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28・王と家族

「神、神、神ッ!! よくもよくも、妾がその信徒としてあるを慮らぬかッ!? 妾の目の前で、妾の手の届く範囲でッ!! おのれおのれおのれおのれぇッ、神と言えどその横暴、許すまじッ!!!!」


苛立たしさをまるで隠そうとせずにアロガンシアは荒れに荒れる。

その憤りは神が相手と言えど僅かばかりも曇らない。

アロガンシアの傲慢さを知る身内としても、神への冒涜に近いその物言いはたしなめざるを得なかった。

プラテリアテスタの王であるマチョリヌスがアロガンシアの激しい言葉を筋肉魔術ポージングを用いて諫める。

アロガンシアに対して右半身を向け、上半身を軽くひねり右の大胸筋を強調する。

もちろん息を吸い、胸郭を広げる事も忘れない。

更に、右の踵を少し上げながら右膝を軽く曲げる事でハムストリングスの強靭さをアピール、腕の筋肉の厚みを前面にだしつつ、その腕を逆の腕で掴んで体に引き付ける事で肩のカットを見せつけていく。

肩から胸、そして足への筋肉の厚みのラインを形成する事で魔力の流れを澱みなく全身に循環させる。

全身に魔力を充実させ、筋肉を更に引き締め威厳を高めていく。

この筋肉魔術ポージングの放つ筋肉の圧の前にはさすがのアロガンシアと言えど、言葉を飲み込むしかなかった。


「落ち着くのだアロガンシアよ。神へのその物言い、神の信徒たるお前が発して良い物ではなかろう。ソラタを心配に思うのはお主だけではない。我らとてソラタの安否を心配しておる。だが、ソラタの言葉をよく思い出すがよい。神と共に絶界神域へと行く、すぐに戻ると言っていたではないか。我らには確証は持てずとも、ソラタの隣にいた者、あれは紛れもなく神そのものであると、お主が誰より理解出来たはず」


「――確かに、あれは神の一柱に相違なかろう。あの威、あの圧、紛れもなく神そのもの。序列を頂く妾には嫌と言う程理解させられたわ。あやつ、天上に在りし星の神ステルラを名乗りおった」


星の神ステルラ、その名にその場に居た者全員がざわつく。

王であってもその神の名に筋肉を揺るがせてしまう。

アロガンシアは神の恩寵たる序列を持つ身、それに付随して神の巫女としての能力も持つ。

神の意を受信する能力がある以上、ステルラを名乗る存在からの声なき声の真偽など、確かめる必要もない程にアレが本物の神であると否応なく思い知らされたのだ。

口いっぱいの苦虫を噛み潰したかのような苦々しい表情のまま、アロガンシアは宿舎の外へと向かう。


「ティグレ、ウルスブランよ、アロガンシアのそばに控えておれ。アロガンシアに無茶をせぬように、と言っても聞く耳は持つまいが」


「畏まりました」


「か、畏まりました」


マチョリヌスの言葉を受けて、ティグレとウルスブランは外に向かったアロガンシアの後を追う。

プラテリアテスタの女王たるアマゾネシアが不安げにうつ向いていた。


「あぁ、何という事でしょう。ステルラ神と共にあるとは言え、ソラタの身に何かあれば私は私は……」


「嘆くなアマゾネシアよ。神と共にあるのだ、万が一も起きようが有るまい。これも神のお導き、必ずやソラタは無事に戻ってこよう。なればこそ、我はこの国を、プラテリアテスタの一切合切を守り通さねばならぬ。我が意地を通したが故の戦、はたから見れば愚か極まりない物であろうとも、貫き通す意味がある。王としては不出来であろうと、親としての一念、曲げてなる物か」


「マチョリヌス……。私も女王として、妻として、そしてあの子たちの母として貴方のそばにありましょう」


「うむ、刮目して見るがよい。衰えたとはいえ、元は一介の武士であった身。ヴルカノコルポ何するものぞ、眼に物見せてくれよう。トレイクハイトよ、我が身に万一の事があった際は、我の我が儘も終いとなる。あとは第一子アワリティアと共に采配を取り、ヴルカノコルポを退けた後は、お主ら八姉妹にてプラテリアテスタを治めよ」


マチョリヌスはトレイクハイトの頭、壺を撫でながらそう言った。


「面倒臭いと、投げ出せればどれほど楽でございましょうか。わたくしの権能は怠惰である事をお忘れなきようにでございます。わたくしに限らず、他の姉妹たちもろくな政治をしないでございましょうから、なんとしてでも帰って来るでございますよ父上、母上」


「無論である。敗北する為に戦場に行く者などおらぬ。では、アロガンシアの事、ソラタの事、あとは任せる」


「任されたでございます」


マチョリヌスは豪奢なマントを翻して、転送門に向かう。

絶界聖域の外では既に兵の準備は整っており、あとは王の出陣の言葉を待つのみとなっている。

周辺諸国にはプラテリアテスタの正統性について檄文を発しており、恐らくヴルカノコルポに味方する事はないだろう。

元より、その気性により他国を蔑む事の多かったヴルカノコルポ王である、好き好んで味方する者は多くはないが、かといって大っぴらにプラテリアテスタに味方する国も多くはない。

プラテリアテスタに味方する事でヴルカノコルポに無駄に睨まれてはたまったものではないからだ。

孤立無援に近い有様ではあるが、マチョリヌスはそれでも戦うのである。

国や民を思うなら、勇者召喚権など譲ってしまえばよかった。

アロガンシアへ謂れのない誹謗中傷を浴びせる者たちに序列を持つ者の責務があるのだからと無理矢理にでもその蛮行に近い行いを黙認させればよかった。

王としてはそうすべきであった。

だが、マチョリヌスはどうしても親として、アロガンシアへの誹謗中傷を止めたかった。

アロガンシアの心を守りたいと思ってしまった。

だから、マチョリヌスは迷い無く戦う道を選んだ。

王としてではなく一人の親として。

民に己の我が儘で戦争の発端を作った愚昧なる王と罵られようと、後の世で国の行く末を見誤った暗愚の王と誹られるとしても、マチョリヌスは一顧だにしない。

愛する家族の為に、マチョリヌスは親として突き進むのである。

去り行くマチョリヌスの背を見つめ、アマゾネシアは悲しげに笑う。


「なんと不器用なお方……。誰よりも情に篤いが故に誰よりも苛烈に生きる道を選ぶ。なればこそ、私はその隣に在りたいと、願うのです」


そう言って、アマゾネシアはマチョリヌスの後を追う。

その様子を見てトレイクハイトはため息は吐く。


「似た者夫婦というやつでございますね。我が父と母はあまりに愛に深いでございます。だからこそ、わたくしたち姉妹も父上と母上を愛しているのでございますがね」


トレイクハイトは被っている壺の中に手を突っ込み、小さな手鏡を取り出す。

曇り切っているその手鏡は淡く光る点をその鏡面に映している。


「こんな事もあろうかと、と言うにはいささか以上に想定外の状況ではございますが。ソラタ殿を底の国送りにうっかりしてしまったあのアムリタもどきに仕込んでいた超小型特殊魔力発信機で居場所は特定可能なのでございますよ。まぁ、示されてる場所は絶界神域と言っていただけに遥か上空なのでございますがね。ちゃんと反応があるって事は無事って事でございますねー。よかったよかったでございます。さてさて、アロガンシアちゃんにちょっとソラタ殿の無事を教えて、安心させてあげようでございます。わたくしったらやっさしー。まぁ、教えたら速攻で絶界神域に殴り込みに行きそうではございますがー」


トレイクハイトは手鏡を手に、宿舎の外に向かったアロガンシア達の元へ歩き出した。

その姿は妹を心配する姉そのものであり、両親と同じく愛に深いものに他ならなかった。

そして、ソラタの無事を知るや否や、アロガンシアはトレイクハイトの心配通り、絶界神域を目指そうとした。

しかし、邪魔が入った。

世界序列一位たるアロガンシアであっても決して無視できぬ存在がその行く手を阻んでいた。


「外では夜であったが、この中ではまだ昼前程と言った所か。なんとも面妖な場所だ。久しい、というにはまだ足りぬか。確か、二年程ぶりになるか、世界序列一位アロガンシア王女。雪辱を果たしに参った」


武神と謳われるチート能力者リー・ロンファン。

一人で万の兵に匹敵する力を持つ隻眼の男が基本的に王族しか立ち入る事の出来ない絶界聖域内に居る事の異常さは無視して、アロガンシアは苛立ちのあまりゲラゲラと下品に笑い出した。


「クハハハハハハハッ、どこまでも邪魔する気か神はッ!! この鬱陶しい事この上ないチート能力者を妾にあてがうとはなッ!! チートにはチート、戦の常道よな!! 憤怒の姉君ラージュめの差し金であろうが、良かろう寛容なる妾はその浅慮を許すッ!! 久方ぶりよなリー・ロンファン、武神などと嘯かれて妾を殺せると思いあがったか!? だがその不遜すら許そうッ!! ゆえに今死ねッ!!」


口の端を吊り上げて、獣の如く笑いながらアロガンシアは大地を踏み砕いてリー・ロンファンに突進する。

対するリー・ロンファンは流麗に拳を構え、息を整えた。


「まさに暴の化身。だが以前のわしと同じと思うなアロガンシア王女ッ!!」


両者の激突で絶界聖域の空気が、大地が震動する。

常人をはるかに超えた者同士の戦いが始まる。

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