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35・国境と大賢者

大地の国には国同士が決めた国境線の他に山や大河を国境線代わりとし、明確な国境線を定めていない国も多くある。

プラテリアテスタとヴルカノコルポもまた、明確な国境を定めておらず、国と国の間を流れる巨大な大河を国境線代わりにしていた。

この大河は対岸に立つ人間が豆粒ほどに小さく見える事から『ポワ・ディ・フルーヴ』豆の大河と呼ばれている。

本来なら様々な品物を他国へ輸出したり、他国から輸入したりする港町が存在するのだが、今はプラテリアテスタ、ヴルカノコルポどちらの港も封鎖され、幾人もの兵士が駐屯し物々しい雰囲気となっていた。

戦争の臭いを嗅ぎつけ、一儲けしようと商人や武働きで名を上げたり、一稼ぎしようと傭兵が流入してくるが厳しい身体検査が行われており、中々思うように動けずやきもきする者同士の衝突が散発する事態となり、港町の治安は段々と悪化していった。


「嫌になるね、この治安の悪化さえ相手の策略なんじゃないかと疑ってしまう。宣戦布告自体は既に出されたも同然なのだし、ヴルカノコルポがいつ攻めてくるか町の者も戦々恐々の日々だ」


声の主はプラテリアテスタの港町マッスールの町長、シスト・ラーザ。

自ら町の自警団も指揮するシストは五十代も半ばというのにその肉体は衰えを知らず、いまだ筋骨隆々とした体躯を誇っている。

だが、流入してくる傭兵や商人が巻き起こすいざこざが日ごとに増えていき、治安の悪化にともない自警団の活動が多忙を極めている事からか、その顔にはかなりの疲労感が漂っていた。


「ご安心くだされ、首都より数日内には本隊が到着いたしましょうギョ。ヴルカノコルポがすぐに攻めて来ぬのはプラテリアテスタの擁する風の加護を受けた小型軍船を主力とする水軍を恐れての事、確かにきゃつらめの大型軍船の火力は眼を見張るものがありましょうが、あの巨体の鈍重さでは我らが風の船にはかすりもいたしませんギョ」


シストの前に姿勢よく立つ丸眼鏡をかけた軍服の青年はプラテリアテスタがヴルカノコルポの動向を掴むために先んじて派遣していた先遣隊の隊長ギョナルド・ギョギョン、品行方正かつ実直なる魚人である。

国境であるポワ・ディ・フルーヴが両軍のにらみ合う場になるのは明白であった為、マチョリヌス王は勇者召喚を行う前から、水のスペシャリストである魚人で構成された先遣隊を港町マッスールに派遣していたのだ。


「マチョリヌス王はマッスールの民を無下には致しませんギョ。町の治安維持の為にマチョモス辺境伯から一個中隊規模の兵士が派遣されておりますギョ、こちらは一両日中にはこの町に到着予定ですギョ。マチョモス辺境伯派遣部隊と我ら魚人先遣隊の合流後は一部の兵士を治安維持に回しますよう仰せつかっておりますギョ」


生き生きとしたギョナルドの目にシストの苦笑いが映る。


「それは実にありがたい。商人相手ならともかく、飲んだくれの傭兵の相手は自警団員じゃ難しくてね。

ただ、言っちゃあなんだがヴルカノコルポの大軍が相手だというのに妙に傭兵志願者が多くてね、私の伝手で集めた連中も怪しんでたよ」


「それはつまりどういう事ギョ?」


「傭兵ってのは信用が命でね。金次第で簡単に立ち位置を変えるし、尻尾巻いて逃げちまう事もあるが仕事中に雇い主を裏切る事だけは絶対にしない、しちゃあいけないのさ。傭兵は裏切る、そういう風評が付いちまったら傭兵稼業は成り立たなくなるからさ。あいつらは基本バカだが、そういうところはきっちり線引きしてる。普通、誰だって勝てそうな所につくが、そういう所は報酬が低くなりやすい、大勢の傭兵がいくからな。自分の力に自信があるやつは逆に弱そうな所につく事がある、その方が報酬を吊り上げやすいしな。だから、ヴルカノコルポより兵力の劣るこちらに傭兵が集まる事自体は有り得ない事じゃない訳なんだが」


「その数が多過ぎる……ギョ?」


「あぁ、しかもヴルカノコルポには英雄っていう名うての傭兵組合に所属してるやつらが多く雇われてる。これ自体は割と有名は話で、中にはチート能力者もいるって噂話もある。チート持ちがいるって噂の軍を相手にしてやろうって割りにはこちらにつく傭兵たちの顔に覚えがない奴が多いのさ。チート持ちがいるかもって所とやり合うんだ、ちったぁ名の知れた奴でもない限り、こっちにつくやつは普通いねぇのさ」


「顔の売れていない傭兵、つまりは素性の知れぬ者、ギョギョ。……ヴルカノコルポの間諜の可能性もあり得ると言う訳ですかギョ」


ギョナルドの額に汗がにじむ。

敵方の間諜、スパイがすでにこちらの陣営に傭兵として紛れ込んでいるかもしれない。

寡兵であるがゆえにわずかでも戦力の増強をと、拙速に傭兵を取り込み過ぎた事を悔やむギョナルド。


「この地に派遣され、秘密裏に戦力を集めたつもりでありましたギョ、しかし余りに迂闊極まりない愚行となってしまったギョ……。いたずらにこの町の治安を乱したも同然、申し訳ないギョ、シスト殿!!」


「いやいや、ギョナルド少佐。貴方はよくやってくれてますよ。おおっぴらに兵を動かせないからと、自ら夜警をしてくださっている事、存じております」


「いえ、暖かきお言葉なれど、私のした事は間諜を引き入れたも同然ギョ。事が起こったなら、この身三枚におろされようと、この町の民を守る為に粉骨砕身する所存ギョ。町の警備体制の見直し及び、間諜の洗い出しを速やかに行いますギョ。町民への避難指示の方はシスト殿にお任せするギョ」


「お任せあれ。他の港町にも事が起こればすぐに民を内地へと避難させるよう指示しておきます。それに、これでも昔は傭兵として幾多の戦場を駆けたもの。この町にヴルカノコルポの船が乗り入れたなら国の為、民の為、この剛剣と謳われた我が剣の冴えお見せしよう」


「その時は我らが魚人の水魔術と槍術を組み合わせた、魚人魔槍術を以てその武に並び立ちましょうギョ。では、プラテリアの加護が有らん事をギョ」


「プラテリアの加護を」


二人は話し合いを終えると、それぞれが為すべき事の為に行動を始めた。

一方、対岸のヴルカノコルポの港町ニックリーン、通常の港としての機能の他に軍港としても整備されており、大型の貿易船と偽って、何隻もの軍船が常時停泊している。

だが、現在その軍船には整備員以外の搭乗員は誰一人乗船していなかった。

大河を挟んでのにらみ合い、通常ならば水上戦を制さなければ相手の領地に攻め込めない以上、いつでも出航できる準備をしなければならないはずである。


「本当によろしいのですか大賢者様。兵士を軍船に乗船させずに……」


少し緊張した様子で、ガタイの良い中年の軍人が桟橋の先端で横になって釣り糸を垂らす青年に声をかけた。

整った顔立ちで、細く引き締まった体に緩めのローブを着た青年は大あくびをして、軽く釣り竿を上げる。

餌を取られたのか釣り糸の先の針には何もついていなかった。


「はいはい、よろしいんですよ。王様の命令が出れば、パパっとオレが道を作りますんで。それまでオレはのんびりさせてもらいます。そっちはそっちで騎竜とか騎馬の準備しっかりしてくださいねー。オレがせっかく道を作っても馬や竜がちゃんと準備できてませんでしたーじゃ笑えないんで」


「は、はぁ」


余り納得のいかない顔をしたまま、中年の軍人は桟橋を後にした。

魔術で針に餌をつけ、もう一度釣りに興じる大賢者はボソリと呟いた。


「はぁ、あと何日待ってればいいんですかねぇ、退屈過ぎて一人で攻め込みたい気分ですよ。お金貰ってはやく家に帰りたい、借金さえなければこんな面倒な事しなくて良かったのに……」

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