31・異邦の少年と戦い
白い渦の中を走り抜ける。
まだ、戦争は始まってないはずなのに、何かとても強い力を進む先に感じていた。
この先は絶界聖域に繋がっているはずだから、この強い力はアロガンシア王女の物だと初めは思っていたけれど、もう一つとても強い力を感じた。
たぶん、アロガンシア王女は戦っているんだ。
とても強い誰かと。
急に不安になってしまう。
アロガンシア王女と誰か知らない人との戦いの圧力の様な物を感じただけで、ボクは少し怖くなってしまったから。
一歩ずつ前に進む度にどんどん力の圧力が強くなっていく。
でも、アロガンシア王女が戦っているのなら、止めないと。
アロガンシア王女と誰かの戦いを止められないなら、ボクが戦争を止めるなんてきっと無理に決まっている。
それにアロガンシア王女やトレイクハイトちゃん、みんなにいきなり絶界神域に行くなんていって心配をかけてしまっているのだ。
顔を見せて、少しでも早く安心させたい。
早く戻りたい気持ちと立ち止まりたい恐怖心が混ざり、進む足が重くなる。
それでも、成し遂げたい事がボクにはあるのだから、立ち止まる訳にはいかない。
意を決して、足を進め白い渦を通り抜けた。
瞬間、物凄い衝撃が襲い掛かった。
「うわわっ!?」
衝撃で転びそうになるのをなんとか耐えて、辺りを見回す。
どうやら、絶界神域に移動する前にいた廊下のようだ。
外の方でとても強い力を二つ感じる。
一つはアロガンシア王女だとすぐに分かったが、もう一つは誰か分からなかった。
すぐに外へと向かって走り出す。
走っている間にも何度も強烈な衝撃と轟音が響いている。
外へと繋がる扉を押し開けて外に飛び出て、まず目に入った光景にボクは驚いてしまった。
この場所は気持ちよい風の吹く草原だった。
だが、今は草原と言って良いのかすら分からない状態になっていた。
そこかしこの地面に大きなひび割れがあり、大きくえぐられた様な穴が無数、少し離れた場所にあった小高い丘は真ん中の部分が無くなっていて、向こう側の景色が見えている。
人と人同士の戦いでこんな事になるのだろうか、と混乱していると声をかけられた。
「おお、ソラタ殿ッ!! ご無事でなによりでございますよー!!」
「トレイクハイトちゃん、それにティグレさんとウルスブランさんも!! 大丈夫ですか!?」
少し離れた場所にトレイクハイトちゃん、ティグレさん、ウルスブランさんの三人が固まって立っていた。
三人は何か半透明な膜の様な物に覆われていて、どうやらバリアの様な魔術で身を守っているようだった。
ボクに気づいたティグレさんとウルスブランさんが安心したような表情になり、すぐに真面目な顔つきに戻った。
「ソラタ様!! よくぞ、よくぞご無事で!! ウルスブラン、ソラタ様を!! もはやこの一帯周辺はアロガンシア王女と武神リー・ロンファンの戦闘範囲、早く!!」
「は、はい!! ソラタ様、失礼をばッ!!」
ティグレさんの言葉にウルスブランさんが素早く動き、瞬く間にボクの元に走ってきた。
ウルスブランさんはやや乱暴にボクを抱きかかえ、力強く大地を蹴って一気にバリアの中に移動した。
バリアの中に入った瞬間、少し離れた所でドゴンッと大型車同士が猛スピードで激突でもしたかの様な轟音が幾つも鳴り響き、衝撃が襲ってきた。
バリアのおかげなのか、それほど強い衝撃ではなかったけれど、凄まじい迫力だった。
「あの、今アロガンシア王女と武神って言いましたけど、アロガンシア王女は大丈夫なんですか!?」
「まぁ、アロガンシアちゃんを心配するのはこの世界ではソラタ殿くらいでございましょう。しかし相手が相手、無傷とはいかないでございますね。なんせ世界序列一位とまともに打ち合える戦闘系チート能力者、武神の二つ名を持つ隻眼の男、リー・ロンファンが相手でございますからね、二人の戦いは万の軍勢同士の戦いに匹敵するでございましょう。巻き込まれたらひとたまりもないでございますよ」
「でもダメだよ、二人を止めなきゃ、ケガなんてしたら大変だもの!!」
「いやしかしでございますよ、あの二人を止める止めない以前の話でございますが、まずあの二人の速度に我々は対応できないでございます。ティグレ殿とウルスブランですら、二人の戦いに割って入るのは無理でございますからね」
「そんな――」
ボクは何もできないのだろうか、このまま守ってもらうだけしか、見ているだけしかできないのだろうか?
カエルムさんは言っていた、冥域と神域の中継点になったボクには色んな事が出来る様になったって。
考えなきゃ、今のボクに何が出来るかを。
その力はもう、ボクの中にあるはずなんだから。
何かないだろうか、二人を止める方法が……。
「ねぇ、トレイクハイトちゃん。二人が戦う理由ってなにかあるの? この国と別の国との戦争が理由だったりするの?」
「んー、リー・ロンファンは確かに戦争の為に雇われた傭兵との情報はございますが、本人にとってはそこはどうでもいい事でございましょう。あの男は以前、アロガンシアちゃんと戦って負けてるでございますから、その雪辱を晴らしに来た、と考えた方がしっくりくるでございますね」
アロガンシア王女と戦う事が目的なら、きっとボクが何を言っても聞いてはくれないだろう。
話し合いで解決なんて無理かもしれない。
でも、どうしたら戦いをやめてくれるだろうか。
ボクが戦って二人を止めるなんて無理だし、トレイクハイトちゃんやティグレさん、ウルスブランさんにもそんな事させたくはない。
リー・ロンファンさんの戦う理由がアロガンシア王女に戦って勝つ事なのだとしたら、それが出来なくなれば戦いをやめてくれるんじゃないだろうか。
戦う理由、勝ち負けの有無、それがなくなれば戦う意味がなくなるはず。
「ソラタ様、トレイクハイト様、もう少し下がった方がよいでしょう。私の防御結界の中からでないよう、私に合わせてゆっくりとお下がりください」
ティグレさんはそう言うと、ゆっくりと下がり始めた。
それに合わせて、ボクたちも移動する。
その時、十数メートル先にアロガンシア王女と片目にケガをしている男の人が空から凄い勢いで落下してきて、地面に激突した。
激突の衝撃で地面が地震の様に大きく揺れる。
もうもうと立ちこめる砂煙が風で晴れていくと、その中にボロボロの格好のアロガンシア王女と肩を揺らして荒い息を吐く片目にケガをした男の人が立っていた。
「はぁ、はぁ、さすがに世界序列一位。多少鍛えた程度ではまだ足りぬか」
「ふん、多少鍛えた程度とはよくほざいたものよなリー。前は妾に触れる事すら出来ずに地を舐めたうぬが、こうも化けるとはな。チートとはまっこと鬱陶しい事この上なしよ」
「神より与えられたチートなる力で戦うなど確かに愚か極まりないが、それも含めて今のわしよ。おかげで以前の世界では想像だにしなかった者と拳を交わす事が出来ている。その事に関しては神に感謝するしかあるまいな。そして、我が力は未だ限界にあらず。この戦いのさなかにも、更に研ぎ澄まされているとしれい、その涼やかな顔、今に歪めて見せよう」
「クハハハッ、良いぞその戯言許す。妾を楽しませてみせ……よ……」
不意にこちらを向いたアロガンシア王女と目があった。
アロガンシア王女はボクを見つめたまま、一、二秒ほど目をぱちくりさせていた。
「ソラタ、戻って――」
「隙ありィいいいいいッ!!」
ボクの方に向かって歩きだそうとしたアロガンシア王女に向かって、リー・ロンファンさんが凄まじい速さで飛び掛かり、硬く握り締めた右の拳をまっすぐに突き出した。
その拳がボクに気を取られて横を向いていたアロガンシア王女の頬に思い切りめり込む。
更にリー・ロンファンさんはアロガンシア王女の頬にめり込ませた右の拳をすぐさま引き戻して、その反動で指先を伸ばして揃え、尖らせた様な形にした左手をアロガンシア王女のお腹辺りに刺すような勢いで突き出した。
アロガンシア王女はその突きを体をひねってかわし、伸びきった左腕を掴んで力任せに投げ飛ばす。
凄まじい勢いで宙高く放り投げられたリー・ロンファンさんは足に集中させた魔力を放出して、体勢を整え、空中を蹴る。
バンッ、と破裂音がしてリー・ロンファンさんがもの凄い勢いで加速し、アロガンシア王女目掛けて地面へと落下した。
再び、轟音が響いて地面が爆発したかのように弾け飛び、その衝撃で地震の様に大地が揺れた。




