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能力者達  作者: 蒼田 天
第三章 十二支決戦篇:上
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Memorial episode 昔話Ⅲ(2)

   弐


 オレは十八になった。あれから十年間一度もサクには会うことはなかった。今でも小櫻家との交流はあるが、あの頃のように公開戦闘をすることは無く、両家の技について語るだけとなっている。

 オレはそれにも出ずに屋敷に残って刀を振るっていた。

「貴方、両家の会談には参加しないの?」

「小櫻家の奴か? オレのこと知らねぇのか?」

 オレはそいつの顔も見ずにそう答える。

「知る知らないではなく昔はよく遊んだじゃないですか?」

「あぁ?」

 振り返ると長い黒髪と首筋に火傷の痕のある女がいた。白いほっそりした身体と淡く甘い櫻の香り。

 間違い無い。

「サク……なのか?」

 面影はあるが昔はもっと幼かった。今は色気があり身体のラインもしっかりと出ている。

「貴方は前とあまり変わってないかしら」

「んな事より、テメェ何をしに来た? 生憎オレは少し忙しいんだ。用がないなら帰れ」

 そう、今日は大事な日だ。この日の為に二年間準備を続けてきた。

「あら、それは残念。少し話をしたかったのだけど」

「悪かったな。じゃあな」

「この後、公開戦闘を両家で組んでおります」

「あぁ?」

 ──正気か? 十年前に大怪我を負わせた相手と一対一の戦いだと?

 糸牙家は絶対にそんなことは言わないであろう。オフクロは問題が起きることを恐れている。そうなると小櫻家か。

「今からか?」

「ええ。まあ、今日が無理ですと私も時間が取れなくなりますので」

 ──今日だけ、今日だけなら。

「分かった」

「ええ、では先に向かっております。準備は出来ていますので、結さんは準備が出来次第小櫻の屋敷へ」

「準備なんて要らねぇよ。武器なら今持ってるだろ?」

 筋力強化、武器強化。

 地面を蹴る。上段斬りが受け止められる。斬り下ろした刀でそのまま水平斬りをする。刀を弾き飛び退る。

「不意打ちですか? 卑怯ですね」

「うちは代々《コロシ》の一族。卑怯だろうがなんだろうが依頼をこなすのがオレの仕事だ」

「なら、私が斬り伏せて差し上げます」


 互いに合図はなかった。だが同時に刀がぶつかり合う。

「早く、血闘術を使ったらどうですか?」

「コイツがあれば充分だ」

 結は、一層力を込め刀を押し飛ばすと、殆ど同時に見える様な速度で十字に刀を薙いだ。

 間一髪で避けられるも、これで終わりではない。更に距離を詰めて連撃を与えていく。

 ──クソッ! コイツ抜いてやがる!

 その瞬間、足元が巨大な穴になったような感覚に陥る。

 結は、高く飛び上がり伸びてきた針を刀で弾いていく。

 地面から伸びる影は数年ぶりに見たが、やはりいい気にはならない。足元が覚束無くなる。

 ──一度距離を置くか。

 一瞬そんな考えが頭によぎる。

 ──笑止! 逃げる選択肢などありえない。

 空中を蹴る。筋力を増幅させ凄まじい勢いで距離を詰める。

 咄嗟の事で咲は反応に遅れる。そこを一気に畳み掛ける様に、激しい攻撃を次々と浴びせていく。

「──くっ」

「──らァ!」

 刀がぶつかった瞬間、結は目を見開く。

 ──重たくなった。

 刀を薙いで飛び退る。

 咲の身体に痣が登っていく。影を本格的に使い出した。今までよりも攻撃は鋭くなる。威力も上がる。速度も早くなる。

 結は一層力を込め追撃していく。刀は咲の腕、脇腹、頬、太腿を掠る。

 ──押せている。

 そう考えた途端だった。

 右肩を斬られた咲は左手に《鉄血(てっけつ)》を持ち替えるとドロドロと溶けていく。

「《熱血(ねっけつ)》」

 流石の反射速度で結は飛び退るが、飛んでくる血液を全ては避けきれない。

 ──《防壁(ぼうへき)》。

 力で作った壁を展開するが、基本的にこれは足場でしか使ってこなかった。とにかく結の防壁は、強度と錬度が著しく劣っていた。すぐに蜂の巣の様に風穴を空けられ、防ぎきれなかった血液が皮膚を焦がす。

 吹き出す血は否応無く痛みを連想させる。

「あら、止血なさらないのですか?」

 血闘術において止血や瀉血(しゃけつ)は、出来て当然の事で、実際目の前の咲は先程の傷は全て塞がっており、右腕も問題なく使える。

 だが、一向に結は止血をしない。血闘術は二度と使わないと決めて、ここで再開した咲に血闘術を使わなくても勝てることを証明することが、今の結にとっての一番になっている。

「まあ、それなら結構です。貴方はそうやって私に負けたときの言い訳を作っているのでしょう?」

「今ナンて言った?」

「ですから、地を舐める運命なら元から言い訳を作っておいた方が都合がいいと言っているのです」

 結の傷から出血がピタリと止まる。血闘術で止血をした訳では無く、結の筋肉が出血を抑えたのだ。

 咲は戦闘態勢に入るが一瞬、結の方が早かった。

 脇腹に拳が入り込む。結にも咲にも(あばら)の折れる感覚が伝わる。咲は衝撃を緩和するために横に飛んだが、それでも肋骨が三本砕けた。

「ぐ……」

「《(さいとり)》!」

 次々と連撃を与えていく。咲が態勢を整えようとするが、攻撃を受け流すのに精一杯で一向に態勢を整えられない。

「《地血(あかね)》」

 咲は地面に鉄血を突き刺すと、地面から赤い棘が幾本も延びる。赤い棘は結の身体を何ヶ所も貫く。

「──う……あがぁ……」

「少し乱暴ですが、勘弁してくださいね」

 より一層柄を持つ手に力が込められる。

「《熱血》」

 先程とは違い溶解するのでは無く、鉄血は燃え、それから延びる赤い棘は結の身体を焼いた。

「うぁあ゛ぁぁ」

 凄まじい量の出血、肉を焦がす臭い、骨を砕いた感触。全てが五感と血を通して伝わる。

 気絶か、もしくは息をしていないか、もうよく分からない状態で、鉄血を地面から抜く。

 結は血溜まりの上に倒れ込む。

 浅いが呼吸はある。それでも結の出血量は人間の身体から流れ落ちたとは思えないほど、多量だった。

「ごめんなさい。手加減とか、私知らなくて。ここ最近ですと、殺すか殺されるかの世界で生き抜くために、刀を握っておりました。貴方との戦いは本当に命懸けですが、毎度貴方は私の力にも屈しない。過去のことは忘れて下さい。この痕は私に取っては大切な記憶であり思い出です」

 咲は首筋の傷を撫でた。今では殆ど消えてしまって、後遺症も無く変わったことといえば、更に強くなりたいと言う欲望と、彼女とまた戦いたいという願望だった。

 それなのに、その結はあれ以来血闘術を使っていないと聞いた。私が、彼女を呼び起こさなくては。

「──黙っとけ……」

 咲が見ると出血が殆ど収まっている。

「さっきからクッセーコトばっか言いやがって、全身イテェのに次は全身カユいじゃねェか」

 結はゆっくりと立ち上がると大太刀を構える。

「《赫蘭(かぐら)》」

 地面の血液が重力に逆らい浮き上がる。それはやがて短刀になる。

「イテェって、こんな感じだったんだなぁ。あれ以来傷とは無縁だったからなぁ」

「あら、治癒が完了するまで待っててもいいのだけど」

「あァ? ナニ言ってやがる? この方が滾るだろォ!」

 結は距離を詰める。迎撃をしようと鉄血を構えた瞬間だった。

 ゴッ、と言う音と共に身体が浮き上がる。

「《楳腕(ばいか)》!」

 ──蹴られた。

 先程折れた肋のところだ。内臓へのダメージが大きく、大量の吐血をする。

「おいおい、この程度で終いかァ?」

 構えた短刀を槍のように投げる。

 ──迎撃を……。

「《散華(さんげ)》」

 血が()ぜる。

 皮膚を焦がす。

 爆風に飛ばされる。

「これは……私も少し真面目にしなければ、死んでしまいますね」

 咲の身体の痣が濃くなる。

「《赫蘭》!」

「──シッ!」

 距離が縮まる。血が滾る。刀がぶつかると亀裂が入る。強化が足りない。

「《熱血》!」

「《防壁・楳腕》!」

 結の防壁は強度不足だが、それを楳腕で補うとなれば別だ。

 熱血の温度で焼けられる程結の血の錬度は低くなかった。表面を少し焦がす程度にしか熱することが出来ない。

「おい? どうしたァ! さっきまでの勢いはドコ行ったァ!」

 力に関して言えば結は咲に劣るが、糸牙の家の戦い方と咲の戦い方は相性が悪すぎた。奇襲を仕掛ける結と正面から戦う咲は、対極にいる。

 相性が悪ければその分力は出せない。

 結は短刀を投げる。それが爆ぜることは咲もわかっていた。

「《熱血》」

 溶かした血を短刀に浴びさせる。

「《散華》」

「《冷血(れいけつ)》」

 爆ぜた血を咲の血は凍てつかせた。攻撃に攻撃を被せることで、結の攻撃を相殺したのだ。

「《赫蘭》ッ《爪紅(つまぐれ)》ッ!」

 結はそれでも止まらない。

 二本の刀で攻撃を浴びせていく。

「《地血》」

 地面から延びる赤い棘を結は飛び上がり避ける。

「《炎糸(えんし)》」

 途端、咲の身体を赤い糸が巻き付いている。

「──らァ!」

 地面から足が離れる。視界が回り地面に叩きつけられる。

「ガハッ……」

 さっきの結の血溜まりに咲はいる。

「《散華》」

「《冷血》ッ!」

 咲は散華の発動前に血液を凍らせた。

「おい、仕舞いか?」

 結の持っている赫蘭の大太刀が形状を槍に変える。

「答えろよォ」

 結は槍を構える。

「貴方は知っていますか?」

「ああ?」

「《瀉血》は元より身体の毒素を抜くために血を抜くのです」

「だからなんだ?」

「私の身体中の毒素を瀉血で抜いていたらどうでしょう?」

 近づいて来ていた結が(もつ)れる。槍を落として形状を保たなくなる。

「効きが遅すぎで、効かないのではと思いましたよ」

「毒だと……」

「出血量の多さが原因なんですかね? そうは言っても、血流に対しての毒の巡りが遅すぎますね」

 咲は鉄血を体内に戻すと近づいて来る。

「結さん。この後用事があるのですよね? 毒は私が抜きます。ですから──」

「知ってるか? 鈴蘭には毒があるんだぜ?」

 咲の身体がグラりと揺れる。

「毒素の操作が出来んのがテメェだけだと思うなよ。闇討ちすんのに毒使えねぇ訳ねぇだろ」

 結はズタボロになった自分の屋敷を見る。

「やっちまったなァ。こりゃあババアにこっぴどく叱られる」

「そんなことより早く毒を抜いた方がいいんじゃないですか?」

「あ? オレが毒素を抜くような器用なことが出来ると思ってんのか?」

「えぇ……」


 数分かけてサクは身体の毒を抜き、その後にオレの毒を数分かけて抜いた。

「貴方、身体に毒が溜まりすぎです」

「毒は毎日飲んでるからな。そのせいだろ」

「全く。こんな身体の人間、私も初めてです」

「そんなにか? オレの身体は健康体そのものだと思ってんだが」

「有り得ません。健康体の身体と比べれば貴方の身体はもう人では無いです。そうですね、例えるなら果実と毒茸(どくきのこ)くらいの違いはありますね」

 冗談を交えてオレに伝えてくる。

 そんなに毒が溜まっていたのか。

「おい、この後用事あるんだろ?」

「それはお互い様では?」

「まぁな……」

 オレは今日、屋敷を出る。糸牙の家とは縁を切る。行くところは決めてねぇが、気ままな旅をするつもりだ。

「私、今日、小櫻の家を出るのです」

「はァ? テメェ言ってる意味分かってんのか?」

「ええ、勿論。結さんだって同じでしょう?」

 腹の底が重くなるように感じた。何故知っている。ババアやオフクロにバレたか?

「何となく。用事があるって言って、それが私と日程が被っていて、両家が集まり家の者が殆ど居なくなる日の用事など、何か途轍もなく大事な用事なのでしょうと思って」

「なんで、お前は別に家を出る理由なんて……」

「あるんですよ、私にも。結さんは行くところは決めているんですか?」

「ねェけど、なんだよ?」

 さっきから主導権握られてて腹がグルグルする。平衡感覚狂う。

「いえ、駄犬……仲の良い知り合いと旅が出来れば、それはもう楽しいかと思って」

「テメェ今駄犬って言ったよな?」

「京の都の方に行くのはどうでしょう? 何処に行くにも駄賃は必要ですよ? 貴方金銭の類いの持ち合わせはあるんですか?」

「ねェよ」

「だったら私との方が都合がいい筈です」

 さっきからペラペラ饒舌に喋りやがる。

 ──まあ、悪くはねェな。

「じゃあ、決定で私は荷物はもう持ってきてるので、結さんのお着物を一着頂けません? 先の闘いで全身ボロ布の様で血だらけの服で、公衆の面前を歩くのは些か良くないので」

「分かった、屋敷、っても、もう崩壊しまくりだが上がれ」

 オレはサクを招くと自室へ行き、適当な着物を手に取る。サクにはオレの持っている中じゃ一番上等な物を手渡した。

「さっさと着替えてずらかるぞ」

「それだと殺し屋よりも盗人ですね」

 サクは着ている着物を脱ぐと左側の首筋から背中や脇下、上腕まで火傷の痕が残る。薄い場所もあるが左半身は少し痕が見える。

「ガキの頃は悪かったな。身体中火傷の痕だらけで」

「いえ、気にしなくて結構ですよ。少しだけ…………気に入っているので……」

 最後の方は聞き取ることが出来なかった。

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