決着と少年の決意
「さっきは散々と俺の体を踏んでくれたな……」
俺とトレイスを睨みつけていた。
「片足を撃ち抜かれていたお前が悪いんだろう?」
トレイスは挑発するように発言した。
「そうかもな……」
灰色をした雲が空を覆い、湿った匂いが鼻に流れ込んで行く。
そろそろ雨が降ってくるんだろう……
「じゃあ始めようぜ、決着つけようじゃねぇか」
トレイスはニタリと笑って言った。
「あぁ、そうだな!!」
俺は大剣を握りしめ、トレイスに向けて駆け出した。
奴も俺に向けて駆け出してきた。
大剣と鉈がぶつかった瞬間、金属がぶつかった時に出る甲高い音と共に、火花が散った。
それを待っていたかのように、雨が降り始めた。
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安藤暁人は、雨が降りつける森林の中を、一人で歩いている。
「雨か………確か雨のシンボルは浄化だったっけ……汚れや悪を取り除くね…果たして黒柳くんは、その悪を取り除くのか、はたまた潰されるのか………気になるな…」
暁人はそう独り言を言うと、後ろを振り返った。
自分が先程まで居た街は見えなくなり、ただ森が広がっていただけだった。
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雨が降りつける音が聞こえる中、金属がぶつかる音が度々聞こえた。
俺とトレイスは何度も何度もお互いの武器をぶつけ合っていた。
途中、トレイスの左手の拳が俺の顔面に入り、少しフラついた。
その隙を逃さなかったトレイスは、右から左へ薙ぎ払うように鉈を振った。
この状態では回避は出来ない……
そう思った俺は自分の大剣を地面に突き刺し、奴の鉈を受け止める。
ガキンという音が聞こえた途端、俺は大剣を土台にして飛び越え、奴の顎を蹴り上げた。
トレイスの体はそれを喰らい、体が少しだけ中に浮く。
俺はその隙を逃さず、大剣を地面から抜き、上から振り下ろす。
それに反応出来なかったトレイスは左上の鎖骨の部分から右下の腹部まで切られる。
俺は振り下ろした勢いを殺さず、両足で体験に振り回されずに立ち止まり、横に薙ぎ払う。
奴の腹筋が切られ、血が吹き出す。
このまま畳み掛ければ勝てる。
だが、トレイスが反撃をしないわけが無い。
奴は鉈を左から右にかけて降る。
俺は少しバックステップをして回避したが、その隙を突かれ、腹部に左のアッパーが入る。
俺の体が少し丸くなる。
その隙にトレイスは俺の腹部をドアを破る時みたいに蹴り、吹き飛ばした。
地面をゴロゴロと転がり、途中で爪を立てるように左手を地面につけ、体の勢いを止める。
左の人差し指と薬指の爪が剥がれ、そこから痛みが響く。
だが、切られるよりもマシだと考え、トレイスに向けて走り出した。
雨は止むことを知らずに降り続けていた。
だんだんと体温が奪われていくのが体感できる。
となれば長い時間戦うのは命取りになる。
体の体温が奪われてしまったら、力が入らなくなり、己の体が思う通りに動かなくなってしまう。
わかりやすい例を挙げるなら、体が動かなくなる。
そんな感じだ。
これが体になってしまえば、非常にまずい。
思う通りの攻撃を与えることができなくなると言うことだ。
俺の足も痛みを徐々に出している。
これは、早く片を付けなければならないな。
俺は体制を立て直して、トレイスに駆け出した。
だが、駆け出している途中で、俺は奴の体を見て少々嫌な予感が過った。
人間のままでは負けてしまうのでは……と。
なぜそんなことを考えてしまうのか………それは奴の体を見ればわかる。
何故ならば、トレイスの体は、俺が先程つけた傷が消えていた。
『自動再生』はかなり厄介だ。
血は戻らないが、体の傷と体力は戻る。
となれば、俺は一方的に体力を奪われていただけと言うことだった。
まるでゾンビと同じだな………
不意にそう思った。
だがそう思ったことで、たったそう考えただけで──────勝機が見えた。
確実に奴に勝てる、勝機が。
俺は、走らせていた足を止めた。
それを見たトレイスはニタリと笑ってこちらに歩み寄ってきた。
「いきなり走るのをやめてどうしたんだ?諦めたのか?」
そうだった………ゾンビは不死身だ。
腕を切ろうと、足を切ろうと、体を銃で撃ち抜こうとしても、こちらに向かってくる。
だが、頭は違う。
たとえ不老不死であろうと、頭と体を切り離されたらどうなる?
確実に、絶命する。
なら、体を切らなくても良かったんだ。
「あぁ…諦めたさ…」
俺は力なく笑いながら言った。
「ど、どうして諦めるんですか!まだ勝機は………」
だが、と俺はユリンが話しているのを割り切っていった。
「勘違いしないで欲しい。俺が諦めたのは、こうやって地道にお前と戦うことだよ!!」
そう言い、トレイスを睨みつけた。
「なんだと………テメェ…」
トレイスは歯を噛み締め、俺を見た。
「叩き付けて、虫みてえに潰してやる!!」
トレイスはそう叫び、俺に向けて鉈を振り下ろした。
俺は大剣を自分の頭の上で剣先を左にして奴の攻撃を防いだ。
その瞬間、俺は大剣から手を離し、右に動いた。
それに驚いたトレイスは、勢いを止めることができずに、鉈を地面に振り下ろす。
鉈が地面に突き刺さったのをみると、俺は鉈を足場にして蹴り、奴の顔に近づいた。
当然、奴は左手で攻撃してくる。
俺は、左腰に直している双剣の一本を抜き、左手の指を全て切断する。
そしてその左手を蹴り、足場として使い、さらに加速させる。
そして顔に近づいた時、俺は右手にある剣をトレイスの右目に突き刺した。
当然奴は、目の痛みで暴れ出そうとする。
俺は左足の太ももに直していたダガーを左手に持ち、鎖骨付近にある右肩の筋にめがけて突き刺す。
そうすれば左手が再生してダガーを抜くまで思う通りに動かなくなる。
そうなればこっちのものだ。
しかし奴は両目が見えない状態で上半身を振り、無理矢理にでも鉈を振り回した。
刃の部分では無いが、鉈に直撃した俺は大声を出して吹き飛ばされた。
間一髪で着地出来たが、足に激痛が走った。
もう持たないのだろう……
だから、ここで終わらせる!
俺は激痛をこらえ、全力で走り出した。
走る道中、地面に落ちていたカタールを拾い上げ、奴の両足にめがけて投げつける。
投げたカタールは、トレイスのスネに突き刺さった。
奴は痛みを堪えながら右目に刺さった剣を抜き、地面に捨てる。
その瞬間に俺は地面に転がっている己の大剣を拾い、近くの石の家の壁の残骸に飛び乗る。
「ちょこちょこと、動くなぁぁぁぁ!!!」
右目が見えるようになったトレイスは俺のいる残骸に向けて鉈を振り下ろした。
俺はしゃがみ込み、足をバネのようにして残骸を蹴り、飛び上がる。
それと同時に、両足にとてつもない激痛が走り、右足は力を無くした。
だが、体は浮いている。
奴に、届く!!!
俺はトレイスの頭の上まで飛び上がった後、大剣を後ろにして構えた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
俺は叫び声を上げて、大剣をトレイスの頭の叩きつける。
骨が折れる音とともに、頭部の肉が頭の中にめり込んでいく。
ブチブチと肉の繊維を切り離し、脳を切る。
そのまま首へ、胴体へ、腰へと行き、背骨と臓器を共に切り、最後に大剣を振り下ろした後、俺は大剣と共に仰向けになるように地面に落ちる。
体全体に痛みが走る。
右足はギザギザに曲がっている。
もう立つことも無理だろう。
俺はトレイスの体を見た。
奴は頭から腰まで、斬りおろした。
文字通り一刀両断というものだ。
少しの間繋がっていたが、肉体が生きていないことに気づいたのか、二つに分かれ、地面に転がった。
なぜ傷口が見えるように倒れているのかは、わからなかった。
「勝てたの………ですか?」
ユリンは杖を支えにしながら、俺に近づいてきた。
「あぁ………勝てた…なんとかな………」
「……………良かった……」
ユリンがそう言った声は、なぜか震えていた。
俺はうつ伏せになるように寝転がり、上半身を起こした。
ユリンは俺を見ると、俺の目の前で崩れるように座った。
俺は腕を伸ばして受け止めようとしたが、体を支えきれずに、地面に倒れた。
俺はユリンを見た。
ユリンは─────泣いていた。
「なんで……泣いてるんだ?そこまで悲しむことがあったのか?」
「悲しんで………ませんよ………」
彼女は目を拭いながら言った。
「じゃあ、なんで?」
本当に疑問に思った。
悲しんでいないのなら、なぜ泣くんだ?
「決まっているじゃ………無いですか…貴方が、私を助けて、そして………生きてくれてるんですよ!」
彼女は目から大粒の涙を流しながら言った。
俺は言葉を失った。
「あなたは………自分の体を、私を助けるために使って……私が不意に言ってしまった、あの言葉も聞いて………ボロボロになってるのに……私を助けて………それでも生きてるんですよ………嬉しいんです……ただただ、嬉しいんです!」
俺のことをそこまで………想っていたとは、考えたことがなかった。
「自分の体を……私のために使うんじゃなくて……もっと、大切にしてくださいよ……」
彼女は泣きながら俺に言った。
「ありがとうな……ユリン。でも、俺はそうしないよ」
「なんで………ですか?なんでなんですか!」
「お前が大事だからだよ」
彼女はえっ?と声を上げた。
「大事だから、大事にしたいから無茶振りをするんだ。ただ、それだけのことだよ」
「ほんとに………あなたは、カッコよくないですよ………」
彼女は涙を拭うと、満面の笑みで言った。
ユリンが俺のことを心配してくれた。
その気持ちは嬉しい。
正直なところ、こんな戦いなんてやりたく無いし、誰かを殺すのも、死ぬのも嫌だ。
たとえそれがモンスターであっても、それは変わらない。
冒険者もやりたく無い。
願うなら、平凡に暮らして、平凡に生きて、そして死んでいきたい。
でも、彼女を傷つけるモンスターや人間は容赦しない。
躊躇わずに殺す。
俺は密かに、あの時の夜に決めていたんだ。
だから、この道を進む。
そう決めたから、俺はユリンのその言葉に返事をすることが出来た。
「……かっこよくなくてもいいよ…」
俺も、その彼女の笑顔に負けずに満面の笑みで返した。
そして、それを待っていたのかのように、降っていた雨は止んでいた。
雲が割れて、所々に光が刺していく。
その中で、俺とユリンは笑いあっていた。
俺は時間を戻せない。
取り返しのつかないことを起こせば、それはそれで終わりだ。
だから、それを起こさせない。
自分で、無理矢理にでも未来を切り開く。
その結末がどうであろうと関係ない。
たとえ俺が死ぬ結末だったとしても、それで彼女が生きていけるのなら、それでいい。




