第二十七話 武士たるもの
「このようにしてはどうでしょう」
邸に戻ると姫が提案した。
「隆家様の元におられる工藤様は、かつて木工助という役職を得たおりに名字を変えられたと聞いています。工藤様に口添えいただければ、名のある工匠のもとで修行できるのではありませんか」
「駄目でしょうな」
忠信の即答に姫が驚きの表情を見せる。
「皆があれほど驚くものが作れてもですか?」
「その才能を目の当たりにした宮大工でさえ、鬼の弟子など持てぬ、と答えるのですから」
世情にうとい姫といえど、忠信の言っていることは理解できたようだ。
それでも、「まあ」と、言いながら姫は眉を寄せ、唇を尖らせた。
ミコの真似だ。たしなめはしたが、これも、忠信が放任してきた結果である。
「では、こうしましょう」
面白いいたずらでも思いついたように姫が目じりを下げ、扇で口元を隠した。
それを見た忠信は、次の言葉を待たずに、「いけません」と答えた。
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ぱちん、ぱちんと音がする。左手に握った扇が音を立てていた。
無意識のうちに開閉していたようだ。
大人気ないと言われても仕方がない。
おそらく苦虫を噛み潰したかのような表情になっているだろう。
螺鈿細工をほどこした漆塗りの豪奢な碁盤に視線を戻す。整地をするまでもない。
黒を譲られたときに、いやな予感はしたのだ。
「わたしの勝ちですね」
姫が満面の笑みを浮かべていた。
「謀りましたな」
「ずるはしておりませんよ」
確かにずるではない。だが、自分の力を隠していた。
「武士である、じいは約束を守ってくれると信じています」
姫の言いたいことはわかる。
世の中には読み書きや算術の出来ない者が大勢いる。
武士でさえ例外ではない。
童たちに、そのような場を作ってやるのは良いことだ。
だが、ささらが姫、自らが教えるとなると話は別だ。
しかも、こたびの提言は、イダテンが独学でも建築を学べるようにということから始まっている。
「持読を探してまいりますゆえ、それからといたしましょう」
「適任の者が決まるまでは、わたしが教える、と言う勝負だったのですよ」
姫に任せるぐらいなら自分がやったほうがましだ。
だが、忠信自身、読み書きができないのだ。
梅ノ井では、童たちを怒らせてしまうだろう、いや、そもそも話を受けさえしないだろう。
姫は、下人の子にも教えようとしているのだから。
「三郎も義久と同様、読み書きはできぬのでしょう?」
「武士たるもの武芸が第一ですからな」
読めねば不便ではあるが、生きていくには困らない。
「たしかに、じいの言うとおりなのでしょう……ただ、近頃では都の警護に、反乱の平定や追討にと、武士の働き場所が増えています。その中で出世するには、素養も必要ではないでしょうか」
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