第四十三話 鬨の声
弓を手にした三郎が、櫓の上に立って何やら指図を出している。
「三郎、何をしているのです」
ヨシが近づいて声をかけると、すぐに返事が返ってきた。
「赤目が攻めてくる」
何のことかと理解できない様子のヨシに畳み掛けるようにつけ加えた。
「赤目の国親じゃ。イダテンも、攻めて来ると申しておった。おかあ――母者は、皆に声をかけ、逃げる支度をしてくれ」
美夜殿の急死の原因が毒であることは間違いないようだ。
おそらく、誰かが鼠を殺すために用意していた毒を、美夜殿が口にしてしまったのだろう。
用意した者も大ごとになり、口にできなくなったのだ。
いかに国親といえど国司様に毒を盛ったりはすまい。
ましてや国司様の邸を襲うような愚かな真似はすまい。
悪知恵が働くからこそ、申し開きのできぬことに手を染めるとは思えなかった。
とは言え、国司様の侍であれば万一を考えておくべきであろう。
「しっかり、おやり」
と、声をかけると、三郎は鼻にしわを寄せ、照れくさそうに微笑んだ。
ミコが笑顔で手を振った。
遅くなったが、夕餉の準備をしてやらなければならない。
三郎が、誰も攻めてこなかったといって腹をすかせて帰ってくるだろう。
今日は、鰯が手に入った。一人に一匹ずつだ。
だが、イダテンが、わが家の団らんに加わることはあるまい。
あれは決意した者の目だ。
かつて義久が家を出たときの目だ。
寂しがるミコのために三郎が一層はしゃいで見せるに違いない。
それにしても急に寒くなって来た。
三郎のためにも温かくておいしい汁を用意してやりたい。
ミコの首に端布を巻き、背を丸め、ひび割れた手に息を吹きかけた。
*
厠から帰ってきて、わが目を疑った。
どこから湧いて出たのだというほどの童どもが、武器庫の前に群がり、中にある物を根こそぎ持ち出そうとしていた。
荷車を持ち込んで盾を積み込む者までいる始末だ。
鍵はかかっていたはずだ。
こんなことで責任を問われたのではたまらない。
「やめろ! 何をしている。糞餓鬼どもが!」
怒鳴りちらし、力ずくで手前の二、三人を引きずり倒したが、童どもは怯むどころかにらみつけてくる。
それどころか、たたみかけるような口上で、次々と責めたててきた。
「兵どもは、なにをぐずぐずしておるのじゃ。宗我部国親が攻めて来るぞ!」
「赤目じゃ、赤目の国親が攻め入るぞ。髭の兼親が先陣を切るぞ。弓を取れ! 矛を持て!」
勢いに押され、差し出された矛を思わず受け取ってしまい、舌打ちする。
「馬鹿を言うな。ここをどこだと思っておるのだ。われらが主は、代々、帝を支え続けてきた摂関家の嫡流ぞ。いかに横紙破りの国親と言えど……」
――最後まで告げることができなかった。
どん、と下腹に響く太鼓の音が、法螺貝の音が。
そして大地を揺るがす鬨の声が上がった。
*