4・異邦の少年と最強の女傑
「頭が高い、平伏せよッ!!」
そう言い放った綺麗な女の子、アロガンシア。
王様の子供で第七王女、それと世界序列? の一位だと名乗った。
肩まである透き通るような金色の髪がまるでお日様の様に輝いていて、夕焼けの様に燃える赤い瞳に吸い込まれそうになる感覚を覚えた。
全身が血だらけで、怪我でもしているんじゃないかと心配になる。
歳はボクより少し上に見えた。
その時、ボクとトレークハイトさんを背中に隠し、守ろうとしてくれたウルスブランさんがカタカタと震えているのに気づいた。
どうしたのだろうと、顔を覗いてみると汗がダラダラと流れていて、なんだか息苦しそうだった。
「ア、アロガンシア様…」
誰かがそう呟いた後、ガシャンと音がして兵士の人たちが剣や槍を床に落としそのまま両膝をついて頭を下げていた。
偉いお姫様だから、頭を下げているのかと思ったがどうやら違っていたようだった。
みんな何かに無理矢理押さえつけられているかのように床に這いつくばり出したのだ。
不思議な事にボクはなんともなかったが、ウルスブランさんが守ってくれているおかげだろうか。
隣を見ると、トレイクハイトさんも壺が重いのか壺が床に少しめり込んでいた。
「ええい、アロガンシアよ、やめぬか!! お主の魔力の圧に皆が耐えられる訳ではないのだぞ!! 」
「…ふむ、致し方ありませんな。よい、頭を上げよ。許す」
王様の言葉にアロガンシア王女はそう言って、王様の鉄骨が十字に組み合わされているかのようなガッシリと交差された巨腕からトン、と軽やかに飛び跳ねて瓦礫の散らばる床へと舞い降りた。
着地したアロガンシア王女は腰に手をやり、周囲を値踏みするかのように見まわして、フンと鼻を鳴らした。
みんなを押さえつけていた何かが消えたのか、息をゼイゼイと荒く吐きながら兵士の人たちがよろよろと立ち上がり出した。
ウルスブランさんも大きく息を吐いて、汗をぬぐっていた。
大丈夫ですか? と声をかけるとウルスブランさんは顔色が悪いままニコリと笑って大丈夫ですよ、と答えてくれた。
ただ、無理をしているように見えてとても心配になる。
ボクの隣にいるトレイクハイトさんはいまだに床にめり込んだままだ。
その時、慌てた様子で誰かが玉座の間に走り込んできた。
「国王陛下、ご無事ですかーーーー!! 一大事ですぞッ!! ムスケル宮殿の上空に敷設しておりました大守護結界が何者かに貫かれ破壊、そのまま宮殿内へと侵入したとの報がありましたぞッ!! ただちに国王陛下護衛の為に近衛隊の精鋭を先んじてここ玉座の間に送り、ついで残る近衛隊及び動員しうる騎士団全員を宮殿内の警戒へとあてましたが―――って、ぎゃああああああアロガンシア姫殿下ぁああああああ!! 」
もの凄い早口で喋っていた頭ツルピカなおじいさんがアロガンシア王女を見て、急に叫び出した。
「騒々しい。 如何なる時も冷静であれと言っていたのはうぬではないかマッシモー・デュ・アンツフェル宰相。たかが王女一人が宮殿に帰ってきた程度の事で騎士団を動かし、あまつさえ我が父を差し置いて近衛隊まで独断で動かすとは、専横ここに極まれり、だな。なによりこのような無様を晒す者どもを近衛の精鋭などと、よくうそぶけたものよな」
「ゴホン、…アロガンシア王女殿下、国王陛下の御身に何かありますれば、それは国の大事。国の存亡に関わる事態とあれば、不肖、このマッシモー・デュ・アンツフェル、地位も名誉も命も捨てて事に当たる覚悟はとうにできておりますぞ。此度の私の判断を専横をおっしゃるならば、どうかこのおいぼれの首、お好きになさるとよいでしょう。ただ、国王陛下の大事と何をおいても駆け付けた者たちにそのような物言いはどうかなさらないでいただきたい」
「はんッ、結果何もできず這いつくばっておいて何を言うか。なによりそのしわだらけの首に如何ほどの価値がある。宰相と言う役に忙殺される前に辞し、残り少ない余生をテオフィラと共に隠居でもしてはどうだ?」
「王女殿下の方々が品位礼節を持ち、一国の王女としての自覚をお持ち頂けるのならば今すぐにでも」
とても刺々しい空気が漂っていて、なんだか玉座の間が凍り付いたように感じる。
でもボクはそんな事よりも、アロガンシア王女がここに落ちてきてから気になってしょうがない事を何故誰も言わないのか、という事が不思議でたまらなかった。
だから、ボクはウルスブランさんの背中から出て、アロガンシア王女の前まで歩いて行った。
周りのみんなが、王様でさえボクを見て、驚いているような顔をしている。
アロガンシア王女は歩いてくるボクを見て不思議そうな表情をしていた。
「あ、あの…アロガンシア王女様…えっと、ボクは山田 空太っていいます、それで…その…」
「如何した我が父が召喚した異界の勇者、妾に何か上奏しようとでも? それとも、この惨状に対して妾に諫言の一つでも馳走してくれるのかな? 」
アロガンシア王女は口の端を吊り上げて、白い歯見せながらニヤリと笑った。
アロガンシア王女の言う事はボクには難しくて何を言っているのかよく分からなかったけれど、近くで見るとやっぱりとても綺麗な女の子だなと思った。
だから、そんな子がこんな状態なのに誰も何も言わないのがボクは我慢できなかったんだ。
「アロガンシア王女様、そんなに血だらけでどこか大ケガしてるんじゃないですか? あの、すぐ病院とか手当てとかした方が、その…、良いと思うんです…けど…はい」
「…は? 」
何故かアロガンシア王女はきょとんとした顔でボクを見つめていた。
王様も似たような顔をしていた。
さっきトレークハイトさんにボクより小さい、と言ってしまった時の様にみんな黙っていてシーンとしている。
こんなに血だらけなんだから、普通ケガとかしているんじゃないか、と思うと思うんだけど…。
「えっと…あの…ごめんなさい…」
とりあえすごめんなさいと謝ればいいってお父さんが言っていたのを思い出したので、とりあえず謝ったけれど、お父さんがとりあえずでお母さんに謝ってた時に逆にもの凄く怒られていたのも続けて思い出してしまった。
どうしよう、怒られるかもしれない。
「大ケガ? 病院? 手当て? この妾が? クッ…」
アロガンシア王女が顔を伏せて、何かブツブツと言っている。
肩も少し震えていた。
やっぱりどこかケガをして痛いんじゃないかなと、もう一度声をかけようとした時、
「――クッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 妾が大ケガだと? 手当てだと? クハハハハハハハッ!! 」
何故かアロガンシア王女が大笑いを始めた。
凄く楽しい事があったみたいに、子供みたいに、おなかを抱えて、目にうっすら涙すら浮かべて。
それは人を馬鹿にするような笑いではなくて、本当に楽しくて仕方がないという感じの笑いだった。
「クハハハハハハハハハッ、あーおなか痛いッ!! クハハッ、勇者よ、うぬは、うぬというやつは、妾を知らぬとは言え、クハハハハッ!! そうかそうか、そういう者なのだな、うぬはクハハハッ!! 」
周りにいたみんなもボクと同じ様にぽかんと口を開けて、じっとアロガンシア王女を見ていた。
ボクは何がそんなに面白いのか分からなかったし、たぶん周りのみんなもそう思ってたと思う。
しばらく笑い転げていたアロガンシア王女は涙を手でぬぐいながら、ボクの横を通り過ぎて笑顔のまま玉座の間の出口へと向かって行った。
「我が父よ、この身なりでは勇者殿に失礼であろう。湯浴みをしてくるゆえ、しばしお待ちを。ティグレ、供をせい。まったく何を壁に埋まっておるか、粗忽者め」
「ふげッ…!?」
アロガンシア王女は途中、壁に埋まっていたティグレさんの足を引っ張って壁から引き抜いて、半分気絶しているような状態のまま引きずって玉座の間を後にした。