16・異邦の少年と騎士団長
夕食を食べながらボクはさっき見た人の事を思い出す。
顔は良く見えなかったけれど、あの人はボクに笑いかけたような気がする。
それにあの人の周りに浮いていた光の玉みたいな物も気になる。
ふわふわと何だか生き物みたいに動いていたけれど、この世界にはああいう生き物がいたりするのだろうか。
ティグレさんやウルスブランさん、トレイクハイトちゃんに見かけたあの人の事を聞いてみたら、分からないと言われてしまった。
もしかしたら何かの精霊かもしれない、とは言われたがたぶんあの人は違う。
何故かはわからないけれど、ボクはそう感じていた。
この絶界聖域に来てからなんだか不思議な事が起きている。
まぁ、異世界に来ている事自体が不思議の塊みたいな物なのだけれど。
夕食を食べ終えた後、魔術の訓練の続きが始まった。
今度は魔力を感じるのではなく、頭の中を空っぽして心を自然に近づける訓練だと言われた。
「ソラタ様、この世界には土、水、火、風の四大元素に加え光と闇の天と底に属する元素の二種を合わせた六元素が主に自然に満ちている属性魔力となります。他にも希少な属性は存在しますが、ここでは割愛します。雑念を取り払い、心をより自然に近づける事で自分でなく外の魔力を感知するのが今回の訓練となります。これも魔術を扱う者が自然と身に着けている技術の一つですので、頑張りましょう」
「はい、ティグレ先生!!」
「フヒ……ハッ、いけない。次は減給じゃすまない……お世話役を外されるなんて絶対ごめん被る……。気を出来るだけ強く持つのよ私」
ティグレさんが自分の両頬を軽く叩いて気合を入れているように見えたけれど、どうしたのだろうか。
尋ねてみたが、気にしないでくださいとしか言ってくれなかった。
月明りが照らす宿舎の中庭の真ん中に座り、目を閉じて深呼吸を一つ。
息と一緒に頭の中にある考え事を吐き出すイメージ、それを繰り返して、頭の中をどんどん空っぽに近づける。
何もかも吐き出していく、不安も寂しさも全部。
風に揺れる草木の音が大きく感じる、虫の音も、遠くから近づいて来る足音も。
そこで人の気配に気づいた。
「あれ、誰か来たのかな?」
「えぇ、そのようです。ウルスブラン、ソラタ様を。私が参ります」
近くで立っていたウルスブランさんにそう言ってティグレさんは宿舎へと向かう。
少しして、ティグレさんと知らない男の人が一緒にやってきた。
ティグレさんと一緒に来たピカピカの鎧を着た顔に大きな傷のある髭のおじさんはプラテリアテスタの騎士団長さんだという。
「ソラタ様、この方はプラテリアテスタ騎士団団長、ウィルフレッド・エルネッラ様です」
「お初にお目にかかるプラテリアテスタの若き勇者、ソラタ様。侍従長より紹介に与ったが、改めて名をば。私はプラテリアテスタ騎士団団長、ウィルフレッド・エルネッラ。以後お見知りおきを」
ウィルフレッドさんが片膝をついて頭を下げる。
慌ててボクも頭を下げて挨拶を返す。
「は、初めまして、ボクは山田 空太です。あの、よろしくお願いしますウィルフレッドさん」
「うむ、いささか幼いが、しっかりとしているようだ。いずれ騎士団の兵舎にもお見えくだされ。私が手塩にかけて育てた兵の練度をお見せしよう」
「は、はい。騎士って馬に乗って剣とか槍で戦ったりするんです、よね? カッコいいなって思ってたので、必ず見に行きます」
「ハハハ、よくご存じで。これは迂闊な所は見せられませんな。幼子の無垢な夢、壊す訳にはまいりませんからな」
そう言ってウィルフレッドさんがガハハと豪快に笑ってボクの頭をわしゃわしゃと力強く撫でまわした。
そして、ウィルフレッドさんはボクの頭から手を離すと、ティグレさんの方に向き直って真剣な顔付きになった。
「ティグレ侍従長、国王陛下よりのお言葉です。これより勇者様は修練場より召喚儀式場へ移られたし、との事」
「かしこまりました、国王陛下の命ならば。しかし、一つお聞きしても?」
「言わんとする事は分かる。先刻、神の口たる巫女より神託が下った。恐らくヴルカノコルポが数日もなく動こう、万一があってはならない」
「……そうですか。ではただちに準備いたしましょう、ウルスブラン支度を。聞いていた通りです」
ティグレさんの言葉にウルスブランさんが少し慌てた様子で宿舎の方へ駆け出した。
ウルスブランさんが駆けて行った後もティグレさんはウィルフレッドさんと話しをしていた。
何かがあったのだろうとは分かったけれど、何があったかまではボクには分からない。
でも、ティグレさんやウィルフレッドさんの顔を見て、良い事ではないのだろうとなんとなく思った。
ウィルフレッドさんとの話が終わったのか、ティグレさんがボクの前までやって来てニコリと笑った。
「ソラタ様、申し訳ありませんが騎士団がこの場を使わなければならなくなったそうです。代わりにソラタ様が召喚された儀式場の使用を国王陛下がお許しになられましたので、そちらに向かいましょう」
「……なにかあったんですか?」
「ええ、はい。神の口、と呼ばれている神託を告げる巫女の方々からソラタ様が勇者として召喚された事が世界各国に告げられましたので、祝典や他国へのお披露目の為の計画立案やその際の護衛や警備の計画をせねばなりません。その為に騎士団を始めとした大勢での協議が必要となります。絶界聖域では大地の国と比べ時間の流れが緩やかになっており、そういった時間のかかる協議の際にはとても便利なのです」
今のティグレさんの笑顔は今まで見てきた笑顔とどこか違う。
ティグレさんは嘘は言っていないけれど、何か隠している事がある気がする。
自分でもよく分からないけれど、何故かそう思った。
それにウィルフレッドさんが言ったヴルカノコルポって一体なんだろう。
「ティグレさん、ヴルカノコルポって何ですか?」
「……ヴルカノコルポはプラテリアテスタの隣国にあたる国家の名称です。火山の神ヴルカノを信仰する国であり、大地の国でも有数の大国です。比較的友好的な国ですので、式典などの折りには招待させていただく事が多いのです。先ほどのウィルフレッド騎士団長の言葉を気にしておられるのですね。ご安心ください、友好的な隣国とはいえ大国、粗相が万が一にもないよう計画を練らなければ、というお話ですので」
ティグレさんは張り付けた様な笑顔のまま答える。
その時、ウィルフレッドさんがハハハッと笑った。
「これはこれは申し訳ありませんソラタ様。私の言葉のせいでいらぬ心配をかけてしまったようだ。これまでも何度かヴルカノコルポを招待しての式典はありましたが、ヴルカノコルポ王はなかなか愉快な方でしてな。以前にも王族を守るにしても警備兵の肩に力が入り過ぎている、これでは酒場でろくに女も口説けぬぞ、と冗談めかして言われたものです。諸外国の王族貴族をお呼び致しますからな、万一の事故などあってはならぬゆえ、私も少々気を張り過ぎていたようですハハハッ」
「……そうだったんですね」
そう返事をして、少し考える。
ウィルフレッドさんとティグレさんが話をしている時、二人の顔は少し緊張した様な感じで少し怖かった。
ティグレさんは優しい人だから、たぶんボクを傷付ける様な嘘はつかないと思う。
それはきっとウィルフレッドさんも同じはずだ。
それでもボクに嘘を、隠し事をするという事は、なにか二人にはそうする理由があるという事だろう。
ボクに隠し事をしなければいけない理由……。
不思議とティグレさんとウィルフレッドさんの思いがなんとなく分かる気がする。
ボクに心配をかけたくない、守らなければならない、そんな思いが。
さっきまで頭を空っぽにして心を自然に近づけたから、二人の魔力を通じてなんとなく思いが分かったのかもしれない。
ふと、あまりに突拍子もない事が頭に浮かぶ。
考えすぎだとは思うし、あり得ない事なのかもしれないけれど、それでもボクは二人に聞いてしまった、
聞かずにはいられなかった。
「ボクのせいで誰かが傷ついたりするんですか……?」




