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14・異邦の少年とお風呂回

魔術の鍛錬の一日目が終わり、くたくたになったボクはのんびりとお風呂にはいっていた。

水の精霊が作り出した精霊水という水を沸かしたもので、魔力の回復にいいのだとか。

ただ、手でお湯の温度を確かめるとちょっとぬるく感じたのでもう少し熱くてもいいかなと思った。

ごしごしと体を洗っていると、浴室の扉ごしウルスブランさんの声が聞こえた。


「ソラタ様、何か問題などありませんか?」


「あ、はい、大丈夫です」


「かしこまりました。何かありましたらお側に控えておりますので、なんなりとお申し付けください」


「わかりましたー」


体の泡を流し、ガラスの瓶に入ったトロリとした白く濁った液体を少し手に出す。

それを少しのお湯と混ぜて、よく泡立ててから頭を洗う。

この世界にはシャンプーとリンスが存在していると聞いた時はちょっと驚いた。

なんでも、稀にそういった知識を持つ人が異世界からやって来て作ったり、小さな子供が急に見た事も聞いた事もないような物の事を言い出して作り出す事があるのだとか。

転移者とか転生者、と呼ばれているその人たちは前にいた世界の記憶や知識を使って、お金持ちになってる事も多いという。


「ボクだったらスマホとか本とか見ながらじゃないと、そんな知識覚えてられないだろうなぁ」


前にいた世界の知識を事細かに覚えているなんてすごいなと、独り言をつぶやきながらシャンプーをワシャワシャと泡立てる。

いまだにシャンプーの泡が眼に入るのが嫌だから、前からシャンプーハットを使っていたのだがここには置いていないみたいだったので、そのまま洗うしかなかった。

目をぎゅっと瞑ってシャンプーをしていたので、お湯を入れた洗面器をどこに置いたか分からなくなってしまった。

どこだろうと手探りしていると


「これをお探しですか?」


「あ、ありがとうございます、ティグレさん」


「いえ、お気になさらずソラタ様」


ティグレさんが洗面器を渡してくれた。

数秒の沈黙の後とりあえずシャンプーを洗い流した。

眼は瞑ったままティグレさんに声をかける。


「……なんでいるんですかティグレさん」


「いえ、お気になさらずソラタ様。あ、お背中をお流しいたしましょう、ご自分では背中は洗いにくいでしょうから、ええ、遠慮なさらずとも、はい、フヒ。あぁ、ご安心をちゃんと湯浴み着は着ておりますので眼を開きこちらを向いていただいても構いません。未婚の身で肌を晒すような破廉恥は致しません」


「いえ、あの、えっと、そういう事ではなくて……。ボク一人でも、その、お風呂に入れますから、出来れば、ですね、出て行ってもらえると、助かるんですけど……」


「ソラタ様はプラテリアテスタの勇者、しかし勇者とはいえまだソラタ様は幼く、まだ勇者としての力は身についておりません。ならばこそ、万が一がないよう守護らねばなりません。ええ、湯浴み中であろうと、就寝中であろうと、それこそトイレ中であろうとも我が身に変えてもお守りせねばなりません。どうかどうか、ティグレめの思いを何卒慮っていただきますよう」


そっと眼を開けると、タオル生地で出来たワンピースの様な服、湯浴み着を着たティグレさんが土下座の様な形で頭を下げていた。

改めて、ボクは勇者という立場を思い知らされた。

夕食会の時に王様から世界を救う手助けをしてくれと言われ、ボクなりに勇者として頑張ろうと思ったけれど、この世界の人たちにとって勇者という存在はボクなんかが思っているよりもずっと重要で大切な存在なのだ。

勇者としてのボクが何かの拍子に大ケガなんかしたら大変な事になってしまうと、とても心配してくれているティグレさんに酷い事を言ってしまったと気づいた。


「その、ボクの方こそ、心配してくれてたのに、出て行ってなんて言ってごめんなさい……」


「こちらこそ、身勝手な行い、浅慮でありました。ソラタ様にご相談すべき事をこちらの都合で押し付けてしまい、深く謝罪致します」


「頭を上げてください、ティグレさん。気にしてませんから。ただ、その……」


「ただ、なんでしょうか。何か問題があるのならなんなりと。すぐに迅速に可及的速やかに対処いたします。お話相手から遊び相手、魔術の先生でも姉でも恋人でも妻でもなんでも対処しますともええ」


ティグレさんが急に早口になって、なんて言ったのかちょっと聞き取りにくかった。

ただティグレさんは湯浴み着というお風呂用の服を着ているけれど、ボクは裸な訳で。


「ちょっと、その、ボク裸なので……。なんというか、恥ずかしいんです……」


「恥ずかしい……ですか。ならば私も脱ぎましょう。ソラタ様だけ羞恥に悶えさせる訳にはまいりません。モジモジしてる姿可愛い。今脱ぎます、すぐ脱ぎます。そしてソラタ様を洗いましょう。全身、くまなく、隅々まで、ええ。ご遠慮なさらず、すぐ済みます、丹念にじっくりとすぐに終わらせますはい」


何だろう、ティグレさんの眼がちょっと怖い。

湯浴み着に手をかけて脱ごうとするのをなんとか止めようとしたけれど、力が凄くて全然止まらない。

ティグレさんは美人だから湯浴み着の状態でも凄く恥ずかしいのに、裸になんてなられたらとても困る。


「あ、あの、大丈夫ですから、もういいですから、脱がなくていいですから!! ボクにもその湯浴み着を用意してもらえたら十分ですから!!」


「いえ、ソラタ様だけ羞恥を抱くなどあってはなりません。ソラタ様用の湯浴み着は次回用意いたします。ですので今回はええ、裸の付き合いというやつです。私は一向に構いませんので、構いませんのでフヒヒ」


ティグレさんが湯浴み着を脱いで裸になる寸前でボクは眼を閉じて背中を向けた。

その時、浴室の扉越しにムームーという声が聞こえた。


「あれ? 今の声ってウルスブランさんじゃ……?」


「気のせいですソラタ様。ウルスブランが両手足縛られて口に詰め物されて、唸っているなどではありませんので、ソラタ様が心煩わす必要はありませんとも。なのでさぁ洗いましょう、全身、全て、何もかも」


ティグレさんがボクのお腹辺りを洗おうと手を回してきた瞬間、ゴツンという鈍い音が浴室に響いた。


「いやはや、いい加減にしておけでございますよティグレ殿」


「ト、トレイクハイト様……いつの間に……、カギはかけたはず……く、口惜しや……」


バタリと音がして、恐る恐る振り返るとティグレさんが鼻血を出しながら倒れていた。

その後ろにはトレイクハイトちゃんが壺を片手に立っていた、壺はかぶったままで。

そしてトレイクハイトちゃんは裸だった。

慌てて、すぐにティグレさんやトレイクハイトちゃんに背中を向ける。


「いやぁ、危ない所でございました。ソラタ殿の貞操の危機、なんとか回避ですございます」


「トレイクハイトちゃん、その、出来たらティグレさんに湯浴み着を……。トレイクハイトちゃんも湯浴み着を着てくれたら嬉しいんだけど……あと裸見ちゃってごめん……」


「おやおや、ソラタ殿はこんな寸胴体形のわたくしすら守備範囲でございますか? なかなか業が深いでございますねー、と冗談はさておいてー。ティグレ殿はウルスブランに任せるのでご安心をー。ウルスブラン、一部顕現を許可するでございます」


トレイクハイトちゃんがそういうと、浴室の外からバキンッ、と大きな音が響いてきてすぐにウルスブランさんが浴室の中に入ってきた。


「ソラタ様、トレイクハイト様、失礼を致します!! ティグレ侍従長の見苦しい失態、誠に申し訳ありません!! 勇者様に対しあるまじき行い、決して許される事ではありません!! しかし、それをお止めできなかった私に責はございます!! このような事を言うのは恥知らずにもほどがありますが、どうかどうか、ティグレ様に寛大なご沙汰をお願いいたします!! 」


「あー、そういうのはソラタ殿は気にしないでございましょうから、気にしなくていいでございます。とっとと裸で鼻血ながしてるティグレ殿を連れ出すでございます。頭を軽くしたたかに打ち付けただけでございますから、じきに目覚めるでございましょう」


「で、ですが……」


凄くしゅんと気落ちしている感じのウルスブランさんが気になり、ティグレさんやトレイクハイトちゃんの裸を見ない様に気を付けつつ、ボクは何も気にしてないと言おうと振り返った。


「トレイクハイトちゃんが言うように、ボクは何も気にしてないので――」


何故かウルスブランさんも裸だった。

慌てて眼を両手で覆い隠す。


「な、なんでウルスブランさんまで、は、裸なんですか……?」


「あ、申し訳ありません、このようなはしたない恰好を晒してしまって。ソラタ様から御用を言いつかった際にすぐに対応できるようにと服を脱いで待機しておりましたので。その際に、ティグレ様に虚をつかれ醜態をさらすはめになってしまいましたが……」


「ティグレさんみたいに湯浴み着とかは……」


「あ、その、私に合うサイズの湯浴み着は、ここには用意してありませんでしたので仕方なく」


「そ、そうなんですね……」


凄く気まずい空気の中、ウルスブランさんは申し訳ありませんと謝りながらティグレさんを浴室の外へと抱えていった。

はぁ、とため息をつくボクの耳元でトレイクハイトちゃんがボソリと一言。


「大きかったでございましょう?」


「――ッ!? 」


たぶんボクの顔は耳まで真っ赤になってると思う。

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