第四十一話 咆哮
――同時に、遠方から法螺貝の音が聞こえてきた。
立ち上がると、黄昏色に染まった吹晴山と長者山の麓から火の手が上がるのが見えた。
茅葺や、木端葺の家は火の粉を浴びると簡単に燃えあがる。
その火は、あっという間に街を飲み込むだろう。
何もかもを奪いつくす火だ。
蓄えた食糧を、衣を、家を、畑を、田を、家族を。そして生きる希望を。
すでに陽は島陰に隠れ、残照があたりを染めていた。
一里も離れた国司の邸内の様子を窺い知ることはできないが、遠目の利くイダテンには見えた。
その邸に向かって、黒い塊が津波のように押し寄せていく様子が。
やるなら夜討ちだろうと決めつけていた。
短慮を悔いた。怒りに震えた。
自分の愚かさに、腸が煮えくり返った。
目の前が真っ赤に染まった。
聞こえるはずのない三郎の声が聞こえる。
ミコの声が聞こえる。
イダテンの名を呼んでいる。
どこからか咆哮が聞こえてきた。
熊でも狼でもない。これまで一度も聞いたことのない獣の咆哮だ。
あたりの枝葉が揺れている。いや、大気が震えているのだ。
薬王寺の石段に立つ衛士が矛を取り落とし、怯えたように辺りを見回していた。
イダテンは、それが自分のあげた声だと気づかなかった。
真紅の髪が逆立った。
耳から音が遠ざかり――そして、消えた。
*




