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32・異邦の少年と輪

「アロガンシア王女ッ!!」


あまりの衝撃に大ケガをしたんじゃないかと不安になり、ボクはたまらずにアロガンシア王女の名前を叫んだ。

アロガンシア王女の元に駆け出そうとしたボクをトレイクハイトちゃんとウルスブランさんが引き留める。


「ソラタ殿、あの程度ではアロガンシアちゃんは大したケガなどしないでございます、落ち着くでございます!!」


「い、いけませんソラタ様!! あの場に近づくのは死にに行くようなもの、どうかご自重ください!!」


二人に腕を掴まれて、ボクは立ち止まる。

二人はもちろん、たぶんティグレさんにも心配させてしまっただろう。

弱く無力な自分が嫌になる。

今だって、ボクに気を取られたせいでアロガンシア王女は避ける事が出来ず、殴られてしまった。

情けなさに涙が出そうになる。

そんな情けないボク吹き飛ばす様にアロガンシア王女の笑い声が響く。


「クハハハハ、勇者殿、妾の手を煩わせる事なく戻って来たか。よい、よいぞ、褒めて遣わす。うぬは我がプラテリアテスタの客人である。つまりは妾の客でもある。如何に神とは言え、うぬへの狼藉など許す訳にはいかんからな、あのステルラを名乗ったあの神になにやら得体の知れぬ事をされたりなどあるまいな」


アロガンシア王女の言葉にカエルラさんに口移しでエリクシールとかいう液体を飲まされた事を思い出す。

それはそれとして、片手でリー・ロンファンさんの蹴りを受け止めているアロガンシア王女はどこか上機嫌な様子だった。

あれだけの衝撃だったのに本当にケガ一つしていない事にボクはとてもビックリした。


「えっと、それはその……別になにも……。あ、そうだ、アロガンシア王女、ケガとかしてないですか!? 凄い衝撃だったんですけど!!」


ボクの問い掛けにアロガンシア王女は眉をひそめ、掴んだままのリー・ロンファンさんを勢いよく何度も地面に叩きつけた後、ゴミでも捨てるかのようにポイっとそこらに放り投げた。

アロガンシア王女がボクに対して、なにか納得がいっていないような疑いの眼差しを向ける。


「おいおいおい、勇者殿よ、なんだその物言いは。微妙に頬を赤らめて言う言葉ではないぞ。申すがいい、許す。申せ、仔細を包み隠さずに、だ。うぬの返答次第では妾は神の信徒を辞し、神殺しを為さねばならぬぞ」


「だ、ダメですよアロガンシア王女、神様にそんな事しちゃ!! カエルムさんはボクの体を心配してくれただけですし、その、希釈したエリクシールをその、飲ませてくれただけです……」


「エリクシール、その名が勇者殿の口から出るだけでも驚くに値する。確かに、世の錬金術に携わる者共が、それを口にしたとなれば歓喜雀躍しよう。だがしかしだ、錬金の最奥である賢者の石、温かな赤い石、神の霊液とすら言われるエリクシール、その価値を勇者殿が知るとは思えぬ。ならば、それを飲んだ事による上気ではなかろう。別の理由で言い淀んだのではないか、妾は言ったぞ? 仔細を包み隠さずブベェッ!?」


突然、海老ぞりになって宙に浮くアロガンシア王女。

遅れてドンッと爆発にも似た大きな破裂音が耳に入る。

アロガンシア王女の背後にリー・ロンファンさんが拳を突き出した格好で立っていた。


「音越えの拳の味はどうだ? がら空きだったので存分に力を込めて打ち込ませてもらった。しかし、残心くらいはすべきであろうアロガンシア王女。あの程度でわしを仕留めたとでも?」


アロガンシア王女はボクと話している隙に背中を思い切り殴り付けられてしまったようだ。

リー・ロンファンさんは頭から血を流しているが、平気そうな顔をしている。

不意打ちなんて卑怯だと、声をあげたが、その声はアロガンシア王女の叫び声でかき消された。


「リィイイイイロンファアアアアアアンッ!! 妾とソラタが話していたであろうがッ!! 邪魔立てするとは万死に値すると知れッ!!」


「悪いが子供の時分から人の都合は気にしない質でな、優先するのは常に己の都合のみッ!!」


アロガンシア王女が海老ぞりの状態から無理矢理体をひねって、リー・ロンファンさんと向き合うが、その間にリー・ロンファンさんは一気に間合いを詰めていた。

宙に浮いている為、足の踏ん張りが効かないアロガンシア王女は襲い来るリー・ロンファンさんの拳を上手く避ける事が出来ず、防ぐしかなかった。

風を切り裂いて繰り出される無数の拳を防ぎながら、アロガンシア王女は舌打ちをした。

そして、顔とお腹に一発ずつ拳がめり込み、ドドンッと重く鈍い音がボクの耳に入る。


「アロガンシア王女ッ!!」


「ソラタ殿……まさか……」


トレイクハイトちゃんが驚いたような顔でボクを見ていた。

どうしたのだろうと思ったが、アロガンシア王女とリー・ロンファンさんの戦いが心配で目が離せない。

すぐに視線を戦う二人に戻すと、アロガンシア王女は自分の顔に叩きこまれた拳を噛みち切る勢いで喰らいついていた。


「おうひょのかおひ、こふしをたたきほふとは、ふけいであるお」


「ぐッ!?」


リー・ロンファンさんが痛みに顔をしかめた瞬間、その顔目掛けアロガンシア王女の足が凄まじい速度で蹴り込まれる。

ズドンッと大きな音が響き、真横にリー・ロンファンさんが吹き飛んでいく。

アロガンシア王女は噛みち切った拳の肉片をペッと吐き捨てて、蹴り飛ばしたリー・ロンファンさんへ更なる追撃をかけるべく、足に力を込めて着地と同時に大地を踏み砕く勢いで突進していった。


「残心か、なるほど。然りだな、きちんと仕留めておかねば話すら出来ぬわ」


一瞬で蹴り飛ばしたリー・ロンファンさんに追い付き、途方もない量の魔力を込めた拳を仕返しかのように顔面目掛け、振り下ろす。

リー・ロンファンさんは咄嗟に顔の前で腕を交差して防御したようだけれど、アロガンシア王女は構わずにその防御の腕の上から殴りつけた。

次の瞬間、爆弾が破裂したかのような爆音が響き渡り、地面が大きくえぐれ飛び、砕けた岩や裂けた木々が宙を舞う。

決着したかに思えたが、二人が激しくぶつかりあう轟音は鳴りやまず、その衝撃の余波であちらこちらの大岩や大地が次々と破壊されていく。


「なんという、戦いでしょう……。これが世界序列一位と戦闘系チート能力者の戦い……目で追うのも困難とは……」


ティグレさんがそう呟いた。

どういう事だろう、確かに二人の戦いは凄い迫力だったし、凄く早かったけれど眼で追えない程ではなかったと思う。

少し混乱するボクの目の前にトレイクハイトちゃんの顔、というか壺が迫ってきた。


「やはり、ソラタ殿。あの二人の戦いが見えていたでございますね? 絶位の魔術師で古き獣に連なる者、プラテリアテスタでも上位に入る武芸者であるティグレ殿ですら、完全には捉え切れていなかった二人の戦いを」


「え、えっと、どういう事なのトレイクハイトちゃん? 確かにボクにはアロガンシア王女とリー・ロンファンさんが戦っていたのは見えてたけど……」


「普通の人間には序列持ちやチート能力者の動きを目で追うなど不可能でございます。ソラタ殿は確かに勇者ではありますが、その権能は博愛のはず。戦闘系権能でない以上、ソラタ殿にはあの二人の戦う姿が視認できるはずがないのでございますよ」


「そ、そうなの? じゃあ、なんでボクに見えてたの、なんで?」


「わたくしが知りたいでございます。神と神域に行って何か変化があったのでございましょうか?」


「カエルムさんには、ボクと絶界神域を繋げて神核を定着させる事で反転属性がどうとか、神域と冥域とを繋ぐ中継点にする事でボクが底の国と繋がった問題は解決した、みたいな事は言われたけど……」


「は? ちょっと待って、理解が追い付かないでございます。底の国だけでなく絶界神域、天の国とも繋がったでございますか? は? それに神核? 神やその眷属の体内、もしくは魂内に秘められているという永久機関オルフェイレウス、それを構成する目に見えぬ程に極小な超高密度な魔力因子と言われている神核? それをソラタ殿に定着? え、ちょっと、ホントちょっと待って、でございます。底の国にソラタ殿の精神が落ちたのはわたくしがアレを飲ませた事が原因ではございましょうが、底の国と繋がってしまったのは恐らく全くの偶然であったはずでございます。それはまさに奇跡と形容してもいい事でございますよ、でも、しかし、それを神を名乗っていたとはいえ世界と人間を意図的に繋ぐだなんて……そんな……」


眼に見えて混乱している様子のトレイクハイトちゃん。

カエルムさんがボクにしてくれた事はどうやら、物凄い事だったのではと改めて思った。

プルプルと震えるトレイクハイトちゃんが心配になり、大丈夫か声をかけようとした瞬間、トレイクハイトちゃんはボクを押し倒して、お腹の上にまたがってきた。


「ソラタ殿、ソラタ殿、ソラタ殿ッ!! 戦争を止める為には何でもするって言ったでございますよね? ちょっと痛い事くらいなら我慢するって言ったでございますよね? ね? ね? ちょっとくらいなら解体してもいいって言ったでございますよね!!」


いきなりテンションが高くなったトレイクハイトちゃんに圧倒されてしまう。

顔は見えないけれど、なんだか凄く怖い。


「トレイクハイト様、お気を確かにッ!! ウルスブラン、トレイクハイト様をお止めなさい!! ソラタ様にまたがるなんてうらや、ゲフン……。羨ましいッ!!」


「ティグレ様、本音を隠せていませんよッ!?」


ウルスウブランさんが力ずくでなんとかトレイクハイトちゃんを引き離してくれた。

ウルスブランさんに両脇を掴まれて、宙ぶらりんの状態になっているのにトレイクハイトちゃんはじたばたと手足を振って暴れている。


「離すでございますウルスブランッ!! ソラタ殿の気が変わらぬうちに全身くまなく隅々まで、そう隅々まで調べ尽くすのでございますッ!! 」


「トレイクハイト様、落ち着いてくださいませッ!! 今はそのような事をしている場合ではありません!! 」


「今だからこそでございますッ!! ソラタ殿の体を調べ、どのような変化が起こったのかを調査すれば、ソラタ殿の望む力の使い方が分かるかもしれないでございましょう、たぶん!! だから先っちょだけでも解体をーー!!」


「たぶんではダメです!! それにただ解体したいだけではありませんかッ!?」


ボクが望む力の使い方、それは確かにボクも知りたい事だ。

少しカエルムさんが言っていた事を思い出す。

神域と冥域との中継点になった事で、魂の浄化とか色んな事が出来る様になって、世界の理に干渉する力を持ったって言っていた。

ヴィーゲベルト、この世界の循環システムの一端の行使が可能になる、循環ってクルクル回るって事だよね確か。

不意に記憶にない知識が思い浮かんだ。

大地の国で死んだ人は体が分解されて、魂とか精神が底の国に落ちていく。

そして底の国で魂の浄化によって魂を細かく小さくして、天の国へ上って行って真っ白な魂に再構築される。

再構築された真っ白な魂は大地の国へ降りて人に宿って肉体を得る。

クルクルと回る流れ続ける丸い輪っかの様な繰り返し。

円、輪っか、世界の循環。

そのイメージのままに魔力の流れを操作し、上に向けた両の掌に魔力を集中させる。

属性の異なる神域と冥域の膨大な魔力をボクに繋がっている経路から、取り出して混ぜ合わせていく。

気付くと、輝く光の輪と真っ暗な闇の輪が重なった様な状態でボクの手の上に現れていた。

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