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26・異邦の少年と絶界神域

白い渦を通り抜け、たどり着いた場所は真っ白な空間だった。

上も下も右も左もどこもかしこも全て白一色、どこまでも白いだけで何も見当たらない。

立っているという感覚も少し曖昧だけど、ちゃんと床の様な物はあるようだった。

何もかも真っ白で、白以外何も無いはずなのに何故か変な感じがする。

凄く嫌な感じがしてたまらない。

それと同時に理由もなく悲しみが込み上げてくる。

悲しくて辛くて苦しい、涙が自然と溢れ出て止まらない。

いつの間にかボクの前に立っていたカエルムさんがある方向を指さす。

その方向を向くと嫌な感じがより一層強くなった気がした。


(その忌避感は正しく作用している。人種は死を厭い、遠ざけ、嘆く。今はヴェールにて隠匿しているが、権能傲慢に処理されたモデル天使の模造種五十八体が肉体の分解工程の完了を待っている)


「権能傲慢ってアロガンシア王女の事ですよね……、アロガンシア王女に処理された天使の模造種……肉体の分解……」


アロガンシア王女は言っていた、天使を名乗る有翼人の人たちを葬ったって……。

眼には見えないけれど、ヴェールという物で隠されているけれど、ここには有翼人の人の死体が五十八人分あるって事なのだろう。

肉体の分解工程の完了、あぁそれはつまり、死体が腐って無くなるのを待っているって事なのだと気づき、吐き気を覚える。

眼で見た訳でもなく、ましてその臭いを嗅いでしまった訳でもない、しかし五十八人分の腐敗した死体がすぐそこにある、と意識してしまった。

死んだ人たちの前でこんな事したくはないけれど、ボクは我慢できずに吐いてしまった。


「う、うえぇえ……えほッ、ゲホッ……ごめんなさい……ごめんなさい……うッ」


びちゃびちゃとボクの嘔吐物が床に落ちていき白を汚してしまう。

朝に食べた物を全部吐き出しても、まだ吐き気が収まらない。

異臭を伴う酸っぱい感じが口に残って凄く気持ち悪い。


(人種の心因性嘔吐、精神錯乱を確認、そなたの受けた過度なストレス値はその受容性の高さゆえか。ならば、ヴェールでの隠匿は正しい選択であったと認識する。そこにモデル天使の模造種の生命活動停止体が五十八体あるという事実だけで、そのストレス値。視覚情報、嗅覚情報を伴う事実確認はそなたへ多大なメンタルダメージを与えたと確証する。希釈したエリクシールによる体調回復を提案、人種の伝承にある不死性の獲得は不可能ではあるが、今の状態からの回復効果は認められる)


カエルムさんがボクの目の前に掌を差し出した。

その掌から淡く青色に光る液体が溢れ出す。

けれど、泣きじゃくるボクにはそれをどうすればいいのかすら分からない。

白い世界にボクの泣き声だけが響く。


(自発的な希釈エリクシールの摂取に失敗。第一案、静脈注射による希釈エリクシールの投与。否定、即効性はあるが冥域機構との接触の危険性あり、インシデント管理の観点より管理システムの重複は重大なエラーをもたらすと規定される。第二案、経口による投与。皮膚表面の接触ならば冥域機構との接触の可能性はほぼゼロと推定、自発的な摂取の失敗を考慮、摂取介助の実行)


カエルムさんの両手がボクの頬を包み、グイっと顔を上に向けた。

涙で視界がぼやけているボクにはカエルムさんが何をしようとしているのか分からなかった。

カエルムさんのよく認識できない顔が近づいてくる。

気付くと、ボクはカエルムさんにキスされていた。

無理矢理口をこじ開けられて、ボクの口の中に何か冷たい液体が流し込まれてきた。

突然の事にボクは混乱し、手でカエルムさんを何度も押しのけようとしたけれどビクともしない。


「うむむうう――」


(喋ると必要量の摂取に時間がかかる。飲み干すがよい)


流し込まれ続ける液体の圧と息苦しさに負けて、ゴクリゴクリと液体を飲み込む。

しばらくキスをした状態が続いて、ボクは抵抗する気力を失って体の力が抜けてしまった。

それから何十秒か経って、ようやくカエルムさんはボクを開放してくれた。


(希釈エリクシールの経口からの投与に成功。体調は回復したと推測する)


「た、確かに、その、えっと、気分はよくなりましたし、落ち着きもしましたけど……」


(心拍数の上昇、顔面の紅潮を確認、まだ何か不調があるならば、希釈エリクシールの投与量を増やす事を提案する)


「違います、これは違います!! あの、ボ、ボク初めてだったんですからねッ!! 恥ずかしくなるのは当たり前じゃないですか、もうッ!!」


恥ずかしさの余り、ついつい大声を出してしまった。

さっきまでの吐き気や頭の混乱は落ち着いたけれど、いきなりキスする事はないんじゃないかな。

カエルムさんの表情はいまいち分からないけれど、たぶんきょとんとしていたと思う。


(人種の行動様式は我らには適応されぬゆえ、気にせぬ事だ。では神核の摘出作業の説明を始める。本来ならばヴェールは除去した方が効率は上がるが、そなたの精神的負荷、メンタルダメージを勘案し、このまま行う方法を提示する)


「……いえ、カエルムさん。有翼人の人たちにかけてるヴェールっていうのは外してもらっていいです。その方が早く神核っていうのをなんとかできるんでしょ?」


なんとなく、気づいてはいた。

神核という物をボクに摂取させるだけならこの場所に、有翼人の人たちが沢山亡くなっている場所に連れてくる必要はない。

ここに連れてきたという事はきっと神核は有翼人の人たちの遺体に関係があるものなのだろう。

覚悟は出来ている。


「ボクが何をするのかは分からないけれど、なんでもします。戦争を、沢山の人が傷つくのを止められるのなら」


(了承した。ヴェールの除去を開始。除去完了後、冥域機構のシステムの強制起動による魂の浄化工程を開始する)


真っ白だった世界がカーテンの様に揺らぎ、そして開いていく。

開いたその場所には腐敗し骨すら抜き出しになった状態の遺体が幾つも横たわっていた。

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