水の都
パン作りがあった翌日の朝。
太陽は白く輝いていたので、多分午前9時くらいだろう。
俺たちが乗っている船は、ある目的地に近づいていた。
水の都、『イトチニク』
この国の中で有名なものの内の一つが、この街の中にある。
それは温泉だ。
温泉の都でも知られているこの街に、俺たちは来ていた。
だがこれは、俺が行きたいと言ったわけではない。
オクルスが行きたいと言っていたので、向かっただけである。
けど、俺も行きたくないとは思ってなかったし、観光名所の場所に行くのも悪くないからな。
さて、どうなっているんだか……
舟が街の上空に行く前に、俺たちは地上に降り、その街に向かった。
舟は大丈夫なのかと聞いたてみると、どうやら安全な所がこの街にあると言う。
ちなみに今の自分は人の姿だ。
この街は人が多い。
その姿で行くのは、流石に自殺行為だからな。
舟から降りた場所がかなり遠くだったので、その街に着くまでだいぶと時間が掛かった、
しばらく歩くと、木で作られた門が建てられていた。
その門の上には、木の板で書かれた文字があったが、何が書かれているのか俺には分からなかった。
「オクルス、あの門に書かれているのはなんなんだ?」
「あら、文字は読めないのですか?」
「あいにくな。この世界で勉強は全くしていないのでね」
そう言うと、オクルスはクスクスと笑いながら。
「勉強していた方が、後々役に立ちますわよ?」
「………そのようだな…」
全くその通りだ。
勉強は必要無いって、授業を受けている時につくづく思ってたけど、異世界に来たら、勉強した方が良いと、身を以て知らされる。
仮に日本に戻れるとしたら、一から勉強でもするか。
「で、なんと書かれているんだ?」
俺が再度質問すると、彼女は看板を見上げた。
「『水の都、イトチニクへようこそ』と書かれていますね。有名な街の入り口でよく見られる文です」
「よく見られる?典型的な文ということか?」
「まぁ、それに近いでしょうね」
オクルスはそう言い終えると、「さ、中に入りましょう」と言い、門を潜っていった。
俺はそれについていくかのように、彼女の後を追った。
しばらくの間、街の中を歩いていた。
地面は砂ではあるが、ちゃんと整備されており、街の中心には大きな池があり、その中に噴水が建てられてあった。
池の水は四方向に分かれており、一本は山まで続いていて、残りの3本は街の川の中を流れていた。
石で作られている民家が、かなり良い雰囲気を出していた。
その中に、木を柱にした大きな建物が見えてきた。
他の家の壁は石なのに、この家の壁は白色でだったので。かなり目立つ建物だった。
オクルスはその白い建物の入り口まで向かうと、扉を開けた。
………と言うより、横開きのドアだったのでスライドさせたという表現が合うと思う。
………開けるの方があってるな。
まぁ、今はそんなことはどうでも良いな。
扉の先は広い空間だった。
地面は磨かれた石で出来ていて、空間の所々には木で作られた椅子や机などが置いてあった。
右には受付用のカウンターのようなものがあり、カウンターを超えたところに、左右に通路が引かれていた。
かなり綺麗なエントランスだと思えた。
「いらっしゃい………ってなんだ、オクルスか……って、アンタ…なんで目が見えてるんだい?」
と言う声が、カウンターから聞こえてきた。
声がした方を見ると、赤い髪にポニーテールをして、スポーツブラジャーに半袖の上着を着た女性がいた。
明らかに泊まる場所で働く人の格好ではない気が………
「ええ、色々とありまして、見えるようになりました」
「へぇー……凄いもんだね…でもコレって、自分一人で治したい訳じゃないんでしょ?誰に治して貰ったんだい?」
と、カウンターの向こう側にいる女性が、オクルスに質問をした。
「もちろん。一人でできるようならば、もうとっくに目は治っています。治してくれたのは、隣のこの方です」
と言い、俺の方に向いた。
自己紹介しろと言うことか………
「初めまして。俺はマグナ。マグナ・モルス・ルーナーティクスと言います」
「お、人間か……アンタが彼女の目を治したのかい?でも、見たところ杖とかは無いね……」
「杖は要らないんですよ、俺は人間では無いのでね」
俺はそう言うと、自分の右手を黒い炎で包み、スケルトンの手にして、カウンターにいる女性に見せた。
「まぁ、こういう事です。一応俺はアンデット────」
俺が喋っているのを遮るかのように、目の前の女性は俺のワイシャツの襟首を掴み、引き寄せてきた。
その手は木で出来ていて、その根元には女性の右手があった。
恐らく木を扱う魔法使いなのだろう。
「……一体どういうつもりなんだ?」
俺が質問すると、女性は俺を睨みつけながら言った。
「どうしてこの子を助けた?何か企んでるのか?」
「企む意味はないだろう?俺はただ目が見えない彼女を助けただけだがな……そんなこともわからないのか?」
「……言ってくれるじゃんか…今からでも首を絞め上げても良いんだよ?」
などと睨み合っていると、オクルスがいきなり割り込んできた。
「そんなのはどうでも良いです。彼は私を助けてくれました。その事実は絶対に変わりません」
オクルスはカウンターにいる女性に向けてそう言った。
しばらくして、目の前の女性は溜息を吐いた後、微笑みながらオクルス言った。
「わかった……オクルスを信じるよ」
そう言い終えた後、表情を変えて俺の方に向いた。
「マグナ、一応アンタは歓迎しておく。でも何かしたらその時は容赦しないわ」
「分かっている、ちゃんとするさ。それと、あなたの名前を聞いていなかったな」
「………メリウス。メリウス・カーティンよ」
「そうか……ではメリウス、少しだけだが宜しく頼む」
俺はそう言うと、右手を差し出した。
「握手は苦手なんだけどね……」
メリウスはそう言うと、俺の右手を握った。
少しして、オクルスが口を開いた。
「話は変わりますが、部屋は用意出来てますか?」
「ん?ああ、ちゃんと用意出来てるよ。じゃあ、舟も移動させとく?」
「ええ、お願いします。では、先に行かせて貰いますね」
「ん、舟のことは任せておきな」
メリウスの返事を聞いた後、オクルスは右の廊下を歩いた。
しばらく歩くと、廊下は右に曲がっており、階段と廊下があった。
俺とオクルスは、その階段を登り、上へ上へと向かって行った。
五、六回ほど階段を登った後、外に面した廊下の右側に障子の扉があった。
どうやらここの階の廊下だけこの作りになっているみたいだ。
「いつも泊まる部屋は、ここですね」
オクルスはそう言うと、障子を横にスライドさせるように開けた。
部屋の中は横に長い畳が45枚程で作られており、真ん中には大きな横長いちゃぶ台が置かれている広い空間だった。
素っ気ない部屋だが、和式みたいな感じを出してるな……
と感心していると、廊下の手すりに狼やら猫やら鳩やらと、二十匹ほどの動物がいた。
その動物たちは、部屋の中へと入って行った。
各々が畳に座ったり立ったりした後、オクルスが手を二回叩いた。
「はい、じゃあ元の姿になりましょう」
と、オクルスが声を出し──────
─────は?
今なんて言ったの?
と、考えた瞬間その質問に答えるかのように、いきなりボンという音と共に、白い煙が舞い上がった。
しばらくすると煙が晴れてきた。
と思っていると、煙の中から出てきたのは獣耳と尻尾や羽を生やした14〜15ほどの年齢の少年少女が全裸で立っていた。
………なにこの天国のようで地獄みたいな光景は?
しばらくすると周りにいた子達が、ワイワイと騒ぎ始めた。
「あ、マグナさん。お久しぶりです。元気でしたか?」
と、猫耳の女の子、クリスが俺に話しかけてきた。
「久しぶりの時間ではないのだが……そちらこそ元気にしていたか?」
「はい!バリバリ元気でしたよ」
クリスはそう言いながら尻尾を左右に振っていた。
俺と話しているのが嬉しいのだろうか…
「それはそうとマグナさん。ここって温泉が名物なんですよね?」
いきなり彼女が話しかけてきた。
「そうらしいな。俺は初めてだから全く知らないがな」
「でもここって、色々と楽しいことができるんですよ?」
「楽しいことか……一体何なんだ?」
「フフン!そんなの決まってるじゃないですか。混浴ですよ、混浴。男性の人が一番喜ぶって言う」
一体誰がこの子にこんな事を教えたのだろう………
などと思っていると、いきなりクリスが俺の左手に抱き付いてきた。
胸はあまり発達していなかったが、小さくてもほのかに感じる柔らかさに一瞬戸惑ってしまう。
「マグナさんは、もちろん私と入りますよねぇ?」
彼女はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて俺に聞いてきた。
この子は放っていたらとんでも無いことになるな……
などと考えていると、いきなり右腕に何かが巻きついてくる感覚があった。
巻きつく……と言うより、抱き付いてきたという表現が似合うと思う。
右のほうを見ると、狼の耳を生やし、毛むくじゃらの尻尾をぶら下げている少女が右腕に抱き付いていた。
髪の色は灰色で、老婆のような雰囲気があるが、それが何故か美しかった。
目の色は透き通った水色だった。
胸はクリスよりも発達していて、物凄い感触が右腕を包み込んでいた。
大きさは多分直径7センチほどだと思う。
……てか何で俺大きさとか分かってんの?
「わ、私も……入りたいです…」
と、恥ずかしそうに頬を染めて言っていた。
すげー可愛い……
って、こんなことしてる場合じゃねぇ!
俺は慌てて己の体をスケルトンに変化させた。
「あ、マグナさん!何でスケルトンになっちゃうんですか!?」
と、クリスは少々怒り気味に言い。
「そ、そうですよ……ダメなんですから……」
と、狼耳の少女は、骨を見て息を荒くして言った。
どっちも無理じゃねぇかどうしたら良いんだよ!!
と、心の中で一人嘆いた。
色んなことがあったが、夜中になった途端、みんな疲れ果てて眠ってしまったらしい。
クリスも寝ているし、狼耳の少女………後で聞いた話だと名前はパトリアらしい。
パトリアも眠っている。
俺は人間の姿になると、この階にある風呂場へと向かった。
脱衣所で衣服を全て脱ぎ、全裸になりスモークの掛かったスライドドアを開け、風呂場へ入る。
タイル張りで作られた地面や壁、上に付けられたでんきゅうが黄色の光を出している。
左右には頭などを洗う場所が設けられており、奥には広い風呂があった。
その場所には大きな窓があり、夜空が良く見えていた。
………綺麗だ。
俺はドアを閉めると、すぐさま風呂に入った。湯が丁度いい温度だったので、体が徐々に温まっていくのを感じる。
しばらく湯で温まっていると、ドアの向こうに人影が現れた。
こんな時間に人影とはおかしいな。
と思っていると、ドアが開かれた。
そこには肩まで掛かった黒髪のロングヘアー、低身長ながらにも少しでも目を引いてしまうような豊満な胸。
だが下半身とその胸は、バスタオルが覆いかぶさっていたため、あまり見えなかったが、シルエットだけでもかなり雰囲気を出していた。
本来ならそこに目がいってもおかしくないが、俺は何故かその女性の顔に目がいっていた。
………………何処かで見た気がする。
その人物はゆったりとした表情で周囲を見回した後、俺を見つけた。
すると目の前の女性はゆっくりと微笑み、俺の方へ歩み寄ってきた。
「お久しぶりね、木島くん……」
目の前の女性は、そう口を開いた。
それを聞いた途端、不意に俺は笑い声を出してしまった。
しばらく笑った後、俺は真剣な眼差しで女性を見た。
名前を知っているんだ、もうあの感じで喋らなくてもいいだろう。
「俺はお前に名前を言った覚えはないんだけどな……俺と何処で知り合ったんだ?」
女性はクスリと笑うと、こう答えた。
「海堂 佳奈。中学三年の時に、あなたに思いを寄せていた少女です」
この時の俺は、まだ何も知らなかった。
後に、男性《俺》は女性《海堂》の初めてを奪うことになり。
それと同時に、男性《俺》は女性《海堂》に初めてを奪われることになる。




