3・異邦の少年とお姫様
白い光の渦を越えたボクの目に飛び込んできたのは壁や天井に複雑な彫刻のある広く綺麗な部屋だった。
部屋の奥に見える豪華そうな椅子はきっと王様の玉座だろう。
この部屋の壁や天井の彫刻に負けないくらい凝った模様が彫り込まれていて、まだ誰も座っていないのになんだか近づきがたい雰囲気がある。
足元に目をやると、真っ赤な絨毯が玉座まで続いていてまるで道の様に見えた。
その玉座への道をはちきれんばかりの白い光の渦を越えたボクの目に飛び込んできたのは壁や天井に複雑な彫刻のある広く綺麗な部屋だった。
部屋の奥に見える豪華そうな椅子はきっと王様の玉座だろう。
この部屋の壁や天井の彫刻に負けないくらい凝った模様が彫り込まれていて、まだ誰も座っていないのになんだか近づきがたい雰囲気がある。
足元に目をやると、真っ赤な絨毯が玉座まで続いていてまるで道の様に見えた。
その玉座への道をはちきれんばかりの大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋たちが織り成す魅惑の立体構造ハムストリングスを揺らめくマントから垣間見せながら王様は歩いていく。
マントの下に隠されているが、その大型の肉食獣を思わせる広背筋や僧帽筋たちから溢れかえる気力の満ち様は見る者を圧倒していた。
ボクは改めてこれが王様という存在なのだと思った。
そして、王様は玉座の前でボクの方に振り返り、その威厳にあふれた肉と肉が結集し奏でる筋肉のオーケストラとしか形容のしようがない玉体を玉座へと静かに収めた。
「ソラタよ、お主は我がプラテリアテスタの客人であり、この世界ヴィーゲベルトへと召喚された勇者の一人である。その待遇は我が友として扱うゆえ、何か不満などあれば遠慮せずに申すがよい。そして世界の為とは言え、まだ幼きお主をこちらの都合で呼び寄せた事、誠にあいすまぬ。改めて謝罪をしよう」
王様が再び頭を下げる。
周りを見ると、ティグレさんやウルスブランさん、他にもさっきの草原にいた赤い壺をかぶった子や怪しいローブを着た人達が片膝をついて頭を下げていた。
「えっと、あの…その…実はボク少し記憶が混乱してて…。まだなにが何やらよく分かってないんですけど…。だから、大人の人にそんなに謝られても何というか、…困ります、はい…」
しどろもどろになりながらボクがそういうと、赤い壺をかぶった子が立ち上がりボクの前までトコトコとやってきた。
壺ごしなのでよくわからないが、ジロジロと見られている感じがする。
「…召喚酔いでございましょうか? 記憶の混濁は勇者召喚などではたまにある事でございますし。いずれ元に戻るでございましょう。しかし、やはり稀にみる異質な魔力の波動。現在確認されている勇者の方々とはまた違った異世界より召喚されたとみるべきでございますか。…もっと、詳しく調べたいでございますねぇ。ソラタ殿、多少解体してもよろしいでございますか?」
「か、解体!? それはちょっと…痛いのは嫌です…」
いきなり解体などと不穏な言葉が出てきて、驚くボクに対して赤い壺をかっぶた子はお構いなしに近寄ってきて、ボクの服を掴み脱がせ始めた。
「大丈夫でございます、大丈夫でございます、ちょっとだけでございますから、先っちょだけでございますから、ちょっと天井に刻まれている神々の数を数えている間にすぐ終わらせるでございますから」
「う、うわぁーー!? ちょっと、やめ、やめてください!! ていうか、この子力強い――ってパ、パンツを引っ張らないで!!」
上着だけでなくパンツすら脱がされそうになったところで、赤い壺をかぶっていた子がいきなりボクから離れた。
離れた、というか引きはがされたというべきか。
「…すまぬソラタよ。その者の悪癖がでてしまった。トレイクハイトは珍しいモノに目が無くてな。すぐ解体し調べようとしてしまう。我が国の技術開発研究院の筆頭であるゆえその優秀さは本物、多少の理不尽は許してやってほしい。ティグレ、そのままトレイクハイトを掴んでおくよう」
「かしこまりました。トレイクハイト様、どうかご自重くださいませ。ソラタ様はプラテリアテスタ唯一の勇者、その体に何かありますれば魔王討伐、ひいては世界の平穏のさしつかえとなります」
ティグレさんに脇の下を掴まれ、高い高いされている赤い壺を被った子、トレイクハイト…くん? はまだボクを解体したいのか掴まれたままじたばたと手足を動かしている。
「離すでございますティグレ殿。なにもバラバラにしようとしている訳ではないのでございますよ。解体という単語は語弊があったでございます、多少採取したいだけでございます。血液、髪の毛、唾液、爪、肉片とかあとせいえ――」
「トレイクハイト様。国王陛下の御前でございますゆえ、品位を欠くお言葉は慎まれますよう」
「品位や品格をどうこうなどという面倒臭いものはわたくしには必要も関係もないと思うのでございますが?」
「品位、品格を必要ない、関係ないとおっしゃいますか。プラテリアテスタ第二王女であらせられる御身に品位や品格が必要ないと? 」
「わーティグレ殿お怒りでございますね? 絶対怖い顔してるでございますね? 眉間にしわを寄せてるでございますね? 」
「王女殿下に怒りを向けるなど不遜、不敬の極み。そのような事は決してございません」
「誠でございますかー?」
「プラテリアの神に誓いまして」
ティグレさんは笑顔なのになぜか怖く感じる。
ピーマンとかニンジンなんかを残した時とか、宿題しないで遊びに出かけてたのがバレた時のおかあさんくらい怖い。
と言うか、え? 第二王女…?
「え…、お姫様? 」
不意に出た言葉に王様が反応する。
「うむ、紹介がまだであったな。その者はプラテリアテスタ技術開発研究院筆頭にして我が娘である。トレイクハイト挨拶を」
王様に名前を呼ばれたトレイクハイトちゃんがティグレさんに掴まれたまま服の裾をつまみ、優雅に一礼してみせた。
「面倒でございますが…、国王陛下のご紹介にあずかりました、わたくし、大地の国が一つ、草原の神プラテリアの加護を与えられたプラテリアテスタ国の国王、マチョリヌス・イリガリウス・トレ・プラテリアテスタの第二子、トレイクハイト・アルベルティーナ・ドゥーエ・プラテリアテスタでございます、よしなにー。あとお姫様なんて可愛らしい呼び方は末っ子のアロガンシアちゃんにはなさらない方がいいでございます。挽肉になりたい性癖があるのなら別でございますが」
「トレイクハイト様、ソラタ様はまだ幼い子供である事をお忘れなきよう」
「そうでございますね、肉体年齢から見れば確かにまだ子供、失礼したでございます」
王様の子供でお姫様だからってボクより小さいトレイクハイトちゃんに子供、と言われるのはちょっとカチンときた。
「ボ、ボクは今年で十歳になります。そ、その、ボクより小さいトレイクハイトちゃんに子供っていわれるのはなんだか、ちょっと、あれ、なんですけど…」
みんなが黙ったままボクを見ている。
お姫様に酷い事を言ってしまったのかと少し怖くなってきた。
「…今年十歳という事は、今は九歳の一桁と言う事ですね? 」
「え、えっと、その…はい」
ティグレさんはトレイクハイトちゃんをウルスブランさんに預け、なぜかボクに近づいてきて、わざわざしゃがんで目線の高さを合わせ、ボクの肩をグッと掴んだ。
なんだか目が怖いし、ちょっと鼻息が荒い。
「…はぁ。ティグレ、控えよ」
ため息混じりに王様がティグレさんに声をかけた。
ティグレさんはビクッと体をふるわせて、ボクのそばから少し離れてコホンと咳を一つした。
「ソラタ様、失礼いたしました。どうかお許しを」
そう言って、ティグレさんは壁際まで下がっていった。
それを見ていたウルスブランさんが苦笑いを浮かべている。
「ソラタよ、重ねてすまぬ。それと一つ訂正だ。トレイクハイトはお主よりも歳は上である。倍以上な」
「え? 」
トレイクハイトちゃんがボクより倍以上年上?
と言う事は、えーっと…十八歳よりも上って事?
ボクより小さいのに?
「ソラタ殿がなにやら乙女の秘密に考えを巡らせているでございますね。乙女の年齢を詮索するとは破廉恥でございますよ」
「はれんち…ってなに? 」
聞きなれない単語にボクは小首を傾げる。
壁際のティグレさんが「無垢…」と呟いたのが聞こえた。
そして鼻息がまた荒くなった気がした。
「トレイクハイト、其の方も控えよ。話が進まぬゆえ」
「これはこれは申し訳ないでございます。わたくし、しばし黙るでございます」
王様がトレイクハイトちゃ…さんにそう声をかけると、トレイクハイトさんはかぶっている赤い壺にバッテンの形に指を動かした。
シンと辺りが静まり返ったのを確認して、王様がおもむろにアメリカでよく見るような巨大ステーキよりも分厚い大胸筋を2度3度と揺り動かし、改めてボクを見た。
「では、ソラタよ。幼きお主をこの世界に勇者として召喚した理由を説明しよう。まず、この世界には七つの脅威と世界の敵である魔王種という存在が――」
その時、王様の言葉をかき消すほどのとても大きな音、爆弾でも爆発したかのような音が響き、玉座の間全体が振動した。
「何事かっ!? 」
そう叫ぶと、王様の筋肉たちがただちに隆起し、その静寂の中にあっても威厳を称えていた肉の玉体がすかさず獰猛な野獣を思わせる警戒態勢をとるのが見えた。
そして、ほんの少しの時をおいて、もう一度大きな音が響き、玉座の間の天井の一部、ちょうど玉座の真上が爆発したように弾け飛び、そこから何かが凄い勢いで落下してきた。
「ウルスブラン、ソラタ様をッ!!」
「は、はいッ!!」
ティグレさんが玉座へと駆け出し、ウルスブランさんはトレイクハイトさんとボクをその背中に隠した。
一瞬の出来事でなにが起きたのか分からなかったけれど、落下してきた何かにティグレさんがもの凄い速さで飛び掛かったのは見えた。
けれど、ティグレさんは落下してきた何かに弾き返されてしまった。
そしてそのまま、天井から落ちてきた何かは王様に激突した。
もの凄い音をたてて、玉座の間がまた振動する。
もうもうと立ち込める砂煙のせいで何が落ちてきたのか、王様がどうなったのか分からない。
ざわつく周りの人たち、すぐさま玉座の間の外から大勢の兵士が集まってきた。
砂煙の中でゆらりと動く影が見える。
剣や槍を構えた兵士の人たちがジリジリとその影に近づいていく。
その時、凛とした女の子の声が玉座の間に響いた。
「ふむ、どうにも踏み心地のよいクッションがあったかと思えば。おお、我が愛するプラテリアテスタ国国王であらせられる我が父ではないか。己が娘の為にその身を捧げるとは見上げた心意気である。妾は感極まり滂沱の涙を流したいところだ」
砂煙の中に影が手を振るうと、ブワッと風が巻き起こり砂煙が一瞬で晴れた。
そして、声の主と思われるとても綺麗な女の子が王様の交差された鋼の強靭さと巨木の如き太さを誇る両腕の上に立ち、血塗れでありながらも優雅にその威容を誇っていた。
「ア、アロガンシア!? 」
驚愕の声を上げる王様に対し、アロガンシアと呼ばれた女の子は王様ではなく兵士やボクたちの方を見て、口の端を吊り上げて、まるで獣の様な笑顔のまま高らかに叫んだ。
「如何にも、妾こそ、プラテリアテスタ第七王女にして世界序列一位!! アロガンシア・マルタ・セッテ・プラテリアテスタである!! 頭が高いぞ、平伏せよッ!!」