平成と令和とエビフライ
改元の前日。引継ぎの書類をまとめ、平成は一つ息を吐く。
壁にかかった時計を見ればもうすぐ夕方の5時になろうとするところだった。
「ついに明日か……」
次の担当は令和、と知らされてから、平成の慌ただしい日々は続いていた。まとめた書類はきっと後任の役に立ってくれるに違いない。
一つ伸びをして、部屋を後にしようと荷物を持つ。帰りにスーパーで半額惣菜でも買って帰って部屋で発泡酒でも傾けよう。それくらいの贅沢は、許されるだろう。
「お?」
「はじめまして、平成さん。ボク、令和と言います」
部屋の入口に少し小柄で端正な顔立ちをした元号が立っている。平成は緩めたネクタイを少し整えてから、軽く手を挙げた。
「おう、君が新しいヤツか。どうした?」
「ご挨拶だけでも、と思いまして」
「へえ、真面目なんだな。俺は平成。元号レベルは……」
「31、ですよね。ボク、まだレベル1です」
令和が手のひらを平成に向かって差し出すと、そこには「1」の淡く数字が光っていた。平成も同じように手のひらの「31」の文字を示した。
「ま、当然だわな。年に一回は必ず上がるさ。あー、お近づきに、飯でも行くか?」
「いえ、そういうの、ご遠慮しておきます」
「……可愛くないな」
「よく言われます」
そう言ってにこりと笑う令和は、本当に挨拶だけだとばかりにお辞儀をして踵を返した。立ち去ろうとする令和に向かって、平成が声を掛ける。
「明日からよろしくな。最初は、戸惑うかも知れん」
「ご心配なく。準備期間の間に、しっかり訓練しましたから」
令和の背中を見送りながら、平成はぽつりと「うへえ、ほんと可愛くないな」と呟いた。
○ ○ ○
半額惣菜の戦果は上々だった。
エビフライが閉店前まで残っていることなど滅多にあることではない。これも、31年に渡って役目をこなし続けた自分へのご褒美だろうとほくほく顔で平成は家路を急ぐ。
しかし、そう嬉しい事ばかり起こるものではなかった。
不意に背後に嫌な気配を感じ、すぐさま飛び退くように地を蹴る。
数瞬の後に、平成がいた場所に黒い塊がべちゃあ、と飛来してアスファルトを黒く染めた。
「もう来たのか……ッ! 晩酌の時間くらいくれたってよかったろう」
それは、元号の代替わりの時期を狙って彼らの存在を亡きものにしようと企む存在からの刺客だった。
街灯の向こう、暗い道路の先へと目を凝らせば次弾が飛来する気配。二歩、三歩と跳ねて後退し、追撃を躱す。
逃げてばかりでは埒が明かない。相手の姿は視認できないが、このままではいずれ攻撃を受けてしまうだろう。
そう判断した平成は近くの公園へと駆けこんだ。
視界が広く取れる分、不意うちにも対応できると踏んだからだ。
けれど。
彼の意に反してそれ以上の攻撃はなく、警戒を解かずに気配を探ってみても敵意の欠片も感じられなかった。
「この程度で終わるようなヤツらじゃないんだが……」
「そうですね。ボクが仕留めていなければ、まだ続いていたと思いますよ」
「うわぁッ!」
いつの間にか背後に令和が立っていた。
驚きのあまり手に持っていたスーパーのレジ袋を落とす平成。拍子にエビフライがパックから転がり出た。
「ああ! 俺の半額エビフライが!」
「最後の晩餐がそれ、ですか?」
「うるさい、いいだろ別に」
好きなんだよ、エビフライが、と続けようとした平成の目の前に、夜空から大質量が落下した。夜の色をそのままコピーペーストしたような大鉄球。幾筋も球の表面に光が走り、ガラガラと音を立てて崩れる塊の中から人型が溢れだした。
「本隊のお出ましですね」
「落ち着き払っちゃってまあ可愛げねえの」
「今からでも可愛らしく逃げ回りましょうか?」
「逃げるな逃げるな。さっきは一匹倒したんだろう」
「ボク、まだレベル1なんで」
ほんとに、可愛くない。鉄球の下敷きになったエビフライの仇も込めて、存分に八つ当たりをする所存で平成は拳を固めた。
敵は、西暦。
2019体の黒い兵団。
彼らは元号を無くし、西暦に暦を統一することを目論んでいる。元号の変わり目にはその力が弱くなる時間帯が存在し、そこを狙ってくるのがこの兵団だ。
「平成さんって、肉弾戦闘なんですね」
令和が棒を振り回して黒兵を薙ぎ払いながら言う。
「結局、これが一番しっくりくるもんでな。ってかその棒、どこから出した」
「ボクの原典から。訓練よりも手ごたえありませんね」
「油断するなよ」
黒兵もあらかた片付いた頃、公園の外から大柄な風貌が飛び込んできた。四本腕を備えた巨躯。その突撃に令和が弾き飛ばされる。
「ああ! 言わんこっちゃない!」
「久しいな……平成……」
四本腕が平成に向き直って喋り始める。西暦の中でも序列が高いものは知性を持つ。中でもこの1993年は平成と浅からぬ因縁がある相手だった。
「平成よ。貴様は随分変わってしまった」
「そりゃあ、こちとらもうレベル31だ。あの頃の俺とは違うよ」
「一晩で100万を使い明かした貴様が今や残り物を漁る身。情けない」
「やめろよ。嫌な歴史を掘り返すのは。いいからやるぞ」
平成は一つ息を吐き、「原典解放」と低く呟く。
「地平天成。内平外成ッ!」
平成の両拳が光を放つ。その身、安らかなれば、世もまた安らかなり。かつての平成では決して到達しえなかった境地。
1993年の四腕も狂喜に震え、二人は拳を交える。
原典を開放し、元号の真の力を以てしてなお、1993年との戦いは熾烈を極めた。平成が右拳を振り抜けば、1993年もまた返す身で右腕の二連撃を見舞う。
気づけば、二人とも笑っている。それは過去を語り合う友人のような雰囲気さえ纏っていた。
「おおおおおおぉぉッ!」
決着は平成の放った渾身の頭突き。
巨躯は砂埃を巻き上げ倒れ伏し、「また、闘ろうぞ、平成……」とその身を風に消した。
「もう俺はお役御免だからなあ」
「くふふ、そう言わず、次は私たちの相手をお願いしますよ」
空間を裂いてずるりと現れたのは1995年と2011年。
「タンマ、タンマ! お前らレベルが二人がかりは卑怯だぞ! 令和! 令和! 助けてくれ!」
「あのレベル1の坊やなら、向こうで伸びていますよ」
「ああくそ、戦いたくない! 断固定時退社を要求する!」
「くふ、昔は24時間戦えますと豪語していたではないですか」
「だからやめろよ! 昔の話を持ち出すのはさ!」
二対一では分が悪い。防戦一方の平成に、容赦のない攻撃を加えていく1995年と2011年。先ほどの殴り合いのダメージもあり、平成は絶体絶命のピンチに陥っていった。
○ ○ ○
四本腕に吹き飛ばされ気を失っている令和。その傍らに立ち、タバコをくゆらせるスーツ姿の男が一人。
「おうい、起きてやんな。震災クラス2人相手じゃあ、平成のやつにゃ荷が重いだろうよ」
ぺちぺちと令和の頬を叩くが、一向に目を覚まさない。
「元号レベル1じゃ、まあしゃあねえか。どら、回復してやるとするかね。原典解放。百姓昭明、協和萬邦」
その男、昭和。燃えるような白い輝きが令和を包む。民の、時代の共存を願うが故の再生の力。焦土に頽れず国を再建してきた、癒しの力。
「く、うう」
「お、起きたか。大丈夫か」
「あなたは……」
「ただの通りすがりさ。いけるか?」
「……問題ありません。ありがとうございます」
名乗ろうとしない相手を詮索するのも野暮である。あえて正体を追求せず、令和は平成が戦っている方を見た。彼が地を蹴り戦線へと復帰するのを見届けてから、「ちょいと心許無えなあ」と昭和は銜えていたタバコを地面へと投げ捨てた。
○ ○ ○
二対二の状況になってからも、状況は依然として元号側が不利だった。1995年と2011年の息の合ったコンビネーションに対し、ほぼ初対面である令和と平成の連携がうまくとれていない事がその要因だった。
令和の繰りだす棒術が平成の後頭部を撃つ。体勢を崩した所へ1995年からの追撃。さらに2011年の放った蹴りを受け、平成は弧を描いて地面へと伏す。
「実質三対一じゃないか!」
「平成さんがボクの前に出るからでしょう!」
なおも止まぬ西暦の攻撃。
蓄積されたダメージに平成がよろめき、その隙を突いて2011年が止めの一撃を放とうとする。
刹那。
平成と令和の背後から一筋の閃光が走り2011年を撃った。
「なッ……!?」
さらさらと崩れていく2011年に困惑する平成。しかし令和は状況をすかさず判断して1995年へと駆けた。混乱に乗じて胸部を貫き、1995年もその形を風へと散らす。
「派手にやられたなあ、平成」
暗がりから姿を現したのは昭和を含めた三人の元号。令和がその中の一人を見て「あ、さっきの」と言った。
「昭和のおっさん、生きてたのか……!」
「お? お? 何だ平成、その態度は。回復してやらんぞ」
「職務放棄かおっさん。助けてくださいお願いします」
「三べん周ってワンと鳴け」
「今それパワハラだからな!? ところで、後ろのお二方は?」
「お前さんらの大先輩さ」
昭和の後ろにいるのは、燕尾服を着た壮年の男性と紋付き袴を纏った老人。それぞれ、大正と明治。
今回の改元は今までと少しばかり勝手が違う。
その隙を狙って、西暦兵団も総力を挙げて元号を潰そうと戦力を整えている。
今までのように代替わりをする前後の元号だけでは太刀打ちできないと悟った昭和が、秘密裏に元号の力を集結させていたのだった。
「はじめまして、昭和さん。時代を先取りする慧眼、流石ですね。平成さんとは大違いだ」
「はっは、見どころのある坊主だ。でもな、平成はこう見えてタフなヤツだぞ。何度も災害に耐えた男だ」
空に一筋、亀裂が入る。
「戯れはそれぐらいにしておけい。来よるぞ」
大正が一言、場を引き締める。
夜空が割れ、降り立ったのは1999年。西暦の中でも最も人々の関心を集め、力を蓄えた西暦。黒衣を纏うその姿はさながらアンゴルモアにより目覚めを与えられる恐怖の大王。
腕を一薙ぎすれば黒い波動が元号たちを襲う。
しかしそれが彼らを傷つけることはなかった。目前で掻き消える黒波。明治が手で印を結び「聖南面而聴天下、嚮明而治」と原典の力を解放して彼ら自身を守っていた。
「貴様ら。何故抗う。何故佇まう」
1999年が低く声を響かせる。それは、忌避の声であり、嫌悪の響きを含んでいた。
「西暦と元号。時代の指標に二者も要らぬ。世間は困惑し、社会の繁栄は阻害される。何故、それが分からぬ」
「いやあ、悪いね。だからって消されてやるわけにはいかねえんだわ」
「細々と代が変わる事の煩わしさに耐えろと民に強いるのか。元号を西暦に変える事の何と煩雑な事か」
「ボクは簡単ですよ。018をボクに足せば西暦ですから」
「そのような浅薄な知識など要らぬ。貴様らが消えれば済む話だ」
黒衣を翻し、1999年は叫ぶ。
「来たれ! 1945年! 1919年よ!!」
時代の節目となった西暦。人々の記憶や関心が強ければ強いほど、西暦の序列は上がってゆく。その意味で、強大な力を持つのがこの二つだった。
しかし、1999年の呼びかけに対し何かが現れ出ずる気配は無い。
「そやつらならば、先刻すでに掃った。あまり、良い思い出でもなかったでな」
大正が静かに告げる。膨れ上がる1999年の怒気。
「貴様ら如きが掃うだと? 大正よ。15年しか世を支えられなかった者が吐くには過ぎた言葉だ」
「勘違いさせて済まなんだな。とくと聞け。我が名、大正。元号レベル107也」
「お、名乗りかい、大正センセ。乗っからせてもらうぜ。こちとら昭和。元号レベルは95だ」
「馬鹿な! 馬鹿な! 貴様らの在任期間はもっと短かったはずだ!」
昭和が一歩、1999年に向かって歩み出る。
「おう、聞けや。元号ってのはな。祈りなんだよ。この地に暮らす人々の、ささやかな祈りだ。新しい元号に変わった所で、それまでの元号がきれいさっぱり消えてなくなる訳じゃあねえ。祈りはよ、積もってくもんだ」
さらに一歩、前へ。
「確かに続きもんの数字の方がアレコレ便利だろうよ。今、西暦で何年だっけ、なんてよく言われたもんさ。けどな。てめえも高々2000年とちょっとだろう。一番古株のうちの大化の爺様は今年でレベル1374だ。他にもそれなりに頭数だって揃ってらあな。正面からやり合うってんなら、相手になるぜ」
ついに、1999年の、目前に。
そしてそこで右手を差し出した。
「けどな。一緒に並んで歩いたほうが、きっと昭らかな時代にならあな。喧嘩は、もうたくさんだ」
「昭和……」
黒衣の下、1999年の顔が歪む。こわごわ差し出された手を昭和が力強く握り返したその時。1999年の体は蝕まれるように嫌なノイズ音を立てて夜へと消えた。
「消されたッ!? まだ序列が上のヤツがいるのか!」
「私だよ……元号諸君」
空間ごと握りつぶされるようなプレッシャー。次いで吹き荒れる暴風に、五人の元号は吹き飛ばされた。明治の守りを崩し、易々と元号らを吹き飛ばしたのは、西暦最上位の存在、2000年だった。
「予言に躍らされた仮初の世紀末を拐かした程度で、和平が成ったとは言えぬ。この私。真の世紀末たる2000年が貴様らを消し去る名である」
「痛えなあ。年寄りは労わって欲しいもんだぜ……。明治の爺さんと大正の旦那、は気を失ったか」
「次は貴様だ。昭和よ」
2000年の体から雷気を纏った鞭が鋭く放たれる。
「おっさん!」
平成がすかさず割って入り、身を挺して雷鞭を受ける。身を流れる電流に、平成は苦悶の叫びを上げた。それでも後ろへは通すまいと、痛みに耐えながら鞭を掴んだ。
「ファイトォォォ……いっぱぁぁぁつ!」
掴んだ鞭を手繰り寄せ、宙空へ向かって2000年を投げ飛ばすが、宙に浮いたまま2000年はぴたりと止まりさらに強い電流を鞭に流し込んだ。
「ぐ、あぁ……!」
「平成さん!」
令和が叫ぶ。
「打たれ強いのが、売りなんでな。押さえてるうち、に、何とかしてくれ……ッ!」
「ま、任せてください!」
「しかし、どうするよ、若いの」
「ボクの原典を解放します。時間を稼いでください」
「な、なるはやで頼む!」
「すみません、言葉の意味が分かりません」
「急いでくれって言ってるんだよぉ!」
一つ息を吐いて数歩下がり、令和は詠うように言葉を紡ぎ始めた。
「初春の令月にして」
令月。それは何事をするにも良しとされる月。新たな時代の始まりを、期待に満ちたものだと予感させてくれる言葉。
令和の手に柔らかな灯がともる。
「気淑く風和ぎ」
穏やかな風が夜を滑るように場を満たす。異変を感じ取った2000年が令和に狙いを定めようとするが平成は掴んだ鞭を離さない。
ならばと宙を蹴り、滑空しながらゆるやかに渦巻く風の中心に立つ令和に向かって突進を試みる。
「梅は鏡前の粉を披き」
2000年が向かい来る姿を正面に見据えながらも、令和は言葉を紡ぐことをやめない。その手からは、梅の枝が顕現していた。伸びながら蕾をつけ、披いた梅の花からはぽつぽつと光の滴が立ちのぼる。
平成を引きずりながら滑空してきた2000年は令和の目の前で見えない障壁に弾かれた。
明治が辛うじて立ち上がり、手で印を結んでいる。傍らには昭和が癒しの光を放っていた。
「蘭は珮後の香を薫す」
令和を中心に巻いていた風は凪ぎ、一時の後、令和の持つ梅枝から鮮やかな薫りが放射状に拡がる。周りの木々が香りに揺れ、賑やかな宴席を思わせる。
梅の枝は形を変え、一張りの弓へとなった。
「原典解放。序の弓」
「カッコつけてるところ悪いが、そろそろ限界だ……!」
平成が絞り出すように叫ぶ。鞭を掴んでいる手からは血が滲んでいた。
「弓など原始的なものが私に当たるものか」
2000年が夜へと昇る。平成が力の限り踏ん張るが鞭を掴んだまま空へと連れ去られてしまう。
弓を構えてみるも、夜空と2000年が溶けあって狙いを定めることができない。下手に射れば平成に当たってしまうかも知れない。
「これじゃ撃てないっ」
「そのまま構えておけ。何とかしよう」
傷ついた大正が令和の肩を叩く。
手をひらいて前に出し、「原典解放」と呟いた。
「大亨以正、天之道也」
正しき道を進むことを願う、導きの光。先刻、2011年を穿った光弾が連続して放たれる。一閃が鞭を射抜き、平成が地面に落ちる。
「痛ってえ!」
大正は光を放つ手を止めない。光弾同士が夜空でぶつかり合い、弾ける。2000年の輪郭が光の粒子の中にはっきりと浮かび上がってくる。
「どうだ、明るくなったろう」
「ありがとうございます!」
引き絞った弓を、一閃。
眩い一矢が過たず2000年を穿つ。
新たな時代へ向けての一筋の光が、夜を高く駆けていった。
「私を……倒しても終わりはない……」
「別に西暦憎しなんて思ってませんよ、ボクは」
「貴様が終わる時に、また私は現れるぞ……」
灼けるように、2000年はちりちりと消えた。
辺りに、静寂が降りる。東の空がうっすらと白み始めていた。
○ ○ ○
昭和が昇ってきた太陽に向かってタバコの煙を吐く。
「おっさん。所かまわずタバコ吸うなよ」
「かてえ事言うない。明治と大正の二人を連れてこなきゃ勝てなかったろうがよ」
「それはそれ。はい、携帯灰皿」
平成が灰皿を投げて渡す。
ふと足元を見れば、昭和の輪郭が淡く消えている。
「お、時間か。あとはまあ、よろしく頼むわ」
「消えたら、どうなるんです?」
令和が尋ねる。
「見えずとも、いつでもそこにおる。元号の力の源は人だ」
「明治の爺さんはしゃべる力がもうねえんだけどもな。ほれ、明治生まれの人はあんまりいねえだろう」
「おっさんはまだしぶとく残りそうだなあ」
「おうよ、平成より長生きしてやらあ」
「冗談に聞こえないから嫌だな」
明治、大正も消え始め、最後に平成の輪郭も淡く光り始める。
「平成さんも、行くんですか」
「陽が登れば、今日からはお前の時代さ。しっかりやれよ」
「言われなくても、そのつもりです」
「だからもうちょっと可愛げをだな……まあ、いいか」
一陣、ざぁ、と風が吹く。
他の元号は消え、令和だけが朝日に向かって立っていた。
ゆるやかに、穏やかに昇る陽を眺めて気を引き締める。始まるのだ。新しい時代が。
「初日が終わったら、エビフライ食べようかな」
令和は一人、歩き出す。
遥か、時代の先へ。