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能力者達  作者: 蒼田 天
第二章
13/60

対人間戦

     1


 監視から二週間が過ぎた。

 微弱な力の流れを感じ、刀の少年の能力《瞬間移動》で駆けつける。

 八百メートル先から監視をすると、そこには黒い生物がいる。あの生物にはまだ分からないことが多いが無力化するのは容易いだろう。

 黒の生物は光の玉で攻撃のようだが、彼らはそれを容易く切り落とし、突進などしても受けては弾き、流し、そして三分程すると消えてしまう。

 このうちの誰かが透明化の能力なのだろう。

 今、彼は別れて行動している。そして黒のキューブを置いては刀の少年と合流している。

 黒のキューブ、恐らくこれが突然消える理由だろう。

 何とか《キング》で特徴を掴めれば……。

 ──青い。

 黒のキューブは他のキューブと線と線で繋がり、淡く、肉眼では分からない程に淡い青に輝いている。

 ──まさかあれが……。

 私は《クイーン》で誰かの《透明化》の能力を貸してもらう。

 そして《ナイト》を発動させ《瞬間移動》で更に距離を詰める。


 ***


『む?』

「どうした?」

 影が間抜けた声を上げるので問い掛ける。

『いえ、微弱ですが力を感じたもので』

「それで」

『もう感じないので気のせいでしょう』

 一抹の不安が残るものの、あの影がそう言うのだ、多分大丈夫だろう。


 ***


 キューブとキューブを結び大きなキューブを作り上げた。中には彼らと、黒の生物しかいない。

 耳をすませば、微かではあるが会話が聞こえる。

「ユイ、透明化の解除頼む」

「ノブお疲れ、しゅん……ちの準備は?」

 ──今なんて言った?

「ユイ準備整った。瞬間移動装置の起動頼む」

《瞬間移動装置》。これが黒のキューブを指していることは分かった。そしてこれが瞬間移動していることも。

 ──では、一体どこへ行っているのだ?

 透明化を発動した状態でキューブの内側へ侵入。その時点で気付かれるか気付かれないかは五分五分だったが、生憎彼は何も反応しないので気付かれてはいないだろう。敵の情報が少ない中で戦うのは、人数的にも分が悪い。

 刀の少年の武器は刀、胸の膨らみは恐らくナイフだろう。後、さっきヒップホルスターに拳銃を戻していたな。

 鎌の青年は巨大な鎌を持っているだけか。一見華奢な体つきだが、あの大きさの鎌を振るうのは至難の業だろう。

 あの少女は……レッグホルスターには拳銃が入っている。手にはもう一丁あることを考えると二丁拳銃か。

 あの少年はハンマー。体つきはこの中では一番いいな。

 拳銃の少女とハンマーの少年の能力を把握することから始めないと。

 途端、目眩のような感覚を味わい目を閉じる。

「──ん、なっ……」

 ゆっくりと目を開けると、驚愕のあまり私は絶句した。

 半壊、全壊したビル群に朽ちた草花、錆び付いた鉄塔。

「ここは……」

「さて、始めるか」

 弓のようにピンと張った青年の声が響き、私は直ちにすぐそばのビルの中へ入る。

《キング》を発動していないにも関わらず、彼らを目視出来るのは能力を解除したからだろう。

 ──一人ひとり別れて行動するか。

 私は《ナイト》で《空中浮遊》を発動。

 ビルから出て、屋上へ移動。そこから監視する。

 ──刀の少年から監視を……消えた。

 瞬間移動を発動した。と、私は思った。だが、少年は消えてそのまま現れなかった。

「どういう……」

 途端、周りにいた黒の生物達は見えない刃で次々に切り落とされた。

「なるほど」

 最初に瞬間移動を発動。体が消えてから出現するまでのコンマ数秒の間に、透明化を発動させた。瞬間移動で見えなくなった為、透明化の能力を発動させる条件が揃ったということか。

 能力を解除したのか、すぐに肉眼でも見えるようになった。

 ──強い。

 刀の振る速度、体の使い方、時には見えない壁を足場にし、時には背中の拳銃を抜いたり。

 拳銃の精度は良くもなく悪くもなく、といった所か。警察官の私の方がこれは上だと思う。

 とはいえ、私も拳銃射撃は得意ではないのだが。

 刀の少年の能力は瞬間移動と透明化、そして見えない壁と力の塊の弾、そして恐らく超筋力だろう。コンクリートと思われる素材の地面を、素手で叩き割ることが出来るのは能力位であろう。

 ──次は鎌の青年だ。

《ポーン》の《筋力強化》で一気に飛んで移動する。

 戦い方は至って普通。だが、鎌の使い方には隙はないし、なんといってもあの速度、一対一の戦いならば刀の少年より強いだろう。

 能力は空中浮遊。後は鎌を浮かせたりさせていることから、対象の物を空中浮遊、操作出来る能力だろう。

 後、変わった所といえば、背中に鎌が二つあって、それを中々抜かないことだろう。

 ──ここはもう大丈夫だろう。

 再度、《ポーン》で移動し拳銃の少女を監視する。

 両手の拳銃を構え、次々に引き金を引いていく。瓜二つの少女がもう二人いることから《影武者》とか《分身》の能力なのだろう。

 にしてもこの精度、目視すらしていない敵にも次々に銃弾を当てている。更にそれの能力が分身だ、この女が一番厄介かもしれない。銃弾は当たると爆散する弾か。そんなものがこの世にあるとは……

 力を多く込めた駒でレプリカを作る必要ありだな。

 ──次はハンマーの少年か。

 そう思い動き出した瞬間、地面が揺れる。

 ──なんだ?

 震源と思われる所に急ぐと、そこには地面が盛り上がり、巨大な円柱の柱が出来る。

 これは能力であろう。それならば《地形操作》?

 その直後、地形操作によって出来た柱に飛び乗る。それも当然であるかのように。

 普通の人間ならばここまで高くは跳べないだろう。それを容易く十メートル、いや十五メートル程跳んだ。

 そのことを考えると筋肉増量系統の能力。それも刀の少年とは比べ物にならないくらいの……。

 他の武器は背中の小さいハンマーだか、投擲として使っている。


 この者達の能力は凄まじい。

 ──だが、私には到底及ばない。

 チェスの駒を型どった膨大な力の塊。それは時に強力な矛となり、時には強力な盾となり、時に能力となり、時に分身となり私の動かしたいがままに動いてくれる。そう駒の様に。

 まずはあの黒い生物を、奴らより先に私が捕獲する。

《ポーン》の防壁で捕獲する程度で十分だろう。念の為に二重にしよう。

 後はこの謎の土地には瞬間移動で来れる筈だ。

 携帯電話の位置情報を調べる。

 そしてまた絶句する。

「これは……」

 スマートフォンの位置情報は確かにこの端末のある場所を示している。だが、辺りは真っ青。拡大していくと周りに離島は存在するも、私の今いる謎の土地は見つからない。

 試しに空中浮遊で空高く飛んでみる。

「な……」

 再度の絶句。

 辺り一面水平線が広がるのみ。ポーンで使い魔を放つ。その数は四つ。

 数分の間、ここから離れた島、もしくは日本列島を探してみた。が、それらの物は見つからなかった。

 ならばここは、異空間? だとしたらなぜ、小笠原諸島より南の海上に今GPSが働いているのか。

 たどり着いた答えは分からない、だった。

 恐らく、ここも能力の働いた《何か》なのだろう。

 その《何か》を考えても頭の中がごっちゃになり、なにがなんだかなので諦める。

 場所は不明。だが、ここは地球の《どこか》で《この世界》ではないのかもしれない。

 ──さて、戻るか。

 その直後、巨大な爆発音。

 あれはガソリン等に引火して爆発した時の音だ。何度も現場で聞いている。

 そして、音源へ向かう。そこには刀の少年。だが、少年が握っているのは既に刀ではない。

 ──あれは、炎。

 よく見れば少年は柄を握っている。その事を考えると刀身、刃が炎へ変化した。もしくは、刃の周りを炎が覆っている、ということか。

 凄まじい能力。能力を《キング》で細部まで見る。

 少年の体から流れる力を媒体とし、その力を熱へ変換。熱を一気に高温にさせ炎へと変えている。能力か。力を熱以外の物へ変えれたら……。冷気、電気、毒素等に変換出来たら……。

 だが、能力の本質が分かったのならば決して負けるような相手ではない。

 力を熱へ、熱を炎へ変換しているのは、粗方刀の方だ。刀の方は力を多く込めた駒でレプリカを作る必要がありそうだ。


 こいつらが能力者集団《十二支》か。私なら勝てるな。


     2


 腰を下ろした男はよく通る声で話を進める。

「つまり、君達のことをここ一ヶ月程監視させて貰った。結果、貴様らが能力者集団《十二支》である可能性が高いと判断した訳だ」

 十二支といえば正月の干支の事だが、実際そんな集団は知らない。

「それは何かの間違いだと思う」

 そこで言ったのはノブだった。

 頼れるリーダーでよかった。もとい……こういう時は頼れるリーダーでよかった。

「そうだろうな。自分達が《十二支》でそれを認める訳ないだろうな」

 そして奴は掌を上に向ける。そこから白の物体が出現する。チェスの駒に見えるが、この距離からだとよく見えないので力の操作技の《凝視(ぎょうし)》を行う。

 チェスの駒だ。完全に。クイーンが一つ。ビショップが一つ。ルークが二つ。同じくナイトが二つ。ポーンが二つ。

『主! あれはやばいぞ』

 ──やばい? なにが?

『相当な量の力が込められている。全ての駒に』

 ──うそぉ。

 そう思った矢先に男は駒をこちらに放り投げる。駒は形を変え、人型になっていく。これじゃあまるで……。

「これじゃあ、真似物じゃないか」

 メイが代弁してくれた。が、そんな場合じゃない。駒は武器にも形を変える。

『主、まとまって戦うのは纏いで巻き込み易い。一旦離れよう』

「そうだな」

「全員、戦闘態勢! ただの敵じゃない! 監視してたなら能力のことは露見してるだろう。一旦退避しろ!」

 ノブは冷静にそう告げると大きく後ろに跳躍。

 瞬間移動でどっかに行くか。でもそれでターゲットが別の誰かに変わったら最悪だ。

「そうなったら」

『そうですね』

 俺は腰を落とす。

 刀を構え腰を下ろす少年。それはもう完全に俺、雨宮繰平そのものだった。

「でも俺よりは弱い!」

 力の操作技の細かいところまで知らないはず。なぜなら力の操作技は基本、人から人へと伝わるもの。それも長い時間をかけて。

 もし、目の前の少年の持っている刀が俺のみたく、纏いを使えるのはまだいいが、恐らく力の玉を飛ばす《指銃(しじゅう)》は出来ても、ホーミングの《追跡弾(ついせきだん)》は撃てないはず。

 俺は超筋力と筋力強化で跳ね上がった脚力を一気に前方へ押し出す。空気が全身に重くのしかかる。

 加速を味わったところで、接近しても追撃されるのはとてつもなく意味のない事なので瞬間移動を発動。

 一瞬で少年のところまで行く。

 体が当たると同時に瞬間移動。


 場所は地点Fの大通り。理由は何もないから。

 ビルとビルの間の距離がとてつもなく、片側三車線でもここまで広くはないだろう。そして、道路の真ん中には電柱もなければ、点灯すらしない信号機もここにはない。

 そしてビルの中へ突っ込む。

 当然、皮膚と筋肉は強化で硬くなっているので、痛みもなければ怪我もない。

 一旦距離を取り、道路の真ん中を陣取る。

 正直、屋内戦闘の障害物や遮蔽物、天井やその他足場になる物、ましてや利用出来る物なんでも使う人間なので、屋内戦闘の方が正直いい。

 だが、相手の少年は俺と同じ雨宮繰平。もしそんなどうでもいいことも同じだったら嬉しくない。実際、真似物の屋内戦闘は尋常ではないほどの強さだった。

 そういう理由で外を選んだ。

『主、透明化を使用して首をはねるのは?』

「それは少しセンスがねえ。それに、相手の能力を把握するのにはこっちの方が都合がいいだろ」

『承知。《影の使用権限》は主に移動しておきます』

 影は通常、大量の力を媒体としている力の塊そのものなので、防壁などに使えばリョーにも砕けずに逆にリョーの骨が粉砕する程だろう。

 影を使った戦闘はこの一ヶ月やり続けてきた。

「影、もし、あの男が監視を続けてきたって言っていたが、それが全てだとしたら?」

『そうですね……あの偽主は影を操ることは可能だし力の操作技、能力も可能でしょう。下手したらガチャを連発で引いて爆死して《時戻り》を使用しているのでそこも露見している可能性も……』

「余計なことを言わなくていい」

 もちろん、その後は単発でいい武器が手に入ったのだっただった。

「時々感じたあの視線はあの男だったとしたら?」

『恐らく確実にそうでしょう』

「てことは……」

 能力が全て露見している訳でもない。

『推測ですが、能力の本質をまず理解していない可能性もありえます』

「それはどういう?」

『例えばの話ですが、《纏い》は同時に二種類の物質を纏うことは出来ません』

「てことは?」

『可能性は薄いですが、熱と電気を同時に纏う可能性は否定出来ません』

 確かに、影の言うことは正しい。だが、能力の本質をねじ曲げれる程の能力なのか?

「でもさ、あいつ距離的には俺らから離れた所で監視してたよな」

『そうですね、ざっと八百メートル程』

「そうなると肉眼での監視は不可能。更に物達を見えてることは大前提として、物達と交戦中の俺らは透明化をしているのを見えていたってなると……」

『視覚強化系の能力が必要になりますね』

 そうなると力の動きも見える可能性は高い。

『でしたら纏いに問題はなさそうですね』

 それと同時に瓦礫の山と化したビルの中から出てきた。

「早速お出ましか。影、ここ一ヶ月、物達と戦うのに俺は影を使用したか?」

『たったの一度もありません』

 ならば影を使える可能性は薄いな。

 俺は刀を構え踏み込む。

 俺と対峙する少年は俺を目視するや否や刀を構える。

 刀の速度、身のこなし、全てが俺と同じ。いや……

『それ以上かも知れませんね』

 俺のコピー。それが真似物の様に俺の力を、半分以上引き出せるとしたら。それにこれはあの男の能力だ。八割方俺の力を出せたら。

「厄介な敵だな」

 少年は腰に手を回す。《グロック17》を抜くつもりなのだろう。

 俺は《指銃》で対抗する。

 人差し指と親指で鉄砲のポーズを取ると、力を指先に集中させる。

 力の塊を放つ。少年は腰へ運んだ手をサッと前へ突き出す。

 まさか、防壁を使うのか?

 その予想は現実となり、空気が壁になったかのように、俺の指銃が無残に爆散した。

「厄介な奴だな」

『恐らく、強さはこの位でしょう』

「となると?」

『影の事を知らない。そして、あの男が目視したことしか情報は持っていない』

「それじゃあ、知らない事をして攻めよう。もう情報収集の睨めっこはいいだろ」

 俺は刀を構える。

 少年の刀が一瞬で燃え上がる。

「《フリーズ》」

 時期的な問題があっても、能力お陰で冷気耐性が強くなっているので愛用している冷気を纏う。刀の周りを中心に靄がかかる。

 そして一気に接近。

 刀がぶつかり合う。

 冷気が炎で温められる。だが、そんなことは分かってそれを選択してるのだ。

 俺は影を巨大な槍と変え体を突き刺す。

 少年は体を貫いた影を凝視し絶句し、口から血を吐く。コピーでも血があるのか……。

「《氷蓮(ひょうか)》!」

 足元に刀を刺す。真っ黒な影が一気に凍り付く。そしてそれは少年の体を蝕んでいく。

 そして、氷蓮発動から五秒。完全に動かなくなった俺のコピーと刀のレプリカはナイトの駒へと戻った。そして地面に落ちると同時に二つに割れた。

 ナイトの駒が馬なこともあり、首から上が取れるというのは少し残酷だったがすぐに駒は塵のように消えていった。


     3



【ノブサイド】


 現在地は地点C。ビルの中へ逃げ込み、鎌を担ぐ青年を見る。

 武器は肩に担いだ巨大な鎌、背中に小型の鎌があるだけ。

 あの男が言っていたことが正しいならば、強化義足のことがバレてる可能性がある。

 自分でいうのもなんだがあれは相当危険だ。

 蹴られれば骨は粉砕だし、攻撃は《ショックアブソーバー》で受け止められる。

 そもそも能力のメリットデメリットを知っているのか。空中浮遊といっても最高でも時速千キロを出せる。それでもその速度を出せば空気摩擦で体は焼けるし風圧で全身骨折だし、おまけに操作不可能。デメリットしかない。

 それをもし出せるとしたら。下手するとそれ以上。

 オレは足元に転がっている石を拾うと空中浮遊で浮かせる。

 自分の体じゃないならば千キロ出しても痛くも痒くもないので、石とかで試したことがある。それでも速度は千キロに達する前に石が砕ける。

 だから五百キロ位で。

 オレは石を自分と瓜二つの青年へ飛ばす。

 後、数メートル程で当たるところで体を逸らし避ける。そして体をこちらへ向ける。

 空中浮遊で飛ぶか、スプリングで飛ぶか。

 空中浮遊よりも強化義足で飛ぶ方が、加速が早くその後の攻撃に繋げやすい。

 だが、違った。地面を蹴ると凄まじい速度で迫ってくる。だが、強化義足だったらもっと速い。

 オレは大鎌を構え、窓から飛び降りる。

「へい、そこのおにーさん。そんな物騒な物は捨てて遊ばないかい?」

 こういうのはナンパの時に使う言葉だと思うけど。

 青年は鎌を構え、振りかざす。オレは左足を向けると……

「《ショックアブソーバー》」

 鎌が足に当たると今までの勢いが全て消える。

「──らぁッ!」

 空中浮遊で体を回転。

「《ドリフト》ッ!」

 踵で蹴り飛ばす地点Aから一本道で、地点Cを通り地点Hへと続く道を通り抜けていく。

「いやー、飛ぶなー」

 多分あれで倒せたでしょう。

『ノブ、もしかしたら核とかあるかも』

 通信機から聞こえてくるユイの声。

「それまためんどくさい。モニタニングしてるの?」

『はい、気付かれるとマズいと思いますので、一応あの男の前では通信しないようにします』

「了解」

『偽物のノブですが、今は体制を立て直し減速中です』

「了解」

 核があるなら壊せばいいんだが、どうすればいいのだか。

 物達は体に赤い核が発光しているから外部からも確認することが出来るけど、これじゃあ見れないし。

『恐らく分身なだけで再生は不可能だと思います』

「そうか、ありがとさん」

 オレは鎌を構えると一気に接近する。

 青年はホバリングして空中に漂っていると、こちらを確認するなり口角を上げる。

 ──舐めてるな。

 オレは背中の鎌を一つ手に取ると八百キロ位で飛ばす。

 制御出来るほどの速度ではないので、飛んでいった鎌は肩口に深く刺さり肉を削いでいった。

 青年の目が驚愕の色に染まる。

 ──いい目の色だ。

 知らず内に片方の口角が上がりそのまま鎌を構える。

 そのまま鎌を振りかざし首が飛ぶ。

 真っ赤な鮮血が地面と刃を濡らす。

「勝利ぃ」

 地面に転がる死体は砕けた駒へと代わり消えていった。



【メイサイド】


 走る。トリガーを引く。発砲音が響く。相手は瓦礫の柱へ身を隠し、銃弾を逃れる。

「ちっ」

 柱に隠れているならば対物ライフルで柱ごと打ち抜けるけど、その為には地面に突っ伏して撃つ必要がある。しかも柱から体を出して。

 相手が柱から体を出す。

 生憎、コッキングレバーは下がりっぱなしだ。そう、マガジンは空という事だ。

 発砲音と共に柱へ身を隠す。

「ユイ、OSVは持ち上げれそう?」

『む、無理ですぅ……』

 十キロを超える重さの《OSV-96》をユイが持ち上げるのは恐らく無理だろうと思っていたが、出来ないと分かるとそれはそれで、少しショックなものだ。

「引きずることは?」

『それだったらなんとか。……多分。木箱ごと転送します』

「あ、ああOK」

 柱への着弾音が消える。

 あらかじめ送って貰っていた《Vz 61》、通称 《スコーピオン》を引き抜く。トリガーを絞ると同時に、空薬莢が凄まじい速度で滝の様に排出される。

 三秒足らずで全弾を打ち切り、二丁目を引き抜きトリガーを引く。

 それを打ち切ると《MP5》で撃つ。

 マガジンの中身を全て使い切っていい。左腕と左足を撃ち落とすことが、出来させすれば私の勝ちなのだから。

 柱がだんだん厚みを減らしてってる筈だ。

 ──もう少し、もう少し。

 一丁目のMP5を全弾撃ち終えると二丁目を取り出す。

 トリガーを絞る。発砲音。

 ロングマガジンにしているので総弾数は増えてはいるが、それでも柱を完全に破壊することは難しいだろう。

 少しでいい。あいつをここから出して機動力を抑えられれば。

 自分と瓜二つの相手と戦うこと以上に、人と戦うことに抵抗を感じてしまった。

 躊躇すれば逆に殺られる。倒さなければ。

 私はポーチから手榴弾を取り出す。あと一秒でMP5が全弾撃ち終わる。

 そこであの柱を爆破させる。

 ──負けたくない。

 その一つの感情で頭の中を埋め尽くすんだ。

 あの女は、あの人形は、あれは敵だ。害虫だ。殺さなければ。

 空薬莢の排出が終わる。

 同時にMP5を捨て手榴弾を投げる。狙い通りの場所へ一直線で飛んでいく。そして太股の《ベレッタ92》を引き抜く。

 手榴弾が窪んだ柱へ当る。直後引き金を引く。

 凄まじい速度の思考回路で視界が、見るもの見えるもの全てがスローモーションになったかの様に、弾丸が手榴弾へ吸い込まれる。

 直撃。そして爆発すると柱が崩れる。土煙が立ち視界が悪くなる。そして左足の《ベレッタ92》を引き抜く。

 左から右へ走り抜けようと人形が柱の影から体を出す。

 ──当たれ。

 一瞬で標準を定め引き金を引く。

 人形は凄まじい速度で走り抜けていく。が、体がふらつき減速する。

 そして倒れ込みそうになるが、それを必死に阻止しようとする。

 だが、左足が血の塊となり、爆散すると同時に倒れ込む。

 ──今だ。

 標準を定め、引き金を引く。

 弾が飛んでいってもそれを横へ転がって避け、必死に片足で立ち、近くの柱へ進んでいく。

 ──私は、別に悪いことはしていない。

 自分でそう言い聞かせる。

 だが、指先が凍り付いたかの様に動かなくなる。四肢が震える。

 物達を初めて相手にした時もこうなった。どう自分がそれを乗り越えたのかすら思い出せない。

 標準が定まらない。

 ──違う。あれは人ではない! 別の生き物。いや、生き物ですらない。自我を持たない人形だ。

 体が震える。

 もう銃を握る手には、力が入らない。いつもは振り回していた銃も《OSV》の様に重たく感じる。

 ──それでも……それでも、引き金を引かなきゃ。

 冷たくなった手に熱が戻っていく。

 標準を合わせ、利き腕の左腕を撃つ。

 弾丸は吸い込まれる様に肩へ当たると、人形はよろけ、腕が四散する。

 頭は既に柱へ隠れていたので撃てなかったが、腕を一本落とせたのだ。良かったとしよう。

『転送準備、整いました』

「三階に転送頼む」

『了解です』

 私は分身を一体残すと、階段をかけ登った。

 瞬間移動装置を設置し、電源を入れる。

「転送準備完了。転送を頼む」

『了解しました』

 すると、さほど大きくもない木箱が現れる。

 パーツごとに分解されたライフルを組み立てる。

 少しのノイズと共に声が聞こえる。

『全員終わったか?』

 ノブの声が聞こえ少し落ち着く。恐らくノブの方は片付いたのだろう。

『俺の所は一応。力を少し消費しすぎた』

 ソーヘーはここの所の成長が著しい。体術等を教えた師としては嬉しい限りだ。

「こっちはあとちょっとかな……」

 着弾音が響く中そう伝える。

 ライフルを組み立て終える。

 崩れ落ちた壁から銃口を覗かせる。スコープで見れるだけの広さがあって良かった。

 分身は一体から二体へ増え、二体から四体へ増えて、三体で攻撃を仕掛けに行く。それを人形は拳銃で一発一発正確に当ててくる。使い捨ての様に分身は沢山は出せないが、少しずつだが押し込んでいく。

 手榴弾を投げ、分身を全て爆発させる。

 スコープを除き込むと、土煙の中に柱の影が見える。それをよく見ると少しだが人影が見える。マガジンを変えているのだろうが、柱ごと撃ち抜ける《OSV》にとっては、今更その様なことをしても後の祭りだ。

 風向き、湿度、温度、重量等の事を頭に入れ計算し、標準を定め、引き金を引く。

 弾丸は柱へと直撃し、そのまま貫通し後頭部の辺りに当たった筈だ。

 土煙が晴れていき、発砲音の余韻だけが残る中、肉が裂け、爆発する鈍い音が聞こえる。

 すると少しだけ見えた人影は、首から上は肉片と化した遺体だった。

 首から下は形を持ったチェスの駒へと代わり、それから上は砕けて粉のようになっていた。

 駒は数秒で消えると、そのまま何も無かったかの様な静寂に包まれた。

「ユイ、私を転送して」

『え、あ、はい! 了解しました』

 オドオドと返事を返すユイの声を聞き少し安心した。能力を解除すると《OSV》を持って装置の中へ入った。

『転送します』

「了解」

 目眩の様な感覚を味わい、一度家へ戻ることにした。



【リョーサイド】


 地形操作の発動条件として、超筋力使用状態で、地面に強い衝撃を与えなければならない。俺は基本、ハンマーで地面を叩いている。

 が、敵は違う。どこからともなく地形が変化し、岩の槍となり襲い掛かってくる。

 地形操作だって万能ではない。衝撃を与えずに発動することは出来ないし、能力の及ぶ範囲は直径五十メートル程だ。

 それをあいつは、俺を象った偽物はその範囲を無視して地形を操作する。

 地形操作という技に、逃げ場が見つからないところが、今の一番の難点だ。空高くに逃げさえ出来れば、そこまで地形変化は及ばない。

 だが、偽物は能力の範囲を無視するせいで、空へ逃げてもそこに攻撃が届く。

 奴の間合いにも入れないし、攻撃を当てることも出来ない。

 突如、足元の地面が盛り上がる。

 俺は前方へ飛び、恐らく岩の槍を避ける。

 0.3秒程前まで居た場所には岩の槍が出来ていて、数秒遅かったら今頃串刺しになっていただろう。

 何か奴の動きを抑える方法。

 俺はハンマーを振りかぶると地面を叩く。すると地面は衝撃を吸収したかのように波紋が広がるだけで亀裂が入ることはない。背中のポーチから手榴弾を取り出す。安全ピンを外しストライカーを解除させ投げつける。

 手榴弾が接近するのに合わせ奴が飛び退ろうと体制を変える。

 だが、それをさせまいと地面が形を変え、襲いかかる。いや、壁となる。そしてその後に包み込む。

 奴の背後で地面が盛り上がり壁となると同時に、その少し手前の地面が変形していく。そして手榴弾がカタンと渇いた音を出しながらバウンドし、盛り上がりつつある地面の中に飛び込む。奴を岩の壁が包む。

 ドン! という重低音と共に岩に亀裂が入る。

 俺は背中のチビハンマーを引き抜き投げつける。

 岩の壁を容易く砕き、奴へと直撃する。

 後ろの壁諸共破壊し、奴は倒れ込んだ。

 ──倒せたか?

 俺は一歩前へ踏み込んだ。

 途端、奴は体を持ち上げる。左手に持つハンマーを振りかぶっている。

「──ちっ」

 投げつけられるハンマーは桁違いの速さで、目で追うのもままならない。関節が軋む程体を限界まで捻りコンマ数センチの所で避ける。

 ──何か方法を……

 知恵を絞る。自分には器用なことは出来ない。出来ることは力技位だ。どうにかしてあの地形操作を抑え、接近したい。

 通信が入ったのはその時だった。

『全員終わったか?』

 ノブか。

『俺の所は一応。力を少し消費しすぎた』

 ソーヘーまで。俺は置いてきぼりか。

『こっちはあとちょっとかな……』

 メイの声にはコンクリートの柱に銃弾の当たる着弾音が聞こえる。

 ──俺だってやらねば。

 ソーヘーが入って半年が過ぎたが、それでも俺はあいつより先輩なんだ。負ける訳には行かない。

 俺は体制を立て直すと奴に向き直る。

 何か方法。そんなの考えるだけ無駄だ。俺は当たっていくだけ。当たって砕けても構わない。当たっていく。あとは気合いと根性でどうにかする。

 俺はハンマーを投げ槍の様に構える。

 ──当たってくれ!

 そう願うしかなかった。なんせコントロールとかは苦手なのだから。

 一直線に奴へと飛んでいく。それを奴はハンマーで薙ぎ払い、どこかに飛ばしていく。

 と同時に俺は飛び出す。たったの一歩で十数メートルの距離を一気に縮める。すると地面から嫌な予感が伝わってくる。

 分かっている。こいつは接近すると決まって地形操作を使う。

 俺は体を捻ると、今さっきまでいた所に、岩の槍が着き上がる。

 俺はその岩槍をターンして前を向く動きの時に下部分を蹴り壊すと、岩の槍を抱える。

 そしてそのまま奴へと突進する。飛び退る奴との距離をじりじりと縮める。

 だが、それを阻む様に岩の壁が反り立つ。

 それでも俺は勢いを殺さない様に高く跳躍する。

 壁の高さはさほどない──と言っても能力のお陰だが──ので軽々と越えることができ、ターゲットの男を睨む。

 俺は岩の槍を振りかぶる。

「《隕石衝撃(メテオインパクト)》ッッ!」

 俺は出せる力のありったけの力を込めて投げつける。だが、一直線に飛んでいった岩槍は寸でのところで避けられた。

 ──まあ、それでいいんだけど。

 地面に直撃した岩の槍は崩れる訳もなく、衝撃が地面にだけ伝わるかのように波紋を広げた。

 そして驚愕の顔を浮かべる奴の体を、一本の岩の槍が貫いた。

 岩槍の先端には黒くも見える、深い赤に染まっている。

 それでも着地をしてから、足を止めずに接近する。

 これでも倒せない可能性に掛けて。

 背中からチビハンマーを引き抜き、右手に持ち帰る。

 血を吐き出したのか、口元には血が流れ出ている。

 その頭をハンマーで撲る。

 容易に頭蓋骨が砕ける感触がハンマー越しに伝わってきて、奴の首の皮が裂け、肉が裂け、白い骨が露になる。その骨も耐え兼ねたかの様に砕けると、ボールの様に首は飛んでいった。

 ──また、人を殺めてしまった。

 いや、これは人ではない。人間では無い。もはや主の命令を聞くだけの化け物だ。

 ──あの時だって……僕は……。

 ──人じゃなければ良いのかい?

 自分が自分に囁きかける。

 ──違う、そうしないと、僕はみんなを守れない。

 ──じゃあ、父さんと母さんが殺されるのを、ただ見守ることしか出来なかったのはなんで?

 ──だって、それはまだ能力を……

 ──あの後、あの化け物をやっつけたのは僕なんだ。僕は僕のことを守ることしか出来ないんだよ。

 違う! 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う……

 ──じゃあなんで? 零士のことを守れなかったの?

 ──それは……

 ──怖かったんだよね? 足が動かなかったんだよね? 自分を守れても零士のことは守れないんだ。

 ──だからここで蹲って心を疲弊させていけばいい。

 ──僕は……強くないんだからさ。

 そうやって、囁きかける幼い頃の自分に怯えてしまっていた。

『──ョー、リョー、おい、リョー! しっかりしろ』

 僕の手は、もう……汚れてしまっている。

『リョー! しっかりしろ!』

「はっ……!?」

 通信機から聞こえる声に息を呑む。ノブの声。

 ──でも、僕はもう。

『終わったのか? だったら地点Fに集合。至急だ』

「僕は……」

『ああ? なんだ? もっとでかい声じゃねーと聞こえねーよ』

「僕は、僕の手は……もう」

『あー、その話はいい、おうち帰ってからにしろ』

「でも──っ」

『余計な事を考えるな! 話は後だ! 相手はここに居る全員より強い筈だ! チェスの駒が能力だったら、まだ一杯駒があるんだろ! あるんだよな?』

「うん」

『だったらお前の力が必要だ。早くしろよ』

 そういい通信が切れた。

 ──僕の……力……。

 僕に出来ることは自分を守ること。それなのに……。

『リョー、大丈夫です』

「ユイ?」

 不意に通信機からユイの声が響く。

『リョーは何も心配しなくて大丈夫です。それだけの力をリョーは持っています』

「ユイ……」

『大丈夫です! 私が保証します!』

 ユイは自信満々にそう告げた。

「僕にも戦える力が……」

 そこで枷が外れたかの様に体が軽くなる。今まで重たかった四肢はいうことを聞き、冷たかった指先には熱が戻っている。

「もう少し……頑張ってみる」

『了解しました』

 僕は……俺は立ち上がり地点Fを目指す為、ビルへと飛び乗った。


     4


 地点F。島の中心部から南に一キロ程のところにある、大型工場での作戦会議。

「相手の能力についてだが……」

「それは俺に説明させてくれ」

 ノブが言うのを俺は割って入った。能力のことに関しては影がいるお陰で推測を含めて、分かってることが多い。そして一番的確に説明出来るのは俺だ。

「……解った。意見がある奴は挙手」

 ノブは俺に頷くと、俺は頷き返し説明を始める。

「相手の能力だが、駒は膨大な量の力の塊なんだ。そこに操作と創造を組み合わせたのがあの操り人形。ここまでは大体理解出来るよな」

 全員が頷く。

「それを作るには大量の力が必要なんだけど、駒自体は能力によるものだから、多分使ってるのはこんなもん」

 そういい、壁へ向け《指銃》を打つ。当たった壁はコンクリートにも関わらず少しだけ崩れた。

「MPが1000あって5使う位だな」

 そういい、説明を続ける。

「相手の駒は操り人形、武器に使ったのを今見ている。恐らく物達は能力で壁の中に閉じ込められているから、防壁系の能力もあることが予想される。そして何よりも、あの男は俺らの能力の大体を理解している。大体ってのはリョーから聞いた話だと、《地形操作》を《地面を叩く》っていう動作なしで発動したことで分かるように、能力の発動条件とかを理解していないと異常な使い方をしてくる。反対にノブの様に装備を理解していないと俺らに出来ることが出来ない。実際俺はそれで助かった」

「じゃあ、どう攻める?」

 そう、攻め方が重要なのだ。

「それなんだが、メイに物達を相手させるのがいいと思う」

 メイの判断力と拳銃射撃の精密性。メイは正直、敵には回したくない。

「そして操り人形は影とノブでやる。そして俺とリョーで切り込む。といっても俺は半分以上、囮をやるからリョーがユイの透明化で近付いて、無力化するのが最善だと思う。どうかな?」

 ──しばしの沈黙。

「なるほど、でもメイにもあの数の物は大変じゃないか?」

「そこら辺はサブマシンガンと特殊弾を駆使して、メイが頑張ってくれる」

「うん、出来なくはないと思う」

 心強い返答をしてくれて助かった。

「なんでオレが操り人形なんだ? 理由を教えてくれ」

「終わって駆け付けるのが一番速いのはノブだと思ったから」

「なるほど。ソーヘーは影を使いながらあの男と戦うのは、力の消費が激しいんじゃないか?」

 それは確かにそうなのだ。

「いや、そこは問題ないと思う。俺もここ数ヶ月で力の容量は増えてる。そんな心配なら早く終わらせてくれると助かるよ」

 でも流石にそれは何十分も持たないだろう。せめて三十分といったところか。

「分かった。リョーは?」

「大丈夫、問題ない」

 少し不安定と聞いたから気になっていたが、大丈夫そうなので作戦はこのままにする。

「多分、今この瞬間もモニタニングされてる可能性もあるから、リョーはここから地点NかMを通ってそれから振り切ってくれ。じゃないと透明化が発動しない」

「了解」

「じゃあユイ、リョーに能力頼む。リョーは合図があるまでここで待機で頼む。今地点Nとかに行くとバレると思う。あの男、頭も相当回ると思う」

「分かった」

 俺は一通り指示をし終えると刀を拾い上げる。

「それじゃあ」

「任務開始だ」

 いつものように口角を上げてノブが言うと地点Aを目指し歩き出す。


     5


 数分歩き地点Aまで五百メートル程になった。

 その時、突如目の前に四体の操り人形が現れた。

 ──まじか。

 推測ではあったが、操り人形は能力を理解していないとどこまでも可能性無限大らしい。事実、今対象に触れずに能力を発動している。知らないって怖い。

『主、我が相手をしていいのですよね?』

 ──当たり前だ。

 心の中で返答すると、影が靄のように浮かび上がると槍となり操り人形を貫いた。

 そして影は立体となり人型になった。

 今まで何度も《影武者(ドッペルゲンガー)》を発動したことはあったが、戦闘では初めてだ。

 ──まあ、影の事だ。やってくれるさ。

「行け!」

 影が叫ぶのを合図に走り出す。

「リョー、もう時期戦闘が始まる。相手の駒は破壊すればすぐには使えなくなる筈。だから駒が減っていけばモニタニングをすることが出来なくなる筈だ。合図はユイ、ドローンでモニタニング、透明化は発動していいよ」

『了解』

『了解』

 俺は残り五百メートルを疾走しながら伝える。

「メイは俺が切り込んで行くから、そこで恐らく物達を解放させると思う。そしたら一気に奇襲。弾は腐る程あるんだよな?」

「う、うん」

「だったら気にせずにバンバン撃て。二、三日特殊弾が無くても問題は無い筈だ。なるべくマガジンを変える時間を短縮させるように」

「分かってる」

「じゃあ、行くぞ」

 そして俺は超筋力で出せる限りの力で地面を蹴り出す。

 残り三百メートル程だろう。一気に駆け抜けよう。右手に握る火柱にいっそ力を込める。

 そして地点Aにある大広場が見えてきた。

 そこには、物達を中に入れた防壁に座る男が小さくだが見える。

 小さいが《視覚強化》しなくても恐らく、あれが確実にあの男だと分かる。

 ──なんだか嫌な感じがする。

 それが男の第一印象。次に何処か警官を思わせる、生真面目そうな相貌。最後にそれでも悪い奴ではなさそうだと感じた。

 距離が残り百五十メートル程に縮んだ。

 そこで防壁から降りると防壁が消え、男の手に駒が一つ乗っている。

 するとその駒は形を変え、一本の黒い棒になった。

 ──やっぱり戦う気満々か……。

 俺は《筋力強化》も使い、残り百メートルを一気に駆け抜ける。距離が一気に縮まり、俺は刀を振り下ろす。

 だが、刀は男の手に握られた棒で受け止められた。そこで初めて、男が握るのは警棒であることが分かった。

 そこで男の口が開いた。

「なるほど、超筋力を更に引き出すことも出来るのか」

「何言ってるのかよく分からないな」

「まあいい。ここで無力化させて尋問するまで。吐かなければ拷問するまで」

 そこで男の警棒が青白く光った。

 スタンバトンという物なのか、ただこの光はスパークであることは確かだった。そしてそれは……

「俺には意味無い」

 纏いの能力で電気は無効化されてしまう。

 もっというと、纏いを手に入れてからは電気には耐性があるので、多少感電していても、少しチクリとしているだけなのだ。

 俺は刀を力ずくで振り下ろす。

 だが、男は飛び退り切っ先は当たらない。

「なるほど、電気への耐性。それは能力か?」

「いやいや、敵に言うわけないじゃん。まあ、あんたが俺の話を聞いてくれるなら別だけど」

「そうか。ならば早めに無力化するまで」

 ──そういうことを言ったんじゃないんだけどな。

 内心で少し悲しくなりながら刀を構える。

 纏う電圧を上げるべく力を込める。するとスパークは多少大きくなる。

「──シッ」

 短い気合いと共に接近し刀を切り上げるが、それも容易く受け止められる。いや、打ち込みにいった俺が跳ね返される程だ。しかも相手は刀が直撃した警棒を微動だにしない。

──普通の人間では無いと思ったけどここまでとは……

 飛び退り刀を構えなおす。だが、相手は受け手に回るだけではやはりなく、警棒を振りかぶる様に構え接近している。

 俺は男の背後に転がる刀の鞘を使い《瞬間移動》の応用である《テレポート》を使って避ける。《テレポート》は対象と対象の位置を入れ替える能力で、普通の《瞬間移動》よりもタイムラグは少ない。

 俺は男の背後へ移動するが、未だに未完成なせいで体制が少し崩れた。

 だが、体制を立て直しつつ、刀を逆手に構え一層力を込める。稲妻が強く弾けると一歩踏み込む。

「《雷の弾丸(ライトニングブレット)》ッッッ」

 拳が男の背中に当たる寸前、後数十センチのところでピタリと止まる。正しくは壁にぶつかった。

「──ぐっ」

 右手を凄まじい痛みが襲い、あまりの痛みに刀を落とす。金属音を響かせながら落ちた刀を左手で慌てて拾い、反撃を警戒し飛び退る。

「それだけの力で絶対に壊れない防壁を殴れば拳の骨、腕の骨も折れる筈さ。分かるかい? 貴様に私は倒せない」

 男は防壁を警棒に変えると歩み寄る。

「それじゃあ、これで終わりだ。何か言いたい……」

 そこまでいい固まる男。その顔には驚愕、そして警戒。

「いいや、俺だって負ける訳にはいかないな」

 力を三割程使ってしまったが骨は全部くっ付いた。《治癒》と《再生》。更に《強化》を加え修復を早くさせた。お陰で一気に疲れた。

 ──だが、これで戦える。

 左手で握る刀を地面に突き刺して立ち上がる。

 距離は五メートル前後。この距離なら届く。

「《氷蓮》ッ!」

 力を送り一気に地面が凍り付く。その氷は男の足も捕え、脛の部分まで凍り付く。

「──ッ……」

 息を飲み驚愕の表情を浮かべる。

 だが、氷の蔦は太股を捕らえ始める。

「《アクセル》ッッ!」

 突如、聞こえてきた声に驚かされたのは男より俺だろう。

 ノブは上空から落ちてくる様に突っ込んで来ると、必殺の左足を食らわせた。

「ノ……ブ……?」

「お待たせ」

 まさかこんなに早く終わるとは思わなかった。なんせ操り人形と言ってもオリジナルである俺らの力を八割方使えるのだ。

『主も頭が硬いですね。だから骨が砕けるのですよ』

 頭の中で聞こえる影の声に怒りを覚えながら理由を聞く。

『操り人形はプログラムなのですよ。使い魔と一緒です。不慣れなことや予想していないことにはめっぽう弱い』

 ──だからってこんなに早く……。

『いやー、あのノブとやら……中々出来る。今度、食事を一緒にしたいね』

 ──何それ、怖い。

 ノブと影が何故、意気投合したのか不安だが聞かないでおこう。

『あそこまで騙し討ちが上手いとなると我も侮れんな』

 普通に言うないで欲しかった。そしてそんな事だと思った。

 ノブと影の共通することは、そういう嘘をついたり人を騙すことに長けていることだろう。

『我も死んだのかと思って少しヒヤリとした程だ』

 ──それ以上は後にしよう。

『分かりました』

『こいつ、あれ食らって生きてやがる』

あれとは魔の左足だろう。相手は能力者で身体強化の能力を使っているのだろう。だが、流石に無傷ってのは……

「いや、あそこまで早く人形を倒して、更にこれほどまでに短時間で来るとは、少し侮っていました」

 砂埃の中から出てきた男は、擦り傷は多々あるものの、致命的なダメージは無さそうだ。

「そうか、それもこれも俺の能力ありきだけどな」

 そこでノブは鎌を構えると地面を蹴った。

「《スプリング》ッ」

 魔の左足で跳躍する速度は想像を絶するものがある。更にノブの戦闘スタイルは能力に合うように、蹴り技と突進系攻撃が多い。

 対して相手は全てにおいて冷静沈着。こちらの思考を読んでいるかのような……。

「思考を読んでいる?」

 ──まさか、そんなこと……。

 でも、不可能を可能にしている能力だ。瞬間的に別の場所へ移動する。透明になる。時を戻す。空を自由自在に飛び回る。一人しか存在しない人間を二人にする。常人では有り得ない筋肉を手に入れる。

 それを全て、とは言えないが可能にしている男の《駒の能力》。

 だったら見た能力全てが可能になるはず。例えばマンガやアニメで出てくる能力。触れた人間を爆弾にする能力とかだったらすでに俺らは全員死んでいる筈だ。それに俺の人形が絶対に瞬間移動、透明化、超筋力、時戻しを使えるようにしなければいけない理由はない。

 能力を行使する条件。

 仮説だが、その能力を使うところ、もしくは使ったところを実際に見て性質を理解する。だから見たことがない能力は使えない。能力を使った人間の情報をある程度手に入れればその人間の人形を造ることが出来る。だが、その人間が使える能力に限る。

 ──こんな感じか?

 だったら思考を読んでいるなら、その能力は誰が持っているんだ。

 ノブと男の距離がゼロになる。

 互いの武器が衝突しても、両者は微動だにせず鍔迫り合いになる。

「なあ、よく分からないんだか、お前の言ってることは多分勘違いなんだよ」

「それで? 何を言いたい?」

 鍔迫り合いの状態で交渉を始めたノブの神経がよく分からないが今はその会話を聞く。

「その……《十二支》だっけ? その能力者の集団なら心当たりはない。だけど、お前がそんなにムキになるのは何か理由があるんじゃないかって」

「知ったようなことを……。貴様に何が分かる!」

 そこでノブの鎌を弾くと懐に入り攻撃を仕掛けようとする。

 だが、男が警棒を握る腕を蹴りあげると、空中浮遊で回転し右脚で回し蹴りをする。

 それも男は腕で受け止める。

 そこで男の手に白い物が見えた。

 斜めに伸びていき先端は丸くなった小さなもの。どう見てもチェスの駒。そしてあれは、ポーンの駒。

 すると駒は形を変え小さな短剣になった。

「──ッ! ノブ!」

 逆手に持ったナイフをノブの足へ振り下ろす。

 だが、ノブは身体を縦に回転させ、避けると奴の頭より少し高いところにいる。そして身体を捻ると左脚を振り下ろした。

「《ドリフト》ッ!」

 だが、もう男はそこにいなかった。

 ──瞬間移動か?

「見学をしているだけか?」

 突如後ろから声がした。落ち着いた張りのある大人の声。あの男の声。

「ソーヘー!」

 男が逆手に握るナイフを振り下ろすのがよく分かった。

 でも、こっちだって考えはあった。ただ見ていた訳では無い。

 男のナイフは俺には当たらない。

 ──なぜなら……

 振り返り一歩踏み込むのと同時に拳を握りしめ振りかぶる。

 男が逆手に握るナイフは防壁に邪魔され空中にピタリと止まっている。こうなることはあらかじめ予測していた。

 男はナイフを捨てると、飛び退りながら駒を掌に出した。

 冠の様になっている駒。キング。奴が使う防壁、《破壊不可能防壁》にだって弱点はある。

 掌から駒が離れると薄いベージュの壁が出来る。

 握る拳を緩め、手の掌を壁に付ける。

 温度はなく、弾性もなく、ただひたすらに硬い。そんな壁に力を少し送り込む。《流動変化(りゅうどうへんか)》で破壊出来てもまだ駒は沢山ある。それに他の駒だって十分の脅威になる。

 送った力の一部を、壁にある高密度の力と結びつける。そして力を熱に変え爆破させる。俺もただでは済まないけど相手に致命傷を負わせることも可能だ。

 壁に送り込んだ力が、壁にある力と混ざる。その全てを熱に変化。すると壁は瞬時に超高温になる。熱耐性があるから平気だが、普通の人間が触れれば火傷では済まないだろう。すると壁に放射状のヒビが入る。

 そして俺は飛び退りながらポーチの中身をぶちまける。

「まさか……」

 男の顔が驚愕そのものになる。

「勿論そのまさかだよ」

 試験管が壁に当たった瞬間に砕け、中にある液体に含まれる血が力に反応し熱を帯びる。

 熱を火に変化。

 途端、大爆発が起きた。

 爆風に飛ばされビルの壁に激突した。

 超筋力をフルで発動し、更に上乗せで《筋肉強化》や応用の《皮膚硬化》などを使い、ダメージは減らしたつもりだったが、体のあちこちがじんじんと痛む。

「ソーヘー、大丈夫か?」

「まあ、想定していたのより大分重症だけど大丈夫だよ」

 ノブが心配し駆け寄ってきてそれに対して返答する。

 立ち上がり刀を瞬間移動で手元に持ってくる。

 ──さてと、どうしたものか。

 今ので相手を無力化出来たとは思えない。かといって無傷である筈もない。壁との距離は決して離れていなくてあれでは爆発に巻き込まれていた筈だ。

「想定外だった」

 不意に前方からそう声がした。

「──なんで……そんな」

「流石にあの爆発だったら。だが致命傷は避けた、戦うのに支障はない」

 そういい爆煙の中から男が出てきた。

「流石にこちらの駒も半分程に数が減ったが、この支障で済んだ、問題は無い」

 男の体には左腕と右足に切り傷のような傷があるが、どれも戦闘には支障はないだろう。

 駒が半分ということは十六の駒のうちの八つ。この半分というのは手持ちの半分なのか、それとも全体の半分なのか。奴は今まで白の駒しか使っていないが黒の駒もあるのか。

 だが、半分のうちのキングは破壊出来た筈。後はノブ達が倒した人形がなんの駒だったのか、それは既に奴は生成出来るのか。

「お兄さん、名前は?」

 ノブが聞くと立ち止まり、暫し顔を顰めて考えた挙句、口を開いた。

糸牙景紀(いとがかげとし)、人に名乗らせておいて自分は名乗りませんはないだろうな」

 挑発的な口調でいう男にノブが名前をいう。

大嶺縦野武(おおみねよしのぶ)

 俺はノブに続いて名乗る。

雨宮繰平(あめみやそうへい)

「大嶺と雨宮か、覚えておこう」

 すると男は掌に駒を出現させた。

「──くっ」

 俺は《具現武器化》で武器を創造する。その武器はアニメでよく見る手裏剣。俺の技量では《武器化操作》は一度に三つが限界だが、今回は二つ創造、そして飛ばす。

 手裏剣は風を斬るように不規則に、だが、ターゲットに真っ直ぐ飛んでいった。

 男は間近に迫る手裏剣を駒で作った警棒で弾くと、手裏剣は後ろに飛んでいった。

 ──ここまでは作戦通り。

 俺は刀を構え地面を蹴る。

『ソーヘー、リョーが配置に着きました。準備完了です』

「了解。奴の足に手裏剣が刺さる。それを合図に奇襲」

『了解』

 ユイがリョーの現在の状況を説明すると、俺は通信機に聞こえる声量で囁くと超筋力で一気に距離を詰める。

 かん高い金属音を発し、刀と警棒がぶつかり合うと鍔迫り合いとなった。

「おい、勘違い野郎」

『こちら地点E、合図を待ち待機中』

 リョーの声が通信機越しに聞こえる。地点Mだから西の方向。今俺が向いている方向の左側。

「お前、人の話は最後まで聞けって先生に言われなかったか?」

「先生? 私には関係のないことだ」

 刀が押し返される。それでも俺は押し返す。

「そうかよ。だったらいい勉強になったな。ここで傷として一生忘れないように体に刻み込んでやるよ」

 俺は刀を両手で握ると警棒を弾き、切り上げる。それを飛び退り避けられるが、接近し切り込む。

「何故そこまで本気になる」

「何故って?」

「貴様らは村々を焼き、街を滅ぼし、それでもなお、何故それを辞めない。それがなんの得になる?」

「村を焼く? 街を滅ぼす?」

 全く身に覚えはない。

 ジリジリと刀を押し込まれるのを必死に耐える。

「俺はそんな事知らない」

「まあいいだが、これでチェックメイトだ」

 そういい男が踏み込むと、刀を弾き左手の掌にはキングの駒があった。

「──なっ」

 無防備な懐に警棒をもろにくらい、危うく手裏剣の操作が狂う所だった。

 口の中は鉄臭い血の味がし、対して食べていない食事が逆流してくる感覚がする。

 それでも、作戦を失敗する訳にはいけない。

 手裏剣を操作し男の足、膝より少し下の脹ら脛を目指し、手裏剣を操作する。

「リョー、今だ」

 手裏剣が男の足の肉を割き、食い込む感触が力を通して感じる。

「チェックメイトはお前だよ」

「貴様っ──」

 すると左上から隕石のように降ってきた何かが、ハンマーで男の脇腹を強打する。

 男はノブが《スプリング》を使った時の様な速度で飛んでいくと、ビルの壁に衝突し中に消えた。

「影、拘束しろ。《影の部屋(ブラックボックス)》を使え」

『承知』

 すると俺の影がいなくなる感覚が伝わってくる。

「ソーヘー、大丈夫か?」

「一応は、それ以上にあの男が危険だと思う。肋骨が折れて肺に刺されば無事じゃあいられない。影に拘束させるから当分は大丈夫だと思うけど」

「分かった。あの男はどうする?」

「麻酔で眠らせて家に運んで治療を最優先かな。手錠と足枷をしておけば壊すのも時間がかかる筈だし。ちゃんと説明すれば話は通じるだろ」

 ──影、拘束は?

『完了しました、中々の重症ですが、主のいう最悪な事態にはなっていません』

 ──ならいい。家に帰ってユイに手錠と足枷を頼んで。

『了解』

 そこまで終わったところで、ドッと疲れが押しおせてきた。影が瞬間移動を使ったことも原因だろうが、それでも今まで張り詰めていた空気が綻んでいくのを感じられた。

 同時に体中が鈍器で殴られるような痛みが走る。

「──って」

「本当に大丈夫か? 肩貸すぞ」

「いや、大丈夫」

 ノブの優しさに感謝しながら、体に鞭を打ち、立ち上がると通信機からメイの声が聞こえる。

『こちらメイ、物の殲滅完了しました』

「了解、お疲れ。こっちも今終わった。合流して家に帰ってあいつを説得するぞ」

『説得? 出来るか? なんか頑固そうじゃないか?』

「確かにそうだけど……話せば理解は出来る筈だよ。人間話し合う為に口があって言葉があるっていうくらいだし」

『そうなのか? じゃあ今から合流する』

「おう」

 通信が切れると鞘を瞬間移動で手元に持ってきて、刀を納める。

「ユイ、忙しい?」

『忙しくない訳ではないですがなんでしょう?』

「装置の準備をお願いしたいです」

『やっぱり少し忙しいです』

 そう言われると思ってはいたが、力の容量が既に二割を切っているので余り瞬間移動を使いたくない。

 しかもこの島に瞬間移動するのには力が普段の三倍程かかる。

 ──しょうがないよなー。

「すまない、遅くなった」

「いや、今来たところだよ」

「ノブ、額に風穴開けられたいか?」

 ノブは苦笑し首をブンブンと横に振る。

「いやぁ、そんな変な事してないだろ?」

「いいや、お前の言動は全て変だ」

「そんな事言っちゃってぇ。実は内心ちょこっと嬉しいんじゃないのぉ?」

「なっ! そんなんじゃないし!」

 ヘラヘラと笑うノブに、顔を赤らめて怒鳴り付けるメイを尻目にリョーを呼ぶ。

「家帰るぞー」

 そういっても少しボーっと突っ立ていて、はっと何かに気付いたように顔を上げると、苦笑しながらこっちへ小走りで来た。

「ごめん、考え事してた」

「別にいいよ」

 俺は全員に触れると瞬間移動を使い家に帰った。


      6


「ただいま」

 瞬間移動でユイの部屋に移動すると、残された力が後一割を切った。

 ──目覚めたか?

『いえ、まだです』

 ──分かった。

 俺は少し考えてノブを見つめる。

「麻酔を打って眠らせておいて。その間にメイはお食事の用意を頼む」

「了解」

「えー、やだー」

「つべこべ言うな」

 俺はノブが掴みかかって来るのを超筋力を使い押し返す。

「いいか、俺が今拘束してるけど力が限界に近いの!」

「限界を超えて強くなるんだよ」

「俺は戦闘民族じゃない」

 俺は右手を振りほどくと、床にある刀を蹴りあげて、鞘から引き抜く。

「まさか本気じゃないよな?」

「《スパー……》」

「分かった悪かった!」

 ノブは左手をほどくと両手を上げる。

 ユイから麻酔を受け取り《影の部屋》へ向かっていく。

 ──影、もう終わっていいよ。

 心の中でそう伝えると影の部屋は消え、中にいた人間が出てきた。

『意識はない、大丈夫』

 ノブが手馴れた作業で麻酔打つと、そのままユイから投薬を受け取り、それも打つ。

「ドローンは出す?」

「ノブ一人で十分だろ? 空中浮遊で浮かせれば」

「そうだけど……」

「そういうことでよろしくー」

 ノブを哀れむ気持ちもあったが、それ以上に力の消耗が激しすぎた。

 俺は足早に部屋へ戻り、適当な着替えを持って風呂場に行った。

 風呂場の入り口にある立て札を入浴中に変え、そのまま入る。

 爆発の影響で破れたスーツはもう使えないので、ファスナーを下ろしナイフを取り出して切り裂いて脱ぎ捨てる。

 最後に携帯端末で『浴槽で寝てるからご飯になったら起こしてくれ』とユイに送っておく。

「あー、体中が痛い」

 俺はシャワーを浴びてジンジンと滲みて傷が痛むが、暖かい湯船が待っているので手短に体を洗うことにした。


 ***


「何を作ろう」

 最近、特売日が無くて材料が切れているせいで正直、炊きたてご飯に皆で納豆か卵を巡るじゃんけん大会になりそうだった。

「買ってくるか……それとも何か使えるものはないか……」

 冷凍庫を開けるが、そこにはリョーがコンビニのバイトで手に入れた、賞味期限切れの高級アイスしかなかった。

「ダッツじゃ何も作れない……ことも無いけどそれはデザートだし……」

 溜め息混じりに戸棚を開けると、じゃがいもが一個とネギが一本だった。

「ネギとじゃがいもを手に入れられた」

 とりあえず、今日特売日が来ることを前提に料理を作ろう。

 味噌汁はしょうがないので具無しでいこう。ネギが余れば少し入れよう。

 ──取り敢えず、炒めれば何とかなるか。

 私はフライパンに火をかける。包丁を取り出しネギを刻む。じゃがいもは一口サイズに切る。フライパンに油を引き、じゃがいもを投入する。ネギは火が通り過ぎるとユイとソーヘーが嫌がるので後で投入しよう。

 ──ご飯は炊けてるからいいでしょ。

 食器を用意して、盛り付ける。飲み物は水でいいや。ソーヘーの部屋にお茶あるかも。面倒だからいいか。

 じゃがいもに色が着いてきたのでネギを投下する。少し炒めて胡椒をかけ少し炒めて火を通す。

 その間に食器を取り出す。

 ──食器も増えたな。

 杓文字を取り出し、ご飯をよそうと、フライパンからは香ばしい香りが立ち込める。

 ──火弱めた方が良かったかな?

 恐る恐るフライパンを覗くが、恐れていた真っ黒焦げということはなかった。

 生憎、ネギは残るほど多くなく味噌汁は具無しとなった。

 お盆に乗せられるだけ茶碗を乗せ左手で持ち、右手でネギとじゃがいもの炒め物を持つ。

「おーい、ご飯だぞ」

 ユイは地下行きの階段を駆け上がって来ると、何故かリビングとは逆の方向へ向かって行った。

「ソーヘー、起きてー、ご飯ー」

 浴槽で寝ているのか、ユイはそれを起こしに向かったのか。

 そう頭の中で理解すると同時に、ユイが廊下を猛ダッシュで駆け抜けてくる。

 リビングに入るや否や、席に着いて手を合わせた直後、弾丸の如き速度で箸をすすめた。

「ユイはブレないな」

「メイのご飯はいつも美味しいので! 私専属のシェフになってください」

「やだよ、休む時間なさそう」

 ユイが黙々と食べるのを他所にのそのそと風呂場からソーヘーが出てきた。

「おはよう」

「全然寝てないけどな……飯食う方が力を回復させるには効率がいい」

 そういい箸をすすめる。

「ソーヘー、ノブの分はどうすればいいと思う?」

「後で交代するからいいよ」

 そういいながら、既にソーヘーの茶碗には米が半分程にまで減っていた。

「リョー、ご飯だぞー」

 下に向かって叫ぶが返答がない。

 ──大丈夫かな?

「大丈夫だよ。この後バイトなんだし、食わなきゃあの大食らいのことだ、腹減ったって通知が来るぞ」

「そうだよな」

 そして数分後にはソーヘーが食べ終え、下へ向かうと、入れ替わりでリョーが入ってきた。

「ごめん遅くなった」

「別にいいさ。冷めないうちに早く食いなよ」

 リョーががっつく様に茶碗をかき込み始めてから少しすると、階段を飛び上がり着地したノブが、ゾンビの様に食事へと向かっていく。

「ノブ、食器洗いやっておいて」

「えー……」

 というのは分かっていたので、未だに装備したままの太股から《ベレッタ92》を引き抜く。

「い、いえーい……分かったよやるから、拳銃しまって」

「じゃ、よろしく」

 そういい残し部屋へ向かう。

 太股のホルスターを外し、ポーチを外して中のマガジンを取り出す。ポケットに入ったマガジンも取り出してスーツを脱ぎ捨てる。

 タンスを引き、下着とジーンズ、Tシャツを取り出し風呂へ向かう。

 部屋から出るとリビングから声が聞こえた。

「メイー、男と同居してるのにその格好はマズいと思うよー」

 そういってきたのはノブだった。

 疑問に思い体を見下ろすと、スポーツブラにスパッツという格好だった。

 数秒の思考停止の直後、ノブが何をいったのかを理解し、風呂へ逃げるように入り扉を閉める。

 ──やってしまった……。

 度々癖でやってしまうことがあったが、今回は特に酷かった。

 今まではリビングに誰もいなかったり、ユイがいて、見てなかったことにしてもらったりはしていた。

 だが、今回はノブとリョーがいた。リョーは目を逸らしていたがノブは完全に嘲笑って見ていた。

「あー、見られちゃったー」

 ショックが大きすぎて耐えられそうにないが、今はそんな場合じゃない。

 リョーがバイトだから早めにお風呂出ないと。

 私は急いでシャワーを浴び始めた。


     7


 声が聞こえる。男の声。たまに女の声もする。

 ──どこだここ。

 暑くもなく寒くもない。なんだかとても心地いい。

 ──これは夢……?

 ──私は何をしていたんだ?

 ──確か、十二支を追って……

 そこで自分が、相手にまんまと敗れたことを思い出す。

「お、起きたな」

「瞬間移動使い……名前は、確か……」

そういうと男は溜め息混じりに答えた。

「雨宮繰平だよ」

「ああ、そうだったな。ところで私はここで何をしてる」

 すると雨宮はきょとんとし、暫し考えた挙句口を開いた。

「治療」

「治療?」

 治療とは傷を受け、それを治しているということか。

「何故そのような事を」

「何故って、それはお前が死なない為にだろ」

「死なない……為……だと?」

 雨宮の言ったことを理解するのに時間がかかった。

「そういうことは、私は死ぬ寸前だったのか?」

「そうじゃあないけど、放っておいたらいずれ死んでいた」

「そうなのか……ならば何故、貴様ら十二支がこんな真似を……」

「そうそう、その《十二支》ってのだけどさ」

 そこで雨宮は私に説明した。

 自分達は《能力者達》という団体で《十二支》とは全く関係がないことを。

「なるほど、ならば証拠は」

「はぁ、そうなると思ったよ」

 そういうと雨宮は服のファスナーを下ろす。

「はい、武器は持っていません」

 そういうとズボンのポケットや後ろを向き、空のホルスターを見せつけた。

「それだけじゃあ、信じられない」

「と思ったから……こんな物を用意しました」

 そういい薄い桃色の液体の入った注射器を取り出した。

「毒か?」

「んー……違うんだけど近い」

 そういうと雨宮は自分の腕に投与した。

「この薬はね、力を一時的に使えなくするんだよ。どうだい? 能力使える?」

 雨宮がそういってくるので試しに《キング》の駒を出してみる。

「使えるじゃないか」

「そりゃまだ打ってないもん」

 そういうとズボンのポケットから鍵を取り出す。

「これが手錠の鍵。投与したら取ってあげるから信じて?」

「な……なぜそんなことをしろと」

「飲み込みが悪いなぁー。要はあんだけお前が戦ったんだ。だったらそれなりの何か理由があるんだろ? 協力するって言ってんだ」

「協……力……」

 私に協力だと。今まで一人で、独りで生きてきた。

 警察官の仕事を選んだのは十二支のことを調べるには都合がよかったからだ。外回りと言い訳をし能力を使い全国を走り回った。

 だが、その職業に着くまでが大変、いや苦痛だった。親は死に、能力を求めて奴らに追われた。私は必死に逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて来た。食事だって苦労したし日々の疲れで憔悴していくのも感じた。それほどまでに追い詰めらた。

 何度も自殺を考え、生きていくことを投げ出そうとしたかも思い出せない。

 ──それなりの何か理由……?

 それなりじゃない。奴らは捕まえ痛めつける。精神が崩壊しないように慎重に傷を付けていき、その傷を抉り、精神がズタボロでもギリギリ自我を保ててる状態になったら殺す。そこまでしなければ、あいつらがしていることは償えない。いや、それでも償い切れない程だ。

 左腕にチクリとした痛みが走るがさほどのものではない。

 そしてカシャカシャと錠を外す音。手の錠が外れる。足枷が外されたら相手を無力化しよう。能力を封じられたところで、私は彼らより強い筈。

 足枷が外れ地面へ落ちる。

 ──今だ。

 雨宮の顔を目掛けて足を振り上げる。だが、雨宮は攻撃を仕掛けることを知っていたかのように、体を逸らし避ける。

「やっぱり信じないよね」

「当然だ」

「実はこんな物を持っているんだよ」

 といい、ポケットからは緑色の液体の入った注射器が出てきた。

「まさか……」

「さっきの薬の効果を促進させて早く効果が効かなくなる薬、っていうと分かりやすいかな?」

「貴様、それを最初から……」

「要らないからあげーる」

 そういってこちらに放ってくる。

 それを掴むと雨宮に問う。

「薬の効力は?」

「保証しよう。大体二分位で力が使えるようになるよ」

 雨宮の言葉を信じるか。実際、今能力は使えない。この薬が本当に力を使えるも様にする物なら投与していいだろう。

 ──だが、普通は敵にそんなに親切にするか?

「その答えを教えよう」

 そういったのはソーヘーだった。

「お前は今日から《能力者達》の一員だよ」

「……は?」

 雨宮は何を言っている?《能力者達》の一員? 私が?

「つべこべ言わずに分かりましたでいいの。こっちの方じゃあ決定事項になってるんだからさ」

「そんなこと……分かっているのか? 私は、貴様らを殺そうとしたんだぞ。貴様は私に刃を向けただろう?」

「それで?」

「そんな相手と、今更……」

「今更? 何言ってんだよ」

 そういうと雨宮は頭を掻きながら答えた。

「ほら、マンガとかあるだろ。本気で戦いあったもの同士が最後にはお互いを認め合う、みたいなの」

「マンガなど読んだことないから知らん」

「えっ、あるんだよ! 分かれ! だから今日からお前も物達と戦うの。そして俺ら皆で食卓囲んで協力し合うの。困ったらお互い様って言うだろ」

 雨宮は当然の様に言い放った。

「だからな、俺達も《十二支》って奴らの問題の調査はしよう」

「だが、これは私の問題であって……」

「仲間の問題は俺達全員の問題なの。分かれその位。まあ、任せておけ、俺に破れないセキュリティはないから」

「それは、警察としては見逃せないのだが……」

「探知されない様にするから問題ないって。そういう怪しい奴を見つける為の、ただの防犯カメラのチェックだけであって……」

 そこまでいうと不意に雨宮は吹き出した。

「──ははっ、俺達はお前の力になる。それでいいだろ?」

 そういい右手を差し出してきた。

「いいのか? 本当に、貴様ら《能力者達》に入って」

「当たり前だろ。今日は職場休め。スーツの採寸は終わってるからいいとして、ここの機能とか色々、教えるから」

「あ、ありがとう」

 すると雨宮はきょとんとし途端に笑い出す。

「なんだ? 私はおかしな事を言ったか?」

「いや別に、よろしく。俺はソーヘー。お前は……何にしたらいいと思う?」

『えっと、糸牙景紀だから……カゲとか?』

「それだと俺がややこしいだろ? いつまでもモニタニングしてないで入って来ればいいだろ?」

『それもそうだな』

 そういい入り口から入ってきた男が二人と女が二人。

「いっその事、能力が駒だしコマでいいんじゃない?」

「おいおい、それはソーヘーより雑じゃね?」

「それはソーヘーの名前が雨宮繰平なんていう、中途半端だからいけないんだ」

「人の名前を馬鹿にするな。天国の父さんと母さんに呪われろ」

「悪かったよ」

「大体ノブだってそのまんまじゃないか。いっその事コードネームはもっとこったものにしたらどうだ?」

「例えば?」

「うーん? 待ってくれ、今考える」

 彼らは私のコードネームについて話し合っているのか。

 ──楽しそうだな。

 この感覚はいつからだろう。

 駒の能力。

 それは、神に捧げられた禁断の力。あらゆる力を押し退け、あらゆる災いよりも力を持つ。

 そんな私は今まで誰とも心を通わせることはできなかった。

 ──そんな私でも、ここに居ていいのだろうか。

「じゃあ、コマで決定」

「景紀、それでいいか」

「ああ、ありがとう。これから……よろしく」

「そんじゃあ、ちょっと遊んでみっか」

「ソーヘー、その前に飯だろ?」

 そこで女が口を挟み、やっと今の現状を思い出した。

「そっか、そんな時間か」

「そういえば、本日は何日だ?」

「えーと、十二月の七日」

「一日中私は寝ていたのか?」

「それはそれは、よく寝ていたよ」

 ソーヘーは笑いながら答えた。

「まあ、飯食って、引っ越しするなら手続きしておくから、考えておいてくれ」

「わ、分かった……ところでお前らのリーダーは誰だ?」

「このオレだ」

「そうなのか、これからよろしく頼むよ」

「おう、任せておけ」

 そういい入り口から全員が出ていく。

「あー、着替えはそこに置いておくから使ってくれ」

 そういいソーヘーが指を指した方向には、スウェットとコンビニの袋が置いてあった。

「そのボロい服は捨てちゃえ」

 そういいソーヘーは入り口から姿を消した。


 その後、食事を取り、引っ越しの手続きを済ませソーヘーとチェスをした。ソーヘーとは激戦の果てに勝利しソーヘーは「一年ぶりり負けた」と悔しがっていた。

 ──これから、私は《能力者達》と一緒に暮らして行くのか。

 期待で胸が膨らんだ。だが、裏腹に不安もあった。

 でも、この者達となら、十二支とも戦えるのでは、そう思えた。

 だが、数ヶ月後運命は望み通りにはいかないことを知った。

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