11・神託と父
大地の国に多々存在する宗教の一つに星神教と呼ばれるものがある。
大地の国で信仰されている宗教の中で最も規模が大きく、一部を除き大地の国全土にその支部が存在する程である。
星の神ステルラを主神と崇め、その他の神はすべてステルラの子、ステルラの子である神々を信仰する者もステルラに連なる者、すなわち大地の国に生きる全ての者はステルラの子であるとする宗教である。
そして星神教の総本山である宗教国家チーマメディオは神との取り決めにより、古くから大地の国全土に神託の巫女を派遣する役目を担っている。
神の言葉を伝える神託の巫女はその役割上、諸国の王たちよりも高い地位にあると言っても過言ではない。
なにしろ神託の巫女の口から放たれるのは神の言葉、巫女たちは神の口と同義であり、巫女を傷つけたり虐げるという事は神への冒涜に他ならない。
その様な事をした者は神敵とみなされ、星神教を敵に回す事になる。
それはつまり、世界を敵に回すに等しい。
神託の巫女とは大地の国においては神に次いで重要な存在でもあるのだ。
そんな神託の巫女の口から神の言葉が告げられた。
「七人目の勇者がプラテリアテスタの地に召喚された。七つの権能は大地の国に。七つの脅威を退け、世界を存続させよ」
神託を受け、世界が動き出す。
火山の神ヴルカノを信仰するヴルカノコルポの王は神託を聞き怒り、プラテリアテスタへ使者を送った。
「勇者の召喚権を譲るという話が進んでいた、それを無視しての勇者召喚は外交的無礼であり、国の品格を問われるものである。相応の対応がなくば、ヴルカノの火はプラテリアの草原を焼き尽くすであろう」
それはもはや宣戦布告にすら近いものであった。
相応の対応、すなわち召喚された勇者の譲渡。
プラテリアテスタにとっての勇者とは世界序列一位の加護を持つアロガンシアの力を十全に振るう為に必要な大義名分である。
勇者と言う存在があるだけで、アロガンシアの行動の大半を世界の平穏を維持する為に必要な事だったとして処理する事が出来るのだ。
アロガンシアの傲岸不遜な態度や振る舞いは往々にして他国との軋轢を生んできた。
それらの行動がたとえ世界を滅ぼす七つの脅威を討ち滅ぼす為のものだったとしても。
事が起きる前に封じ込めていたが為に、人々の目にはアロガンシアの行動は世界序列一位という加護にあぐらをかいた傲慢なものとしてしか映らない。
アロガンシア自身はそんな些末な事を気になどしない。
ただ、アロガンシアの父であるマチョリヌスは王とは言え人である、人として親としてアロガンシアへ向けられる人々の怨嗟の声をどうにかしたかった。
ゆえにマチョリヌスはヴルカノコルポに勇者召喚権の譲渡を行い無用な争いを避けるという国益を得るよりも、愛する一人の娘の為に勇者召喚を強行したのだ。
だから、マチョリヌスにとって勇者がどの様な人物かは問題ではなかった。
山田 空太、幼いという事を差し引いてもなお溢れる善性はマチョリヌスにとって望外の僥倖であり、そして何よりアロガンシア自身が召喚された勇者を気に入ったという事実。
産まれてこの方、まっとうな友人などただの一人もいなかったアロガンシアには何物にも代え難い存在になってくれるかもしれない少年にマチョリヌスは心の底から感謝した。
同時に娘の為に少年を異世界から身勝手にも召喚し、親元から引き離した事を後悔してもいる。
それでもなお、マチョリヌスの決意は揺るがない。
愛する娘の為ならばマチョリヌスは神にすら弓引く覚悟があるのだから。
ならば、大国とは言えたかが国一つであるヴルカノコルポ程度に屈する事などあり得ない。
「勇者召喚権は大地の国の全てに等しく与えられた神の恩寵。人の尺度で測り、譲渡だなどとのたまうなど神をも恐れぬ所業、それを理由に他国へ攻め入るなど笑止千万、国の品格を問われるは貴国である」
力で脅せば容易く折れると思っていたヴルカノコルポの王はプラテリアテスタの返事に激怒した。
ヴルカノコルポは神託が下ったその日の内にプラテリアテスタへ攻め入る為の軍の再編を始めた。
数日後にはヴルカノコルポの軍勢はプラテリアテスタとの国境を超え、侵攻してくるだろう。
マチョリヌスにとってはヴルカノコルポとの開戦は元より覚悟の上。
既に軍の編成は整っており、ヴルカノコルポとの国境付近の砦には秘密裏に兵を増員してある。
世界序列一位の加護を持つアロガンシアが戦線に立てば、それだけでプラテリアテスタの勝利はほぼ揺ぎ無いものとなる。
しかし、防衛の為とは言え世界序列一位を参戦させるという事は、他の国にプラテリアテスタは世界序列一位を兵器として使うと喧伝する事に他ならない。
それは他国にとって世界を滅ぼす七つの脅威とほぼ同じものとして映る。
アロガンシアへの怨嗟の声は大地の国全土に更に広がる事になる。
それではマチョリヌスにとっては本末転倒でしかない。
だから、世界序列一位たるアロガンシアをヴルカノコルポとの戦争に参戦させる事は絶対に出来ない。
当のアロガンシア本人が一人でヴルカノコルポを蹴散らすつもりだとしても。
神託が下った日より数日後。
国境付近にヴルカノコルポの陣がいくつも設営されているとの報告があり、侵攻してくるまでもう間がないという時にマチョリヌスはアロガンシアを私室へと呼び出した。
「アロガンシアよ、お主はムスケル宮殿に控えよ」
「おやおや、何を言うかと思えば我が父よ。最大戦力たる妾を投入せぬとは如何した? 妾が戦えば、プラテリアテスタの被害はもっとも低く抑えられよう。それを理解せぬ父ではなかろう」
「お主を戦線に送れば、確かに数日と経たずにヴルカノコルポの軍は壊滅しよう。なれど、お主を兵器として扱えば、世界はお主を七つの脅威に次ぐものとして見よう。我はそれを看過できん」
「フン、我が父マチョリヌスよ、そなたは何者だ? プラテリアテスタの王であるぞ、王が国を民を思わずになんとする。たかが娘の一人が厄災の如く扱われる程度、毒杯にすら劣る取るに足らぬ事、軽く飲み干すがよかろう。なんなら、事が済んだ後は我が序列は神に返上し、更に広き世界へとめかしこんで出立いたしましょう」
「そのような事を申すなアロガンシア。娘を幾度も死地へと送らねばならぬ事に耐えられる程、我は強くはないのだ。娘を想う気持ちなど王としては無用であろう、だが我は王である前に一人の親でしかないのだ」
「弱き王は国を亡ぼす、民を思わぬ王など害悪以外の何物でもない。いっそその首この場で切り落とし妾が王となりましょう。なれど、国を思うのなら民を思うのなら、妾を存分に使うがよろしい」
「それでもだ、それでも我はお主に控えよと申し付ける。王としてではなく一人の親として」
「王をやめ人に堕ちるなど愚の極み、王の責務を放棄するとは何たる事かッ!! その背にプラテリアテスタの民、幾万の命を負うておきながらその戯言、民への裏切りに他ならぬッ!! よろしい、ならばその首即刻切り落とすまでッ!!」
交わらぬ平行線のやり取りにアロガンシアが激昂し、マチョリヌスの首を落とさんと襲い掛かった。
アロガンシアの鋼鉄すら容易く切り裂く手刀がマチョリヌスの首に届く刹那、マチョリヌスはアロガンシアの目を見て呟いた。
「ソラタはどうする」




