-番外編- 新メンバーと誕生日(6)
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島へ瞬間移動し、霜柱をブンブン振ったり影とだべったりし数分。
「待たせた」
「ん? オーケー、始めよっか」
俺は霜柱を持ち直し、構えた。
──おかしいな、いつもなら……。
コマはいつになっても武器を出さない。いつもは俺が刀を構える前に仕掛けてくるのに。
──何か、おかしい……。
服の下にあるナイフに意識を向ける。シース越しに伝わるナイフの冷たさまでを意識する。
瞬間移動。移動先は俺の膝の高さ程。ナイフは重力に抗わずにゆっくりと落ちていく。
俺はステップを踏むと、右足でナイフの柄を蹴り飛ばす。
ナイフは一直線にコマの肩を目掛け飛んでいく。
コマがこちらを見る。その口角は上がり、全てを予測していたかのようだった。勿論、この技はコマは初見の筈だ。いや、俺も始めてやった。
「避けても追いかけてくるんだろ? 本当に《武器操作》は面倒だ」
そういうと、虫でも払うかのようにポーンで作った警棒で後ろへ弾き飛ばす。
「だったらなんだっていうんだ?」
俺はそう言うと力強く地を蹴る。
十メートル程の距離を詰める筈だった。だが、止められた。目の前に迫る警棒を刀で迎撃するつもりだった。だが、武器がぶつかり合うと刀を抑え込み、警棒を振り下ろした状態で固まっている。
しかも、それがコマであってコマでないのだ。コマの能力の《キング》には、《警棒》と《絶対防御》そして《分身》を主に使える。
分身といってもメイのように数を作るのではなく、一体、俺の《影武者》のようなものを作ることが出来る。
今まで一度も使わなかった能力。
理由は《警棒》と《絶対防御》を失いたくはないからだろう。
キングの駒は多様性に優れていて、《分身》は十六の駒を全て操ることも出来るらしい。
それでも、コマにとってのキングの駒は絶対に取られてはいけない駒なのだ。チェスと同じで。
──なのに、その能力を使ってもいいのか? 何故その能力を使っている?
まあいい。
「《影の部屋》ッ!」
閉じ込めても瞬間移動で出てくるんだ。それでも0.1秒のタイムラグは大きい。
俺は一気に距離を詰める。
だが、コマはそれでは終わらなかった。コマの使える駒は十六。ポーン八つにキング、クイーン、ビショップ二つにナイト二つ、ルーク二つの全て白の駒。
でも、今コマが掌に出現させている駒は黒のキングだった。
「──なっ!」
途端、腹部への強烈な衝撃。口から嗚咽が漏れるのと、夕飯の焼き魚が口内に戻ってくるのは同時だった。
無惨に数メートル飛ばされる。
──何故、黒の駒が使える!?
仮説一、使えたが今まで隠してきた。切り札だった。
仮説二、《能力解放》、もしくは《能力覚醒》をした。
仮説三、普通に見間違い。俺の勘違い。
仮説三は論外。俺の目に狂いはない……筈だ。
一番考えられるのは仮説一、いや二か? 一の場合、俺達を信用したから能力を隠すのを辞めた……みたいな感じか? 二の場合はおおいに考えられる。実際、部屋に入った時に、珍しくぼーっとしていたし。
どちらにせよ、昨日まではギリギリ勝利に近づくことは出来たが、駒が増えたらそういう訳にはいけないだろう。恐らく弄ばれて負ける。
──そんなのは、それだけは嫌だ。
霜柱には《纏い》の能力がない。それにもかかわらず、火柱にしなかった理由は特には無い。ただ、刀を使って、能力ではなく自分の力で勝ちたいと思ったからだと思う。
正直、纏いの能力には頼るところが多いと思う。
──それでも、負けるのは嫌だ。
飛ばしたナイフはさっきの色々で、思考から切り捨てられ、今頃どこかに転がってるだろう。
何か倒す方法。
思考をフル回転させ巡らせる。奴の三十二の駒を退く方法はないだろう。
ならば俺があいつに対抗出来る位の何かを手に入れる。
とはいっても、奴の駒を奪っても駒を爆破なりなんなりすればという結論に至る。
──ならばあれを……。
『主、それは主が危険です』
そんなことは分かっている。今までも《召喚獣》は危険なものが多かった。しかも《召喚獣》は力の消費が早い。
「ソーヘー、寝転がってるだけでは勝てないぞ?」
「──ッ! お前、能力解放していたなら言えよな……最初から手加減する意味なかっただろ?」
「手加減……笑わせる。貴様、私が本気を出してるとでも?」
手には既に警棒が握られている。
──やっぱり、あれをするしか……。
俺は立ち上がると霜柱を瞬間移動で家に戻す。
「ん? 貴様、武器無しで勝つ気か?」
「んな訳あるか」
俺は瞬間移動で火柱を持ってくると鞘から引き抜く。
「《黒炎》ッ!」
黒い炎が薄暗い島を明るく染め上げる。
「そう来なくては」
「お前とまともに闘う気はもうねーよ」
俺は腰のポーチから紙人形を取り出す。左手の親指を軽く切ると、赤い鮮血が傷口から溢れ出てくる。
「こい、《火の精霊》」
紙人形に血を付ける。紙人形には術式を込めておき、高濃度の力が含まれる血を媒体にして《召喚獣》を呼び寄せる。
『やれやれ、精霊扱いの荒い主だ』
「纏え《火の精霊》」
火柱に火の精霊を纏わせるのは能力的には問題ない。
問題は使用者の俺。召喚獣を満足させれなければ召喚獣に喰われる。力を媒体とする召喚獣は平気で召喚者である主を喰うそうだ。
「命令だ。いくらでも俺の力を喰っていい、俺の言うことを聞くのなら」
『ならば交渉成立だ』
サンショウウオの様な体を赤い炎で染め上げると、俺の刀の周りを漂う。
『それじゃあ、いただきます』
俺の刀の黒い炎が薄れると一気に火力が倍増する。
『これはいい、この濃密な力……いくらでも我が力、分け与えよう』
──成功か。
「精霊だと?」
「さあコマ、続きと行こうか」
火の精霊を使う上で冷気や電気を纏うことは出来ないところが少し不安ではあるが。
『火だけでは不満足か、この高貴なる精霊様に向かって召喚者如きが』
──俺はお前の召喚者だ。主かご主人かご主人様と呼べ。
ご主人様は可愛いメイドさんにでも言われたいものだ。
『ならば主人よ、我が力を舐めるでないぞ。この程度序の口もいいところ。本気の三割程しか……』
──なら火力を上げろ。トカゲが。
『貴様、この高貴なる精霊をトカゲと呼ぶか……焼き殺してやる』
──それは目の前の人間にしろ。
暫しの言い合いで精霊は黙った。
「相談は終わったか?」
今まで精霊程の優先度を誇る《位》の召喚獣を、召喚したのは初めてでは無いが、ここまで手懐けるのは初めてだ。
──『召喚獣で重要なのは先手を取られないことです。主の様に下手に回っていると召喚獣に舐められて尻に敷かれますよ?』
精霊や龍等の高い優先度を持つ位を召喚すると、力を一気に持っていかれるし、自分を上だと主張してくる。なんせ奴らは利口だし。だから主であると再認識させることが大事なんだとか。
そうはいっても今まで上手くいかなかった。
今回は成功した。
──お手並み拝見と行こうか。
「《黒炎》」
すると、爆発の様な火力の炎が刀を渦巻く。
「これが精霊の……」
正直、これ程までの力を持っているとは思わなかった。
『主人、仕掛けますよ』
俺は一層火力を増した刀の炎に言われると、柄を握る手に力を入れる。
「おう」
俺は地面を蹴ると一気に距離を詰める。
「せあぁ!」
「──ッ!」
短い気合いと同時に、刀と警棒がぶつかる。
黒い炎が火の粉となり四散する。
「クッ……」
押してはいる。だけど後数センチ、数ミリを押し込めない。
「この程度か?」
口の両端を釣り上げたコマが聞いてくる。
「んな訳……ねぇーだろ」
俺は《影操作》でコマを掴もうとする。
だがコマが目の前から消え、影は空を掴む。
「──ッ!」
タイムラグ0.1秒。
背後にコマが現れる。
「チェックメイトだ」
「まだだよっ!」
俺は地面に潜る。正確には影に潜る。《影移動》を使いコマの背後へ移動する。
影は光がなければ意味がない。なので刀は俺が元々いた所に転がっている。
影から飛び出すとコマの腰の辺りへ回し蹴りをする。
──感触が……。
地面に着地すると同時に駆け出す。《武器操作》で手元に刀を持ってくる。
コマは地面に手を着き、反転しながら体制を整える。
《超筋力》に《筋肉強化》を上乗せで一気に跳躍する。
距離は十三メートルといったところか。
コマの手には拳銃が握られている。
引き金を引いた瞬間、一気に何発もの弾丸が飛んでくる。
──フルオートで撃ってきやがった。
「火の精霊、焼き落とせ」
刀を前方に放り投げる。
『本当に精霊使いの荒い主人だ』
その呟きが聞こえた瞬間、刀が一気に燃え上がる。俺までもが熱を感じる程の火力。
全弾撃ち終わるまで待つのも面倒だ。
力の操作技には《纏い》はきちんとある。ただ、纏うことが出来ても、その熱に耐えることが出来ないから理論上不可能なだけでやろうと思えば出来る。
──俺の体に"纏え"。
火の精霊が出してくれた大量の炎を纏う。
「《爆炎の弾丸》ッッ!!」
──上手くいったか?
「甘い甘い……」
「──ッ……!」
その声が聞こえた瞬間、体にとてつもない衝撃が加わる。その衝撃に抗える訳もなく、炎の中に入っていく。
硬い物に当たったのは刀だろう。刃が当たっのではなくて良かった。
それでも勢いは収まらずに、そのままビルの壁に直撃し床に転がる。
背中が焼ける様に痛いのは、壁に当たった時に刀身が当たって切れたのだろう。
「ソーヘー、あれから数日だったけど一度勝てそうだったがまだ一度も勝てていないよな」
「ああ、勝ててない。そしてまた勝利まで遠くなった」
地面に流れる血に反射したコマの顔が映る。
「出血が凄いな……早く戻ろう」
「ほれ、掴まれ」
コマはしゃがみ込み俺の背中に触れる。
瞬間移動を発動し、家へ帰る。




