37・異邦の少年と傲慢
「はいはい、了解したでございます。あと、武神リー・ロンファンは今回の戦争から撤退すると本人が言ってたでございますから、戦線に戻る事はないでございましょう。あれで律儀な人間でございますからね。それに関して、後でアロガンシアちゃんが文句を言いに行くと思うでございますのであしからず」
ボクは絶界聖域から宮殿内の広間に移動して、王女様を始めとした色んな人たちとこれからの事について話し合いをしていた。
その途中で、トレイクハイトちゃんが掌サイズの水晶を頭にかぶった壺の中から取り出して、部屋の隅に移動して誰かと話しを始めた。
相手はラージュさんのようだった。
あとでトレイクハイトちゃんが教えてくれたけれど、あの水晶はどうやら電話の様な物らしい。
魔力をたくさん蓄えている水晶に通信用の魔術を刻む事で同じ術式が刻まれている別の水晶に声を届けるのだとか。
それはともかくとして、ボクたちが絶界聖域に居る間に事態はだいぶ動いてしまっているようだ。
すでに王様やラージュさんはヴルカノポルコが攻めてくるであろう国境線へと向かった後で、今この宮殿に残っているのはわずかな兵士と女王様を始めとした王族や偉い人たちばかりだという。
宮殿や王都を守っていたバリアみたいな物も持って行ってしまったとか、トレイクハイトちゃんが言うにはアロガンシア王女がその代わりをするらしい。
ボクもすぐに国境線に行って戦争を止めたいと言ったのだけれど、王女様や他の偉い人に無茶な事はしないように説得されている所だ。
「ヴルカノコルポはチート能力者を複数参戦させていると聞く。勇者様をむざむざ連れていくのは、きゃつらめに宝物を差し出すも同じ。ここならばアロガンシア王女殿下の庇護の元であり、チート能力者と言えどおいそれと手は出せませぬ。どうか、御身を第一にお考えいただきたい」
「然り、いかに博愛の権能を持つ勇者様とて、いまだ幼い身。飢えたオーガの如き獰猛さで知られるヴルカノコルポの将兵の前では、遺憾なくその力を発揮できるかどうか」
「マチョリヌス国王陛下とて、敗れる為に戦に参る訳ではありません。ヴルカノコルポの抱える内紛の火種は小さくなく、間諜によると既に民が反乱を起こし、国内が不安定になっていると聞き及んでおります。時を稼げばそれだけこちらが有利になる、今無理に勇者様が前線に行く必要はないのです」
「勇者様はマチョリヌス国王陛下が望まれて召喚なされたお方。どうかどうか、その御身の尊き事をお分かりくださいませ」
「勇者様」 「勇者様」 「勇者様」 「勇者様」 「勇者様」 「勇者様」
みんながボクを勇者、勇者と言ってボクの事を心配してくれている。
その事自体はとても嬉しく思う。
ボクは王様が必要としてくれた存在で、世界を救う七人しかいない勇者の一人。
王女様がボクに向かって優しい声をかける。
「ソラタ、貴方は勇者である前にまだ幼い一人の子供なのです。どうか、その背に重荷を背負わないでおくれ。その荷は私たち、大人が背負うべき荷。貴方が無理にその心を砕いてまで、背負う必要はないのです。どうか、信じてほしい。マチョリヌスは必ずやヴルカノコルポを退け、貴方の安寧を守る事を」
王女様の言葉はとても優しくて、まるでお母さんのようだ。
ボクに傷ついて欲しくないという気持ちが、ボクが大切だという思いが伝わってくる気がする。
以前のボクなら、きっと王女様や偉い人たちの言葉を聞いて納得していたと思う。
誰かに守られる事を当たり前の様に受け入れていたと思う。
でも、絶界聖域でボクにも出来る事があるって分かった。
戦争を止められるかもしれない可能性を見つけられた。
だから、ボクは今までのボクとはほんの少しだけ、変わったんだ。
ちらりとアロガンシ王女に目を向ける。
アロガンシア王女は退屈そうに椅子に腰かけて、窓の外を見ていた。
眼をキョロキョロと動かして、ティグレさんやウルスブランさん、トレイクハイトちゃんの居る場所を確認する。
ボクが黙ったままなのを、戦争を止めに行くのを諦めたと思った王女様や偉い人たちは今度はプラテリアテスタの今後を話し始めた。
(ティグレさん、聞こえる?)
僕は小声でティグレさんに呼び掛けた。
「……ゴホン」
扉の前に立っているティグレさんがわざとらしく咳をしたので、聞こえているんだとボクは判断した。
ティグレさんの隣に立っているウルスブランさんも少し、そわそわしているのが見えた。
(お願いがあるんだけど、聞いてくれますか? ボクが合図したら、あの防御の魔術をボクにかけてほしいんだけど、とっても強く)
「……」
今度は返事がない、ダメって事だろうか。
(お願いティグレさん。ボクはどうしても戦争を止めたいんです。ボクに出来る事ならなんでもしますから)
「ん、今なんでもって」
急に大きな声を出したティグレさんに驚いた王女様や偉い人たちが話し合いを中断してしまった。
眉を寄せて、疑いの眼差しをティグレさんに向ける女王様。
「ティグレ侍従長、いかがした? 邪な気を大いに感じたが」
「気のせいです、女王陛下。ソラタ様が何でもしてくれるとか、ご奉仕してくれるとか、侍女の服着てくれるとか、あんな事やそんな事でグヘヘなんて事一切ありません、はい」
「近衛兵、すぐにティグレ侍従長を拘束せよ。ソラタよ、誠にすまぬが此度の戦争が終わるまで、部屋に居てもらう事とする。これも貴方を思っての事、どうか容赦してほしい。あと、ティグレは尻叩きな」
「横暴ではッ!?」
女王様が立ち上がり、両手を広げてボクに迫って来る。
さすがトレイクハイトちゃんやアロガンシア王女のお母さんだ、ボクがここを抜け出して戦争を止めに行こうとするのを見抜いてしまったようだ。
こうなったら、強引にでもどうにかしなくちゃ。
「アロガンシア王女、お願い聞いてほしいんだけどいいかなッ!!」
「断る。なぜ妾がうぬの願いを聞かねばならぬか。確かにうぬはプラテリアテスタの客人であり、我が父マチョリヌス王の友ではあるが、妾の友ではなかろうが。まぁ、我が怠惰なる姉君にはちゃん付けで呼ぶほどの友誼を結んでおるようだがの」
「そんな、一緒に魔術の訓練したり、ごはん食べたりしたよ。ボクたちもう友達だよ、アロガンシア王女」
「はん、友と言うのなら呼び方から考えたらどうだ勇者殿。王女と勇者、確かに物語にでも出て来そうな配役ではあろうよ。だが、その二人をうぬは友という間柄で語るか?」
「でも、ちゃん付けで呼ぶの嫌じゃないの? アロガンシア王女は可愛いとか言われるのは嫌だって、それにトレイクハイトちゃんがアロガンシア王女はお姫様って呼ぶと挽肉にするって、だからちゃん付けで呼ばれるのも嫌なのかなって」
「……我が怠惰なる姉君よ、憤怒なる姉君の後に話がある故、逃げるでないぞ」
なんだかアロガンシア王女が怒ってる気がする。
トレイクハイトちゃんがヤッベー、テヘペロとかよくわからない事を言って壺の中に体全体を隠してしまった。
体全部をどうやってあの壺の中に入れたんだろう、そんな事を思っている間に王女様がどんどん近づいてくる。
後ろ向きに下がっていると、壁にぶつかってしまった。
ティグレさんは拘束しようとする近衛兵の人たちをかわしながら、ボクの方に近づいてきていた。
ウルスブランさんは他の近衛兵の人がティグレさんに行かないように足をかけて転ばせたりしている。
少しムッとした表情のアロガンシア王女にボクは更に話しかけた。
「ごめんね、アロガンシア王女。てっきりちゃん付けで呼ばれるの嫌なんだって思ってた。だから、王女って呼んでたんだ。ちゃんを付けて名前を呼んでもいい?」
「ふん、そうだな、うぬがどうしてもと言うのなら、やぶさかではないぞ」
「うん、どうしても!! ボク、もっとアロガンシアちゃんと仲良くなりたいもの、だからもボクの事もソラタってもっと呼んでほしい!!」
「クハハッ!! 一国の王女にその物言い、不遜であるわ!! だが、許すぞソラタッ、妾は傲慢ゆえに寛容だからなッ!!」
口の端を獣の様に吊り上げて、アロガンシアちゃんは満面の笑みを浮かべて、一瞬でボクの前に立った。
アロガンシアちゃんの特徴的な赤い眼がキラキラと燃える様な輝きを放っているように見える。
その美しさにほんの一瞬心を奪われてしまう。
迫りくる王女様を片手から放つ魔力の圧で押しとどめながら、アロガンシアちゃんはボクに話しかけてきた。
「で、だ。ソラタよ、友であるうぬの願いならば聞き入れねばなるまいよ。言うがよい、うぬの願いとやらを」
「ボクは戦争を止めたいんだ、誰も傷ついて欲しくないから。だから、戦争が起こるその場所まで、ボクを飛ばして!!」
「クハハハハハッ、愉快な願いだ!! それでティグレか、よいよい、連れて行くがよいわ!! ティグレ、ソラタに防御魔術を何重にもかけるがよい、妾の一撃に耐えられるようになッ!!」
アロガンシアちゃんが右の拳に魔力を込める。
空間が歪むほどに。
それを見て、王女様が叫んだ。
「アロガンシアッ、何をしているのか分かっているのか!! ソラタを、勇者を失う事になるかもしれないのだぞッ!!」
アロガンシアちゃんは笑って答えた。
「クハハハハ、我が母上よ、異世界よりもたらされたこんな言葉を知っているか? かわいい子には旅をさせよ、艱難辛苦あってこそ子は育つのだッ!!」
「王女様、ごめんなさい!! 絶対に戦争を止めて帰ってきますから!! ボクは勇者である前に一人の人間なんだ、我がままで傲慢な人間なんだ、ボクはボクの願いを叶えるために、いってきますッ!!」
「傲慢なる妾を前に傲慢を名乗るか、クハハハハハッ!! 良いッ、ではその傲慢なる性そのままに、叶えてくるがよいわ己が願いを、成し遂げてみせよ我が友ソラタッ!!」
ティグレさんがボクに抱き着いて、防御の魔術をいくつも重ねがけした瞬間、アロガンシアちゃんはとても嬉しそうに、とても綺麗で可愛らしい笑顔で拳を振るった。




