日本の思い出その2
木島くんとハンバーガーショップに立ち寄ってから5日後。
特色受験まで、あと2日になっていた。
私と彼は、放課後になった後、近くにある図書館に入り、そこで自習をする事にした。
自習と言っても、わからないところがあれば片方が教えると言う感じだった。
木島くんは文系が得意で、私は理数系が得意だ。
ちなみに私達がいる図書館は、私達が住んでいる地域の中で一番大きな図書館だ。
一階の天井は10mほどで、階の地面になっている天井まで届くほど高い本棚が並べてあった。
入り口に入ってすぐのところには10人が横並びで登れる階段があり、本を借りる為のカウンターと、五メートルほどの本棚がズラリと並べられていた。
私達はその空間の中にある丸机の上に教材を乗せ、それを囲うように座って勉強をしていた。
「ねぇ木島くん、これ教えて?」
私はいまだにわからない古文のところを指差した。
「ん?これか?これは────」
木島くんの教え方は、私からすればなかなか上手だと思う。
私がさっきまでわからないことも、直ぐにわかってしまうので、少しだけ恐怖を感じてしまう。
「あ、海堂。このグラフのやつわからないから教えてくれないか?」
「これ?木島くんってコレ苦手なんだぁ……うん、良いよ。これはここをこうして───」
こんな風に、苦手な教科で分からないところを、お互いに教え合い、閉館時間である19時まで勉強を続けた。
その日の帰り道、木島くんが「腹減ったからちょっとコンビニ寄ってくる」と言ってコンビニに行ったので、私一人で帰ることになった。
いつも二人で帰っている帰り道が、一人になってしまうと、少しだけ寂しいように感じてしまう。
そんなことを考えながら、木島くんとの待ち合わせ場所にしている橋を渡り始めると、後ろから「あ、海堂さん」と言う声が聞こえてきた。
振り返ると私と同じ制服を着た背が小さい子が立っていた。
髪の毛はフワフワとした髪にウェーブがかかったショートボブの栗色だった。
「木島くんの妹だよね?たしか………」
「木島 夏奈利です。でもどうして海堂さんはナナの名前を結構忘れるんですか?私は覚えてるのに」
私はあ、あはは…と苦笑いを浮かべてごまかすことにした。
夏奈利ちゃんは木島くんの妹で、今年の春に私達と同じ中学校に入学した一年生だ。
「そ、そういえば夏奈利ちゃんは今の時間までどこに行ってたの?」
私は少し気になっていたことを彼女に聞いてみた。
「私ですか?えっと……ちょっと友達と一緒にカラオケで………」
「カラオケ?こんな時間まで?」
「は、はい。私の友達の親がカラオケ店を営んでいるので、19時まで遊べるんですよ。お母さんには言ったんですけど、兄さんには言ってなくて………このことは内緒にしておいてくれませんか?」
「え?なんで?」
「その………兄さんは私のことを心配しすぎているので…」
「だから言わないで欲しいってことか………」
「は、はい。ですから──」
「もう聞かれちゃってるよ」
夏奈利ちゃんは「え?」と声を出してゆっくりと振り返ると、右手に小さなコンビニ袋を下げた木島くんが立っていた。
「えっと………あの………」
彼女は涙目になりながら苦笑いを浮かべていた。
それを見た彼はため息を一つ出すと、
「そう言うことは兄にもちゃんと言えよ」と、素っ気ない言葉を放った後、夏奈利ちゃんの頭を撫でると、私の方へ向かってきた。
「海堂、ナナには偶然会ったのか?」
「え?あ、うん。帰ってる最中に向こうから声を掛けてきて………」
私はそう告げると、彼は「くそ…計画台無しじゃねぇか………」と、溜息を吐きながら言った。
「えっと………兄さん、計画って何?」
「計画?そんなの決まってるだろ。今日はお前の誕生日だろ?」
あ、なるほどー。それのことかぁ。妹思いなんだなぁ……と、私は一人でに理解した。
ちなみに夏奈利ちゃんは少しだけ困惑していた。
「えっと……本当なの?」
「本当だ。兄は嘘つかねーぞ」
木島くんはそう言うとコンビニの袋の中をゴソゴソとあさった後、中から苺のショートケーキを取り出して、夏奈利ちゃんに渡した。
「外で言うのはアレだけど、誕生日おめでと。今年で13歳だな」
木島くんはそう告げると、自分の妹にニッと笑いかけた。
彼女はしばらく受け取ったショートケーキを眺めた後、小さな声でボソボソと言った後、奥にある橋の向こうまで走って行った。
それを眺めながら、私は独り言を口の中で呟いた。
「木島くんって、自分の子供にもこんな感じのサプライズするかも………」
「ん?海堂、お前なんか言った─────」
「言ってないよ」
「いや、完全に言って─────」
「言ってない」
私はそう告げると、彼を放って少し駆け足で橋を渡ろうとした。
その出来事は今でも、懸命に覚えている。
************************
特色の高校受験を受けて5日後、合格発表の日がやって来た。
学校の制服である学ランを着た俺は受験を受けた学校の校門をくぐると、右のほうに簡易的に作られた大きな看板が、白い布が上から被せられていた。
アレが多分合格者が載っている掲示板のようなものだろう。
合格発表の時間まで後3分。もうそろそろだろう。
時間になると、白い布が学校の教員によって剥がされる。
その掲示板に近づき、自分の受験番号があるかを確認する。
番号を順番に見ていると、見事自分の番号が載っていた。合格だ。
俺はそれを見た後、学校を出た。
制服の採寸や学校道具の購入は後日なので、もうここにいなくてもいいだろう。
それと後から聞いた話によると、その日の内に採寸をしたり、重量書類を受け取る学校もあるらしい。
道路の歩道を歩いていると、スマホに電話がかかって来た。
画面見ると、知っている電話番号だった。夏奈利は学校だし、父と母は仕事中なので、電話相手はおそらく海堂だろう。
俺は電話に出た。
「………もしもし?」
「うん…どうだった?」
声のトーンが暗い……大体の察しがついた。
「受かってた………そっちは?」
彼女がどうなったのかはわかってる。
だが、今の状態で、慰めの言葉とかをかけても意味が無いのはわかってる。
今出来ることは、彼女がどうなったかだ。
「私は…………落ちちゃった……」
やはりだと思った。
あの声のトーンで、受かったと言えるはずがないと思う。
「…そうか……………」
返すことができる言葉は、それだけだった。
「うん………それと、時間空いてるかな?」
海堂がいきなりこんな質問をしてきた。
あまりにも唐突すぎたので、理解するのに少し時間がかかった。
「……あぁ、この後の予定は無いけど……」
予定は特になかったので、そう返事すると、彼女は「そっか………」と言った後、続けてこう言った。
「……話せる?」
何を話したいのかはわからないが、俺は「話せるぞ」と返事をすると、電話はプツリと切れた。おそらく学校か、待ち合わせ場所の橋だろう。
そう思いながら、俺は徒歩でその橋に向かった。
待ち合わせ場所の橋には、落ち込んだ顔をした海堂が橋の歩道に立っていた。
彼女にかける言葉を選ばなければ、とんでも無いことになるだろう。
段々と近づいていくと彼女がこちらに気づき、俺の方まで駆け足で来た。
彼女は俺の前で立ち止まると、精一杯の笑みを浮かべて俺に言ってきた。
「合格おめでとう」
その笑みはどこか寂しく、どこか悔しく、どこか────悲しかった。
そしてこの時の俺は、何を思ったのか、こんな事を口に出してしまった。
今考えてみれば、多分その時は、海堂に何か言いたかったのだろうと思う。
「ありがとう………それと、話したいことがあるんだ。俺の家に来てくれ」
海堂は「えっ?」と言う返事をしかけた。
だが俺は彼女が返事をする前に、彼女の腕を掴み、自宅まで連れて行った。
俺の家には、父と母と妹と俺を合わせた、四人家族で住んでいる。
しばらく道路を歩くと、自分の家が見えてきた。庭があり、二階建てというシンプルな作りの家だ。
玄関を開けると、目の前に人二人が通れそうな廊下と、二階に続く階段があった。
廊下の奥には横開きのドアになっていて、その向こう側にはリビングがある。
左にはドアが二つほどあり、手前にある片ドアはトイレ、横開きのドアは脱衣所と洗面所が合わさっていて、その部屋の中にあるもう一つの部屋の中が浴室だ。
玄関を開ける音を聞いたのか、リビングの方からドタドタと足音が聞こえてくる。多分妹だろう。
奥のドアがガラガラと音を立てて開かれると、ブカブカの長シャツに毛布のような布っぽいズボンを履いている夏奈利が走ってきた。
「兄さん、結果どうだった───って、どうして兄さんが夏奈利さんを連れて来てるの!?」
「気にするな。取り敢えず俺の部屋に連れて行く。部屋ん中勝手に入んなよ」
俺がそう言うと、夏奈利は「え?あ、うん……」と言う返事をしたが、それ以上深追いはしなかった。
というよりそっちの方が、安心できた。
俺は二階の廊下を歩き、海堂の腕を持ち、引き寄せながら自分の部屋に入った。
ドアから見た右奥の壁には、ベッドの後ろがこちらを向けて置かれていて、部屋の中心の地面には、カーペットがあり、その上に小さな四脚の丸机が置かれていた。
荷物を地面に起き、彼女がカーペットの上に座ると同時に俺も座った。
そして俺は、話を切り出した。
「こんなのを聞くのはアレだけど……受験、どうだったんだ?」




