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22・異邦の少年と魔王

なんだかよく分からない物をトレイクハイトちゃんに飲まされてから、数分後。

不思議と体がポカポカとしてきた気がするなぁ、と思っていたらドッと汗が噴き出してきた。

酷く喉が渇いてたまらない。

少し頭がくらくらとしてきて、世界がグルグルと回り出した。

これはインフルエンザとかきつい風邪を引いた時の感じと似てるなぁ、なんて呑気な事を考える。

遠のいていく意識の中で、トレイクハイトちゃんがちらっと「あ、これやべぇでございます」と言ったのが聞こえた気がする。

ガチャンと何かが割れる音がして、ウルスブランさんとティグレさんが駆け寄って来るのが見えた所でボクの意識は途切れた。


ふわふわとした感覚の中で目が覚めた。

眼を開けているはずだけれど、真っ暗で何も見えない。

頭にモヤがかかっているみたいで上手く考えがまとまらないし、体も全く動かせない。

けれど不思議と怖さは感じなかった。

不意に体がドロリと溶けていき、ポタリポタリと一滴ずつボクが零れ落ちていく。

皮が肉が骨がどんどん真っ暗な闇の中に溶けていく。

体全てが溶けて消えたのに意識だけは残っていた。


そして、その意識もゆっくりとゆっくりと暗い闇の中へ沈んでいく。

段々と意識も曖昧になってきて、自分が薄く広まっていく様な妙な感覚だけがあった。

どれくらい下に沈んだのだろう……、数秒しか経っていない気もするし、何日も経っている様な気もする。

底無しの闇の中、このまま永遠に沈み続けるのだろうか。

ぼんやりとそんな事を考えていたら、返事があった。


「いえいえ、この世界には底がありますゆえ。微睡みのまま永遠に沈み続けるなど、残念ながら不可能でありますれば」


真っ暗な世界で声だけが聞こえた。

もはや体など溶けてなくなっているけれど、声が聞こえた。

誰だろう、こんな何もない真っ暗な世界にいるのは……。


――あなたはだれですか?


「小生ですか? しかし、相手に名を尋ねるのなら、まずはご自分から名乗られては?」


――ボクは、ボクは……あれ、ボクは誰だっけ思い出せない。


思い出そうとしても、考えが霧散して消えていく。

分からない、何も。


「ふむ、まだ年若き子供ゆえ、剥き出しの魂では自我を保つのは難しくありますか、当然と言えば当然でありますが。まだ僅かに意識が残っている事自体が稀なれど、ここに落ちてきた魂ならば底の闇に溶けて消えゆくが定め。小生の事など気になさらず、そのまま微睡んでいればよろしい」


――いいの? このまま眠っても?


この人はボクに微睡んでいればいいと言う。

確かにずっとここで眠っていれば、何も考えずに済む、何もせずに済む。

痛みも悲しみも苦しみも何もない世界で永遠に安らぎ続ける事が出来る。


「ええ、構いませんとも。底に沈み、魂が背負いし重しを全て降ろした後、魂の浄化にて砂粒よりも更に小さな欠片となって星と共にまた天へと昇り、大地へと還る。それが正しき世界の流れでありますれば」


――だけど、ボクは呼ばれたんだ。


「ほう、剥き出しの魂でありながら、自我形成が進むとは。面白い魂でありますな」


――そうだ、ボクは呼ばれてきたんだこの世界に。


「呼ばれてきた、この世界に、でありますか。ではつまり、君は別の世界から召喚されたと。なるほど、ならばこの異質な魂にも納得が出来るというものであります」


――戻らなきゃ、みんなの所に。


「ええ、ええ、そうでありますな。君を呼ぶ強い力が上からきていますゆえ、この魔力の波動は傲慢と怠惰の姫君か。であれば問題なく大地の国へ帰る事ができましょう。実に面白い魂でありますし、このまま留めておきたい気もありますが、それをするとあの姫君二人がここまで攻め込んでくるやもしれませんな」


急に頭のモヤがスーッと晴れた気がして、一気にボクという意識が戻ってきた。

沈み続けていたボクという存在がピタリと止まり、周囲の闇の中から自分の体が戻って来る。

体が完全に元通りになった所でグイっと上に引っ張られた。

誰かは分からないし、この真っ暗な中では顔すら見えなかったけれど、あの人が声をかけてくれたからボクはこの真っ暗の中、消えずに済んだ気がする。

どんどん上がっていくのを感じながら、まだそこにいるのかどうかすら分からない誰かへ、ボクは声をかけた。


「あ、あの、ボクは山田 空太って言いますッ!! あなたは!?」


「ふむ、小生は底の国を治める七大魔王が一人、慈悲のフマニタスでありますれば」


「うん、フマニタスさん、ボクに声をかけてくれてありがとう!! きっとまた会おうね!!」


「ハハ、小生に、魔王に向かって人の子がありがとうでありますか、実に愉快極まりない。ヤマダソラタ、おそらくは勇者足り得る者よ、いずれまた相まみえましょう」


魔王。

フマニタスさんはそう名乗った。

ゲームとか漫画では悪者としてよく出てくる言葉だけれど、あの人は、フマニタスさんは悪者って感じはしなかった。

上がっていくスピードが更に速くなり、段々と上の方に光が見えてきた。

上がるにつれて光はどんどんと輝きを増していき、その眩しさにボクは目を閉じた。


「ソラタッ!! 起きよ、起きぬかッ!!」


「ソラタ殿ッ!! 大丈夫でございますかッ!!」


ハッとして、眼を開けるとアロガンシア王女とトレイクハイトちゃんが目の前にいた。

目覚めたボクを見て、アロガンシア王女がホッとした様な表情になって、またすぐにいつものキリッとした顔に戻った。


「あぁ、ソラタ様、良かった……本当に良かった……」


「ホンロによがっ……ヒッグ、もうだめがとぉおおおおお!!」


ウルスブランさんとティグレさんがボロボロと大粒の涙を流しながら、アロガンシア王女とトレイクハイトちゃんの後ろに立っていた。

とても心配をかけてしまったようで申し訳ない気持ちになる。

ゆっくりと体を起こすと、ベッドに寝かされていた事に気づいた。

ティグレさんとウルスブランさんはボクは倒れた事や無事に目覚めた事を王様に報告する為に外に出て行った。


「いやぁ、ホントにやばかったでございます。実験も兼ねてちょっと強めの物を飲ませたのがダメだったでございますね。これにはわたくし、本気でごめんなさいするでございますよ」


頭をフカブカと下げるトレイクハイトちゃんを見て、アロガンシア王女がトレイクハイトちゃんが被っている壺を掴んで持ち上げた。

壺と一緒にトレイクハイトちゃんも掴み上げられ、宙ぶらりんの状態になる。


「ほほう、その程度で済ますつもりか怠惰なる我が姉君よ。王族の戯れで落としてよいほど安い物でしたかな勇者の命は?」


アロガンシア王女の壺を掴む力が増したのか、ピシリと壺にヒビが入った。


「アロガンシアちゃん、今回はホントのホントに謝ってるでございますよ、いやホント。ちょっと強めのネクタル的な? アムリタ的な? 感じの物が出来ちゃったでございますからね、出来心的なアレでございましてね?」


「この壺だけでなく、宮殿中の壺全て叩き割ってくれようか。いっそ地下も潰しておくか」


「ちょっと、アロガンシアちゃん、それは大いに横暴でございますよ!? マジでやめるでございます、わたくしが怠惰な事はよくご存じなはずでございますよね!?」


宙ぶらりんのまま手足をバタつかせて慌てだすトレイクハイトちゃん。


「ボクは大丈夫ですよアロガンシア王女、心配してくれてありがとうございます。でもほら、怪我とか何もないですし、平気ですからトレイクハイトちゃんを降ろしてあげてください」


「……ふん。勇者殿の度を越えた甘さに感謝する事だな怠惰なる我が姉君」


渋々、と言った様子でアロガンシア王女はトレイクハイトちゃんを床に降ろしてくれた。

その後、トレイクハイトちゃんは改めて頭を下げてボクに謝った。

ボクは特に気にしてはいなかったのだけれど、実はかなり危ない状態だったと教えられ、少し背筋がゾっとした。

確か、妙な夢の様なモノを見ていた不思議な感覚が残っている。

あの真っ暗闇の中で感じた何とも言えない感覚を思い出そうとした時、ボクの体から黒いモヤの様な物がうっすらと立ちのぼった。


「うわ、なんだろこれ?」


ボクはその黒いモヤに驚いて声をあげた。

トレイクハイトちゃんやアロガンシア王女なら何か分かるかな、と思い二人の方を向くと二人ともとても驚いた顔をしていた。


「底の国の魔力だと……。おい、怠惰姫、どうなっておる」


「……どうにも繋がってるみたいでございますねぇ。底と」


よく分からないけれど、どうやらボクの体が変な事になっている、という事だけはなんとなく分かった。

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