21・異邦の少年と朝食
お日様の光の眩しさと外から聞こえてくる鳥の声で目が覚めた。
この世界に来てから、十日ほど経っただろうか。
初めは中々慣れなかったフカフカ過ぎるベッドにようやく慣れてきた気がする。
軽く伸びをしてベッドから降りると、扉をノックする音が聞こえた。
「ソラタ様、お目覚めでしょうか。朝食の用意は出来ております。お支度が終わりましたら食堂までご案内いたします。必要ならばお手伝いも致しますが」
扉を開けて、声の主であるウルスブランさんに挨拶をする。
「おはようございます、ウルスブランさん。自分で着替えるのでお手伝いは大丈夫ですよ。すぐに食堂に行きますから」
「かしこまりました。ではソラタ様のお支度が終わるまでお待ちしております」
「食堂の場所は昨夜確認したから、ボク一人でもいけますけど……」
「それはなりませんソラタ様、私はティグレ様と共にソラタ様のお世話係を命じられております。万が一ソラタ様の身に何かあれば、己が不甲斐なさを恥じてこの魂をプラテリアにお返しする事で償いとする他ありません」
「そ、そこまでしなくても……。それじゃあ、ちょっと待ってて下さいねウルスブランさん、すぐに着替えてきますから」
「はい、お待ちしております。あと、ティグレ様も連れ出しておきますので」
「……え?」
ウルスブランさんが部屋に入ってきて、ボクが寝ていたベッドの下に手を突っ込み、鎖でグルグル巻きにされたティグレさんを引っ張り出した。
なんでティグレさんが鎖でグルグル巻きにされて、ボクが寝ていたベッドの下に居たのだろう。
部屋を間違えたのだろうか。
「ぬ、ぬかった……、まさか神話級の捕縛用魔道具を仕掛けているとは……。あ、おはようございますソラタ様。昨夜は少々寝苦しく中々寝付けなかったものですから、つい寝ぼけてソラタ様のベッドの下に入り込んでしまったようです。申し訳ありません」
ウルスブランさんに引きずられながら、ティグレさんはそう言った。
そうか、寝ぼけてたのか。
「あ、はい、おはようございますティグレさん。そういう事もあるんですね」
アハハとウルスブランさんが何故か苦笑いを浮かべながらティグレさんを部屋の外に引きずり出した。
そして、頭を下げて扉を閉めた。
すぐに着替えを済ませ、ボクはウルスブランさんと鎖でグルグル巻きになったままのティグレさんの三人で食堂へと向かった。
食堂ではすでにトレイクハイトちゃんが御飯をモリモリ食べていた。
挨拶をして、トレイクハイトちゃんの隣に座る。
ウルスブランさんはティグレさんを台所の中に置くと、美味しそうな朝食を机に並べてくれた。
何かありましたらお呼びください、と言ってウルスブランさんは台所の中に引っ込んでしまった。
みんなで一緒に朝食を食べたかったのになぁ。
いただきます、と言ってから朝食を食べ始め、隣のトレイクハイトちゃんにさっきのティグレさんの事を話した。
「そんな戯言信じるのはソラタ殿くらいでございましょうな」
「え、たわごとってどういう事?」
「要するにでたらめって事でございます。ティグレはどうにもちょっとした病気でございますからねぇ。普段は真面目に侍従長してるんでございますよアレでも」
「昨日も言ってたけど……ティグレさんの病気って大丈夫なものなの?」
「あぁ、そういえば不治の病だとか、そんな事も言ったでございますねぇ。まぁ、命に関わる病気ではないのでございます、なんというか心の病気とでも言えばいいのでございましょうかねぇ」
「命には関わらないけど治らない病気かぁ……、ボクになにか出来る事があればいいんだけど……」
「心配するだけ無駄でございますよ。ティグレ自身その病気をどうこうするつもりはないでございましょうから」
トレイクハイトちゃんはそう言うけれど、やっぱりとても心配だ。
もっと魔術の勉強を頑張って回復魔術を覚えたら治せたりしないだろうか。
そんな事を考えながら朝御飯を食べていたら、トレイクハイトちゃんがハァとため息をついた。
「なんと言えばいいでございますかねぇ、昨夜あれだけ言い合ったでございましょうに。なんでソラタ殿は至って普通に話しかけてくるでございますかねぇ。気まずいなーとかないでございますか?」
「……? 気まずいって思う事はもちろんあるよ。でもなんでトレイクハイトちゃんとお話するのに気まずくなるの?」
「いや、そんな首を傾げられても困るでございます。普通あれだけ言い合いなんかしたら、しばらく顔を合わせるのもなんとなく嫌な感じになるでございましょう?」
「でもそのあと謝ったじゃない。ボクはごめんねって言って、トレイクハイトちゃんも申し訳ないって。だからボクはいいよって言ったからもう喧嘩はおしまい。それに言ったでしょ、喧嘩したままトレイクハイトちゃんとお話し出来なくなる事の方がずっとずっと嫌だって。喧嘩はおしまいなんだからお話しするのに気まずくなる事なんて何もないよ」
「はぁ、子供は切り替えが早いでございますねぇ。羨ましい限りでございますよ、ホントに……」
トレイクハイトちゃんに褒められてるのかバカにされてるのかなんとも分からない事を言われてしまった。
思った事を言っただけなのになぁ。
朝食を終えた後、トレイクハイトちゃんから紫色のドロドロとした得体のしれない液体が入ったコップを手渡された。
かなりの刺激臭が漂っており、少し嗅いだだけでガツンと頭を叩かれたかのような衝撃を覚える程だった。
「……トレイクハイトちゃん、これ何?」
「気にせず飲むでございます」
「……飲めるの、これ?」
「一気に飲むでございます」
「……」
「出来る事はなんでもするーそう言っていたのは嘘だったでございますかー、残念でございますねー」
シクシクと泣き真似をするトレイクハイトちゃん、絶対ウソ泣きだとは思うけれど、勇者として出来る事はなんでもすると言ったのは他の誰でもないボク自身だ。
この何とも言えない紫色の液体もきっと何か意味があるのだろう。
「うぅ……い、いただきます」
一度深呼吸して心を落ち着けてからグイッと一気に紫色の液体を口の中に流し込む。
粘り気を持った卵の白身部分を飲み込んでいる様な感じ、喉にちょっとへばりついて気持ち悪い。
でも、頑張ってコップに注がれていた紫色の液体をなんとか飲み干す。
味は……なんだろうコレ、何とも言えないえぐみとキツイ甘さが舌に残っている。
「ケホッケホッ、うぅ、変な味……」
「よく飲めたでございます、褒めてあげるでございますよー。アロガンシアちゃんでも嫌がるこれを飲み干すとはソラタ殿は凄いでございますねー」
「アロガンシア王女でも嫌がるって……。ねぇトレイクハイトちゃん、これって結局なんだったの?」
「あー……、魔力増幅飲料水的なアレでございます、ソラタ殿はまだ自分の魔力を感知出来ていないとティグレ殿に聞いたでございますからね、わたくしお手製でございますよ? 一国の王女のお手製を飲めるなんてソラタ殿は感動の余りむせび泣いてもいいくらいなのでございます」
「魔力増幅かぁ……まだよくわからないけど、ちゃんと魔力増えてるのかな? ところで気になったんだけど、材料には何が入ってたの?」
そう聞くと、トレイクハイトちゃんは体を明後日の方向に向けて、ヒューヒューと鳴ってない口笛を吹きだした。
「トレイクハイトちゃん?」
「いやいやいや、別に変わった物なんて入ってないでございますよホント。シェーデルケーファーのシュヴァンツとかシュテルクストシュネッケのシュトースツァーンとかシエレウィニャマとか入ってないでございますよ、えぇ」
「なんだか危ない代物を入れてる事をうっかりばらしてる風だけど、ボクの知らない単語だらけでどれだけ危ないのかが全く分からないよトレイクハイトちゃんッ!!」
食堂にボクの叫び声がむなしく響いた。




