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10・異邦の少年と夕食会(後編)

テーブルの上には沢山の種類の料理が並べられていた。

どれもとても美味しそうに見える。

ただ、ちょっと見た事のない色のスープに入っている人の顔の様に見える野菜? が気になった。


「ソラタ様は異世界からの転移者ですので、この世界の料理が舌に合わない事もあるかもしれません。その時はどうかご無理などせず、お申し付けください」


ウルスブランさんにそう言われ、気のせいか目があった気がした人面野菜入りのスープはちょっと遠慮しておこうと思った。

しばらくして王様とアロガンシア王女がやってきて、王様の声掛けでようやく女王様とティグレさんのがっぷりと組み合った手四つの戦いが終わりを告げ、二人の様子を見てアロガンシア王女が大きなため息をついた。


「はぁ……、これがプラテリアテスタの女王、それに国王に仕える侍従長とはな……。これではマッシモーのやつも頭が痛くなるというものよな」


王女様とティグレさんがアロガンシア王女には言われたくないって顔をしている。

王様が目元に手をやり、軽く頭を振った。


「ソラタの前である、これ以上プラテリアテスタに恥を積み重ねるでない。たびたびの醜態、見苦しくあった。もう何度謝った事か分からぬが、許せソラタよ」


「い、いえ。ボ、ボクは賑やかでいいなって思いました。だから、その、気にしないでください王様」


「ソラタよ、お主のその慈悲深さには王たる我とて頭が下がる。さすがは博愛の権能を持つ勇者である」


「はくあいのけんのう?」


「そうであるな……。勇者の権能も含め、何故お主を召喚したのかを話すとしよう。だが、まずは食事としよう。ティグレ、ソラタには果実水を」


王様がそういうとティグレさんは薄い紫色の液体が入った水差しを持って、ボクの所にやってきた。

ふわりと漂ってくる香りはブドウの匂いに似ているように感じる。


「ソラタ様、こちらはウゥバの実と花蜜を合わせた物を精霊水にて割った果実水になります。もし、お口に合わないようでしたら、遠慮なく仰ってください。花茶や紅茶などもありますので、すぐにご用意いたします」


「は、はい、ありがとうティグレさん」


ティグレさんがボクのコップに果実水を注いでいく。

他のみんなのコップにはウルスブランさんが飲み物を注いでいた。


「では、プラテリアテスタの平穏と守護神プラテリアの更なる加護を願い、そして勇者であるソラタとの善き出会いに感謝を込めて、乾杯」


王様がそういうと、女王様やトレイクハイトちゃん、アロガンシア王女が続いて乾杯と言ってコップを少し持ち上げる。

遅れてボクも乾杯、言って果実水をクイっと飲んだ。

どんな味なのか少しドキドキしたけれど、独特な甘みのブドウジュースといった感じでとても飲みやすかった。


「ソラタよ、口に合うかは分らぬが、遠慮せず食べるとよい。プラテリアテスタの地は草原の神プラテリアの加護によりいつも温暖な気候であり、善き風と水がもたらされておる。そのおかげで果実や野菜などの植物がよく育つのだ、アルラウネなどの魔草も育ちすぎて勝手に地面から走り出すほどだぞ」


そう言って、人面野菜入りのスープを指さしながら王様がニコニコと笑う。

それに釣られたのか女王様もフフと吹き出すように笑った。

今の王様の言葉に面白い所があったのだろうかとボクが考えていると、


「我が父よ、その手の笑い話は異世界より召喚された勇者殿には通じぬよ。本気でアルラウネが走り出すと、勇者殿に要らぬ誤解を与えてしまいかねん」


とアロガンシア王女が言ったので、どうやらこの世界での定番のジョークらしい。


「おお、そうであったな、すまぬすまぬ。我がプラテリアテスタのアルラウネは評判が良いゆえそのような冗談も生まれるというもの。何しろ我がプラテリアテスタのアルラウネはその新鮮さゆえに生きの良い声を上げるが、その声はまさしく海上のシレーナもかくやと言ったところよ」


「まぁ、あの叫び声をシレーナの歌声と評するのは、いささか無理がございますがねぇ」


トレイクハイトちゃんが人面野菜入りのスープをストローでジュルジュルと飲みながら、呆れた風に言った。

人面野菜入りのスープ、美味しいのかな……、あとたぶん今のも王様の冗談なんだろうな。

でも、王様がとても機嫌良く見えるのはきっと家族と御飯を食べているからなんだろうなとボクは思った。

しばらく賑やかに食事が進み、空の皿も出始めた所で女王様が口元をナプキンで軽く拭きながら王様の顔を見た。


「マチョリヌス、そろそろ良いのでは?」


「……うむ、そうであるな」


王様がナイフとフォークを置いて、ゴホンとと一つ咳をした。

空気が少しピンと張りつめた気がする。

ごくりと唾を飲み込み、真面目な顔つきになった王様に顔を向ける。


「ソラタよ、我がお主をこの世界に勇者として召喚したのは、底の国の魔王序列番外位に位置付けされている魔王種を産む魔王母胎樹アセツータを討伐してほしいがため」


魔王母胎樹アセツータ、魔王種という魔獣を産む恐ろしく巨大な怪樹であり、魔王という名は付いているが実際は何なのか分かっていないし木なのかすら怪しく、底の国を治める他の魔王たちとは全く別種の存在。

いつから底の国に生えているのか、どこから来たのかも分かっていない。

以前は底の国にただあるだけの不気味な大樹だったけれど、百年程前からとても強力な魔獣、一頭で魔王に匹敵する力を持つがゆえに魔王種と呼ばれる魔獣を産み落とす様になってしまった。

底の国の魔王たちですら魔王種は厄介に思っており、魔王母胎樹の討伐に関しては魔王たちも協力的で、ボク以外の六人の勇者たちも魔王母胎樹の討伐には協力してくれる。

大地の国と底の国が協力するという前代未聞な事態ではあるが、魔王母胎樹の討伐はどちらの国にとっても急を要する問題である。

何年かに一度の頻度で、魔王種が大地の国まで上がって来る事があり、その際の被害は魔王と協力したとしてもとても大きい。

他にも世界を滅ぼす七つの脅威という物もあるが、それは既に三つは取り除かれており、今すぐに世界を滅ぼす類の物ではない為、しばらくは放置していても良い。

王様の話はだいたいこんな感じだった。

正直、小学生の頭ではちんぷんかんぷんで理解するのが大変だったけど、その都度トレイクハイトちゃんやアロガンシア王女が解説してくれた。

王様は重苦しい雰囲気で更に続けた。


「……王としてではなく一人の男、ただのマチョリヌスとしては、ソラタよ、幼いお主をこの戦いに巻き込む事は、正直賛成は出来ん。だが、勇者の七つの権能がなければ魔王母胎樹はおそらく討伐できぬ。既に何度も魔王たちだけで魔王母胎樹の討伐を行っているが、その結果は芳しくない。だが、その昔一度だけ、星神教団から離反してまでも魔王と協力し魔王母胎樹討伐を敢行した勇者がいたのだ。その際に魔王母胎樹は癒えぬ傷を負い、底の国のさらに奥へと退いた。魔王たちのみの攻撃ではたとえ傷を負わせたとてすぐに再生し、たじろぐ事さえしなかったのに、だ。魔王だけでは魔王母胎樹を討伐できぬ、勇者だけでは魔王種の数に対応できぬ、だからこそ、七人の勇者と七人の魔王が協力せねばならぬのだ。ゆえにだ、ソラタよ、どうか、この世界を救う手助けをしてはくれぬか、この通りである」


王様はボクに頭を下げた。

ボクを召喚した時と同じように。

とても真剣な様子で、小学生のボクなんかに、だ。

正直、その魔王母胎樹というのと戦うのは怖い。

痛いのは嫌だし、人ではないとしても何かを傷つけるのは好きじゃない。

それに勇者として召喚されたからってボクが強くなった気はしない。

なにか不思議な力があるのだとしても、喧嘩なんかしたくない。

……でも、誰かが困ってるのなら助けてあげたいと思う。

ボクに何が出来るのかは分からないけれど、ボクに何かが出来るのなら力になってあげたいと思う。


「えっと、その……王様、ボクは勇者って言われも全然実感わいてないし、勇者としての力があるかも分からないけど、でもそんなボクでも何かが出来るなら、誰かを助けられるなら、あの、頑張ってみます、はい」


そう言ったボクに王様は感極まったのか、その網目のしっかりとしたメロンを彷彿とさせる三角筋をわななかせ、涙を流しながらボクの前までやってきた。

そして、膝をついて目線の高さをボクに合わせると、ボクの手を取った。


「おお、ソラタよ、お主のその在り様はまさしく博愛そのもの。だが、それは自己犠牲であってはならぬ。お主の身は必ずや我らが、プラテリアの子たるプラテリアテスタの民が、ひいては我自らが必ずや守り通すと我らが神、プラテリアの名に誓おう。いと優しき心を持つ子よ、異邦より来たりし我がプラテリアテスタの客人よ、我が友よ、お主のその博愛は万丈の彼方にある天の神々も称えよう、億万の感謝の言を以てしてもお主の博愛にはかなうまい。……そして、ソラタよ、これから先、数多の艱難辛苦がお主を襲うだろう、それ故に我らを恨む事もあるやもしれぬ、その時は我のみを恨め、お主にこのような難業を課したは我であるがゆえに、その責も咎も我にある。その時は我はすべてを受け入れよう、悪逆非道と罵られようと、邪知暴虐の狂王と誹られようと、報復の刃を向けられようと、我はすべてを受け入れよう」


王様が言った言葉はボクにはちょっと難しくて、全部は理解できなかったけれど、王様が優しい人だという事はなんとなく分かった。

全部を背負うと言っているのだ王様は。

悪いのは自分一人で他のみんなは関係ないのだと。


「王様、まだ出会ってほんの少ししか経っていないし、よく分からない事も沢山ありますけど、それでもボクはみんなが悪い人じゃないのはなんとなく分かります。だから、その、ボクなんかがみんなを助けられる事があるなら何でも言ってください、ボクも助けて欲しい事があったらみんなに言います。ボクは一人じゃ何もできない子供だから、何にもできないかもしれない。でも王様やみんなが助けてくれるなら、きっと何でもできると思います。一緒に、頑張りましょう」


ボクは王様の手を握り返し、笑って見せた。

王様が少しでも安心できるように、精一杯の笑顔で。

ボクの顔を見て、王様がすまぬと言ってまた泣いてしまった。

女王様とティグレさんがペロリと唇を舐めたのが見えた気がしたけど、何故かアロガンシア王女やトレイクハイトちゃんが二人に説教し始めたのでよく分からなかった。

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