25・異邦の少年と神
ボクが部屋に向かっていると、進む先に誰かがいるのに気づいた。
さっき、外で魔力感知をした時は建物の中にはトレイクハイトちゃんとアロガンシア王女しか感知できなかったから、誰かが居るとは思わず少し驚いてしまった。
誰だろうと顔を見るが、長い金髪で体格から見て男の人、一枚の長い布を体に巻き付けた様な服装、周囲に小さな光の玉の様な物が浮いている、という事は分かったが不思議な事に見えているはずの顔が良く分からない。
目と鼻と口があるのは分かるのだが、何故か顔として認識できないのだ。
だが、そこでふと気づいた、この人は昨日お風呂から上がった後に見かけた人だと。
長い金髪に周囲に浮く小さな光の玉、あの時見たままの姿なのにすぐにはあの時の人だと気づけなかった。
理由はなんとなく分かった。
あの時、この人は笑顔をボクに向けてくれていたけれど、今は違う感情を向けているからだと。
「あの、その、昨日の夕方に太陽が沈んでいくのを見ていた人、ですよね。変な事聞いちゃうかもしれないんですけど……、なんでそんなに悲しそうなんですか?」
(ノニミニキチクイミミトニカナトニカチノラカラクチミチキイノナミニチカチニトニミチニ。ノイスイシラ、ノニモニキチトラスイテラトニカカチカラノニミラノナミラナテララモライコチ、トラスイクチテチキチモニテラトチノナミニクニカラトニニノナカナナカラミチスナ)
急に頭の中に声というには不思議な音が響く。
突然の事に驚いたけれど嫌な感じはなかったし、それにこの音は昨日聞いた覚えがあった。
この不思議な音は昨日の朝、絶界聖域に来てティグレさんと魔術の訓練をしていた時に聞いた音だ。
あれはこの人の声だったのかと気づいた。
けれど、ボクにはこの人が何と言っているのか分からなかった。
ただ、凄く悲しそうだという事はなんとなく分かるのだが。
「えっと、ごめんなさい。ボクには貴方の喋っている事が分からなくて……」
(ニトニミラシイミミカチカナミニミチミミチスニ。ニカチトニノチカチミチトニ、トニミミノチノナセナスラカラノラスナミラニミミトナカラホスナテラノチニトニトナスナ)
ふわりと男の人の周りに浮いていた小さな光の玉がボクの方にゆっくり近づいてきた。
なんだろうと、思っていると小さな光の玉がボクの頭の中に入った。
いきなりの出来事にびっくりしてしまう。
「ふぇッ!? 頭の中に!? なにか、光が入って、え、え!?」
(案ずるな、異邦の少年よ。我が意を伝える為の処置ゆえ。我らと人との意思疎通のプロセスは根幹のフォーマットが異なるゆえ互換性を持たない。巫女の口からの出力では世界への言葉となるゆえに独自権限により神格プロトコルの緊急インストールを実行。その完了を以て意思疎通の為の言語フォーマットをそなたに追加、現在我が意思はそなたに相互理解可能なものとなっているか)
難しい言葉が多くてよく分からないけれど、言っている事は理解できる。
魔術か何かだろうか? 今にして思えばこの世界の人たちと話が出来ているのも何かの魔術のおかげなのだろうとなんとなく思った。
「えっと、はい、言ってる事は分かります……けど。ただ、ちょっとボクには難しくて意味まではあまり……」
(これ以上の言語機能の単純化は我のダウングレードが必要。管理機構への致命的障害の発生、誘発は看過できぬゆえ許せ)
「いえいえいえ、ボクの方こそ、頭が悪いせいで貴方の言葉を理解してあげられなくてごめんなさい。えっと、その、ボクは山田 空太っていいます。お名前聞いてもいいですか?」
(主により与えられた固有名称はカエルム・アニムス。人の子は我をステルラと呼ぶ)
「初めまして。カエルムさん、あの、それともステルラさんの方がいいですか?」
(我が名に意味はなくただの名称に過ぎぬ。そなたの好きに呼称せよ)
「はい、分かりました。じゃあ、カエルムさんさっきはボクに何を伝えようとしたんですか? どこか悲しそうな感じがしましたけど……」
(冥域機構との接続に伴う権能の変質は懸案事項になりうるも想定の範囲の中でしかない。博愛と浄化の統合化の影響により、そなたの想いの強度によって行使される力に冥域機構のシステムが強制起動し、肉体の分解、魂魄の回帰のプロセスが省略され、範囲内の対象に魂の浄化が発動するエラーの発生が確認された。そなたはその結果に伴う対象の消滅によって獲得するメンタルダメージに耐えうる精神防壁を有していない。我もそして我が同胞も同じく、そなたの欠損した精神構造をケアする事は相互理解の観点から不可能、接続されたデバイス端末のスキルでは我らの言葉を出力し伝えることは可能でも、ケアには至らない。権能傲慢、権能怠惰、古代種による精神的ケアを以てしても根治に至る可能性は僅か。根本的な解決の為に神格の摂取による反転属性のインストールによって対消滅もしくは無害化の必要を提案する)
どうしよう、言葉は分かるけど意味が分からない……。
たぶん、カエルムさんにとってはこれでもきっとボクにも分かりやすいように言ってくれてるとは思うけれど、難しくて理解しきれない。
トレイクハイトちゃんやアロガンシア王女なら分かるのかもしれない。
ただ、なんとなくだけれど、二人を呼びに行ったらカエルムさんは居なくなっているような気がする。
だから、きちんと考えて返事をしなきゃ。
「えっと、ボクに何かエラーが起きていて、ボクが何か力を使うとその結果にボクが耐えられない? カエルムさんやそのどうほう? さんには相互理解の関係でケアできないから、神格っていうのを摂取した方がいいって事ですか?」
(概ねその理解で構わない。そなたの願いは人族同士による小規模戦闘の回避、神格の摂取による基本性能の向上はその願いに寄与する可能性は高い。なお小規模戦闘が開始された際に許可なき異界よりのアクセス者、これより違法アクセス者と呼称するの権限行使に対して世界の防衛機構が働く可能性も高い。防衛機構は識別機能が著しく低い、周辺の人族すべてをまとめて排除する行動をとる事が危惧される。もし抑止を求めるならば、神格の摂取は必須と考える)
「……よくわからないけれど、戦争で戦いが始まったら世界の防衛機構っていうのがみんなを排除、傷つけようとするっていうのはなんとなく分かりました。……ボクは何をすればいいですか?」
(了承と受け取る。ならば、ゲートの接続、展開開始)
カエルムさんがそう言うと、ボクとカエルムさんの前に白い渦が現れた。
ボクはこれとよく似たものを見た事があった。
転送門、その扉を開けた時に渦巻いているあの白い光と今目の前にあるものはきっと同じものなのだろう。
「あの、この転送門の渦は何処に繋がってるんですか?」
(空、あるいは天と呼称される高高度地帯に存在する領域、絶界神域)
トレイクハイトちゃんが言っていた、短距離なら瞬間移動が可能な存在がいるって、一部の勇者や魔王、特殊な竜種、それに神の眷属。
そして、転送門を用いない長距離移動は人の手には余るとも。
だとしたら、地上から空へと移動できる転送の渦を出して見せたカエルムさんは一体何者なのだろう……。
人を超えた人以上の存在、ボクはある存在に思い至る。
「カエルムさんってもしかして神様なんですか?」
(そう呼称する人間もいる)
そう言ってカエルムさんは白い渦へと進み、ボクもそれに続いて歩きだそうとした所で声をかけられた。
「勇者殿ッ、待て!! それはなんだ、単独での転送門展開などあり得ぬ、ええい、それはいい!! どこへ行く、妾の隣に居ると、支えると言ったのはうぬであろうが!!」
アロガンシア王女の声にボクは振り返る。
焦った表情のアロガンシア王女のちょっと後ろの方にトレイクハイトちゃんや王様に王女様、ティグレさんにウルスブランさんが見えた。
確かに何も言わずに絶界神域に行くのは心配をかけてしまう。
だからボクはみんなが安心できるように笑顔で言った。
「みんな、ごめんね。ボクちょっと神様と一緒に絶界神域に行ってくるけど、たぶんすぐ戻れるから心配しないでね。いってきます」
「何を、何を言っておるかソラタッ!! 行くな、妾の命であるぞっ、聞かぬか!!」
「アロガンシア王女、心配してくれてありがとう。でもボク行かなきゃいけないんだ。みんなを助けたいから」
ボクは前を向いて歩きだす、絶界神域へと。
ボクが白い渦に入る直前、アロガンシア王女が一瞬で距離を詰めてボクを掴もうとした。
ボクの手を掴む寸前のアロガンシア王女の手をカエルムさんが優しくはじく。
(権能傲慢、巫女の機能も持つそなたならば我が意が通ずると仮定する。そなたの後始末及び、権能博愛に未だ至らぬ推定勇者への神核の摂取による冥域機構との接続に伴う変質の付随効果の無害化の遂行、邪魔立ては個体名ソラタの願い成就の妨げになると知れ。個体名ソラタの身の安全はこのカエルム・アニムス、人種にはこちらの方が通りが良いか、天上にありし星の神ステルラが保証する)
「なっ!?」
手をはじかれたアロガンシア王女は再度ボクに手を伸ばしたけれど、すでにボクは白い渦を通った後だった。




