能力と修行
能力者達という題名ですが、読みはスキルマスターです。
学業優先なので投稿日に間が空いてしまいました。これからも続けていきます。
1
【能力者達】
能力を利用し、物を殲滅する集団。
【物】
この世に存在する謎の生命体。普通の人間には見えず、力を持つ者にしか見えない。大きく《遊物》と《物》の二種類に別れる。
【力】
能力を使う時に使うエネルギー。消費し過ぎると体に何らかの害が起こる。
***
俺は今、とんでもない状況に直面している。
神と名乗る奴に会い、時を戻し、空を飛び、今に至る。
ここはこいつら《能力者達》の基地とやら。基地といっても、一応はシェアハウスらしい。
ノブの能力でここまで来て、能力やこいつらのやっている事について聞かされた。
能力を手に入れる条件は死と直面すること。そして一から人生をやり直す。そしてやり直しの人生には失う何かが必要となる。
何かとは、俺の場合、右目と左耳、後は父親と母親。ノブの場合は左足首を事故で失ったらしい。
このいう条件があることで能力を手に入れる事が出来るらしい。
──だけど、それじゃあ失ったものが大きすぎる。
だが一番疑問なのは、どのような経緯があって俺が能力を手に入れた事を知って、どうやって俺の場所を把握したのか、凄く不思議な事がいっぱいありますし、あの《願いを叶える神》は何なのかを知りたい。
「で、ノブは俺に何をさせたいのさ?」
俺はとりあえずこのことについて聞くことにした。
先程いっていた《能力者達》のやっている事。それは能力を駆使して、何らかの害を与える《物》という普通の人間には見えない奴を倒すこと。
「害って言うけどそれは何?」
「それはなー」
少し顎に手を当て考えたあとに口を開いた。
「メイ、ユイは?」
「まだダメだと思う」
キッチンの方向から声がし、反射的にその方向を向く。
そこにはエプロン姿の二織山芽がいた。
──シェアハウスの家事は二織の仕事か。
「えー、なんかユイ画像送って」
誰にいっているのかがよく分からないと思った途端、机の上に置いてあるノブの携帯端末が震えた。
ノブは携帯端末を少し操作すると、こちらにスライドして渡してきた。
液晶画面を覗くと、そこには脱線した電車があった。
「これって、五年位前の記事だよな?」
「よく覚えてるな。この事故で死んだ人は百人位いったんだよな」
ノブはそういうと画面を横にスライドすると、別の画像が表示された。
「これは八年位前だったなー。トラックのタイヤがパンクしてビルに激突」
「まさか、これ全部《物》の仕業ってことか!?」
「そう、ちなみにこのトラック事故でオレの足がこうなった」
「──な……これ全部……」
「物達が関係してる」
そういうと画面を更にスライド。
そこに写っていたのはグラフだった。
「このグラフは?」
「オゾン層って分かる?」
オゾン層って地球の周りを包むオゾンのことだよな。オゾンってことは酸素分子三つ分。オゾン層の役割は確か、紫外線とかの太陽からの有害な波長を吸収だかするっていうやつだったような。
「まあ、君が知っている知識があれば、このグラフがオゾンの量を表してることが理解していただけると分かると思うけど」
グラフはある時を境に激減している。
「まあ、二酸化炭素っていう影響もあるんだけど、この頃から物が少し活発になったんだよ。もしくはこの頃に生まれたか」
「じゃあ物は倒さなければ……」
「何れ死ぬ。生命が活動することが出来なくなる」
「それで、俺にここで働けと?」
「無論、給料は出ないよ。更にここはシェアハウスだから、月に二度集金しているのだ。でも、そのお陰で美味しいご飯は食べれるし、色々訳あって空調設備が整っていて、一年中暑くも寒くもない快適な空間での生活が出来ると思う」
それは俺に得があるのか。答えはNOだし、まずそんなことは俺には出来ない。
「決してオレ達は人数が多い訳じゃない。だから人手が多いと助かるんだよ。……そうだ明日は暇かい? 明日ここに来れば見れると思う。オレ達のやること。どうする今の所でオレ達に力を貸してくれるか?」
こいつらのいっていることは分かるし、協力もしてやりたいと思う気持ちもある。
──だけど、俺に出来ることなんてあるのか。
「勿論、答えは今すぐじゃなくてもいいし、いまオレ達のやってる仕事を直ぐにやれといって、出来る訳もない。いや、出来たら怖い」
そういうと座っていたソファに体を預ける。
「だけどね、人ってのは成長するものだから、今出来ないのは恥ずべきことではないんだよ。徐々に出来るようになれば上出来さ。最短で半年、長くて一年くらいかな」
そういい口角をあげると、
「一緒に《能力者達》として戦わないか?」
数秒の沈黙。俺は口を開きこう告げる。
「俺にも、出来ることがあるのなら……」
俺は昔からマンガとかラノベとか、そういうのが好きで読んでいたから、こういう展開は大好きだ。主人公が巻き込まれるやつ。俺の物語の主人公は俺だ。
「やらせてくれ、俺に《能力者達》を」
「ほ、本当か! よかった!」
「それでも安全な仕事じゃないぞ」
それはキッチンの方から聞こえた声。
そこからは料理をしていた二織山芽が出てきた。エプロンを脱ぎ捨てると胸の前で腕を組む。
「ノブ、確かに人員は少ない割に作業は多い。そこに一人増えるのがどれだけ助かるのかは私にも分かる。だが、この仕事は命を賭ける仕事だ。実際に死んだ奴もいるんだ。そんな曖昧な決め方でいいのか?」
『実際に死んだ』ってのはこの仕事でってことだよな。
「あの、いま『実際に死んだ』っていいました?」
「あ、ああ、まぁ昔の話だよ。強い物が出てきてな、その時はオレの技量もメイの技量も及ばなくって、色々あって最後には倒せたけど」
昔ってこの二人見た感じだと二十歳前後だよね? 昔ってどのくらい前なの?
「繰平、あまり気にしないで大丈夫。まあ、明日ここに来ればどういう作業をしているかは分かる。無理なら無理と言っていいからな」
なんか急に怖くなってきた。
「まあ、今は飯を食え」
メイが目の前に皿を置いた。前に出されたのはカレーライス。具が少し少し少なめだな。でもすごく美味そう。なんだけど、食べていいの?
「え……これ、食べていいの?」
「当たり前だろ」
「当たり前……ですか……じゃあ、いただきます」
そういい、カレーを口に運ぶと少し甘めの味つけだが奥が深い。……香辛料から選んでいるのか? 美味い。すげー、めっちゃ料理上手いじゃん。
黙々とスプーンを口へ運ぶ。
「おーい、ユイー、飯だぞー」
すると廊下にある扉が開けられた。
──中に誰かいたのか。
黒髪のセミショートで、頭にはヘッドフォンが装着されている。何か音楽を聞いているのか。ケーブルがないからBluetoothだろうか。この季節にも関わらず長袖、長ズボンなのは、この暑くもなく寒くもない温度のせいだろう。年齢は俺より下だろうか? 可愛い女の子だった。
俺のことを見るや否や、顔が引き攣り困惑の感情が浮かんでいる。
恐る恐る接近してきて、左斜め前の席に着くと手を合わせた。
「いただきます」
「ねぇ、オレのは?」
「何をいってる? 先月分の金、お前二万ちょいしか出てないだろ? 少しはリョーを見習ったらどうだ?」
「じゃあ、オレのご飯は?」
「飢え死にすればいい」
ノブがいけないのだが、二織も部屋から出てきた子も怖いよ。
「酷いなー。たったの9632円足りないだけだろ。なんでご飯を与えてくれないんだ」
「約一万円じゃないか……」
俺は溜息を着く。
「ノブ、言っておくが先月分の一度目はリョーが立て替えてくれている。更に二ヶ月前、お前すっぽかしてるぞ」
「さて、何の話かな?」
こいつ、ダメじゃないか。
「出せ、金あるだろ?」
「すまん、レースゲームに全部使っちゃった」
顔の前で手を合わせ頭を下げる。
一万円か……。俺なら負けないら。
「じゃあノブ、俺とじゃんけんして三回中一回でも勝てたら払ってない分払ってやるよ」
「本当か!? ソーヘー、ありがとう! やっぱなしはダメだからな。いくぞ、ジャーンケーン──」
ノブは大敗した。ちゃんとノブはその後カレーを食べる事が出来た。
俺はノブが泣きついて来たので、明日持ってくると言った。だが、今日初めてあった相手に金を借りるとは、ノブの神経は大丈夫だろうか。そのうち騙されそう。
「繰平、私の事はメイと呼んでくれれば構わないよ。ほらユイ。名前とコードネームを言うんだ。大丈夫、繰平は優しいから、恐らく」
恐らくなのかよ。
「えっと……こ、小桜由維です。えっと、ユイがコードネームで、えっと、よろしくお願いします」
ずっと思ってたけど、そのまんまじゃねぇかよ。
「えっと、俺は雨宮繰平。多分これからお世話になると思うから……よろしく」
「そうだ、繰平のコードネーム。意見ある人ー」
コードネームなんて大それたことをいっているけど、みんなほぼ名前のまんまじゃん。
「ソーヘーでいいら」
「ソーヘーでしょ」
「それ以外ないもんね……じゃ、決定」
やっぱりそうなったか……。
「じゃ、そろそろ終わろっか。明日は九時より前に来てくれ」
そういうと冷蔵庫からプリンを取り出し、頬張り始めた。商品のタグに『ユイ』と書いてあるのは言わないでおこう。
色々な事があって大変だったが、これからが楽しみだな。
そう思い《瞬間移動》で家に帰ろうと思ったが。
俺は重要なことを忘れていた。
「なぁ、能力ってどうやって発動させるんだ?」
そう、能力だ。ちなみに十時間程前に使ってはいるがなんというかほぼ無意識というか直感的にやっただけだから、どうすればいいか分からない。発動条件とか色々。
「えっ? えっと……い、イメージじゃないかな? ほ、ほら行きたいところを想像して……どうすればいいんだノブ?」
「オレは風船をイメージして、その後は飛行機で飛んでいるイメージをしている」
なるほど。ノブのイメージは分かった。《瞬間移動》は? いいイメージ材料がないな。そうだアニメとかのイメージを持ってすれば。シュウィンッ! みたいな……冷静に考えれば、瞬間移動をした先で俺を見た人いたら事件だ。どうしよう。そうだ《透明化》を使えば見れないはず。透ける想像だったらしやすい。想像……。……?
「なあ、俺透明化出来てる?」
「ははっ、あのな《透明化》の能力は対象を見ていた相手には効果はないんだよ」
早く言えよ!
「ソーヘーと同じ能力だから多分だけど、ソーヘーはもう透明化出来てる」
ユイの能力は透明化か。まあ、ユイ、ありがとう。
「じゃ、じゃあ帰るよ。家にちゃんと着けたら連絡するよ」
俺は玄関へ行き靴を履いた。
瞬間移動のイメージ。途端、目眩のような感覚を味わい目を瞑る。体に浮遊感が薄れていき目を開くと、いつもの家の玄関前だった。
──出来たのか。
メールを送るのは後にすることにして玄関の扉に手を掛ける。
「ただいま」
とだけ伝え部屋へ行き、ノブへメールを送る。
──疲れたな。
お風呂へ向かうため着替えをタンスから引き出し部屋を出る。
「ソーヘー、おかえり」
「ああ、ただいま」
「晩御飯は?」
「あ、連絡してなかった。外で食べたから大丈夫」
祖母は微笑むと「ならよかった」といってキッチンへ向かっていった。
風呂場へ行き服を脱ぎ捨てる。
──にしても今日は色々あったなー。
シャワーを浴びていると、ドッと疲れが押し寄せてくる。
浴槽に浸かっていると眠気が襲い掛かってくる。
──明日に備えて早く寝よ。
浴槽から上がるとバスタオルで体を拭き、着替えを着るとそそくさと部屋へ戻った。
2
翌朝。
俺は祖母には用があると言い、家を出ると同時に《透明化》を発動し、一応辺りを見渡した後に《瞬間移動》を発動した。
玄関に着くと《透明化》を解いて靴を脱いだ。
玄関を右に曲がった廊下を抜けると、誰も居なくて暫し困った。
「誰かいないのか?」
するとリビングの横にある階段下から声が聞こえたので近寄ってみる。
「あ、ソーヘー来たんじゃ」
「うん、来てる」
「えー、ユイ、対処しておいてくれ」
「え……でも……」
「大丈夫だ、心配すんな」
「転送準備完了。ノブは?」
「こっちは完了している。ユイ、転送頼む」
「りょ、了解……」
その声を聞きながら階段を降りていくと、そこに広がっていた光景は異様そのものだった。
全身が黒に染まる服装で、重装備という言葉が当てはまる様な武器の数々。ユイの太股には拳銃が装備されている。どう見ても玩具には見えない。
さらに、昨日は居なかった青年の姿が。あれがリョーっていっていた人か。
しかも昨日、俺がノブを見た印象とは大きく違った。それは巨大な鎌を持っていたからという訳では無く、纏っている覇気が違う、そういった印象だった。もっと昨日はヘラヘラして間抜けた感じだった。
「ど、どうしたんだ?」
そう訪ねる以外、俺にはこの状況を理解する方法を見い出せなかった。
「あー、詳しくはユイから聞いてくれ。そういうことだから、取り敢えずユイの指示に従ってくれれば大丈夫。ユイ、手筈通りによろしく頼む」
「了解」
「それじゃ、行くぞ」
いっている事についていけなかった俺は、そのまま置いていかれる様にそこに立ち尽くした。
その後、俺はいまユイのいうままに動き、変な立方体の装置の中央に行き、されるがままに目眩に似た感覚を味わい気づくとそこは、崩壊した都市にいた。
「今の感覚……」
『《瞬間移動装置》です。頻繁に使いますので使い方は後で家で教えます』
この崩壊した都市は《島》の中央部の都市になる。今この島には誰もいない、らしい。今も調べを進めてはいるが、確信はまだ持てていないらしい。
そして今、俺の周りには先程と同じ様な装置の中にいる。これは基本、外部からの攻撃に強いという、いわば防壁。俺の仕事はノブ達のやっている事を観る、以上だ。
3
《能力者達》のやっていたことは至って簡単。物を殺す。言うのは簡単だが、実際にやるとなると大違いなのだろう。
物の種類は大きく二つ。フワフワ浮いているのは《遊物》。遊物は基本、核となる眼の当たりから赤い光の弾が出てくる。《能力者達》は赤い玉を《砲弾》と読んでいるそうだ。
メイ曰く「当たったら即死と思え」だそうだ。
もう一つはノブ達の使っている武器を真似たりして攻撃する《物》だ。物は決して浮くことはない、らしい。遊物と物の大きな違いはその浮くことと見た目だ。遊物は動物に擬態化し、物は映画で出てくるエイリアンのようだった。そして物の方が強いと俺は聞いた。
俺はこの戦いを見て大変だという話は忘れてしまうくらい一方的だった。ただ自分もやってみたいと感じた。
「ソーヘー、やってみるか?」
そういって来たノブに対して俺は大きく頷く。
「まあ、させないんだけど。じゃあ修行するぞー」
修行。己を鍛え上げ高めること。
それもそうだろう。ノブの持っている鎌を振れといわれても、持ち上げることが出来るかも心配だ。
俺には戦闘経験なんて不良と喧嘩位だし。
「まあ、最初は体力と筋力作り。そこから対人戦闘の基礎。武器の扱い方。模擬戦の組手。実際の試合。物達に対する戦闘の基礎。こんな感じかな?」
するとリョーと呼ばれていた青年が歩み寄ってきた。
「俺は佐藤綾汰。コードネームはリョーだから、よろしく」
「あ、雨宮繰平です。コードネームは……ソーヘーです。よろしくお願いします」
自分の口でコードネームを伝えるのは意外と恥ずかしいことを知り、リョーはと手に持っていた衣服を手渡してきた。
「これって」
「俺達は《スーツ》って呼んでるから、それでいいんだよ。多少は攻撃も防ぐしそこらのプロテクターよりいい仕事はするよ。後は耐熱、耐寒とか諸々」
「凄いな」
その後は能力の使い方をレクチャーしてもらい、リョーのスーツを着衣する。若干大きいが気にする範疇ではない。
「ルールは簡単。ソーヘーは能力ありだけどオレは能力を使わない。いつでも、何処からでもいいよ」
ノブは能力を使わない。そして俺は能力を使ってもいい。武器の使用は禁止。以上だ。要は肉弾戦をすればいいと俺は理解した。
ノブは能力が使えないんだ俺の方が有利。
「じゃあ、行くぞ……」
「ああ」
それでも、俺にやれる見込みは0に等しい。だったら一発でいい、攻撃を当てる。
そう思い俺はノブの背後に瞬間移動で回り込む。俺はいまノブと背中合わせの状態。このまま振り返って殴る! だけどノブは俺の拳を避けそのまま手首を掴み···世界が反転した。
「グヘッ……!」
「動きが単純……これじゃあ一発もオレには当てられねぇよ……《アクセル》ッ!!!」
そう言いノブは俺の顔を蹴ろうとしたのを、俺は既の所で腕でガード。
「──ッ!!」
俺は声にならない悲鳴を上げ、そして飛ばされ、壊れたビルの壁に激突。《超筋力》は発動させた。筈だ。だが俺の左腕は曲がる筈のない方向に曲がっていた。
「ぐ……の、ノブ……お前! 本気出したのか?」
「馬鹿だな、なにをいっている? 本気出さずにどうする。まぁ本気じゃないけど」
「う、腕折れた」
「蹴った本人だぞ? 分かってるよ。てか折れる様に蹴ったし」
「今日は厄日だ」
4
最悪だ。始めて三秒程で俺は腕を折られ敗北した。
そして俺は今、見学中である。《投薬》という薬品を打たれ腕を固定。
ノブはお手本ということで、いやいややらされているリョーと闘うようだ。
『三、二、一、スタート! 第一段階始め』
合図に合わせノブが大きく跳躍した。
ノブの左足は足首から下がなく、強化義足をしている。先程、俺が蹴られた様にあの左足は蹴る、跳ぶことに長けている様だ。
そしていま、あの魔の足がリョーに向かっている。
ノブは一気に距離を詰めるとリョーに殴りかかる。リョーは手の平で受け流す。それでもノブはもう二発殴り掛かるが、全てリョーに受け流される。
するとノブはリョーに向け、左足で回し蹴りをする。それも間一髪で避け脚を掴み、そのまま地面へ叩き付ける。
そのまま関節技をして押さえつけるリョー。リョーの方が優勢だ。するとノブは体を捻り、リョーの関節技から逃れる。
『第二段階始め!』
ここで第二段階が始まる。第二段階とは能力の使用が可能になる。ノブとリョーの能力の相性は正直、リョーの方がいいと思う。
ノブは《空中浮遊》で一気に距離を詰めてリョーに襲いかかる。するとリョーは何故か拳を思い切り振りかぶり、そのまま前へ空を殴った。
リョーの拳は空気を揺るがし衝撃波となり、巻き起こった突風がノブに襲いかかった。ノブはそれを危機一髪といった感じで避ける。
するとノブは近くの壊れたビルを足場にし、そのままものすごい速度でリョーに襲いかかった。
弾丸の様な速度でノブはリョーに奇襲をかけ、リョーはノブの左足を諸に受けた。
それにも関わらずひょろっとしているリョーは、超人であることを示している。
すると次はリョーがいつの間にかノブの背後に回り込み、拳を大きく振りかぶっていた。それに対しノブは左足を受け止めの体勢にした。
「らあぁぁ!」
「《ショックアブソーバー》!!」
ノブはリョーの拳を左足だけで受け止めた。そのまま空中でノブは回転し右足でリョーを踵で蹴る。その右足をリョーは左腕で受け止める。直後ノブの左足はリョーの腹へ。リョーの右拳がノブの腹へ同時に入った。
両者大きく飛んでいき静かに着地した。
『第三段階始め!』
ユイの声と同時に二つ木箱に入った武器が出現した。
ノブの方には大きな鎌が一つと、農家さんが使っていそうな鎌が二本。リョーの方には同じく大きなハンマーと、大工さんが使っていそうな小さめのハンマーだった。
ノブは木箱を蹴り上げると、中の鎌を取り、農家さん鎌を背中のホルスターの様な物に入れ大鎌を構えた。リョーはノブと同様、背中に小さめのハンマーを装備し巨大なハンマーを構えた。
鎌もハンマーも人間の背丈程の高さがあるのでブンブン振り回すことが出来るのか、という疑問に苛まれていたが、その疑問は完膚なきまでに吹き飛んだ。
目では追いつくことさえままならない速さ。もうコイツらが人間を超えた化け物集団であることはよく分かった。
不意にリョー空高く跳躍しハンマーを構えた。何もするつもりか察したのかノブの顔はやや蒼白気味だ。
──何をするつもりだ……?
突如、リョーはハンマーを野球のピッチャーの様に凄まじい速度で地面に向け投げた。
ノブはというと、流石の対応力で地を蹴り迫り来るハンマー、隕石の様な落下物から離れる。その速度は弾丸の速度など、軽々しく超えていたであろう。やがてさっきまでノブがいた所にハンマーが墜落し、巨大なクレーターを作ることになった。
その数秒後、ドスンッ と音を立ててリョーは着地。ハンマーを回収しようとしたときだった。
ノブは十メートルほどの距離まで迫ると、巨大な鎌を水平に構えた。リョーは慌てたようにハンマーを回収し真上に跳躍。
「《円盤斬り》」
直後ノブが鎌を一薙ぎするが、決して何も起こらなかった。
ノブはそのままリョーへと一気に接近する。それに対し、リョーはチビハンマーを投げつけるが、ノブは空中で一回転し避け、距離を詰める。
ノブは鎌を大きく振りかぶり、振り下ろす。リョーがハンマーで迎撃し、地面に着地する。
右肩に担ぐように両手で鎌を構えると、ノブは回転しながら一気に降下を始めた。
「《大車輪》……」
──うわぁ……。
落下していくノブに対し、腰を落として両手でハンマーを構える。
──まさか、あれをハンマーで迎え撃つ気か?
確かにさっきのリョーの力を見ると無理では無いと思うが……今のあのノブは、落下しながら回転を加えている。
それを一見華奢なハンマーで迎撃することなんか出来るのか。
「《斬り》ッ!」
刹那、目に見えない程の速度で、武器と武器がぶつかり合う。
弾き飛ぶノブと弾き飛ばしたリョーが向き合う。
リョーの勝ちか……。
そう思った直後だった。
ノブは一瞬の内に体を回転させ、リョーの体に吸い込まれる様に足が向かう。
「《ドリフト》ッッ!」
リョーは思いっきり蹴り飛ばされ、半壊したビルに突っ込んだ。
リョーがビルから出てくると同時に、終わりを告げるユイの声が響いた。
「こんな感じだ。出来るか?」
突然聞いてきたのはメイだった。
「当然、無理だ。命がいくつあっても無理だ。死ぬ」
「ふふっ、まぁそれはそうだろう」
当然ながら学校に行くこと以外は、基本部屋で引き篭もっているような俺に、こんなことは出来ないのだ。
「ノブは加減が下手だからな。私が面倒を見よう。始めるぞ」
うんうん、メイが面倒を。……ん、ちょっと待て。
「メイさん、今なんと……」
「えっと、だから始めるぞ」
あっさりといわれて俺は愕然とする。この状況で俺に闘いは出来ないのだ。理由は一つ。加減が下手くそらしい誰かさんのせいで腕はグルグルまきなのだ。
「あの、腕が……」
「あ、それは外してもいいぞ」
そういわれ、渋々包帯を取り、添え木を取り外した。驚く事にさっきまでは、骨が折れぶらーん としていた腕が見事、元通り。
「あの《投薬》はソーヘーの持っている《力》を媒体にして治癒力を活性化する薬だ。力を消費するから乱用は出来ないからな」
「は、はぁ……」
能力を使う為には《力》を必要とする。よって、今投薬を使い怪我を治した。
投薬による治癒力活性化。いわばドーピングか。
「闘い方を教えよう。ノブが能力を使えなければ、強化義足を使ってきても私は勝てる」
「メイは凄いよー。五百にも及ぶ奴らの大軍を一人で殺ったことだってあるんだよ」
……化け物共を一人で五百体。それが俺と闘う……?
「そんなの、勝ち目無くない?」
「大丈夫、私に勝てる位までには育ててやるし、当分は手加減もしてやる」
そういうと数メートル離れ、腰を落とした。
「まず、足は肩幅より少し狭めで平行にしない。いつでも動けるようリラックスすること。だか、同時に両足に均等に重心が行くようにすること。体は低く保つこと」
いわれた通りやってみたが、案外これが難しい。ゆっくりと重心を整える。
「そうそうそんな感じ。その体制から動けるようになるためには体幹は凄い重要だからね」
「分かりました、教官」
「そういうノリは要らないよ……」
そういうと十メートル程の距離をとり「じゃあかかっておいでー」といわれる。凄く舐められている気がしてイライラする。
重心を前方の足にかけ一歩踏み出す。そのまま一気に距離を詰め、渾身の右拳! は、いとも簡単に受け止められ、掴まれた右腕を上に突き出された。俺の右脇腹は無防備な状態で既にメイは殴る体勢に入っている。そして、脇腹に拳が吸い込まれていった。
当然、なんの抵抗も出来ず開始七秒で幕を閉じた。そしてその後は数秒の間痛みで悶えていた。
「ソーヘー君、君の攻撃ははっきり言って隙だらけ。そんなんじゃあ、反撃してくださいって言っているだけだよ。もっと脇を閉めるように。てか君、基礎体力、基礎運動能力からかな? そこが少し酷いかも」
そう一番の大前提はそこだった。
5
翌日。
全身筋肉痛の体に鞭を打ち、学校に着いた時には半分ゾンビの様になっていた。授業は当然頭に入らず、──いつもの寝ているか小説を読んでいるかで聞いていないのだか──それがようやく終わると、俺は商店街へと向かった。
理由は簡単。商店街の路地裏へ行き人目のないところで能力者達のシェアハウスへ向かうのだ。
当然、人目のある学校で瞬間移動なんか使えば学校中大騒ぎだし、それは学校に限ったことではない。なのでわざわざ人目のない場所へ行き、能力を使うのだ。
目眩に似た感覚。
到着したシェアハウスで、玄関を右に曲がったリビングに行くとノブがソファでふんぞり返っていた。
「ノブ、集金は確か来週末っていってたよな? いいのか、バイトとかそういうのしなくて」
俺は問いながら制服を脱ぎ、学校の体育着姿になった。
「うーん、そうだよー。おー、若いっていいねー」
十分過ぎる位若いノブはそういうと、「ちょっと座ってなさい」といって廊下の一室へ消えていった。
直後、椅子が倒れる音と同時に凄まじい言い争いが始まった。
暫しの静寂が訪れると、扉が開きノブは少し大きめの箱を持ってきた。
机の上に箱を置いたノブは蓋を開けて中をあさりだした。
「ちょっと待ってねー。はいこれ」
そういい渡してきたのは小さな箱だった。箱には「コンタクト・右」などと書かれていて、目の見えない俺には必要のないものだった。
「おい、これはどういう意味だ?」
「まぁまぁ、流石にそんな意地悪はしないよ」
「じゃあなんで……」
「では、問題です」
そこまで言った所でノブに言葉を妨げられた。
「メイはいつも通信機をどっちの耳に付けているでしょうか?」
指を両方の耳に向けてそういった。そんなことをいわれても知り合ったのはたった二日前だ。覚えてなんかいない。記憶の断片を思い出してみる。
「右……かな?」
「正解。では、メイの《失ったもの》は?」
《失ったもの》。つまり俺の言うところの右目の視力と左耳の聴覚。そして父親と母親だ。
「うーん……分からない」
「正解は両耳の聴覚でした」
「はぁ?」
そう言ってしまうのはしょうが無いことなのだ。昨日もその前の日も、会話を普通にしている。ならなぜ……。
「通信機に仕掛けがあって、直接脳に電気信号を送っていて耳が聴こえるのです」
「はぁ、なるほど……」
「そして、ソーヘー君。このコンタクトも同様、付けてみなされ」
そういわれ、俺は恐る恐るコンタクトを目の中に入れた。途端、俺の右目は光を初めて見た。
「見える……見える!」
「それは何より。ではこちらも」
といい渡してきたのは「通信機・左」とある。
期待に満ちた感情を抑えきれず箱を開け、早速付けてみた。
「──っ! 聞こえるよ……」
そう、見えるのだ。聞こえるのだ。今まで苦しんできたのは無駄じゃ無かったんだ。
「さぁ、感動を味わった訳ですし……トレーニングと行きますか」
「望むところだ。今なら槍が降ってきても生き残れる自信があるぞ!」
「いやいや、それは無理だろ……」
そんなやり取りをし今日も地獄のトレーニングをするのだった。
6
翌日。
俺は昨日のトレーニングによって壊れた筋肉達を労るように、ゆっくりと歩いて登校していた。
ついつい溜息を抑えられず、日課である小説を読みながら登校などは、当然出来なかった。そんな時に左肩に衝撃。よろけて何事かと周囲を見る。
「おいおい、どこ見て歩いてんだ」
「すまない、ぼーっとしてた」
そこには不良の真似事をする、不良もどき達がいた。
「おいおい、流石にすまないで許すと思ってんのか? まさか、それで許されるとは思ってねぇよな?」
「思ってたよ、それは本当に悪い事をしたな」
「そう思うんだったらよぉ、金くれね? 持ってるだけくれ。あるんだろ金。今ある分で許してやるからよ」
「そりゃ無理な相談だ」
不良もどきさん達はニヤニヤと笑い、俺を少しずつ囲み始めた。人数は二十四人。まあ、問題ない。
「そうかー……じゃあ……土下座しろ。土・下・座! 分かるよな土下座くらい」
周囲のもどきさん達は声を荒げて笑い出した。何が面白いのだろう。こんなことやって楽しいのかな? こんなつまらないことをしていないで昔観た不良の映画を見せてあげたいよ。
「そんなムキにならずに」
「しろって言ってるのが分からねぇか!」
そういい奴は俺を殴った。筋肉痛で体に力が入らず倒れ込む。
「土下座の強要は犯罪だぞ。三年以下だったっけな。刑務所でお世話してもらってこい」
俺は冷静にこう答えさせて貰った。後はぶちのめすだけだ。
「こいつ……おい、全員やるぞ」
そう言い一人に対して、二十四人の雑魚共が掛かってきた。
【能力者達 ルールその一】
必要以上の能力の使用は禁止。守れなかった場合は風呂掃除、皿洗いなど一週間。
【能力者達 ルールその二】
お金は節約する。
【能力者達 ルールその三】
なるべく問題事を巻き起こさない。
【能力者達 ルールその四】
一般人に向けて能力を使ってはいけない。が、正当防衛などの理由のある場合は「ある程度」なら良しとする。
【能力者達 ルールその五】
物を発見した場合は一人で対処するのではなく連絡をすること。
過剰防衛にならなければいいんだろ。
「ならいいか」
そう呟き、俺は二十四人の雑魚共を相手に、筋肉痛の体に鞭を打ち、闘う、もとい潰すことにした。
一昨日、昨日のおさらいだと思ってちょこっと本気出すか。
次々と腰抜けを潰しているうちに周りには、倒れ込む奴を合わせて三十人を軽く上回っていた。しかもなんか鉄パイプとか持ってるし。
なんてことを考えていた時だった。
「死ねぇ!」
背後から声が聞こえた。振り向くと野球のバットを振りかざしていた。咄嗟に左手が出て、衝撃が走った。
「──ッ!」
重く、鈍く、凄まじい痛みが襲い、俺は蹲る。
「ひゃっひゃっひゃっ」
声を引き攣らせ笑う男。
「いいよなユイ」
俺は通信機に向け話す。
『本当、今日は特別ですよ。ですがなにが合っても私達はどうすることも出来ませんよ』
「おい、なんかいったか?」
「お返しだ」
俺はバット持ちの頭を鷲掴みにし、ブサイクな顔に膝をめり込ませた。
「カス共が……片っ端から相手してやる」
そう言い一人ひとりに天罰を与えてやった。
その後、俺は救急車を呼んであげ──上から目線──、重症者には多少の応急処置を行い、学校へ行った。
一日の授業を終え、呼び出しをくらうかなどとおもっていたのだが、そのまま何もなく、その日は俺はシェアハウスに行きトレーニングをした。
連絡があったのは俺が帰る少し前。
流石の情報力というべきか、学校側から連絡があり、俺は次の日、校長、担任と面談を行うことになってしまった。
という経緯で今、俺は目の前に校長、担任。そして隣には祖母がいた。
「えー、本日本校に来てもらった理由は昨日、繰平君が他生徒三十四人と絡み、大怪我を負わせ病院送りにさせた……ということですが、間違えはないかな繰平君」
「訂正点が……。大怪我といっても、喧嘩を振ってきたのは向こう側で、先に殴られたのは俺だ。正当防衛だ。しかも、救急車呼んだのは俺だし、もっといえば応急処置までした。問題は無い。付け足しで俺の左手薬指が折れている。あとさ、病院送りとかいうけど検査とかしてるんでしょ? ならいいじゃん」
それを聞いた教師はやれやれといった顔で二人で話し合っている。
「正当防衛といっても怪我が怪我です。あれでは過剰防衛と見れます。粉砕骨折などが見られることから相当酷い闘いだったと思えます。また、職員会議で話し合ったことですが……雨宮君を退学処分という意見が出ているのですが」
退学処分。これは困った。流石に学校辞めさせられるってのは少しきつい。
……いや待てよ。でもそうなればあのシェアハウスで暮らせばいいんだよ! その手があったか。
「その点で問題はありますか」
「えっと……祖母に聞いてください」
俺はおずおずとそう答えた。
「繰平の好きにすればいいんだよ」
「…………」
俺は言葉に詰まった。流石に死ぬかもしれないようなことをしたいと言ったら、反対されるに決まっている。
「俺は……やりたいことがある。でも高校くらいは、卒業した方が……」
「いいんだよ……繰平がしたいようにすれば……」
そういって祖母は微笑んだ。
「分かりました。じゃあ俺は学校辞めさせて頂きます。少しの間でしたがありがとうございました」
そう言い俺と祖母は退室した。
「繰平」
そう呼ばれ俺は驚き、「何?」と聞き返す。今俺は祖母と向かい合って座り昼食を食べ終わったところだ。
「繰平には本当にやりたいことがあるの?」
「うん」
「そうかい。じゃあこれを……」
そう言い渡してきたのは文庫本サイズの薄い本の様なものだった。知っている人も多いだろう。銀行の通帳だ。
「あんたの親父さんと私の娘が残していった財産だよ。大切に使うんだよ」
「いや……大丈夫だよ」
「子供は遠慮なんかしなくていいんだよ」
そう言いわれ、渡された通帳を受け取った。両親はコツコツお金を貯めていたようで七百万近くはあった。
「いいんだよ、この位だったら私は手伝ってあげられる。いつでも頼るんだよ。けどね繰平、辛くなっても逃げちゃダメだよ。もし、辛くて、耐えられんくて、逃げ出したくなったら、いつでも帰っておいで。美味しいご飯を食って元気出させてあげるから」
祖母はニッ、と笑い通帳を渡してきた。
「……ばあちゃん、ありがとう」
「今から行くんでしょ。さっさと行っておいで」
俺は最後、祖母に背中を押して貰い玄関を出た。
7
俺は祖母の後押しでここまで来て、そして、それから地獄の猛特訓が始まった。
最初は左手の治療を施し、その後地下一階にあるトレーニングルームへ行き、四十キロダンベルを使った筋力トレーニングをする。横たわりダンベルを掴むと、降ろす、十秒制止、持ち上げる、すぐ降ろす……を一時間。
その後山道、といっても舗装のされている所ではなく、木が生い茂る森を疾走したり、足場の悪い地面をひたすら上へ上へと進んで行く。そして息をつく間もなく下る。また登る。を繰り返すこと、三時間。
その後ノブ、メイと武術を教えて貰うこと、二時間。
それからさらに、地下二階のバッティングセンターの様な場所で、飛んでくる野球のボールを竹刀でひたすら打って、打って、打ちまくるを繰り返すこと、一時間。
これで一通りは終わりなのだが、俺は制御が難しい瞬間移動をひたすら鍛える。
といっても、俺の瞬間移動に出来ることは二つ。一つは、自分を移動。また自分と一緒に移動だ。
もう一つは、自分の持つもの触れているもの、もっと細かく言うと触れている対象のものだけを移動させるのが、とてつもなく難しいのだ。
練習は簡単。テーブルの中央へスプーンを移動させる。少しでも集中が続かないと、机の下に移動し床に落ちたり、中央からずれた場所に移動したりする。
成功率は低く二割程度だった。移動を繰り返し続ける。それを二時間。
全て合わせて九時間。これを全てこなし一日が終了する。
家に帰ると祖母はおかえりといってそれ以上は何も言わない。
「あのさ、ばあちゃん」
「なんだい」
「朝言った事なんだけど……」
思い切ってシェアハウスのことを言ってみることにした。
「えっと、先輩? が、シェアハウスで生活していて、俺もそこで生活したらどうかって言われているんだけど」
「繰平の好きにすればいいさ」
「じゃ、じゃあ、今までありがとう。なんかあったら帰って来るから」
「いつでも帰っておいで」
そういい祖母は優しく微笑んだ。
翌日。
「メイ、ここでの生活のことを教えて欲しいんだけど」
「ああ、そのことならこの前説明した通りだ」
「あ、うん……そうじゃなくて、ここに住みたいんだが……」
「そうか、住むのか……住む? 正気か?」
今、俺はノブ達のシェアハウスで暮らす為には、ここでの生活はどういうものか、ということをメイに教えて貰おうとしたんだけど……逆に驚いているのはメイの方だった。
「えっとだな、ここでは月に二回、三万円を集金するんだ、ってことはもう知ってるよな。後は節電と節水を心掛けること位で……基本自由だ」
「そ、それだけですか」
「それだけだが?」
たったこれだけの簡単な説明だった。
月に二回の三万はバイトかなんかで稼げばなんとかなるはずだから大丈夫だし、他には問題は無いか? そういえば引越しとかはどうするんだ。
「引越しとかは?」
「それならリョーに頼めばやってくれるさ。引越し会社でアルバイトもしてるから」
「なるほど」
「どうする?」
「住むけど、料金とかは……?」
「そこはリョーがなんとかしてくれるから大丈夫だよ」
そういいメイは洗濯し終えた服を、丁寧に畳み始めた。
翌日。
俺は今、引越しの手伝い、といっても昨日のトレーニングは、地獄の倍の地獄だったため筋肉痛が全身を支配している。
とりあえず必要なものと不要なもので分けたから相当持っていくものは少ないのだが……。
タンスにベッド。机とパソコン一式。巨大本棚と小説の山、必要な衣服。全てを運ぶのに時間はあまり要さなかった。
「ソーヘー、これで全部か?」
「これで全部です。ありがとうございます」
全てをトラックに積み終わるとシェアハウスに持っていく。
「お疲れ様、まぁお昼でもお食べ」
そういいノブはグイグイと俺をリビングに入れる。
「さぁ、いっぱい食べないと強くなれんぞ。どんどん食え。今日もやるからな」
「その前にちょっと行きたい所あるから、その後で頼む」
「そうか、分かった」
そう言い俺は昼飯を空っぽだった胃に放り込むように掻き込み、通帳を持ってシェアハウスを出た。
銀行で金を下ろし、その後電気屋に行き安い小さい冷凍庫付き冷蔵庫を買い、それからスーパーへ行き、チョコレートやスナック菓子、キャンディー、プリンやゼリー、パックに入ったカフェオレを大量購入した。それからホームセンターでドライバーやペンチなども買った。
「これで大体終わりかな?」
と、言いつつもそこそこ大きさのある段ボール箱一杯にお菓子や飲み物が入っている時点でおかしいのだが、というのは気にせず瞬間移動をするべく路地裏に入る。
シェアハウスに着いた俺はお菓子類を全てタンスに整頓して入れる。
タンスは着る服の量に反して馬鹿でかいので、下の方から入れても、服の入るスペースがちゃんとあるのだ。なので下には基本的に使うことのないミニテーブルや折り畳み式の座椅子などが入っている。
それから冷蔵庫を設置し中にカフェオレやプリン等を詰め込む。
パソコン一式を机の上に置いて配線を繋いでいく。それが終われば後は小説の山を棚に戻す作業なのだが、これでトレーニングをしようと思う。本一冊、一冊を棚に戻すとき瞬間移動をして棚に置くという地味な作業。それを続けること一時間掛かった。
山の様にあった本は全て本棚に移動し終わり、少し遅いが昼食を取り、またトレーニングを始める。
トレーニングルームへ行き、ダンベルを持ち上げ、山へ行き、山道を疾走し、また戻ってきては組手を行い、飛んで来るボールを竹刀で全て叩き落とす。それが終われば夕食をノブ達と囲み、それが終われば本棚の本を全て取り出し全て移動させる。
そしてこの生活が当分続くことになるのだ。
8
この家に来てから三日目がたった。
朝は、いつもの重苦しい筋肉痛が多少解消され、時計を見ると七時を回ったところだった。いつもの如く本棚から本を全て取り出し移動させる。三日目前は一時間だったものが、今では四十五分程になり、とてつもない進歩となっている、筈だ。
全て移動し終わりリビングに行くと食卓に丁度ご飯が並べられていた。
今朝は納豆と米、味噌汁といったとてもシンプルな食卓だ。だけどこの味噌汁がとてつもなく美味いのだ。だしがよく出ていて塩気が丁度いい味なのだ。
──それでは、いただきます。
十分後にはごちそうさまでしたと言い、今日の地獄に耐えるべく顔を洗い気合を入れる。
トレーニングルームへ着くとメイとユイがいて、メイが俺とユイにあれこれいって皿洗いをする為に上へ向かった。後は一時間みっちりダンベルとにらめっことなる。
それにしても、このシェアハウスには地下があり、そこには会議室と機材室、トレーニングルームと治療室、更には使うかどうかも分からない駐車場まであった。
筋トレが終われば山へ瞬間移動。
三時間、楽しくもなくただ山道を木々の間を疾走する。
昼食を取りメイが皿を洗い終えると次は容赦のない組手を二時間。
それから時速四十キロで飛んで来るボールを竹刀でバッサバッサと叩き落としていくこと一時間。
その後本棚への本を移動させるという訓練というより鍛錬を三セット繰り返す。
そんなこんなでトレーニングをした後、パソコンを立ち上げカタカタとキーボードを打つ。それからオンライン型MMORPGを立ち上げる。
元データは新生活に合わせて、新しく始めようと思った俺は、ちゃんとフレンドのIDをメモしておいた。
チュートリアルを嫌々やり、ようやくこのゲームを楽しくやろうとする前に、IDを打ち込みメールを送る。
──ユーザーネームは同じだから分かるよな? てか、まず顔文字をユーザーネームにするのは俺くらいか。
なんて事を考えていると隣の部屋からブツブツ聞こえて来る。よく耳を澄ますとユイの声だった。隣の部屋はユイの部屋だったかと思いながら、何をいっているのかと壁に耳を当てる。
「あー、この人データ初期化したのか。ユーザーネームもメインアーム変えてないから分かってよかったよ。急に辞めちゃうんだから。この人いつもパーティー組むとノーダメージなんだよな……。上手いよな……そうだ、ギルドへ誘おう!! ギルドリーダーに……」
ユイもゲームやるのか。なんのゲームだろう。てか、俺みたいな人も世界中見渡せば一人くらいはいるんだな。
データ初期化なんて大胆なことするよ、そいつも。なんて感心しているとまたもやユイの声。
「団長から、了承得たから……よいしょっ!」
キーボードのクリック音と一緒に聞こえて来た声。楽しそうでなやによりです。
「さて、俺も始めるか……」
そう呟き、パソコンの画面を見て俺は固まった。画面の左上部には手紙のマークとメガホンの様なマーク。これは、メールが送られて来たのと、何か特殊な通知が来た印だ。
──まさかな……。
「誰だ?」
そうしてメールを開くと『よろしくお願いします』と、ユーザーネームと一緒に載っているメールが一通。
そして通知の方はギルドへの勧誘。先程のユーザーネームがギルドメンバーの所に映し出されている。
「まさかこいつ……」
そう思い隣の部屋へ瞬間移動。
急に現れた俺に驚いたユイは、椅子から転げ落ち床を這い進み、壁へと張り付く。
「な、なんですか!」
「あぁ、ご、ごめん。驚かすつもりは無かったんだけど……ちょっとパソコン覗かせて貰っていいかな?」
「ダメです」
「だよね……」
普段のコミュ障が災いとして、会話が繋がらない。まず、女の子の部屋に急に入るのが間違えだった。
「じゃあ、今さ、ゲームしてた?」
「きゅ、急になんですか? ……まあ、やってましたけど……それがなんなのですか?」
とてつもなく迷惑そうに返答しながら、ヘッドフォンを外し肩に掛ける。
「あ……えっと、あの……この部屋での呟きが聞こえてて。その……ギルドに勧誘するだのなんだのみたいな」
「……それがなんですか?」
「えっと、その、俺が多分その勧誘されたユーザー……です、多分」
一瞬、キョトンとした顔で固まり、頭に手を当て数秒後に顔を上げた。
「わ、分かりました。取り敢えず一旦部屋へ戻ってください」
「は、はい。急に入ってすみません」
そう言い俺は部屋を後にした。
パソコンを覗くと通知があり、そこには『あなたはソーヘーなのですか』という内応のメールで送られて来ていた。
「……これはユイってことでいいのかな」
と思い俺は『そうだよ』と送信。『ソーヘーなんですね』と返信が帰って来た。と、思ったら扉にノック。
どうぞと言うとユイが入ってきた。
「お、お邪魔します……。わぁ、以外にも整理整頓してある」
「以外にもか……。ユイさんの部屋はえらい賑やかだったな」
「ば、馬鹿な事をいわないでください。この頃誰かさんが来たりしいて……い、忙しくて少し散らかっているだけなのです」
ユイは整理整頓が苦手。うん、貴重な情報。
「で、何しに来たの」
俺が聞くとあわわわわと慌て、一つコホンと咳払いをしていってきた。
「どうすればあそこまで操作が上手くなるのですか?」
「……え?」
「げ、ゲームの事ですよ!」
「あ、ああ……」
どうやったらっていっても、普通に次に敵がしてくる攻撃を予測して、それに対しての反撃とか、回避をすれば。誰でも出来るんじゃないのか。
「攻撃パターンを覚えたり、動きを予測すれば出来るけど」
「そんなの無理です」
「いや、えっと、予備動作の細かい所まで覚えたりすれば」
「もっと無理です……」
「じゃあ、諦めるしかないかな」
「え……」
いつまでも煮え切らないユイはどうしても、俺の部屋から立ち去ろうとしない。
「あとは、バトルスキルを上げまくれば攻撃回避スキルがあるから、それを取れば……」
「ありがとうございます、そういえば始めたばかりで大変ですよね。お金送ってあげますよ」
「あ、ありがとう」
バタン、と扉が閉められた。
──あーあ。最後まで聞かないから……。そのスキル、ソロプレイでしか生きないってこと。
二週間が経過し、トレーニングにも苛烈に苛烈が極まり、四十キロの重さのダンベルは五十、六十キロと重さが徐々に上がり、野球ボールはとうとう時速四十キロだったボールの速度は八十キロに達し、挙句の果てには一秒間に球は五つ飛んでくる。まあ、今まで地獄地獄とずっと言ってきたが、これは今までのことが良く思えるくらいの地獄だ。
更にノブとメイとの組手はそろそろメイさんは手加減をしてくれなくなりつつあり、一日に痣が一つや二つ、いや腕やすねが真っ青に染まるようになってきた。
そんなこんなで必死に踠き続けた。
9
気づけば気温は上がり、ここ都会では、地球温暖化が進み、夏は外に出る様な気温では無くなっていた。
ただいまの時刻はAM.11:23。炎天下の中、ビルの上に佇み下を見るとそこには何十体、何百体もの謎生物。
よく見ると犬とか猫みたいに可愛いように見える奴もいれば、エイリアンみたいな、気持ち悪い蜘蛛の様な奴もいる。
大小様々なこの生き物達の共通する点は、真っ黒で目のような部分が大きいことと。そして俺達、《能力者達》が消さなければいけない奴らだ。こいつらんは普通の人間には見れないらしい。一部の力を持つ人間と俺らの様な能力持ち。
こいつらは大きく二種類に分けれる。《遊物》と《物》。見分け方はその名の通り、《物》と呼ばれるこの謎生物が、浮遊してるかしてないか。あと、物は頭が良く、分裂したり、身体を擬態化させたり、多少色々出来る。
今、下にいるのは《遊物》が九割、あとは《物》といったところか。
「さて、始めるか」
そう呟き俺は刀を抜いた。
次の話から物との戦いを書きます。ソーヘー君の戦いっぷりに乞うご期待。