思い出の終わりと初めての────
「こんなのを聞くのはアレだけど……受験、どうだったんだ?」
彼の口から、木島くんの口からそんな言葉が出てきた。まるで確認を取るかのような、そんな感じだった。
「志望校……不合格だった……頑張ったのに………」
私は力なく、そんな言葉を発した。彼は何も言わずに、唯々聞いてくれた。
「………おかしいよね…私達、一緒に頑張って勉強したのに………アハハ……運が無かったのかな……」
自分の声が段々と、震えて行くのがわかる。私はそれを押し殺そうと、必死になった。
どうしてこんなことをしたのかは、今になってもわからない。
多分この時の私は、強がっていただけだと思う。
しばらくすると、彼が口を開いた。
「じゃあ質問するぞ。海堂は自分から運が悪いって言ってるのに、何で泣いてるんだ?」
そう言われてから、私は目元を手で拭った。
右手の手の甲には、水滴がその場所で拭き取られたような痕があった。
………………泣いていたのだ。
「ち、違うよ……これは……涙なんかじゃ……」
「嘘つくな。目から出る透明な液体なんか、涙以外ありえるかよ」
木島くんにそう言われた。私は、何も言い返せなくなってしまった。
彼の言っている通りなのだ。
私は今、泣いている。
悲しくて泣いているのか、悔しくて泣いているのか、わからなくなっているのだ。
私は口を開いた。
自分の中に溜まった思いを、全て吐き出すかの様に。
「……………悔しいよ……貴方に一生懸命教えて貰ったのに、貴方が勉強できる時間を冴えて教えて貰ったのに………私が今まで頑張ったことが、砂のお城みたいに簡単に崩れた…貴方が教えてくれたことを、全部踏みにじっちゃった………悔しいよ………自分自身も、貴方も、全部裏切ったみたいで……」
私は、震え声で、涙を流しながら、自分が思っていた事を、吐き出した。
ほんとうは言いたくなかった。でも、もう心が限界を迎えていた。
モヤモヤとした、嫌な気持ちを溜め込んで起きたくないと思った。
だから、言ったのだ。
だから、口に出したのだ。
自分の考えを、限界を迎えていた自分の心を、彼に知ってもらうために。
理不尽で、一方的で、自分勝手な事だと、今思い返せば、そう考えてしまう。
私はまた、口を開いた。
気持ちを吐き出すために、また口を開く。
「私って馬鹿だね……頑張ったのに…頑張って貰ったのに…それが全部水の泡だよ……頑張らない方が良かったかも……こうなることがわかってたなら、努力してもこんな結果になるなら、頑張らない方が良かった………」
自然と、ネガティブ思考になっていく。明らかに思ってもいない事を発言したと気付いたのは、この状態が落ち着いてからだった。
「………海堂────」
「慰めの言葉なんて要らないよ!私が悪いんだ!全部私が悪いの!自分の努力も、貴方の努力も全部、全部全部踏みにじった!そんな人物にかける慰めの言葉なんてあるの!?」
私は彼の言葉を遮る様に、その言葉を発した。いや、発していたというより───
吠えていたという表現が正しいと思う。
涙を流しながら、私は吠えた。自分に向けた矛先を、関係の無い木島くんに向けていた。
誰もが、怒るだろう。
自分は関係無いのに、ただ教えただけなのに、吠えられてしまったら、何も言えないだろう。
でも木島くんは、彼は、そんな私に「バ〜〜〜カ」と言うと、私の額にデコピンを入れた。ペチンという音が聞こえた途端、額にちょっとした痛みが走った。
私は痛みが走った額を手で押さえた。そして彼も、デコピンをした右の中指を押さえて悶絶いた。
「な、なんで………こんな事するの?………ふざけてるの!?」
吠えた。こんな暴言を吐く私を止めてくれたのに、感謝の言葉も言わずに、また吠えた。
「だーかーら、お前こそふざけるんじゃねーよ。何が踏みにじっただ。何が自分が悪いだ。何が頑張らない方が良かっただ。お前は、頑張ったんだろう?でも、この結果だったんだ。頑張ったから、運が悪かったとでも思えば良いじゃねーか。何でもかんでも否定すんじゃねーよ。勉強していた時のお前は、どんな結末になるかも分からなかったんだ。受かるかもしれない、もしくは落ちるかもしれない。そんな中で、あの時のお前は、自分が入りたかった高校に入るために努力したんだろ」
彼が言っている事が、説教の様に聞こえた。
親が子供に叱る時の様に、正論だけを並べて、自分を正当化させて、子供を強引に分からせようとする。
そんな説教の様だった。
でもそれは、その時思った事だった。
「なんで………なんで貴方にそんなこと言われないといけないの!?貴方は私の何がわかるの!?努力しても報われなかった人の気持ちの、何がわかるっていうのよ!!」
「じゃあ質問だ。あの時頑張っていたお前に、海堂佳奈に、『努力しても報われない』って言えるのか?」
息が止まった様に思えた。言葉が出ないのだ。
そんなの言葉を、あの時の自分に言えるのか。
言えるわけがない。
「言えないだろう?言えるわけないだろう?そういうもんだ。俺だって言えねーよ。努力しても無駄だーって、言えるわけねーよ。お前は心の何処かで、あの時頑張っていた自分を否定したくないって、思ってんだ。だからさ、自分を責めなくて良いだろ?」
その言葉を聞いて、私は目を見開いた。
どうして、彼はここまで私に優しく接してくれるんだろう………
それに、と呟いてから、彼は続けて言った。
「正直な事言うと、俺ももうちょっと上手く教えれたらなぁって思ってたんだ………だから、次はもっと教えてやるよ。だからお前も、もっと勉強してくれ。心配すんな、俺が最後まで、海堂が俺に高校に受かったと言うまで、何度でも一緒に勉強するし、教えるよ。振り返っても変わらねーぞ。過去の失敗を、今後に活かそうぜ」
木島くんはニッと笑うと、私に向けて右手の親指をグッと上に突き上げた。
その時、私の中の『何か』が、
音を立てて切れた。
その直後、溜まり込んでいた様々な感情が、目から涙となって溢れ出してきた。
嬉しかった。私のことを最後まで見てくれると言ってくれた彼が、優しく見えた。
私は涙を流しながら、何度も何度も目を手の甲で拭い、そして、微笑んだ。
そして言った。
「頑張る。最後まで、絶対に諦めずに……」と。
すると木島くんも微笑んで、じゃあまずは休憩をするところからだな。と言い、彼の自室を出て行った。
その後、私は木島くんに勉強を教えてもらいながら、頑張って勉強した。
諦めずに、最後の最後まで、頑張った。
その結果、私は二番目に志望していた公立高校入試に、見事合格した。
その時と同時に、木島くんに対する、私の恋心が芽生えた。
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「あー………そんな事もあったな………」
大浴場の中で、体を洗うところのイスに座っている木島くんは、まるで思い返すかの様に、そんな言葉を呟いた。
彼は全裸ではあるが、腰の所にタオルを乗せていて、見えない様になっていた。
私もイスに座っている状態で、大きなタオルを体の前を覆う様にして乗せている。
「だから、アレは私の助けになったの。あの時は全部、諦めかけてたから………」
「まぁ、無理も無いよな………でもそれで、諦めない心の大切さがよーくわかったよな」
そう言うと彼は、ニッと笑ってそう言った。
あの時と同じ様な笑顔で。
「ええ。だからこういう事をするチャンスも出来て、オマケに、覚悟も出来たので」
私はそう言うと、木島くんに飛びかかる様にして、イスから離れた。
時間が、ゆっくり流れていく様に感じる。
足が、太もも、腰、腕、体の順番に近づいていく。
豊満な胸が、タオル越しで彼の胸に当たる。
そして顔が近付いた時に、私は瞳を閉じた。
両手で彼の顎を持つと、そのまま─────
────彼の唇に、口付けをした。




