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30・異邦の少年と神の愛し児

ヒール。

癒しの呪文、ゲームや漫画なんかでよく出てくるものだ。

絶界聖域で唱えた時は何も起こらなかったけれど、今回はちゃんと発動したようだった。

ボクと真っ黒な影を囲むように描いた円がボクのヒールの呪文に反応して光り輝きだした。

真っ黒な影はその光を浴びて、光の粒になってボクの中に吸い込まれていく。


《あぁ……ありがとう》


「ううん、ボクの方こそありがとう。ボクだけじゃきっとどうにも出来なかった、貴方たちも手を伸ばしてくれたからボクはその手を掴めたんだよ。だから、ありがとう」


真っ黒な影はどんどん光の粒となって、最後には消えてなくなった。

しっかりとは分からなかったけれど、あの真っ黒な影は最後に笑ってくれた気がした。

気付くと山とあった遺体の数々も塵となって消え去っていた。

たぶん全員ボクを通じて底の国に行ったんだと思う。

そっと目を閉じて手を合わせる。

底の国に行った魂たちが安らかに眠れますように。


「あ、名前……聞きそびれちゃったな」


(あの者たちの総称ならばミヌス。肉体より離れ、影に落ちた魂はそう呼ばれる)


「ミヌス……。そうなんですね。ミヌスさんたち、またいつか会いましょうね」


胸に手を当ててそう呟く。

ほんの少し、胸の奥が暖かくなった気がした。


(モデル天使の模造種五十八体に対し、冥域機構のシステム強制起動により魂の浄化が実施、個体名ソラタに接続された経路より細分化された魂片は冥域に移行。精神構成物質アストラル及びエーテルの異質権能への格納を確認。神核の摂取に成功、神域との接続および神核の定着作業工程に移行する」


そういってカエルムさんは自分の胸に手を当てた。

何をするのだろうと見ていたら、突然自分の胸を手でえぐり始めたのだ。


「な、何してるんですかカエルムさんッ!? 血が沢山出てるじゃないですか、死んじゃいますよッ!!」


(問題ない。これは生物の血液とは異なり、多量に流出しようと生命活動の維持に支障をきたす事はない。先程そなたに与えた希釈エリクシール、その原液と認識して構わない。永久機関オルフェイレウスの摘出完了、個体名ソラタへの接続を開始する」


カエルムさんは自分の胸の中から、揺らめくような赤みがかった金属の塊を取り出した。

見た目は金属その物なのに、心臓の様にドクンドクンと脈打っている。


(個体名ソラタ、永久機関オルフェイレウスへ掌を)


「え、あ、はい」


そう言われてボクは永久機関オルフェイレウスという名前らしい金属の塊に掌を向ける。

すると、永久機関オルフェイレウスから太目の糸の様な物が伸びてボクの手に巻き付きだした。

そして指の先や手首辺りにチクリと、わずかな痛みが走った。


(末梢神経系から中枢神経、脳へ到達後、全身の門を開きアストラル及びエーテルへ、魂へ直結し異質権能に格納された基底状態の神核を励起状態へ移行。なお経路接続に伴う痛覚刺激は刹那の間、すぐさま永久機関オルフェイレウスを経由して接続された神域機構から異質権能に格納された励起状態の神核へ修復命令が下される)


「へ? ひっ――ぎぃッ!?」


掌から腕を通って肩へ、更に肩から首を通って頭に焼けた針金を突き刺された様な熱く鋭い痛みが通り抜けた。

痛みの感覚はほんの一瞬で今はもう痛みはまったくないけれど、痛みが走ったという感覚だけはしっかりと残っている。

今まで味わった事のない痛みであり、もう二度と味わいたくはない痛みだった。

手に巻き付いていたものがひとりでにほどけた後、自分の手の様子を見てみたが、どこにもケガはなく血の一滴も出ていなかった。

カエルムさんが永久機関オルフェイレウスと呼ぶ金属を胸の中に押し込むと、一瞬で胸の傷が消えてなくなった。


「カ、カエルムさん、あの、あんなに痛いんだったらもっと早く教えてくれてたら、なんというか、心構えができたんですけど……」


(精神的対ショック機構の有無にかかわらず、痛覚刺激の強弱に変化は生じない。痛覚刺激の知覚、除去を確認。これを以て神域機構との接続を完了。これ以降、神域からの継続的な指向性エネルギーの供給により神核の励起状態は維持される。神核の完全定着まで5,4,3,2,1、神核の完全定着を確認。反転属性のインストールを終了。個体名ソラタの内包する神域機構、冥域機構共に問題なく稼働。おめでとう個体名ソラタ、そなたは生きながらにして、神域と冥域を繋ぐ中継点となった)


「えっと、どういう事ですか? 確か神核っていうのを摂取すればボクのエラーが無害化とか言ってたと思うんですけど」


(無害化に成功したとの理解で構わない。対消滅は神域機構と冥域機構の完全調律が必要、モデル天使の医療特化型及び情報制御型のサポートがあれば、安全に対消滅の実施が可能だった。我単体での完全調律には冥域機構からの因子の流入の恐れから、成功確率は3パーセント。より確率の高い永久機関オルフェイレウスの直接接続による神核の励起状態への移行を以て神核の摂取及び定着を行った。むしろそなたの魂の浄化工程の前段階でのモデル天使の模造種の精神複合体との対話の方が失敗確率が高く、そなたの死の可能性も大いにあった。理解しかねる行動と認識する)


「それは、その……危ない事してごめんなさい。自分でもよく分からないけど、話さなきゃって思ったんです。あの……ホントにごめんなさい」


(人種の思考プロセスは我らとはその根幹フォーマットが異なるゆえ、その行動様式の理解は難しい。ただ、そなたがそうすべきと思ったのなら、それはそうすべきであった事と理解せよ。それはそなたに与えられし異神からの恩寵と知れ)


「異神からの恩寵? それって――」


(個体名ソラタへの冥域機構接続に付随する諸問題はこれにて解決とする。神域機構と冥域機構の中継点となった事で今後は任意での魂の浄化、魂片の回収、アストラル及びエーテルへの接続、魂の再構成が可能となった。それらに付随し、下位互換である聖域機構のシステム権限も一部使用が可能となる。肉体の分解及び再構築。つまり管理世界ヴィーゲベルト内での循環システムの一端の行使が可能になるという事。それは世界の理に干渉する力、神如き力と知れ。徒に扱えば世界が滅ぶ力であると心せよ)


「え? それ凄く怖いんですけど……ボクには凄すぎる力だと思うんですが……」


(ゆえに、人種同士の争いを諫める事も可能となる。力とは争いを生むだけではない。抑止する事もまた力の一端である)


カエルムさんに言われ、ハッと気づく。

今、ボクの手には神様と同じ力があり、それをうまく使えば戦争を止める事が出来るとカエルムさんは教えてくれたのだ。

まだ、何が出来るのかは分からないけれど、何かが出来るはず。

ギュッと手を握り締め、決意する。

必ず、戦争を止めて見せると。


「ありがとう、カエルムさん。ボク、やってみるよ。誰も傷つかず死なない、そんな神様の奇跡みたいな事を」


(神の奇跡の実行は人種には不可能。であるが、そなたは神如き力を持つ人である。ならば、そなたはそなたの為すべきを為せ。ただ待つ者の上に神の奇跡は舞い降りぬ)


「うん、ボク頑張る!! みんなには笑っていてほしいもの!!」


カエルムさんの顔はやっぱりよく分からないけれど、今は笑ってくれている様な気がした。


(神核の摂取、定着を以て冥域機構のシステムエラーを解消。個体名ソラタの冥域機構との接続に関する諸問題はこれで解決とする。また神域と冥域との中継点となった人種は今までに存在しない。個体名ソラタよ、そなたの身に今後どのような影響がでるかは、我を以てしても計り知れぬ混沌そのもの。そなたがそなたであり続ける事を我は願う)


カエルムさんがそう言うと、ボクの目の前に白い渦が現れた。

絶界神域にやって来る時に通ったこの白い渦を通れば元の場所に帰れる。

ふと思った、カエルムさんは神様だし、きっとそうそう会う事はないんじゃないだろうかと。

だから、聞きたい事を聞いてみる事にした。


「あの、カエルムさん、最後に一つ聞いて良いですか?」


(構わない)


「えっと、なんでボクに、こんなに親切にしてくれるんですか? ボクとカエルムさんは今日、初めて会ったのにどうして?」


(初めはそなたの持つ恩寵ゆえ、しかし今は多少違う。恩寵の影響下であるとは言え、我はそなたそのものに興味がわいている。そうだな、人の言葉でいうならば、我はそなたが好きなのだよ)


「あ、あの、その、ありがとうございます、ボクもその、カエルムさんの事好きですよ、まだ会ったばかりですけど、きっとカエルムさんいい人だから。ん? いい人じゃなくていい神様なのかな?」


(フ、フハハハハハ。やはり人は分からぬ。ゆえに愛しいものよな)


少し小首を傾げながら混乱するボクを見て、カエルムさんは声を上げて笑った。

変な事言っちゃったかな……。


「あの、それじゃ、ボク行きますね。色々ありがとうございましたカエルムさん」


(あぁ、気にする事はない。これらの行動は我の好意であるとの理解で構わない)


「じゃ、いってきます!!」


(息災であれ、神の愛し児。生まれながらの神子よ)


カエルムさんに手を振って、ボクは白い渦へ走り出した。

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