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17・異邦の少年と契約

「ボクのせいで誰かが傷ついたりするんですか……?」


ボクの言葉にティグレさんとウィルフレッドさんの顔から笑顔が消え、驚愕の顔に変わる。

二人の顔を見て、ボクは確信した。

ボクのせいで、ボクが召喚されたせいで、誰かが傷つく事になるのだと。

ギュッと手を握り締める。


「ボクに何か出来る事はないですか、あの、ボクはまだちゃんとした勇者じゃないですけど、でも、何かしたいんです、だから――」


「ぎゃあぎゃあと小うるさい勇者ちゃんですネェ、何か出来る事? ある訳ネェでしょうが、勇者としての権能もスキルも何も発現してネェんですから。ティグレもウィルフレッドも戯言を言ってネェでとっとと教えてやりゃあいいんですヨォ。勇者召喚の一件でヴルカノコルポと戦争が起こるってネェ」


そういいながら、女の人が宿舎の方から歩いてやって来た。

見た目はボクやアロガンシア王女よりも年上に見える。

短い金髪に少しきつそうな赤い眼に眼鏡をかけた女の人はボクの前で立ち止まった。

その女の人に何か言おうとしたティグレさんとウィルフレッドさんを軽く睨んで黙らせていた。

そして、女の人はボクに眼を向けて軽く頭を下げた。


「お初にお目にかかりますネェ、あたしはラージュ。プラテリアテスタ王が第三子、ラージュ・ブランディーヌ・トレ・プラテリアテスタ。プラテリアテスタ軍総帥であり、今回のヴルカノコルポとの戦争の指揮をとらせてもらう事になってますヨォ。まぁ本来は軍の最高指揮官たる父が出張った方が筋としては正しいんですがネェ」


「は、初めまして……、ボクは山田 空太って言います。あの、それでラージュさん、戦争ってどういう事ですか?」


「知ったところで無力な勇者ちゃんに出来る事なんざなぁんにもネェんですヨォ。とっとと儀式場に移動して籠ってろって話な訳ですヨォ。力のないガキの手程、邪魔臭い物はないんでネェ」


ラージュさんはなんだか怒ってるような気がする。

刺々しい言葉以上にイライラしているようにも見えた。

アロガンシア王女と同じ赤い眼から眼をそらさずにジッと見つめる。

焦りにも似た感情、そしてその奥にある国を想う気持ちがある事がなんとなく分かった。

ラージュさんは国の為に出来る事を精一杯やろうとしているのに、ボクには出来る事がない。

ボクのせいで戦争が起こるのに。

悔しいと思う気持ちと歯がゆい気持ちでいっぱいになる。


「勘違いしネェ事です勇者ちゃん。今回の件は勇者召喚が問題の発端であって、勇者ちゃん自身にはなんの関係もネェんですヨォ。無関係なんだから出張る必要もネェ、引っ込んでろってだけの話ですヨォ」


「……分かりました。ティグレさん、儀式場って所に行くんでしょ? 早くいきましょう、ボクがここにいても意味はないみたいですから」


ラージュさんに頭を下げてからティグレさんの手を引っ張って宿舎へと歩きだす。

今の無力なボクでは誰も助けられないし、何も出来ない。

でも、勇者の権能ってやつをちゃんと使えるようになれば何か出来るようになるはず。

時間は余り無いみたいだし、ここでワガママを言ってる時間ももったいない。

儀式場の方で訓練を続けて、もっと勇者としての力をつけるんだ。

戦争に間に合わないかもしれない、それでも何もしないよりはずっといいはずだ。


「もっとぎゃあぎゃあ喚くと思ってましたが、案外素直ですネェ。まぁ、聞き分けの良いガキは好きですヨォ、ただ聞き分けの良すぎるガキは嫌いでネェ。そういうガキは何か企んでるって相場が決まってるんですよネェ、あの勇者ちゃんってばアロガンシアと同じ様な眼してやがったし」


「ラージュ様、プラテリアテスタの勇者様に対してあのような物言いは如何なものかと」


「嫌われて結構、甘やかす大人たちだけじゃ子供はダメになるってもんですヨォ」


ラージュさんとウィルフレッドさんが何か話をしていたけれど、気にしている余裕はなかった。

急がないと戦争が始まってしまう。

戦争はダメだ、沢山の人が傷ついて苦しんで、死んでしまう。

絶対にそれだけは止めないと。

途中で荷物をまとめているウルスブランさんに先に儀式場に行く事を伝えて、転送門のある部屋に急ぐ。

転送門の前ではトレイクハイトちゃんが立っていた。


「ラージュちゃんがこちらに来てたのでもうそろそろ来る頃と思ってたでございますよ。面倒事が起きたとは言え想定内の事、ソラタ殿が気にする事はないでございますよ。何と言いますか怒りっぽいのがラージュちゃんの玉に傷な所、とはいえ悪い子ではないのでございます、どうか嫌わないであげてほしいのでございますよ」


「うん、分かってる。トレイクハイトちゃんの妹でアロガンシア王女のお姉さんなんだもの、嫌える訳ないよ」


「おやおや、随分とわたくし含め妹たちも信用されたものでございますね。嬉しい限りでございます。まぁ、立ち話もあれでございますし」


トレイクハイトちゃんはそう言って、転送門に軽く指でトンと触れた。

すると、閉じていた転送門がギギギッと音をたてて開いていった。

王様みたいに押さなくてもいいんだ。


「ではでは、参るでございますよ。ソラタ殿を召喚した儀式場へ」


「うん、お願いトレイクハイトちゃん。無関係とか気にしなくていいとか言われてもボクはやっぱり黙って見てるなんてできないよ。今は何もできない無力なボクだとしても明日のボクは違うかもしれない、勇者として出来る事ならなんでもするよ。だから、トレイクハイトちゃんも手伝って、なんなら……ちょっとだけなら、ほんのちょっとだけだよ? 研究みたいなのしてもいいよ、痛いのも我慢する」


「……ん~、そういう事はわたくしには言わない方が良いと思うでございますが、ソラタ殿がそこまでいうなら、技術開発研究院筆頭として出来得る限りの事はしてあげるでございますよ。ちなみに手足ちょん切るのは有りでございますか?」


「そんな事されたらボク死んじゃうよッ!? 手足ちょん切るなんてダメだよ、絶対ダメ!!」


「ちぇーでございます。まぁ、死なない程度でやらせてもらうでございます。まぁ、とても痛いでございますが、大丈夫でございますか?」


「……痛いのは嫌だけど、それで戦争をなんとか出来るようになるなら、我慢する。誰かが傷ついたり、死んじゃうよりずっといい」


ティグレさんが心配そうな顔でボクを見ているのに気づいた。

ボクを不安にさせないよう、心配させないようにさっきは本当の事を言わなかった事はもう分かってる。

だから、ボクの今の行動はティグレさんにとって、あまり喜べるものではないのかもしれない。

それでも、人同士が戦うなんてダメだと思うから。

ボクはティグレさんの手を両手で握り締めた。


「ティグレさん、大丈夫絶対なんとかなるよ。魔術は神様の奇跡を真似したものなんでしょう? だったら、凄く頑張ったらきっと人間にだって奇跡が起こせるよ。だってみんな大切な何かを、大切な誰かを守りたくて戦うんだもの、分かりあえるよ」


「ソラタ様……」


ティグレさんが膝をついて、握っているボクの手を自分のおでこにあてた。

その行為に何の意味があるのかボクには分からないけれど、ティグレさんはとても真剣な顔をしていた。


「ソラタ様、私は王命ではなく、私自身の意志で貴方様を守り、お力になる事をここに誓います。どうか私との契約の許可を」


「ティグレ殿、いいのですか? それは――」


「構いません、トレイクハイト様。私の主は私の意志で定めよ、それが国王陛下との約束でしたので。ソラタ様の優しき御心は必ずやプラテリアテスタをひいては世界をあまねく照らしましょう」


よく分からないけれど、とても大事な事をティグレさんはしようとしているようだ。

ボクとティグレさんを囲むように、床に光の線が走る。

光の線は複雑な模様を描いて、魔法陣を作り出した。


「我が名はティグレ・ザラントネッロ、古き獣に連なる者なり。今ここに新しき契約を以て我が主を定め、絶対服従の隷属のスティグマを刻む。我が牙は主の敵を食い殺し、我が爪は主の敵を切り裂く。この身、この命、この魂、すべてを主に捧ぐ。ソラタ様、どうか我が身、我が命、我が魂、お好きなようにお使いくださいませ」


ティグレさんのおでこに触れているボクの手の甲に火を押し付けられた様な熱さが張り込んでくる気がした。

その熱さの感覚に顔をしかめつつ、ティグレさんを見る。


「主従のスティグマの準備が整いました。ソラタ様、あとは貴方様がただお認めになれば私の全てを貴方様に捧げる事ができます。どうか許可を」


「うん、ありがとうティグレさん。でもなんでだか分からないけど、ボクには分かるよ。それはダメだよ、ボクは今のティグレさんのままがいい。ティグレさんはティグレさんのままでいいんだ。ボクはそれを望むよ。ティグレさんがティグレさんじゃなくなるなら、ボクはそんなもの要らない」


ティグレさんは驚いた顔をした後、ニコリと笑って涙を流した。

パキンッと何かが割れる音がして、ボクとティグレさんを囲んでいた魔法陣が消えた。

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