日本の思い出
一年前、ある少年と少女は、目の前にある高校受験と言う一つの大きな壁を超えようとしていた。
二人は別々の高校に入学しようとしていたが、受験をする日はお互いに早かった。
理由は二人が受ける高校が特色高校であり、その高校の受験日が早いからだ。
県内私学や県外私学の方が早いが、県立の中では特色の方が早いのである。
少年──木島黒柳は朝早くに起き、学校の規定服である黒の学ランを着た後、家を出て、ある場所へ向けて歩き出す。
少女──海堂佳奈は朝に起きるが、木島より少々遅い時間に起きる。肩まで伸びた己の髪の毛をくしで整えた後、ブレザーを着て、服装を整えずに慌てて家を飛び出す。
学校では無く、ある場所へ向けて。
それが彼らが三年間続けてきた平日の朝の始まり方だった。
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俺は小走りで、いつもの集合場所へ向かっていた。
俺たちが言う集会場所というのは、学校に続く橋の事だ。
あたりにはちょっとした高い建物が並んでいて、川を流れる水の側にある河川敷が緑の川の様にあった。
いつも通り見慣れている光景の中で、いつも通り、アイツはこの橋に居なかった。
アイツのことだ、いつも通りの寝坊だろう。
後3分ぐらいしたら、彼女はここに到着するだろう。
そう考えながら、右腕につけてある父親から貰った腕時計を見た。
時計のベルトの皮はボロボロだが、まだまだ使えるだろう、と考えていると後ろから足音が聞こえてきた。
振り返ると、アイツ────海堂佳奈がこの橋に向けて走っていた。
彼女は長くて黒い髪は整えてあるが、制服のブレザーはボタンを止めていなかった。
この服装からしてわかる。今日も時間ギリギリにきたんだろう。
早く来る様にといつも言ってるんだがな……まぁ、海堂らしいからいいだろう。
彼女は俺に近づいてくると、「お、お待たせ…」と息を荒く吐きながら言ってきた。
彼女は今日も、いつも通り元気だ。
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シャツを慌ててきた後にブレザーに腕を通し、鞄を手で掴むと靴を慌てて履いて、玄関から表へ飛び出す。
ブレザーの片方の袖に腕を通しながら、目的地に向けて走る。
走っていると、周りの建物などの景色が流れて行く。
後少し走れば、彼──木島くんが橋にいるだろう。
走ってから少し時間が経つと、見慣れた橋と見慣れた人影が見えてきた。
走るペースをほんの少しだけ上げる。
私は彼の近くまで近づくと、「お、お待たせ…」と、息を荒く吐きながら、いつも通りの挨拶をした。
その場で立ち止まり、呼吸を整えて始める。
「お待たせじゃないだろ。いつも通りのおはようはどうしたんだ?」
木島くんは私に心配するようにそう言った。
今はその言葉も返せる余裕がない。
私は息を整え、右耳に掛かった髪を耳の後ろに退かしてから、彼に挨拶をした。
「お、おはよう……」
「おう。じゃ、早いとこ学校行こうぜ。時間もちょっとやべーしさ」
彼はそう言うと同時に、自分の鞄を肩に掛けて駆け出した。
「え?ちょ、ストップストップ!なんでいきなり走り出すの!?」
私も慌てて彼の後を追い、走り出す。
でもさっき走ったのが原因で、余り速く走れなかった。
それに気づいてくれた彼は、私の右手を掴んで、再び駆け出した。
いつもはこんな事はしないのに、今日はやけに彼が優しいと感じた。
掴んでくれた手を見ていると、心臓の鼓動が速くなり、少しだけ体が熱くなってしまう。
この時は、「走ったから」という理由にしていたが、実際は違うかったみたいだ。
……これが片思いだと気づいたのは、少し後のことだった。
私は手を引かれながら、学校まで連れて行かれた。
受験シーズン真っ只中の学校の授業は、前の用に、教科書とノートで受けるものではなかった。
受験対策用のテスト用紙が渡されて、その授業の中で自分で答え合わせをして終わる。
それがほぼ毎授業続いた。
それから給食や5、6時間目の授業が終了して掃除の時間。
私と木島くんは同じクラスだけど、班は別なので、それぞれ別々の掃除場所で掃除をするのだけど………彼はいつも掃除をサボって私に話しかけてくる。
そして今日も、彼は1階の掃除場からわざわざ私がいる3階の教室までやってきた。
「で、どうだったんだ?6時間目の数学の特訓テスト。まぁ俺はサボってたけどな」
「どうして木島くんはそんなことを堂々と言えるの………後ここ、貴方の掃除場じゃないでしょ」
「そうだけどさー………まぁ良いんじゃね?バレてねぇしな」
「またそういうこと言うから、先生にバレちゃうんでしょ。フラグ立てない方がいいわよ」
「フラグなんか立ててねーよ。そもそも立てる気なんてねぇしさ」
木島くんはそう言いながら、手に持つ箒に体重をかけて、杖の代わりにしていた。
この行動は、彼の小学生からのちょっとした癖だったりする。
「でもそんな事より、受験、大丈夫なの?」
私は彼の姿を見ながらそう質問した。
「ん?俺の高校は普通に大丈夫だぞ?」
「そうじゃなくて服装。上履きの踵踏んじゃってるし、大丈夫なの?」
「受験の時に直してたら大丈夫じゃね?」
「またそんな軽はずみな……」
私は呆れたように溜息を吐いた。
それと同時に、
「あ、海堂。後ろに先生居るぞ?」
「ひぃえ!?」
木島くんがいきなりそう言ったので、私はとんでもない声を出して驚いた。
それを眺めていた彼は笑い転げていた。
「ちょ、ちょっと木島くん!!今のはなんなの!?」
「ッハハハ……海堂、マジで引っかかりやがった……ヤベェ腹いてぇ……」
からかわれてしまったので、少しだけイラッと来てしまったが、今は押さえておこうと思った。
と、私のクラスの担任である男性の先生が彼の後ろに立って、睨みつけていた。
「あ、あの………後ろ………」
私はガタガタと震えながら木島くんにそう訴えた。
「ん?なんだやり返しに来たのか?残念だけど俺はその嘘には引っかからないぞ?」
「木島、残念だが嘘じゃないんだ」
彼はその声を聞いた途端、ビクッと肩を震わせて、いきなり後ろを振り向いた。
先生はニッコリと黒笑を浮かべると、
「放課後、先生とじっくり話そう」
と言い放って、一階の職員室へと向かっていった。
「え?あ、ちょっとまって!!誤解なんですって!!これには深い訳があってですね!!」
木島くんは担任の先生にそう訴えながら大慌てで下の階へ降りて行く担任の後を追った。
馬鹿な子のように見えるけど、それが木島くんらしかった。
それを眺めていた面白くなっており、私はクスッと笑った。
自分の頬が、少しだけ赤くなっているのも知らずに。
木島くんが先生に怒らた放課後。
私達は学校帰りにハンバーガーショップに立ち寄った。
私はポテトのSとドリンクのM、中身はオレンジジュースのものを盆に乗せて席に着いた。
木島くんはポテトと炭酸飲料が入ったドリンクが共にLで、小腹が空いているのか、ハンバーガーが一つ乗った盆を机の上に置いていた。
ちなみに私達は小さい四角の机に向かい合って座っている。
木島くんが座っている後方には壁と合わさった長い椅子と机が置かれていて、その椅子の奥には外が見える窓が設けられていた。
私達がいる席の周りには会社帰りに立ち寄ったような人や、友達と一緒にワイワイ話し合っている女子高生など様々だった。
「ハァ………あの担任ほんとにふざけてやがる……」
木島くんはそう言いながらポテトとの入った箱に指を入れて、ポテトをつまみ、口の中に運んで行く。
彼はポテトを食べながら、学校でのちょっとした愚痴を吐き出し始めた。
私はオレンジジュースを飲みながら、彼の愚痴を聞いた。
そんな愚痴を聞いているといきなり彼は話題を変えてきた。
「そういえばお前って、あまりハンバーガーとか食べないんだな。腹減ってないのか?」
「え?お腹は空いてるよ。でもご飯は家で食べた方が美味しいでしょ?さらに他人の目を気にせずに沢山食べれるし──」
「おい、お前それ人前ですごいこと言ってるぞ?」
彼が私の話を割り切ってその言葉を発した。
そう言われてから、私は自分が口にした言葉を振り返ってみて、とても恥ずかしくなり、顔が茹で上がってしまう。
このことは私の女友達にも言っていないし、さらには木島くんにも言ってない。
私は慌てながらその場で思いついた言葉でごまかそうとした。
「ま、まぁ色々あるから突っ込まないでよ。あ、アハハハ……」
私は取り敢えず苦笑いをして、その場を乗り切る事にした。
ハンバーガーショップからの帰り。
私達は二人で歩道を横に並んで歩いていた。
私達が寄ったところは学校に近いところだったので、帰りは距離が少し遠くなってしまう。
そのため、家に着く時間が必然的に遅くなってしまう。
家に帰れば、お母さんに帰りが遅れた理由を聞かれるだろうなぁ、と考えながら歩いていると、いきなり木島くんが声を掛けてきた。
「受験、あと一週間だな」
「………そうだね」
特色高校の受験まであと一週間。
私は様々な感情が入り混じっていたせいで、そんな返事しか言えなかった。




