1・異邦の少年と王様
前略
お父さん、お母さん、あと飼い猫のタマコ。
ボクこと山田 空太は異世界に召喚されたようです。
教えてください、こんな時どんな顔をすればよいのでしょうか…。
気付けば見知らぬ場所にいた。
辺りは見渡す限りの草原で真上には3つの太陽、そしてボクを取り囲むようにローブをまとった怪しげな人たちが多数。
ふと足元に目をやると、光り輝く文字や線、いわゆる魔法陣のようなモノが描かれていた。
前後の記憶は曖昧で何故ここにいるのか分からない。
ただ、ここはボクの知る日本ではないと、先ほどまでいた世界などではないと確信を持てた。
あーゲームとか漫画でよくあるやつだこれー、などとどうでもいい事を考えながらボクはその場に立ち尽くしていた。
「召喚の儀、ここ成りましてございます」
若い、というか幼さすら感じる可愛らしい声が耳に入った。
声のした方向に顔を向けると、赤い壺を頭にかぶった小さな子供がいた。
見た感じはボクよりもずっと幼く感じる。
「うむ、よくぞ成し遂げたトレイクハイト。大儀である」
威厳のある声と共に豪奢な王冠とマントとブーメランパンツ、そしてそれらの存在を無に帰すほどの見事なまでに鍛え抜かれた筋肉を鎧の如くまとった凄いマッチョで怖い顔のおじいさんがボクの前に歩み寄ってきた。
その傍らにはメイドさんの様な服を着た綺麗な女の人が2人付き従っている。
筋肉おじいさんはボクの目の前で歩みを止め、ボクに対して光沢を放つオイリーで瑞々しくも猛々しい鋼鉄の柱を思わせる屈強な筋肉を持つ足を曲げ、地面に片膝をつき頭を下げた。
メイドさん2人もそれに続く。
周りの人たちがどよめいたが、おじいさんはそれを幾年月を経た巨木を思わせる太く逞しい腕で制した。
「まずは謝罪を、異界より来たりし異邦の子よ。幼きお主を唐突に召喚した事、誠に申し訳ない。この非礼には我がプラテリアの神に誓い、必ずや報いる事を約束しよう」
そう言って筋肉おじいさんはゆっくりと体を起こし、じっとボクの顔を見つめた。
筋肉おじいさんの眼付きは鋭く、なんだか睨まれているかのように感じる。
「我が名はマチョリヌス・イリガリウス・トレ・プラテリアテスタ。このプラテリアテスタ国の第23代目の国王である」
ただの名乗りであるはずなのに、このおじいさんの威厳…、というかむしろ仕上がった筋肉たちから放たれる肉圧が凄い。
神々しさすら漂わせている筋肉の集合体を目の当たりにして、ボクはこれが本物の王様なんだなと根拠もなく納得してしまった。
しばしの沈黙が流れ、あぁボクも名前を言わないと、と遅れて気づいた。
「ボ、ボクは山田 空太…です。えーっと…その…普通のどこにでもいる小学3年生です、はい…」
「うむ、ソラタ、ソラタか。変わった名だが異界より来たのであればそれも当然。ではソラタよ、まずは説明が必要であろう。しかし、この聖域に長く留まるは幼きおぬしには酷、ついてまいれ」
そう言って王様は白く輝く歯を見せながらニコリと笑った後、見事に育った大胸筋を一度大きく振るわせながら豪奢なマントをバサッと翻してどこかへと歩き始めた。
ボクは王様のマントの上からでも分かる隆々とした筋肉が織りなす高層住宅を思わせる背中を慌てて追った。
王様に付き従っていた2人のメイドさんの内、腰辺りまである長く綺麗な黒髪の女の人がボクのそばまで近寄りペコリと頭を下げた。
「ソラタ様、わたくしはマチョリヌス国王陛下の侍従を束ねております、侍従長ティグレ・ザラントネッロと申します。以後お見知りおきを」
ティグレさんは少し目付きが鋭くてちょっと怖い感じがした。
もう一人の、こちらは眼鏡をかけている短い銀髪の女の人もボクの近くまでやって来てぺこりと頭を下げる。
「わ、わたくしはウルスブラン・ウベルティアと申します。えっと、ティグレ様の補佐を任せられております。あの、い、以後お見知りおきを」
ウルスブランさんはティグレさんと違い、少しおどおどとした感じがして、なんだか親近感がわいた。
しかしなんというか、メイドさんが目の前に2人もいるというのは不思議な感覚を覚える。
しかも二人とも凄く綺麗で、じっと見ているのがためらわれる程だ。
少し目をそらしつつ、これは夢なのではないか、と思い頬をつねってみた。
うん、普通に痛い。
その様子を見て2人のメイドが不思議そうな顔でボクを見ていた。
しばらく草原を歩いていると、石で出来た大きな門の様な物が見えてきた。
頑丈そうな扉がついている門ではあるけれどその周りには何もなく草原だけが広がっている。
「ソラタ様、あちらの転送門にて玉座の間へと向かいます」
ボクの隣を歩くティグレさんに言われて改めて門を見ると、王様の全身の筋肉たちが隆起して一回りその体躯を膨らませ、筋肉で出来た重機を思わせる巨躯となっていた。
その巨躯から伸びる、葉脈が走る葉っぱの様に幾筋もの太い血管が浮き上がった巨木を思わせる両腕が、王様自身よりはるかに大きな扉を押していた。
「ソラタよ、この門はプラテリア神の加護を受けた者、つまりは王族にしかその門扉を開く事は出来ぬ。王族特権だと揶揄し陰口を叩く者もおるがな」
王様はそう言いながら更に脈動する両腕の筋肉たちに力を込め、まるで開かせまいと細やかな抵抗をしている扉を押す。
何メートルもある大きな扉がギギギッと、王様の鍛え抜かれ、見ただけで鋼鉄をも超えた強度を持つであろう事が容易く想像できる筋肉たちに白旗を挙げ、音をたてて開いていき10秒もかからずに開き切った。
王様の筋肉軍に敗北したその扉の向こうは草原ではなく、白い光が渦巻いていた。
その非現実的な光景を見て、ゲームや漫画の中でしか存在していないと思っていた『魔法』という単語が思い浮かぶ。
そして不思議とワクワクしているボクがいるのに気づいた。
ただ、ワクワクしている気持ちと同時に、これから一体どうなるのだろうか、元の世界の家族はどうしているのだろうか、という不安もあった。
だが、だからと言って普通の子供でしかないボクに何かができる訳でもない。
諦めにも似た気持ちを胸に抱いたまま、ボクは2人のメイドさんに促されて、筋肉たちがその働きを誇示するかのようにモクモクと立ち昇る汗煙をまとう王様に続き、渦巻く白い光の中へと歩きだした。