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水の都の浴室にて

俺は海堂という女性から発せられた言葉に、少々驚いていた。

まさか俺のことを好んでいた異性がいるとは、思いもしなかったからだ。


「フフ…その表情、まさか意外だったんでしょうか?でも、これは本当の事ですよ」


「誰でも驚くだろ……俺からすれば、異性に好きな人物はいないって勝手に決めつけていたからな」


自虐しているかもしれないが、俺は実際にそう考えていた。

女とつるんでも、何の意味も無い。

そんなことを勝手に思い込んでいたからだと思う。


「それで、何で風呂に入ってきたんだ?自分の体を使って誘っているのか?」


俺は皮肉混じりに、海堂 佳奈に質問した。


「もし誘うのであれば、もっと過激な衣装であなたの部屋に入るのが効果的だと私は思います。そうではなく、偶々私が風呂に入った時にこうなってしまったのですから。運が悪かっただけでしょう」


正論だ。誘っている訳では無いということは、ただ運が悪かったという理由で済んでしまうな。

海堂 佳奈は、風呂場に置いてある椅子にすり、シャワーの栓を回し、湯を浴び始めた。

彼女の体を覆っていたバスタオルは水分を含み始めると、徐々に肌に密着していく。

しばらくもすればバスタオルは濡れ、彼女の体のラインが見えるほどに張り付いていた。

それを見ていた俺は、一つの疑問が浮かび上がったので、質問することにした。


「何故風呂に入らないんだ?シャワーを浴びるのなら、シャワールームの方が効率が良いと思うが?」


「体や頭を洗うため。あなたはもう洗ったのかしら?」


「いいや、まだだ。少し体が冷えていたのでね、浸かっていただけだ」


俺はそう言うと、湯船から立ち上がり、洗面台が置いてある場所にたどり着くと、風呂場の椅子に座り、シャワーを浴びて体を濡らした。

体を洗う時、いつも俺は体を湯で濡らしてから洗っているが、果たしてあっているのだろうか……

と、いきなり横から話しかけられた。


「すいません。背中、洗って欲しいのですが?」


海堂がこちらに顔を向けて言った。

ちなみに彼女との距離はイス二つ分離れている。


「背中に手が届かないのか?」


「はい、手が届くのなら、こうは言いませんのでね」

と、海堂は微笑みながらそう答えた。

彼女の言っていることは全て理にかなっている。

文句も何一つない。


「そうだな……じゃあ俺は、お前の背中を石鹸の泡がついたタオルで洗えばいいんだよな?」


「そういうことです。さ、早く洗ってください」


「………わかってるよ…」


俺はイスから立ち上がると、海堂の後ろにイスを置き、そこに座った。

一目で、この背中が女性の背中だと感じてしまう。

男性のような広い、力強い肩幅ではなく、狭く、力があまり無いように見えるような背中だった。

横から力を加えれば折れてしまう……そんな感じがした。

背中の肩甲骨や背骨、腰にある尻の線が少しばかりか、性欲を騒ぎ立てる。

全く、皮肉なものだ。

俺はその気はないのに、体の方は反応してしまう。

変な気分………と言えばいいだろうか。

まぁ、背中を洗ってればそんなものは忘れるだろうと思い、手に持ったタオルに泡をつけ、海堂の背中を洗い始める。

手を上下に動かすたびに泡は出てきて、背中を隠していく。


「手………大きいんですね」


彼女は背中を洗われながらその言葉を発した。

布ごしなのに何故手の大きさがわかるのかは知らないが、気にしないでおこう。


「指が長いからな。多分ここに来るまでで、手の大きさで負けた事はないと思うぞ」


その会話が終わった後、自然と沈黙が続いた。

聞こえてくる音といえば、布が肌を優しく擦る音と、水滴がタイルに落ちた時の音くらいだろう。

俺は少し気になった事を、海堂に聞くことにした。


「そういえば、一つ気になったことがあったな……」


「………何ですか?」


「お前は俺に片思いしてるって言ってたんだよな?………俺が何かしたのか?」


そう質問した。

正直な事を言うと、彼女に何をしたのか全く覚えてない。

もしかしたら人違いかもしれない……と言う可能性もあるからだ。

彼女はしばらくの間、何も答えなかった。


「………気に触るような事を言ってしまったか?」


何も答えなかったので、こちらから話しかけた。

少しの沈黙があった後、海堂は口を開いた。


「………あなたは何も覚えていないんですね…」


その言い方に、少しだけ引っかかった。

いつものような小馬鹿にしているような言い方ではなく、何か悲しく、泣き出しそうな子供のような声だった。

海堂は自分の体をシャワーで洗い流した後、ここから急いで立ち去ろうとした。

その時、排水口に流れていなかった泡に足を滑らせ、そのまま転ける体制になっていた。

すぐさま体が反応した。

左手を頭の後ろに手を回し、右手を腰の後ろに、抱きかかえるような体制で地面に落ちた。

右手と左手に痛みが走ったが、問題は無いだろう。


「また…ですか…」


いきなり海堂が口を開けた。

また……?


「ホント不思議ですよね……二回も助けられるなんて考えてなかったですよ」


彼女は苦笑しながら、そう言った。

訳がわからない。どう言う事なんだ?


「おい、一体どう言う事なんだよ?」


「どうして忘れたの!!あなたが言ってくれた言葉で………私は、頑張れたのに……」


海堂は声を荒げてそう言った。

怒った時のような吠える感じではなく、悲痛で叫んでいる、と言った感じだろう。

助けてくれた………と彼女は言うが、俺の記憶にはそんなものは何も無かった。


「すまん……一体どう言う事なんだ?俺はお前を助けた覚えは何も無いんだけど……」


そう言った途端、彼女の目が見開かれた。


「ほんとに……忘れたんですか?」


忘れている……と言うより、覚えていない。

だから─────


「ああ……多分だけどな…だから、教えてくれないか?俺が何をしたのかを」


だから、聞いてみたくなった。

その時に俺が何をしたのか、気になってしまったのだから。

それを言ってから少しした後、海堂は口を開いた。


「………わかりました。でもその前に…退いてくれませんか?」


そう言われてから初めて、今の状態を理解した。

完全に俺が襲っているような体制になっているのだ。


「あ、済まん。すぐ退けるよ……」


俺はそう言うと起き上がり、海堂から少し距離を取った。

彼女は少しの間、顔を赤くして恥ずかしがっていたが、収まった後に、口を開き始めた。

俺が何をしたのかを、教えてくれるために。

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