですが、ソラタ様が癒しの魔術を使うと、その強力な魔力で認識阻害の魔術の効果が消えてしまう可能性があります。……ケガを負った訳でもありません。すぐに回復してみせますので、どうか今は魔術の使用をお控えくださいませ。私などの為に御身が危険さらされるなど、あってはならぬ事。どうか、どうか己が身こそを第一にお考え下さいませ」
ティグレさんはそういうけれどまだ気分が悪そうで顔色も悪い、癒しの魔術を使えたらすぐに良くなると思うのだけれど、ティグレさんの言う事を無視する訳にもいかず、ボクはティグレさんの背中をさするくらいの事しかできなかった。
ティグレさんが「こんな状況じゃなければ、フヒれるのに……」とよく分からない事を呟いた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。




