40・異邦の少年とチート能力者
「やめて、二人ともッ!!」
ティグレさんとライトニングさんが激突する瞬間にボクは叫んだ。
世界がまばたきよりも短い間に白と黒に明滅し、またすぐに元に戻る。
気付くと、空中に描いた白と黒の光輪が重なって出来た幾つもの魔術陣から、白と黒の鎖が伸びてティグレさんとライトニングさんの手や足に巻き付き、二人の動きを止めていた。
「こ、これは……。獣化した私を止めるなど神話級の魔導具でも出来ないというのに……」
「魔術の発動、補足にオレが気づかなかった? 大賢者のオレが?」
どちらもとても驚いているようだった。
ボクもこんな魔術が使えるなんてビックリしている。
鎖が二人にきつく絡まっているように見えたので、慌てて消える様に強く思うと白と黒の鎖は光の粒になって消えていった。
鎖から解放された二人は何とも言えない顔でボクの方を見ていた。
「あ、あの、戦いとか喧嘩はケガしちゃうから、ダメだと思って。それで、二人を止めないとって、その、ごめんなさい」
謝るボクにティグレさんは駆け寄って、片膝をついて頭を下げた。
「いえ、ソラタ様は何も悪くはありません。血気にはやり、事を急いたのは私の落ち度。それをお止めくださったソラタ様に何の落ち度がありましょう。手をわずらわせてしまい、誠に申し訳ありません」
「ううん、ボクも無我夢中で二人を止めなきゃって、よく分からない魔術使っちゃったし……。あ、あのライトニングさんもごめんなさい」
まだボクの方を見つめているライトニングさんを見て、怒っているのだろうかと思い謝る。
ボクに話しかけられて、ライトニングさんはハッとしてニコリと笑った。
「いやいや、元はと言えオレが煽り過ぎたのも原因な訳ですよ。どちらもケガなく済んで助かった事ですし? それに、オレとしても坊やに興味がわいた訳でね、じっくり腰を据えてお話ししたいなーって」
「まだ幼いソラタ様に興味ですってッ!? この変態がッソラタ様は私んだぞッ!! まだ一ペロもしてないんだからなッ!!」
「いやいや、そういう意味じゃあないんですよ? 冷静になって欲しいんですけどお姉さん?」
ライトニングさんから隠す様にティグレさんが急にボクを抱きしめた。
いきなりだったので、少しビックリしてしまう。
あと、ティグレさんから生えている尻尾が何故かボクの首回りに巻き付いてきて、ちょっとくすぐったい。
「あ、あのティグレさん、ライトニングさんは戦争が始まるまでは敵対しないって、お話しがしたいって言ってたから、そんなに警戒しなくても、いいかなって。あと、ちょっとくすぐったいから、尻尾を離してくれたら嬉しいんですけど……」
「ソラタ様がそこまで言うなら――って、尻尾?」
ティグレさん自身気づいていなかったようで、言われて初めてボクの首やほっぺたをすりすりしている尻尾に気づいたようだった。
「な、なんて羨ましいッ!! って違う、私の尻尾の分際で生意気だぞ、すぐに離れなさいッ!!」
「え、この尻尾ってティグレさんの意志で動いてないの!?」
「ええ、その、何と言いますか。獣化した際には身体能力が大いに強化されますが代わりに本能が強く出てきてしまい、理性を失う危険性があるのです。そこで、特殊な魔術式を用いた本能と理性の分割を行いまして、力の制御をしております。それがゆえに、耳や尻尾部分に本能の部分が多く割り当てられておりまして、私の意志のみではなんとも。お恥ずかしい限りではございますが、一度獣化をするとしばらくの間は耳と尻尾は消えないのです」
ボクから離れようとしない尻尾をなんとか引き離して、尻尾をグッと握り締めるティグレさん。
ただ、尻尾の方はなんだか怒ってるみたいに激しく動こうとしている。
意思が別々にあるように見えるけれど、本能と理性と言っていたし、どちらもティグレさんには違いないのだろう。
「あーあー、坊やがせっかく止めてくれた訳ですよ? ちゃんとしたお話ってのは出来そうですかね。さっきのお姉さんの推測はオレにとってはちょいとストンと腑に落ちる考察だった訳ですし、坊やの願いってやつにも興味がわいた訳ですよ。なので、ちょいと取引したいんですよ」
ライトニングさんの言葉にティグレさんが多少警戒しながらも、はぁとため息を一つついて頷いた。
「いいでしょう、どうやら人払いの魔術は使っていただいているようですので、話くらいは聞きましょう。しかし、こちらには時間があまりありませんので手短に」
「はいはい、オーケーですとも。取引は単純明快、お金でオレを雇わないかって訳ですよ。傭兵としてではなく助言者、アドバイザー的な感じでね。誰も傷付けずに戦争を止める、尻の青い坊やの夢物語と本気にはしてませんでしたが、さっきの妙な魔術を見て気が変わりましてね。あの力を上手く使えば、本当に戦争が止められるかもしれない、まぁそうなるとオレは大した戦果もあげられなかったって事で、お金を貰えないかもしれない訳ですよ。だから、そっちにちょっと助け船を出して恩を売っておこうかなーって、ね」
「金、金となんとも浅ましい、ですがこの際そこには目をつぶりましょう。金でチート能力者の助力を得られるのですから。しかし、貴方はある意味裏切り者となりますが、よろしいので?」
「確かに誓約の魔術がオレの魂を縛ってるからねぇ、明確な裏切り行為は魂の死を意味する訳ですよ。だからこそ助言のみって事ですよ。さっきのをじかに喰らって分かったんですが、効果は絶大でありながら構成している魔術式が拙いってね。上手く制御しないと、坊やは多くの人間を殺しかねない訳ですよ」
多くの人間を殺しかねない、そう言われボクはゾっとした。
確かに、さっきの鎖だって下手したら二人をもっと強く縛る事も出来て、そのまま……。
ボクは魔術でも人を殺せると改めて理解した、してしまった。
冷や汗が頬を流れ落ちる。
ライトニングさんはボクの魔術式が拙いって教えてくれた。
なら、もっと上手く使える様になれば、もっと魔術を理解する事ができれば、加減を間違えてしまう事もなくなるんじゃないだろうか。
拳をギュッと握り締めて、ボクはライトニングさんの前に歩み出て、頭を下げた。
「お願いしますライトニングさん、ボクに魔術の事もっと教えてください」
「はいはい、礼儀正しい子は嫌いじゃない訳ですよ。そちらのお姉さんはすんごく嫌そうな顔してるけど、オレは大賢者ですからね、お姉さんとはまた違う角度から坊やに色々教えられるって訳ですよ。まぁ、そっちに時間がないように、こっちにもあまり時間はないって訳ですし」
「それってどういう事なんですか?」
ライトニングさんは、うーむと少し考えてから笑顔で言った。
「坊やにはちらっと言っただろう? 王様が来るって、正しくはヴルカノコルポお抱えのチート能力者たちを引き連れて、ね」
「ヴルカノコルポ王が前線に来る? しかも悪名轟くあの三人のチート能力者を連れて……? 確かな情報なのですか、それは……」
「えぇえぇ、確かも確か、オレの使い魔も視認してますし、たぶんそっちのお国にも情報は入ってるんじゃないですかねぇ。何人か間諜っぽい人見かけましたし。ま、一人は反乱を鎮めに離れていきましたけれど。とは言え、まだヴルカノコルポには四人のチート能力者が戦争に加担してる訳ですよ。傭兵として雇われたのは二人、一人はオレ、大賢者ライトニング・ダークネス、もう一人は言わずと知れた武神リー・ロンファン」
「あ、ロンファンさんはもうこの戦争には参加しないって約束してくれましたよ。アロガンシアちゃんと喧嘩して少し満足したみたい」
「え、マジで? リーさん見ないなって思ったらそんな事してたの? ていうかアロガンシアって世界序列一位のあの傲慢姫? 傲慢姫をちゃん付けで呼ぶ仲なの坊や? マジ?」
ライトニングさんが目をぱちくりさせて驚いている。
アロガンシアちゃんってそんなに有名なんだ、とボクは思った。
「……まぁ、そこの所は後々聞くとして、あとの二人はヴルカノコルポお抱えのグレイトリティと呼ばれてるチート能力者三人のうちの二人ですよ。一人は砲煙弾雨ミスター・ブレット、もう一人が絶対障壁ヌゥーリ・クァーベン。残る一人は軍を離れて反乱を鎮めに行った淫蕩蠱惑エクスタシス・メディシーナ、たちの悪い女でね、人や魔物をたぶらかす魔性の女って訳ですよ、王様もその美貌にほれ込んで大枚はたいて直属の部下に引き入れたとか」
ライトニングさんの話を聞いてティグレさんの顔がとても険しいものになっていたので、チート能力者の人たちはとても凄い人たちなのだという事はなんとなく分かった。
それでも、ボクがやる事は変わらない。
「うん、その凄い人たちが来たら、きっと沢山の人たちが傷ついて、苦しむ事になるんでしょ。だから、ボク頑張るよ、何をすればいいライトニングさん?」
ボクの顔を見て、ライトニングさんがニヤリと笑う。
少しだけ、ライトニングさんの退屈という感情が和らいだ気がした。




