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能力者達  作者: 蒼田 天
第二章
12/60

ソーヘーの影

     1


 一ヶ月前。俺は影に体を貸し真似物を倒し、それからというもの、いつも主、主と喋りかけてくるわお背中流しましょうかとか、鼻の下伸びてますよだとか、とにかく五月蝿い。

 真似物を倒して一時間程経ち目を覚まし、力の消費量が凄かったため、力が枯渇して動くのがキツかった。

 次の日は定期テストで体にムチを打って学校へ行き、めんどくさいテストをこなす。

 それが終わると不良に絡まれる。

 それが終わると彩華に勉強を教える。

 それが終わるとアジトへ帰り即トレーニングルームへ。

「それでは主、始めますか」

 そういう一ヶ月以上続いている。

 影を使った《(ちから)操作技(そうさわざ)》。


【力の操作技】

 主に『強化』『修復』『操作』『放出』『創造』の五大要素を操る技。能力もその内の一つだが力の消費量が断然少ない。また、瞬間移動や空中浮遊を力の操作技でやろうとすると、大量の力を消費するため、あまり向いていない。


【強化】

 強化とは『強化』と『硬化』の二種類をまとめたもので、対処の物体の攻撃的要素の上昇、殺傷能力の強化、硬度の上昇などの物体に対してや筋肉の強化なども出来る。


【修復】

 傷の治癒、再生を基本とし、腕や脚の紛失となると、再生は能力程の力では可能だが、力の操作技では困難になる。


【操作】

 力の操作技の応用などで用いられることが多い。また、ナイフなどの武器を操作し、触れずに操る事などが出来る。


【放出】

 力を圧縮したりなどして物体や攻撃として放つことが出来る。七つの龍の玉を集める人気マンガの攻撃に近い。


【創造】

 力を圧縮し、武器などの形に変換する。イメージや感覚が、強度や硬度に関わる。


 影は自分の写身(うつしみ)で操作するのに、力を大幅に消費するが、自我を持っていると消費量は通常の半分も使わない。更に、自分の分身として戦わせることも出来る。

 最初は覚醒したばかりで少しカタコトだった言葉も、今ではスラスラと喋れるようになり、逆に鬱陶しい。

「頼むぞ」

 俺は刀を構えると影も刀を構える。影は力の操作技を熟知しているし、効率のいい戦い方や影の扱い方、能力のより良い発動法。纏いの物質無しのでの発動の仕方等を、一つひとつ教えて貰った。

 影とは思考、感覚、感情等の感覚を全て共有することが出来たりもする。そのお陰で……。

『主ぃー、なんですか? 透明化の娘とゲームすればいいじゃないですか』

『主ぃー、昼食をスナック菓子で済ませるのは良くないですよ』

『主ぃー、修行をせずに小説を今日は読もうなんて馬鹿ですか? 虫唾が走るじゃないですか』

 なんて、言ってもないのに勝手に思考を読んでくる。

「主、一ヶ月前より強くなりましたね。力の容量も大きくなって。我は主の成長が嬉しいですよ」


 一ヶ月前。こいつとの修行が始まると、まず最初に力の操作技を教えられた。

「はい《指銃(しじゅう)》やってみて下さい」

「──くっ」

《指銃》とは指先から力を圧縮させた玉を放出する、力の操作技の代表的な技だ。

「違いますよ主、もっとぎゅっとしてバンですよ」

「分かりにくいんだよ!」

 要は圧縮して放出って事だよな。

 能力と一緒でイメージが重要な力の操作技は、俺が習得するのに時間がかかった。

「《防壁(ぼうへき)》はもっと壁をイメージしてください。防壁の《足場(あしば)》が出来るのと出来ないでは、空中戦の戦況は大きく代わりますからね?」

《防壁》は力の塊を壁の様にし盾として使うこと。その防壁を足場にして戦うことを《足場》という。壁を蹴って移動や、空中戦で足場にしたりと使える幅が広い事から重用されるらしい。

「もっと武器をイメージしてください! 材質、硬さ、切れ味、重さ、冷たさまで! ダメですよ、その程度のイメージでは」

 武器創造の《具現武器化》は大元となる武器のイメージを細かく持つことで強度、硬度もます。その為影は特に厳しい。

「もっと力を熱に変える。じゃなければ炎を発生させることなど無理ですよ? 真似物に出来て主が出来ないのは、我が恥ずかしいではありませんか」


 そんなこんなで一ヶ月。力の操作技を使っては、枯渇して休むことを繰り返し、基本となる全ての技、そして基礎応用は大体は出来るようになった。

「──シッ!」

「はぁっ!」

 短い気合いと共に一気に接近。

「《紅蓮(ぐれん)》」

「《スパーク》」

 影は炎を、俺は雷を刀に纏わせると刀を振り下ろす。鍔迫り合いとなり、押し込み合う。刀を滑らせ角度を変え振り下ろす。後ろに下がって避けられるが接近し切り上げる。

「おっと」

「──くっ」

 防壁で障壁を作り、俺を接近させなくする。俺は防壁に触れ……。

「《流動変化(りゅうどうへんか)》」

 防壁に流れる力の方向をバラバラにするだけで破壊出来る。

「邪魔な壁が消えた」

 そういう影は刀を振り下ろし切りかかる。

 体を逸らし、それを避けると水平切り。

「ちっ」

「──シッ!」

 俺は左手を出すと瞬間移動で刀を移動。左手で握ると腹部を切る。

「──って……ふふっ」

「今日は俺の勝ち」

「お疲れ様です」

 そう言い影は俺の足元へ戻って行った。

「よし、片付けすっか」

 火柱、木刀、タオル、お茶を拾うとトレーニングルームを後にする。

 部屋の方へ行くとユイが出てきて話しかけてくる。

「ソーヘー」

「どうした?」

「髪の毛が……」

 ──髪の毛?

 そう言い差し出して来たスマートフォンの画面を除くとカメラモードになっていた。そこに写る俺の髪の毛は……。

「わっ、白い」

「落ち着いてますね」

 ジト目で見てくるユイは置いておいて、これは少しやばいかもしれない。週明け学校の定期テスト……。

「それでは、ゲームやりましょう」

「それではの意味が分からん。やらないよ」

 そう言い部屋に入ろうとした時だった。

「とは言いつつも、以前やった魔王討伐クエのことを思い出した主よ。心無しか楽しかった主よ。別にゲーム位いいではありませんか」

「影てめぇ」

「それでは失礼」

 そう言い影に戻る影を本気で次は殺しに行こうと思った。

「分かったよ、やりますよ」

「あ、はい! そうですね! じゃ、じゃあ、私がルーム作りますので!」

 ユイは何故かめちゃくちゃテンパりながら、部屋に戻って行った。

「白髪染め買わないとなー」

 そう呟きながら部屋に入る。

『その必要はありませんよ。力の枯渇で髪の毛の色素が一時的に減少しているだけなので、よく寝て、よく食べればすぐに元に戻ります』

「ならいいや」

 そう言いパソコンに電源を入れる。

「影、お前ユイに余計なことを言うなよ」

『いいではないですか。主も少しばかりあの小娘のことを気にかけている見たいですし』

「別に、そんなんじゃねーよ」

『照れておりますねー』

「違うって言ってるだろ!」

 ミスった。隣の部屋がユイの部屋だと分かってこいつ。

『主は考えが浅いですね』

「明日覚えておけ」

『ふははっ』

 そのまま影は黙った。


     2


 それから二時間程ゲームをし、眠りに着いた。ユイには事情を説明したのでその後は物達が来ないことを祈りつつ、ゆっくりと眠りに着いた。

 そして翌日のAM10:43。夕飯には流石に起きるだろうと思った俺は、夕飯どころか朝食もすっぽかしていた。

「……うぅ」

 俺は空腹を一時的に満たすためタンスからふきのとうの村を取り出し食べる。

「ユイ、起きてる?」

 隣の部屋の扉まで行ってノックするのも面倒なので、壁をノックする。

「……はい……なんですか?」

「ふきのとうの村とつくしの森どっちが好き?」

「そういえばおはようございます、よく寝てましたね。ふきのとうの村とつくしの森ですか……個人的にはふきのとうの村ですかね。クッキーがサクサクして美味しいので」

「なら一緒だ」

 そう言い俺はふきのとうの村を口へ運ぶ。

「ユイ、ナイフが無くなって来たから手配して貰える?」

「了解です」

 俺は喉が渇いたので冷蔵庫からカフェオレを取り出し、ストローを差し込んで飲む。

「あの、ソーヘー」

「どうした?」

「明日、空いていたりしますか?」

「ん? うん、空いてるけど」

 ──何を言ってくるんだこの子は。

「えっと……一緒に買い物に行ってもらってもいいですか?」

「……え?」

「で、ですから、か、買い物に付き合ってください」

「え、あ、お、うん、いいよ」

 俺は十六歳。そこら辺にいる高校生と特に代わりない。そして数ヶ月前、一緒に出掛けてそれから音信不通になり、学校も転校、家は引越したのかなんなのか知らないが、元々あった場所は空き地になっていたという不思議な彼女がいる。いや、いたという方が正確だ。

「別に、いいけど」

「あっ……その、デートとかじゃ無いですからね! 勘違いしないでくださいよ! 新作のゲームを買うだけですから」

「う、うん、分かってるよ。大丈夫」

 そうだよね。実際、俺達は仲間でそういう関係は必要ない。かといっても、メイとユイは顔的には可愛い部類に入ると思う。その二人になんにも感じない訳でもない。

「はぁ……えっと、明日は何時にする?」

 溜息混じりに言うと返答が来る。

「え、えっと、発売が十時なので、その前には……」

「まさか、行列に並ぶ気か?」

 俺は都会やデパート等の人がゴミのように居る……もとい、人混みが苦手だ。更に今は十一月の後半。ニュースではやれクリスマスだ、やれ正月だ等といっている季節に行列に並ぶのは、正直……。

「そこまで長蛇にはならないと思うけど、一応二時間前くらいには……」

「やっぱり却下」

「えっ」

「寒いの無理なんだよ。あと人がゴミの……じゃなくて、人混みに行くのが」

「そこを何とかお願いします」

「帰ってきたらメイドのコスプレで、俺をご主人様と呼んでお菓子や飲み物を持ってきてもらう係をさせるぞ」

「そ、それは」

「じゃ、無理」

「そこをなんとか」

 俺は、今回は断固拒否することにした。

 コンコン。

 ──この流れで来るのはユイだよな。

「なんだよ」

「お、お願いします」

 仕方がないので扉をガチャりと扉を開けるとそこにはユイが。

「お、お願い」

 ほぼ涙目。そしておねだりと来た。俺も舐められた物だ。この程度で……と思いたいが涙目で、しかも可愛い女の子に直視されるのは少し難易度が高い。俺は自然と視線を逸らすと──。

「分かったよ」

「あ、ありがとう」

 ちらりと視線を向けると、万円の笑みを浮かべるユイ。

 ──可愛いなクソ。

「また明日」と伝え、そのまま部屋に戻る。


 ──で、デートか。

 そこまで考えてタンスの引き出しを引く。そこには見るも無残なオシャレさの欠片もない、服装達。

「うぅ……」

 メイなら何か持っているかと思ったが、流石に体格差がある。無理だ。

 地味なパーカー。地味なスウェットパンツ。地味なTシャツ。地味なショートパンツ。そんなこんなでタンスの中身が出てきたがどれもこれも地味。そして来て行くには寒いであろう服。

「うぅ……」

 こういう時どうすれば。

 誰かに聞くにも聞けるような人はいない。もっというと聞いても自分では理解出来なそう。

「あ……」

 そこで目に付いたのは少しシンプルなミニスカート。

「この時期にこれは」

 といいつつも、翌日の天気予報で最高気温の確認。明日は十二月間近にしては暑い気温になるようだ。そうだ、ここで私が失敗してはならないのだ。


 これは、昨日の夜の事。

「えー、明日、明後日……はソーヘーの誕生日になるということで、誕生日パーティーを決行します。ドッキリがいいと思うので邪魔な……主役のソーヘー君は家の外へ出て行ってもらいたいです」

「ソーヘー寒がりだよ」

 そう言いうーんと悩むノブとメイ。

「えっと、買いたいゲームの発売日が近いんですけど」

「それはいつ?」

「あ、明後日です」

「じゃあ、決定。デートも兼ねて行ってきて」

「えっ」

「デート楽しんできてね」

「準備はこっちでしておくよ」

 そういいリビングからみんな出て行ってしまった。

「で、デートなんかじゃ……ない」


 そんなこんなで、私が上手くソーヘーを追い出してみんなに準備をさせなければ。

 結局、それっぽいショートパンツとタイツ、それにパーカーを着ることにした。

「うん、いいよね。べ、別にで、デートなんかじゃないんだし」

 そう言いつつも鏡の前に立つ自分は、耳まで真っ赤になっていた。

 別に、ソーヘーの事は大切な仲間としか思ってないし。

「下着とかって普通でいいんだよね?」


     3


 翌日。

 約束の時間になっても起きてこない──正確には起きないユイ。

「おーい、起きろー」

「後五分……」

「分かった。ちなみに五分前と十分前と十五分前に同じことを言ってるぞ」

「うぅ……」

 扉の向こうからはゴソゴソ聞こえた後に「もうこんな時間!」と大声を上げ、次はバタバタ聞こえる。

「ソーヘー、瞬間移動お願いしても……」

「力を消費したくない」

「うぅ……」

 準備が終わったのか、シンと静まり返り、数秒後に扉が開く。

「今日は少し冷えるみたいだぞ」

 俺はハーフパンツにタイツ、パーカー姿のユイに溜息混じりに伝える。

「コートとか持ってないです」

 再度の溜息。

「先玄関行ってろ」

 俺は部屋に戻ると、小さめのコートを手に取り扉を開ける。

「ほれ、これ使え」

「わあ、でかい」

「…………」

 身長差は恐らく二五センチ位だろうが、流石に大丈夫だろうと思ったが少し大きかった。

「まあ、大丈夫だろ」

「ありがとう」

 コートを羽織るとそんなことを言ってくる。

「金はあるの?」

「まあ、一応」

 そう言いながら玄関の扉を開けると、湿った冷たい空気が入ってくる。

「寒いですね」

「そうか?」

 そういい、ポケットに手を突っ込む。

「取り敢えず、急ぎましょうか。八時まで後十五分ですよ」

「本当は二十分前に家を出たかった。五分遅れた」

「す、すみません」

 そういいおずおずと謝って来るユイ。

「別にいい……」

 そこまで言いかけた時だった。

 背後から視線、気配を感じた。

 咄嗟に振り返るが、そこには誰も居ない。

 なら、《凝視(ぎょうし)》。

 力を目の周りに集中させ、力の流れを見ることが出来る。

「何もない」

 気のせいだったか……。

「どうしました?」

「いや、誰かに見られてる気がして」

「そうですか……。あ、急がないと、人が段々増えて来ているんですよ」

 そんな事を言ってくるユイ。

「なんで分かる?」

不気味な事を言うので試しに聞いてみた。嫌な予感が……。

「防犯カメラをハッキングして映像を確認……」

「ハッキングしちゃダメだろ」

「ソーヘーはこの言葉を知らないんですか?『バレなきゃ犯罪じゃない』」

「バレようがバレまいが、犯罪は犯罪だ」

 そんな他愛もない会話をしながら路地裏から抜ける。

「ここから右に真っ直ぐの所ですね」

「うへぇ……」

 枯れた木々には、無数のケーブルと点灯されていないLED電球が着いている。

「人が多い」

 休日の都会は、明日から十二月と言うこともあり、世の中はクリスマスムード一色に染まっていた。

「ひ、人がこんなに……いっぱい」

「おい、お前が怯んでどうする」

「ひ、怯んでなんかいませんです!」

「いませんですか。なら大丈夫だな。行くぞ」

 そう言い歩き出す俺の手を握る冷たい手。

「──ちょっ」

「待って……ください。こ、心の準備が……」

 それはこっちのセリフだ! と叫びたくなるが、ドキドキする気持ちを抑えながら数秒待つ。

「い、行きましょう」

 そのままユイは前進する。それに倣って歩く俺の手を、一向に離さない。

 いつ離すの? ちょっと、この状況何!?

 心の中で叫びながらも数分歩く。

 お目当てのデパートに着くと人は更に増えた。

「うぅ……」

 数秒躊躇った後、行列に並ぶ。

 そしてやっと気づいたのか、ずっと握っていた手を凝視する。

「あ……えっと……す、すみません」

「や、別にいいけど」

 ドキドキする心を落ち着かせながら、立ち尽くす。

「後何分で開く?」

「えっと、ちょっと待ってもらえますか?」

 そう言いスマートフォンを操作する。

「後、一時間と五十三分ですね」

「一時間五十三分……」

 がっくりと項垂れる俺をユイはクスクス笑い、更にスマートフォンを操作する。

「これをやりませんか?」

 そう言い見せてきたのはスマートフォン向けRPGのロゴだった。

「何故俺がそれをやっている事を知っている」

「フレンドリストに居ますよ」

「うそぉ」

「ユーザーネームが一緒ですから分かりますよ」

 そう言いクスクス笑う。

 なんか朝から態度が可愛いな。

 そう思いながらスマートフォンを取り出す。

「マルチ?」

「ギルドの方で立てますよ」

「え? ギルド一緒?」

「そうですよ? 今頃ですか?」

 そう言いながらアプリを立ちあげようとした時だった。

『非通知』と表示された電話番号だった。公衆電話か?

「ちょい電話」

数秒悩みユイに伝え、行列から一時離脱。


「はい、どちら様で──」

『繰平君、元気?』

「……結月?」

『正解……なんだけどちょっと違うんだよね』

「どういう……」

『まあ、そのうち分かるさ。じゃ、またね』

「お、おい」


 そこで通話が切られた。

「結月の声ではあった筈だよな」

 そう呟きながら画面を眺めながら、行列に戻ろうとした。

 ドンと人にぶつかりふらつく。

「すみませ……」

 言いかけた。正確には言ったが声が途中で詰まった。

「ながらスマホはタブーだよ」

「結月!?」

 少女と目が合う。

 小学校からのただ一人の友人。幼馴染み。

 今ぶつかったのは結月だった筈。

 だが振り返っても、そこには人が疎らに居るだけで、結月の姿はない。


 数秒の沈黙。それを破ったのは俺ではなくユイだった。

「ソーヘー?」

「あ、ごめん……なんでもない」

「そうですか?では、やりましょうか」

「え?」

「忘れたのですか? ゲームですよ」

「あぁ、ごめん」

 俺は再度、ゲームを立ち上げログインを終了すると、キャラクターの装備、手持ちアイテムの確認をすると、マルチの画面へ移る。

「ソーヘー、どうしました?」

「え?」

 ユイの声に顔を上げると、すぐそこにユイの顔がある。

 ──近い!

 心の中で叫ぶと大きく頭を振る。

「いや、なんでもない」

「ならいいんですが……先程から、顔色がイマイチなので。私は、皆が、ソーヘーが笑っている方がいいですよ」

「…………」

 あれ? なんかこいつこんなだったっけ?

「あれ? 私、何か変なこと言いました?」

「いや、普通に恥ずかしいこと言うなって思って」

「え、なんか恥ずかしいこと言いました?」

「『皆が、ソーヘーが笑っている方が』……みたいな」

「そんなことを言いました?もし言っていたとしても忘れて欲しいです」

 ユイはそういうと、はにかんだ。

 あれ? こんなに可愛い子だったっけ?

「ま、まあ、ゲームをしましょう」

「あ、おお、そだな」

 ギルドのマルチ画面へ行くとにはユイと思われるユーザーのキャラクター。

「どうします? あと一人連れていきます?」

「いや、そのパーティーと俺のパーティーだったらいけるだろ」

「ま、まあ」

「足でまといになるなら要らない」

「鬼畜ですね……」

 クリアランクSを取るには、その位の犠牲は付き物。

 ゲームがスタートされると、一斉に画面をタップする。

「アタックは任せろ」

「ヒールはこっちでやります」

 ほぼいつも通りの役職で、俺がボスキャラへ接近。

 このゲームには弾ける攻撃と弾けない攻撃がある。弾ける攻撃は、攻撃範囲が緑の枠で覆われるが、弾けない攻撃は赤く表示される。

 その場合はガードか逃げるのが鉄則。もしガードせねばダメージは大きいことと攻撃により後方に飛ばされるので避けたい。かといってガードは、その後のアクションが遅くなる、という欠点がある。逃げるのは一度距離を取るので、あまり俺は好まない。

 俺の操るキャラクターは接近していくと、その前方が赤く点滅する。

 俺はスキルコマンドをタップする。するとキャラクターが消え、画面が移り代わる。キャラクターが出現すると同時に、弓矢を放つ。敵が誰もいないところを、巨大な剣で切ると同時に、キャラクターの矢が直撃し爆炎を上げる。

 それを合図にキャラクターをチェンジ。そして片手剣キャラに変えるとスキルコマンドをタップ。

 少しの溜めの後、一気に接近し巨大なボスキャラの脇腹を切る。すると反対から、ユイの操るキャラクターが接近し、ボスの腹部を抉る。

 キャラクターの攻撃はそれで止まず、更に高速で接近すると反対の脇腹を切り裂く。通過と同時に跳躍すると、背骨に沿って体を縦に切り、そのまま敵の前に着地し突き攻撃。

 このようなゲームの面白い所で、どれだけ範囲の広い攻撃をしても、何故か仲間には当たっていないという、状況でユイも同じようにスキルが終了したのか、ボスキャラが飛ばされる。

 そこにダメ押しで、倒れているボスキャラの腹部にユイの操るキャラクターが、弓スキルで巨大な光の弓を突き刺す。

「MPの無駄遣いじゃないか?」

「無駄じゃないです。ちゃんと無防備な状態の判定ですから、クリティカルで当たってます」

「ならいいけど」

 ちょっと可哀想だな。

 ボスのHPゲージは四つの内の三つがゼロになり、残りの一つは黄色に差し掛かっていた。

「どっちがトドメ指す?」

「こっちはレベルMAXだしなー」

「ドロップアイテムに興味があるので、私がやりますね」

 そう言いコマンドをタップしようとする。

 ──が、遅い。

 武器が弓のキャラは長距離からの攻撃、しかもスキルは特に強力で、ヒットまでの時間が速いことから徴用される。

 現在ユイのキャラクターは弓キャラ。そしてスキルコマンドをタップしようとしている。だが、俺の使用キャラクターはスキルのヒット速度、コマンドタップからのスキル発動速度が弓キャラだけでは留まらず、このゲームの全てのキャラクターの中で一番なのだ。

 キャラクターを右手でチェンジし、左手でスキルコマンドをタップする。

 ユイのキャラと同時にスキルを発動するが、ヒットまでは俺の使うキャラクターの方が早かった。

「え?」

「ふっ」

 ちなみにドロップアイテムは売却すると、ゲーム内クレジットが高く貰えるので売ろうと思う。

 ボスのHPゲージはみるみる減少しやがて消える。ボスキャラは灰のようになり、風に乗って消えていった。

「ドロップアイテムを見せてください」

「先に俺だ」

「いいとこ取りするだけでは飽き足らず、そんなことまでするんですか?」

「ユイッ! 分かった、やめてくれ! 頼むからスマホを奪おうとするな!」

「物によってはトレードを要求します」

「ならお前のキャラの使っている弓矢でどうだ?」

「それはダメです!」

「じゃあ、メイドの格好でご主人様で無償で提供してやる」

「そっ、それこそダメです」

 ちなみに画面に表示されたこのドロップアイテムは、恐らくユイの狙っている物だろう。

「お、お願いします」

「嘘だよ……ちょっと待ってろ。まとまったクレジットをくれればそれでいいから」

「クレジットですか? 腐るほどあるので幾らでも上げますよ」

「トレードの要求しといたから」

「はいはい」

 俺はトレードアイテムの所に、さっきドロップした武器を選択すると数秒待つ。

 相手のトレードアイテムの所には10000kcと表示されている。

 10000kcとは10000000コインの事で、このゲームではトレードで渡せる最高額である。

「お、おう」

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ」


 それから、一時間程ゲームをしていると、定員が店から顔を出しメガホンを使いオープンを宣言する。

『只今より開店致します。大変混みあっておりますので、前のお客様を押さないように進んでください』

 丁寧なこと。周りではまだかまだかと、列に並ぶ人達はそわそわしだし、ざわつきはじめる。

 ──全く。

 俺はポケットに携帯電話を差し込むと、そこに紙が入っていた。

 取り出すとノートの切れ端のような紙が入っていて、印刷したと思われる字でこう書いてあった。


『黒K c6 周りに黒P

 白K g6 白B h3 白R f1

 白N f3 鍵はN』


 黒と白。アルファベットの大文字がK、P、B、R、N。小文字がc、g、h、f。そして最後の『鍵はN』という言葉。

 cの後にf、g、hの三つのアルファベットがあるからabcdefghまであることが予想できる。八つのアルファベット。

 頭文字がK、P、B、R、Nの白黒の物。大体の予想が着いた。恐らくKはKing。PはPawn。BはBishop。RはRook。NはKnight。そしてQのQueen。

 白と黒の駒を交互に動かし会う遊びチェス。恐らく盤面と駒を、棋譜で表したのだろう。

「そうなったらこれは……」

 ボゲ部の時はよくやっていたゲームだったので、簡単に盤面と駒を想像出来た。頭の中で盤面を組み立てる。

「──……ヘー。ソーヘー」

「え?」

 不意に呼ばれたので前を見ると、ユイが歩み寄ってくる。

「何をしているのですか? 列は進んでますから」

 そう言い腕を引かれる。

 仕方がないので、紙をポケットへしまい前列へ追いつく。

「全く……ぼーっとしてないでください」


     4


「お腹が空きました」

 帰り道の途中、そんなことを言ってくるユイ。

「えー」

「朝ごはん食べてないんです」

「いつまでも起きないのがいけないんだろ?」

「……うぅ……確かにそうですけど……」

「おっ、あんな所に喫茶店が……」

「行きましょう」

「はいはい」

 仕方がないので少し早めの昼食を食べることにした。


「ナポリタン美味しかったですね」

「ユイのオムライスも美味かったよ」

「あの……」

「どうした? そんな改まって?」

「お代わりで、ナポリタンを頼んでもいいですか?」

「そういうのはファミレスでして」

 いつも通り食欲旺盛なユイを制止する。

「お願いします」

「ドリア食べただろ」

 ちなみにオムライスの前にはドリアを食べている。

「では、ピザを頼んで一緒に……ってのは?」

「ピザなんて物も置いて……いや、ダメだからな」

 メニューには円形のチーズの乗っかったお馴染みのピザが載っていた。すかさず制止するが、ユイは涙目で見つめてくる。先日、涙目で迫られて了承してしまったせいだ。ここで引く訳には……。

「一枚だけだからな。どれにする」

「うぅ……このベーコンとエビの……っていうのは」

「あぁ、なんでもいいよ」

「ではこれで」

 素早く商品を決めると、定員さんを呼ぶ。歩いて来た定員さんにピザを注文する。

「お客様、当店ホットのコーヒーはお代わり自由ですが、どうしますか?」

「あ、いただきます」

 俺はお代わり自由のホットコーヒーを貰う。ここのコーヒーは美味しくて、お代わり自由。本を読むならここで読もうかな。

「ごゆっくりどうぞ」

 コーヒーを一口飲み、口の中に仄かな苦味が広がっていき、そこでさっきの紙を思い出す。

「ユイ、パット持ってない?」

「はいはい、待ってください……どうぞ」

 俺はユイから受け取ると、メモを立ち上げ、8×8のチェスボードを表示する。

「そんなこと出来るのですね」

「伊達に一ヶ月引きこもりしてねーよ」

「引きこもりだったんですか? 意外ですね」

 俺は紙に記される棋譜に従い、盤上に記号を埋めていく。

 ──こんなところか。

 黒のキングとポーンが敵で、白が味方?

 キングはノブで後は……なんだ? ビショップがリョー? メイはルーク? でもルークは城だから普通はユイか? だったらナイトは……俺? でも人数的には……やっぱり俺?

「分からん」

「ソーヘー見せてください」

 そう言い顔を近ずけるユイ。俺は画面を上に向け、テーブルの上に置く。腰を少し上げユイが覗き込む。

「これ、盤上が島だとしたらどうですか?」

「なるほど、それなら、ルークはメイだな」

「るーく? ……それは、なんですか?」

 俺の言った言葉や画面に表示されている棋譜を見て、なにがなんだかという感じでユイは首を傾げる。

「ルークは城とか戦車って意味だな」

「だからメイですか。これは、黒は敵ですよね。この駒は?」

「ポーン」

「それって、将棋でいうと歩兵ですよね?」

「あぁ、そうだな」

 ユイは将棋を知ってたか。

「だったらポーンは捨て駒にも使える訳ですか?」

「いや、チェスには点の要素があるから」

「王を取った方が勝ちではないんですね」

「チェスにはチェスのルールがあるんだよ」

 俺が適当にチェスには点の要素があることを伝える。するとユイは、画面をまたも指差し、

「この駒は?」

「ビショップ」

「誰ですか?」

「リョー」

「これはナイトですよね」

「そうだよ」

「ナイトの方が強そうなイメージがあるのですが」

「ビショップは点が三点強だから」

「なるほど、ではソーヘーが……」

「ナイト」

 ユイが納得したのかどうか分からないが、なるほどなるほどど呟きながら、こくこく頷いているので理解してはいるのだろう。

「所でこれはなんですか?」

 そこで今するべきことを思い出した。

「あぁ、これはな……」

 ここで今日あったことをユイに伝える。結月と思われる少女に、ぶつかった時にこの紙を仕込まれたのだろうと俺は考えていることも。

「なるほど、そうですか」

「主」

「影? どうした?」

「お久しぶりです」

「おお、透明化の娘。お前様の力は、器が大きくて美味そうだ。どっかのダメ主と交換して欲しいくらいだ」

「ダメ主で悪かったな」

 喫茶店のテーブルに写る影が、またもや声を出す。

「主、やはり視線を感じますよ」

「朝のか?」

「はい、あと微弱ながらも力を感じますね。それでも探しても見つからないのですから、恐らく距離があると思われますね」

「じゃあ、見つけるのは難しいか」

「そこで主」

 ここで何か提案する影。

「なに」

「《紙人形》を放ちましょう」

 紙人形とは力の操作技で、紙に力を込め、一定時間捜査することのできる技なのだが、力の消費が嫌なのでやりたくない。

「分かったよ」

 俺はパーカーの内側からハサミを取り出し、紙ナプキンをチョキチョキと切る。

「ソーヘー器用ですね」

「当たり前だろ」

 数秒後には紙人形は三つ出来上がり、力を込める。

「主、もっと設定を細かくしないとダメですよ」

「いいんだよ。こっちの方がいざって時はどうにかなる」

 力の操作技では操作の動きを設定し決めることが出来るが、設定を細かくすればするほど、命令した反応が遅れる。

「行ってこーい」

 そうして紙人形を飛ばす。

「勘づかれると面倒なので移動しましょう」

「そうだな……って言いたいとこだが……ユイ、行きたい所あるか?」

「そうですね……部屋着を少し見たいです」

 予想外の言葉だったので、数秒沈黙しすぐに声を出す。

「えっと、メイド服?」

「違います! この頃成長期? とかいうやつが来てるのですかね? 部屋着がちっちゃくて足首とかが露出しちゃうんですよ」

「俺が初めて来た時も結構小さかったけどな」

「そういう事を女の子に言うと嫌われますよ」

 それを女の子が言ってしまうのはどうかと思うが、つっこまないでおこう。

「分かった。じゃあ、この辺の服屋はどこが一番近い?」

「ここからだと百メートル程行けば……」

「主も小娘も馬鹿でありますね。奴に怪しまれない為なのですから、百メートル程度の移動ではバレてしまうに決まってるでしょう」

「確かに」

「となると……一キロ程歩けば……」

「小娘、五キロ以上だ」

「それは私の体力が……」

「ひ弱ですねー」

 影は嘲笑うようにそう言う。

「五キロとなると……はい、《やまむら》の支店がありますね」

「そこで決定」

 向かうべき店が決まると定員さんがピザを運んできた。

「お待たせ致しました」

「あ、ありがとうございます」

 珍しくユイが受け取る。

「ユイ……」

「成長しましたね」

「う……うぅ、地味に嬉しくない」

 そう言い湯気の上がるピザを円形のピザカッターで八等分する。一切れそこから取ると、トロリとチーズが伸びそれをパクリと頬張る。

 ──美味しそうに食べるなー……。

 微笑ましくそれを見ていると食欲をそそられるので、一切れ取り皿に移す。ミミは香ばしくパリパリになっていて、チーズはそれに対になる様にトロトロだ。

「ん、旨い」


     5


 それから二切れを食べる間にユイは六切れをぺろりと平らげ、喫茶店を後にした。

「主、紙人形の方はどうです?」

「今ちょうど見つけた」

「そのまま取り付けて力のパスを通せば《瞬間転移》で連れてこれますよ」

「いや、俺はおびき出す派だから」

「主のことを一番分かってるのは我ですよ?」

 そういう会話をしていると、左の裾を引っ張られる。

「い、一回……どこかで休憩を……」

 俺は溜息を漏らし肩を落とすが、膝を曲げ屈む。

「ほれ、おんぶ」

「う、うぅ……」

 数秒悩んだ末、俺の首に腕を回す。

 ユイの体が背中に当たると、柔らかい物が……

「や、やっぱり自分で歩きます!」

「どうした? なんかあった?」

 危うく、思考回路が別方向へ向かいそうになったが力ずくで元へ戻す。

「変なこと考えてませんか?」

 そういい背中に少し重心が掛かり、柔らかい物が背中で凄まじい存在感を示す。

「変なこと? ユイは知らぬ間にエロゲーも買っていたのか?」

「んなっ! そんな訳ないじゃないですか」

 そういい首に回した腕を締め上げる。

「おい、背中で暴れるな! 締まってるから! 分かった悪かった! そして疚しいことなんか考えていないから」

 そう告げると首に掛かる重量は解消される。

「元気だから歩けるんじゃ……」

「足が限界です」

「そうですか」

 病むなく、そうはきっても決して嫌ではないのだが、なんせ相当可愛い女の子の胸を、もといおぶれるのだ、嫌な男子なんていない。

「そして残り三キロを歩く」


 ***


 一週間程、観察をしてきたがそれらしき動きを見たのは数回。

 一日に一度程黒い生命体、奴らのことを物だ遊物だ言っていたが、毎度毎度十二支らと一緒にどこかへ消える。

 あの黒いのをどうしているのか。

 刀を使う少年は《瞬間移動》と思われる能力を使っている。そして《キング》の《千里眼》を使わなければ見れない点を考えると《透明化》と思われる能力も使えるのであろう。だが、この頃は《空気の壁》や《黒い玉》などの奇妙な技も使うようになっていることから、何かあるのだろうとは思う。

 その他三人は、黒い四角形の箱を用意しては刀の少年と合流、後にどこかへ消えてしまう。

 三人の内の一人の大鎌の青年は、空を飛んだので《空中浮遊》だと思われる。

 それだけではなく千里眼を使わねば、彼らもまた見えない。彼ら四人の内の一人、それが透明化だと思われる。それを複数人にさせることができ、黒い生物には見えるが一般人には見えない様にしてあるのだろう。

 黒いのは一般人には見えないのは写真で確認済みだ。写真にはきちんと写っているが、それを誰に見せてもビルがあると言うだけで、黒い生物は見えていない様だ。

「十二支……あれが?」

 喫茶店から出てきてどう動くのか観察していると、今日初めて見る少女と仲睦まじく会話している。

 西に移動する二人を、八百メートル程遠くから尾行する。

 二人は三百メートル程歩くと一度止まり、少年が少女を背負うとそのまま歩いていく。

 そのまま《やまむら》に入っていく。

「服……本当に……十二支なのか?」

 もう少し観察をした後、接触に図ることにする。


 ***


「ど、どうですか?」

「うん、悪くない」

 ただいま俺とユイ、正確には影が、ユイにオシャレをさせ、既にファッションショー中になっていた。

「次はフリルのミニスカでいってみよう」

「いや、主、白のワンピが我的には……」

「影の癖に分かってないなー。いいか? ワンピには条件とか場面とか、キャラクターによって存在感が変わるの?」

「それくらい分かっていますよ! 巨乳のキャラがワンピを着ているのをみて、主が溜息を着くのをみている中、我は溜息どころか発狂したいくらい腹立たしいのですよ!」

「なんだ、わかってるじゃないか。ならば何故ここで白ワンピなんだ?」

「黒髪ミドル」

「うん」

「おっきくも小さくもない胸」

「──なっ……」

「む……これは!」

「そして、低身長!」

「影! 店内の白ワンピを全てピックアップしろ!」

「黒髪ロングもいいが、ミドルにはミドルのいい所があるのを主が一番知っている」

「じゃ、ユイ待ってて」

 そう伝え服を取りに行く。

 かれこれ一時間試着を繰り返し、結局ユイの部屋着は決定してからは、ユイは完全に俺と影の動いて喋るお着替え人形と化していた。

 女の子の服の所に置いてある白のワンピースを見つけると、試着室の所へ持っていく。

「あ、ありがとうございます……。では、着替えるので覗いてないでくださいよ」

先程から十回以上の試着を繰り返しているが、毎回覗かない様にと言ってくる。

「小娘、主は覗くという思考は持ってはいるが、実行することはほぼない。安心しろ」

「そういわれても」

 微妙な顔をしそういうと、試着室のカーテンを閉める。

「ソーヘー、今何時ですか?」

 そういわれ周囲を見回すが時計らしき物がないので、携帯電話を取り出す。

 そこに表示された時刻はPM3:23。想像以上にお人形さんで遊びすぎた。

「想像以上にお人形さんで遊びすぎた」

「影、俺の心の声を代弁するな」

「残念ながら影である我には排泄の機関は備わりはしていても、使う場面はないのだ」

「その大便じゃない」

 俺は素早く突っ込みを入れると、ユイに時間を伝えるべく顔を上げる。

「今は三時二十三分……」

 言いながら同時にカーテンが開く。

「あ、ありがとうございます……どうですか?」

「最高だよ」

「そうですか」

「もう少し恥ずかしがった方が萌えるぞ?」

「それは、いいです……」


 それから色々な服を着せていたら一時間程たっていて、既に外は薄暗くなり、イルミネーションのLEDの光がちらちらと見えた。

「そろそろ帰りましょうか」

「そうだな」

 影と話し合い数着、服を買ってあげユイは部屋着を購入した。

「いるな」

 一度入り口の方に行ったが紙人形がずっと監視している人間は、俺達が店から出るのを待っているようだ。

「ユイ、透明化」

「了解」

 ユイが透明化を発動させると出入口へ近ずく。タイミング良く、新しい客が店へ入店する。

「行くぞー」

「袋が結構重い」

「寄こせ……」

 俺は袋を受け取ると、センサーに反応しないので自動ドアが閉まり出す。

「急げ!」

「ああー」

 ユイが危うい所で扉を抜ける。

「ふぅ……」

「冷や冷やさせるなよ」

「すみません」

 そうやって家路に向かう。


 ***


 スマートフォンに文字を打ち込み送信する。

『こっちは今帰り。準備は?』

 こっそりとソーヘーの誕生日パーティーの計画をしている皆へ、メールを送るとすぐに帰ってくる。

『料理もうすぐ完成』

『飾り付け完成』

『気をつけて』

 向こうは順調に進んでいるようで、メールの文面からは心配する必要はなさそうだ。

『じゃあ計画通りに実行するように』

 そう送ると『了解』と頼もしい返信が帰ってくる。


 数分歩くと、足が悲鳴を上げ、限界だと訴えて来る。

「……ソーヘー、一度休憩をしましょう」

「またか? ……ほれ、おんぶ」

 そういい屈むソーヘーの背中は、半年前の華奢な体とは比べ物にならない程、逞しく筋肉がついている。

「ありがとうございます」

「今回は素直だな」

「もう、いいんですよ」

 正直、ソーヘーに背負われた時の感覚、というかなんというか──はとても心地が良くて気持ちよかった。すごく、安心して……落ち着けた。

「そんなことより急ぎましょう。ゲームのイベントのドロップアイテムをゲットしたいのですよ」

「分かったよ」

「ソーヘーも一緒にどうです?」

「いや、俺はちょいとやることが……」

「あ、影さんと」

「そそ、今日は島に行ってちょいと本気でやり合ってくる」

「本気?」

「本気で。能力も操作技も本気でぶつけ合う。ナイフは届いてる?」

「えっと、多分、転送されていると思います」

「なら後で取りいくよ」

 そういい暗い路地裏に差し掛かる。

「あれ? ここ」

「実はこんな近道があるのだ」

 そう言った瞬間、少し重力がなくなったような気がして目を閉じる。

 目眩の様な感覚を一瞬味わい、目を開けると、そこにはいつもの家の入り口があった。

「なんちゃって」

「はあ、全く何やってるのですか? やる時はそう言ってください」

「ごめんごめん、じゃ、帰るぞ」

 そう言って、ソーヘーが少し屈むと腕を解き着地する。

「それじゃあ帰りましょう」

 そういい背中に背負ったリュックサックに手を伸ばす。

 中から《アレ》を取り出す。

「ただい……ま」

「おかえりソーヘー」

 ソーヘーが入って行った家には拳銃を構える人が三人。

「え、おい、ノブとリョーが銃の扱い、下手なの知ってるぞ?」

「この至近距離で?」

「う……ゆ、ユイ」

「すみませんね」

 そういい拳銃を私も構える。セーフティーを外しトリガーに指をかける。

「お、おい」

「じゃあ、皆、いこうか」

 それを合図に引き金を、ソーヘーの頭より少し高い位置へ向けて引き絞る。

 パン! と銃声と比べると可愛らしい、弱々しい音を立て、銃口から紙吹雪が飛び出す。

「え?」

「「「誕生日おめでとう!」」」

 そう、今日十一月三〇日はソーヘーの誕生日。

 実をいうとソーヘーの祖母という女性が、家をなぜが突き止め訪問して来て「繰平の誕生日を祝ってあげて欲しい」と言ってきた。更に言うと、金銭面の補助もしてくださりメイは感謝のあまり何故か土下座していた。

「え、なんで誕生日知ってるの?」

「オレのバイト先でおばあちゃんにあった」

「まじか」

 そんなこんなでソーヘーの誕生日パーティーは幕をあげた。


 ***


 観察対象を見逃した。恐らく透明化を使われたのだろう。

「今日はこの辺で切り上げよう」

《クイーン》を取り出すと、鎌の青年の空中浮遊を使わせて貰う。

 能力を把握出来ているのは、鎌の青年と刀の少年だけだ。

 刀の少年は《瞬間移動》と《空気の壁》や《黒い玉》を使う。考えようによっては能力を複数持つか、私のように他人の能力を把握、真似をするの可能性もある。

 ビルの間へ着地すると、接触をいつするか考える必要がありそうだ。

 だが、奴らの情報が少ないことには変わりない。

 次は距離を少し詰めよう。そうすれば多少変わるかもしれない。

 私はそう決意すると移動を開始した。


     6


 それから三時間、仲間というより家族に近いと言える存在の皆と楽しく話し合い、食事を取った。

 今日はこれにて解散、ということで部屋に戻ると、鞘に収められた火柱を手に取る。

 柄を右手で握ると、刀を鞘から引き抜く。窓から入ってくる月光に照らされ、美しい銀色に輝く。角度によっては金色にも見える。

 俺は刀を鞘に収めると、一度置きスーツを着用。ポーチ等の確認をし、グロックの入ったホルスターを背中に付ける。グロックを抜くとコッキングレバーを引き、トリガーを絞ればいつでも撃てる様にする。

 置いておいた火柱の柄を握る。

「影、行くぞ」

『本日は本気で行きますからね』

 そう言い合い瞬間移動を発動。


 短い目眩の様な感覚を味わうと、目の前には異様な光景が広がる。

 半壊、全壊したビル群。亀裂の入ったアスファルト。土と埃の匂いが立ち込めていて、誰もいない。正確には俺しかいない。

 灯りもなく誰もいないせいで、辺りはとても静かだ。

 空を見上げれば、月や星の類は存在する。だが、生憎、本日は曇りの為それらの物は見れない。

「山とか空の好きな主は、ここが少し嫌ですか?」

 そういい俺の影が立体化し、俺の従僕人形が出来る。

「いや、こういう埃臭いのも嫌いじゃない」

「それでおじい様の書斎に、よく篭っていたのですか」

「じいちゃんの書斎を埃臭いとか言うなよ」

 だが実際、床にまで置かれた本には、埃が被っている物もあった。それでも年に一度、手入れはしてはいたのでそこまで汚くもない。

「私もおじい様を見てみたかった」

「じいちゃんの持ってる本、どれも面白かったし、多分好きだったんだよな」

 俺が産まれる少し前に死んでしまった祖父の部屋は、たまに祖母の家に行った時には必ず、書斎に篭っていた。母も父も読書はそこまで好きでは無かったが、俺の本好きは母方の父親の遺伝であろう。

 それから俺と影は、別々の方向へ歩いていく。

「では、これが最後ですね」

 そういうとユイに頼んでおいた灯りが灯される。

「今までみたいな抑圧はなしだ。ユイにも話はしているから、俺がなんかあったら連絡をするから死ななければ問題ない」

「それでは……」

 その影の合図で刀を構える。

 数秒の沈黙。腰を落とし、刀は地面と水平になるように構える。

 両足に力を込め踏み出すと同時に影も飛び出す。

 能力、《超筋力》に《筋肉強化》の操作技を上乗せ。一気に切り上げるとそれに刀が衝突し、オレンジ色の火花が輝く。

「──くっ」

「ふっ!」

 衝突し、跳ね返った勢いで回転、切り降ろし。それを影は後ろに飛び避ける。

 一気に接近し刀を振り下ろす。

 凄まじい衝撃音、次に衝撃波と共に鍔迫り合いになる。鈍色の刃と漆黒の影の刃がギチギチと音を鳴らす。

「──くっ」

「押しますね、主」

「余計な口は閉じておけ。舌噛むぞ!」

 そういい刀を流し、影の腹に膝で蹴りつける。

「──ぐふっ」

 鈍い音とともに影が嗚咽を漏らす。

 十メートル程飛ばされた所に着地すると、一際灯りが強くなる。

「《スパーク》」

 影の刃には稲妻が走り、周囲を照らしている。

「《蒼炎(そうえん)》」

 刀に力を送る。熱を炎に、炎を膨張させ抑える。炎に込める力の量を高くして炎の火力を変えないことで、密度が高い蒼い炎が輝く。

 刃を纏う炎は蒼く、爛々と輝く。

「──シッ!」

「──らあっ!」

 一気に跳躍し十メートル程の距離を詰めると、左からの水平切り。

 それを影は切り下ろしで弾くと、炎と稲妻がぶつかり合う。

 右に流されると稲妻が閃き、切り下ろし。

 間一髪の所で避け、懐へ入って刀を切り上げる。

 途端、影の姿が消える。

 その場から前へ五メートル程飛ぶと、刀を構える。

 さっきまでいた所に、影が上空から凄まじい速度で落ちてきた。

「いつまでも逃げてては、我は倒せない」

 そういい体を沈ませると、刀を右手だけで持つ。

「笑わせるな」

 俺は刀を右手で構える。右足を引き腰を落とす。今まで戦って来た中で、一番戦いやすい体位だ。

 一気に接近してきた影に《防壁》を発動。

 影が空気の壁に激突する。

「──ぐっ」

 が衝撃に耐えかねた防壁は、ヒビが入り四散する。

「嘘ぉ」

「主ぃ! 面白いことしますねー?」

 そういい口角を上げると、夜の闇にも負けない黒い炎が刀から迸る。

「《黒炎(こくえん)》!」

《蒼炎》の炎の密度は、《黒炎》より遥かに劣る。

 それを受ける為には……。

 俺は刀へ送る力を更に込める。蒼い炎は爆発するように燃え上がると、両足に力を込める。

 襲い掛かってくる影の刀を右手の刀で切りつける。

 黒い炎と蒼い炎がぶつかり合い混ざる。それと同時に凄まじい圧力が右腕に掛かる。

 圧力に耐えかねた左足がもつれる。

「あーるじぃー!チェックメイトですね」

 ──チェックメイト……か。

 負けるのが嫌だった俺はどうにかして逃げ続け、ステイルメイトまで持ち込み、引き分けにさせたことが一度だけあった。

 ──ここで、負ける訳には。

 思考回路を超高速で働かせ、一瞬で左腰のポーチに手を突っ込む。開けるのも惜しみ手を突っ込んでしまったので、中から試験管と手榴弾が少し零れ落ちる。

 そのうちの試験管を三本取り出すと投げつける。

「これでステイルメイトだ」

「クソがっ」

 途端、ピキッ! という音と同時に大爆発が起こり、視界が輝く。

 既の所で瞬間移動で避けた俺は、腰を抜かして地面に座っていた。

「──大丈夫かな……?」

 直後、風が巻き起こり土煙が四方に去っていく。

「なっ……」

「大丈夫? 我くらいですかね? あれでこの傷で済むのは」

 そういい、影の垂れ下がる右腕と頭から、真っ赤な血が流れ出る。

「では、続きと行きますか」

「──っ」

 俺は咄嗟に刀を構える。

 が、その時には影は俺の目の前に来ていた。

「──ッッ!」

「遅い!」

 そう言うと俺の腹に衝撃、そして足が浮き、飛ばされる。

「──ガハッ!」

「まだですよ!」

 そういい跳躍すると、一秒足らずで接近し刀を振りかぶる。

 ──迎撃しないと。

 俺は必死で刀を構え《足場》を発動。影の刀を刀で受けると同時に、足場を蹴り、数メートル距離をとる。

 体が落下の感覚を味わうが、それも直ぐに影の突進で終わる。

 足場を発動し右へと飛ぶと、足場を地面にほぼ垂直に発動する。

 突進してきた影は、一瞬前まで俺のいた所に足場を作り、いま俺のいる方向に体を向ける。

 ──対応が速い。

「──セッ!」

「──シッ!」

 俺はそのまま地面と水平に飛ぶと、足場を作りその上を渡る。

 後ろを見ると、影が垂直に足場を作り、今にも突進して来ようとしている。

 ずん、という音と同時に凄まじい勢いでこっちまで飛んで来る。足場にしていた防壁は砕け散り、光の粒となっていった。

 俺は振り返ると、刀を逆手に持ち、腰を落とす。パンチの勢いを全て空気に当てる。そして瞬間的な風を吹き起こす《突風》。その風に刀の炎を全て乗せる。

「《炎の弾丸(フレイムブレッド)》ッッッ!!」

「ちっ、《三重防壁》」

 防壁に風が直撃すると、熱と圧力で押し潰す。

 風と炎が防壁を破り、風が通り抜けて行く。

 影なら後ろに瞬間移動、その後に俺と同じ技をするだろう。

 俺は一歩前に進みながら後ろを向く。これだとどちらかと言うと後ろに下がっているようにも見えるが、それはこの際どうでもいい。

「《爆炎の弾丸(バーニングブレット)》ッッッ!!」

 黒炎を風で飛ばす。黒い奔流が襲い掛かってくる。俺は足場に刀を突き刺し、蒼炎を消す。

「咲け《氷蓮(ひょうか)》」

 力を冷気に変化。一辺一メートル程の正方形の足場は一気に凍りつき、たちまち氷の(はな)が咲き誇る。黒の奔流が衝突すると、いくつかの花は砕け散り、空気中にキラキラと舞っていく。たが黒の奔流は勢いを無くしていき、消えていく。

 俺の元へはそよ風が吹き、それを合図に刀を構える。

「主ぃ、いい技を考えましたねー」

 これから真似物が出てきた時、《纏い》が出来るのなら、その対応を考えなければ行けなかった。《炎の弾丸》や《爆炎の弾丸》を防壁で抑えることは困難だと思った。

 だから《纏い》の攻撃は《纏い》で受ける、という結論に至った訳である。

 勿論、思考の共有をしている影はそのことを知っている筈だが、今まで実戦でやったことはないので想定外だったのだろう。

 影は腰を落とすと再度の突進。纏いは解除されている。俺の刀は現在進行形で冷気の纏いを行っている。

 ──分があるのは俺の方。

 このまま《氷蓮》の氷を増やすと恐らく《黒炎》で切られる。

 ──だから、こちらから仕掛ける方がいい筈。

 俺は刀を構え、腰を落とす。一歩踏み込み、重心移動と、体全身の力を刀に込め、刀を振り上げる。

 刀が衝突すると、影の刃の衝突部分は凍てつく。そのまま次の攻撃を仕掛ける。

 刃が衝突すると、その部分はまたも凍りつき、刀に付着していた氷が粒子となり空気中を舞う。

「《紅蓮》!」

 そして影の刀からはオレンジ色の炎が立ち上る。

 再度の《氷蓮》の発動。それと同時に影の刀の炎は火力を上げる。

「《蓮火(れんか)》!」

 炎の(はな)と氷の(はな)がぶつかり合う。力の密度は《紅蓮》よりも高いが、技のぶつかり合いは押し合いとなっている。

「──くっ!」

「──ぐおぉ」

 咲いては散り、散っては咲いてを繰り返している中、俺は腕を凍らせる。肩まで到達すると脇を通り、右足を凍らせる。右半身が全て凍るとそのまま足場を凍らせる。

「《氷蓮》!」

 影の両足は空中にある中、氷漬けにされ、(はな)が咲く。

「──グッ」

 蕾は花弁となり、(つた)が足に絡まり凍りつく。そうして下半身を氷漬けにされた影は、刀を氷漬けの下半身に突き刺す。

 紅い鮮血が氷に落ちる。そして刀からは炎が燃え上がる。

「主ぃ!」

 半分以上の氷が溶けると刀を抜く。

 氷の蔦が崩れ、影は足場を発動し着地する。

 傷口から血が飛び出す。

 一歩踏み込むと刀を振り上げる。振り下ろすことは目に見えていた。

 俺は刀を受ける為に、頭の上で刀を横に構える。

 凄まじい速度で振り下ろされる刀を受ける為、両手両足に力を込める。

 だが、刀に圧力はかからなかった。

 振り下ろされた刀は、俺の刀には当たらず振り下ろした状態から接近してくる。

「《虎斬り》」

 佐々木小次郎の秘剣《燕返し》の元となった《虎斬り》。

 ──この局面で使って来るとは……。

 俺は瞬間移動で背後に回る。

「そう来ると思いましたよ!」

 そう叫ぶと同時に、足場を蹴り俺の顔へ、足が吸い込まれる様に延びてくる。

 無論それを避けれる訳もなく、無惨にも直撃し、ビルに直撃する。

「──ぶへっ」

 土煙の中を床を切り、抜け出る。

 前方に広がる窓から飛び降りる。

「《……弾丸》ッッ!!」

 聞こえて来たと同時に凄まじい風圧。そして汗も滲むような熱。恐らく《炎の弾丸》だろう。

 ビルのさっきまでいた所が崩れる。

 足場に着地、両足で踏ん張ると超筋力と筋肉強化を発動、一気に跳躍。

 防壁は砕け散り、一気に接近した俺は下からの切り上げをする。

 間一髪のところで刀を受け止められる。だが、流石にその圧力には耐えかね、後ろにふらつく。

 ──今がチャンス。

 そう感じ刀を構える。

「《スパーク》ッッ!!」

 冷気を電気へ変更。電圧と電流を上げる。電気による熱を感じながら一気に接近する。

「させるか」

 するとそこにナイフがいくつか出てくる。瞬間移動で服の中のナイフを取り出したのか。

 するとナイフは全て俺の方へ向き、突き刺さる。

 三本弾いたが一本、左足に突き刺さる。同時に背筋を走り頭へ痛みの信号が届く。

 が、ここで負ける訳にはいけない。俺は右手の刀を切り上げる。

 吸い込まれる様に影の右肘に当たる。《強化》で切れ味をあげてるので、少しの手応えと共に腕を切り落とすと胴へと刀が入る。そのまま斜めに一薙。影の体が右の肩から左の脇腹まで分断させられる。

 地面に落落下し、仰向けに分断された身体は動こうともしない。

「我の……負けですね」

 そのまま影は俺の足元へ消えていった。

「はぁ、はぁ……勝った……」

 そのまま地面に腰を下ろす。力を消費した以上に、自分と同じ強さの奴と戦ったのだ。精神的にも疲弊している。

『主、お疲れ様です。今回は我の負けです。さっさと帰って、透明化の娘に看病して貰ってはどうですか?』

 左足にある傷口がヅキヅキと痛む。力の操作技の《治癒(ちゆ)》で治せないことはないが、恐らく力が枯渇して先に倒れるだろう。

「ユイ? 起きてる?」

『は、はいっ! 大丈夫です』

 何があったか知らないが、慌ててでっかい声を出すので少し驚いた。

「転送頼む」

『あ、はい、ただいま』

「後投薬」

『了解です』

 ポーチから瞬間移動装置のキューブを取り出すと、設定を操作、瞬間移動出来るようにする。

 鞘を瞬間移動し手元に持ってくると、装置の中へ入る。

『転送しますよ』

 そして浮遊感、次に目眩のような感覚を味わい、目を開けるとそこにはユイがいた。

「少し無茶し過ぎです」

「す、すみません」

「わかっていればいいんです」

 そういうと注射針を俺の肌に刺すと、中に入っている液体を流し込む。

「はい、気をつけてください」

 そういい、ドローンを操作しに行ってしまったユイに感謝の言葉を伝えつつ、地下から一階へ上がっていく。

 ユイとの絡みがあっても影が出てこないのは、恐らく今日の戦闘で力が枯渇しているためだろう。

「まぁ、そっちの方が楽だけど」

 そう呟くと部屋に入った。

 傷口は塞がっていたので、そのままスーツを脱ぎ風呂へ直行した。


 あの後、風呂で寝落ちした俺は、朝になって警報が鳴り響くと、浴槽の中で飛び起き、急いでスーツを着ようとしたら、ナイフの穴が空いていてスペアを急いで引っ張り出したり、刀が探しても見つからず結局ユイの部屋にあったりと、てんやわんやでノブ達と到着が同時だったという、仕事が全くなっていなかった。

 だが、その後はノブを上回る討伐数で二位になると、食事を食べ、入浴、皿洗いも、風呂掃除もノブがやることになったので気分が少しよかった。

 十二月に入った初日のスタートは冷たいお風呂で飛び起きるという、あまり嬉しくないものだったが、それでも討伐等に関しては上手くいっていた。


 そして十二月六日。物達が出たと、いつも通り都会のど真ん中に瞬間移動すると、そこにはいつもとは違う光景が広がっていた。

「誰だ? お前」

 男、黒のスーツ、髪の毛は短く切りそろえられて整った顔立ちなのも分かる。髪型といいスーツといい、何だかサラリーマンのようだ。

「…………」

「えっと……」

「お兄さん、ここは危ないんだけど……」

 そこでノブが、割って入ってくれて助かった。正直、初対面の他人と話すのは苦手だ。

「取り敢えずここじゃない所に移動して欲しいな」

「《十二支》が、なんの真似だ? 偽善者か?」

 彼の口からは《十二支》そして《偽善者》と出た。確かに俺達のしていることは、偽善かもしれないが《十二支》とはなんだろう。普通に考えれば正月のあの十二支だろう。

「まあいい、移動を先にしよう」

 そして目眩がし目を瞑る。

 少しの浮遊感と少しのだるさを味わうと、そこはいつもの見慣れた島だった。

「少し話をしようか」

 男はそういうとその場に腰を下ろした。

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