雨弓
ある日私の息子が旅に出た。暮らしている山を出て海まで行きたいんだそう。ただ、帰ってこれなくなると困るので私は巣で寝ていた知り合いのクモに海まで届く橋を架けてほしいと頼んだ。息子が旅に出ることを知ったクモは張り切った様子で傘(というより笠)を作って渡してくれた。君にピッタリだねと。相変わらずしょうもないことを言う方だが、橋を架けることにかけては(何の洒落でもありませんよ。まだ何もかかっていませんからね。)クモが、というよりクモの子どもが大の得意だ。息子はクモからもらった笠を持ち海を目指して出発した。まだ朝が早い時間だった。
ぼくは旅に出た。旅と言っても海までいくだけだが。目的はこれといってないが、大きく7つの国を通り過ぎていくのだが、それぞれの国に名物があるようで。それを買ってお母さんへのお土産にでもしようかなとは考えている。
一つ目の国の天蠍の国は家を出てすぐだ。最近発展してきてはいるがまだまだ自然が多く山奥である。ここでは確か毎年のように大量のリンゴが取れたはずだ。真っ赤に熟れたあの実は本当においしい。ありきたりだがそれを買って帰ろう。ぼくはそう思い、リンゴを一籠分購入する。今年もおいしそうだけど買いすぎたかな。
そんなことを考えながら二時間ほど歩くと、次の国につく。二つ目の国の天秤の国は、いわゆる法治国家だ。すべて天秤にかけて物事を判断するので、とても平和な国である。ここの名物といえば、やはりかぼちゃ、それもパンプキンだ。この国では毎月の最後の日、31日にハロウィンを開いている。街中には常にジャックオーランタンと化したパンプキンが並び町全体がパンプキンのまぶしいオレンジに染まっている。ぼくはすぐそばにあったお店で小さなパンプキンを10ほど買った。いっぱいあった方が楽しいからね。
また二時間ほどたつ。すると前方に大きな鉱山が見えてくる。処女の国だ。その国名とは裏腹に、ここに暮らすのはほとんどが腕っぷしの強い鉱山夫たちだ。年がら年中鉱石を掘っている。掘ったままの鉱石しかなく、いつもならお土産にしようと思うものがないのだ。しかし歩いていると、酒場で何やら騒ぎが起こっているのに気づく。興味を惹かれてはいってみると、どうやら琥珀が見つかったらしい。綺麗なあめ色をしたそれは何やらわからぬが魅力的で、これをお土産にしようと心に決める。思い切って声をかけたが、これだけ大きい琥珀が見つかることは珍しいことらしく、譲ってはもらえなかった。その代わりと言っては何だが、前に見つかったとても小さな黄色く透き通った琥珀をやろう、とその人はいってくれた。彼のやさしさに感謝し、その国を後にする。やはりこのような人情味あふれる体験も旅ならではだろうとかみしめながら歩を進める。
また二時間経ち、四つ目の国、獅子の国に到着する。と、空の方から何か落ちてくる。見ると雨だ。しかもとても細い、細雨というか、糸雨というか。ぼくはクモさんに仕立ててもらった笠を被り先を急ぐ。獅子の国には隣の国で掘られた鉱石を買って、加工し販売している。よりどりみどりだが、ぼくは、ペリドットという淡い緑色が美しい宝石を選んだ。なぜかというと、獅子の国の石と言えばペリドットだからだ。国毎で大まかに国石というものが定められている。地域によっては同じ国内でも違うが、獅子の国はペリドットが名産だ。
さらに進み、五つ目の国、巨蟹の国につく。まだ雨はやまない。相変わらず糸のように細い雨が降り続いている。この国では雨がよく降るのでアジサイが綺麗に咲いてることが多い。この次の国でも綺麗なことが多いがやはり旬はこちらだろう。一面に咲く真っ青なアジサイのうち大輪の花を頼んで切り取ってもらう。花を気づ付けないように優しくしまい込むと、ぼくはまた歩き始める。そろそろ時間が無くなってきているのだ。
急いで次の国、双児の国に入る。ここもはいってすぐはアジサイがきれいに咲いているが中心に近づいていくと少し落ち着いてくる。川の流れる音が聞こえる。この国は非常にきれいな清流が流れていることで有名な国なのだ。また、もちろんその川を中心に産業が発達していき、現在は染色の一大生産地となっている(布を染める際に付ける糊を落とす行程で十分な水量のある清流が必要なのだ)。街には非常にきれいな反物が並び、見ているだけで心が満たされる。母のために何か買おうと思い、店に入ると、目に飛び込んできたのは綺麗な藍染めの着物。母に似あうだろうと思いその藍色の着物を買う。荷物がかなりいっぱいになってきたが、まだ物を入れる余裕はある。急いで次の国へと足を向ける。
最後の国は金牛の国だ。国名に“金”と冠しているがその実、この国に金きらな要素は何一つない。海に面すこの国では“海ワイン”なるものを生産している。どういうものかと言えば、なんのことはない。ワインを醸造する過程を海底で行うのだ。波の揺れや圧力・温度の維持がとても楽なんだそうで、シーフード料理によく合うワインとして有名なのだ。綺麗な紫色をしたブドウから作られるワインは、とても綺麗な赤みがかった紫色をしている。
最後の母へのお土産を買ったぼくはそのまま海へ出る。しかしそこにあったのはどんよりと灰色に染まった風景だった。
おーい!無事ついたんだね!
クモさんの声がした。
声の方を振り向くとクモさんと、お子さんのアマ一家がいた。橋を架けて下さったんですか?そういいつつもぼくは橋を見つけられずにいた。
ああ。もうほとんどできた。あとは君の力さえあれば完成する。こっちの方を見てくれないか?
クモさんたちに言われるがまま目を向ける。が、何も起こらない。何も起こらないじゃないですか!と文句を言うぼくにクモさんは、笠を取らないと意味がないという。いつの間にか雨は上がっていた。そこで笠を取ってもう一度そちらの方を見てみる。すると────
一つの籠にまとめていたお土産たちがそちらの方に吸い込まれていった。紫色のワインが、藍色の着物が、青色のアジサイが、緑色のペリドットが、黄色の琥珀が、オレンジ色のパンプキンが、赤色のリンゴが。
糸はどうやら透明で、どんどん色に染まっていく。あっという間にそこには七色に染まった糸の橋―――七色の橋が架けられた。リンゴとパンプキンが買いすぎていたらしく少し余る。と、ころころと転がって灰色の空を一瞬にして染めた。綺麗な真っ赤な、それでいてオレンジ色が混ざっている空。海の青によく映えていた。クモさんが言う。この橋を架けるためにはアマクモが必要だが、この景色を作れるのは君だけなんだ。これからは君がお母さんに代わってみんなを照らすんだぞ。言葉が出なかった。お母さんは毎日こんなに綺麗な景色をつくっていたのか。そしてこれからはぼくがこれをつくるのか。感情がこみあげてくるがうまく処理できない。ぼくはただただ海岸線に立っていた。
雲さんが口をはさんだ。もう時間だよ。帰ろう。ぼくは手をひかれるまま橋を渡っていった。ぼくたちが通ると橋は色を失い、地面に落ちた糸を雨雲さんたちが回収していく。橋を建てるために糸を地面に落とさないといけないそうだが、それにしてもひどい目に遭った。でも、そうなるから、雲さんは笠をつくってくれたのだろう。
ずいぶんと遅くに家についた。お母さんにものすごく心配されて怒られた。雲さんが宥めてもおさまりそうにない。お母さんが雷を落とすなんて滅多にないのに……。でも、最後には抱きしめてくれた。やっぱりぼくのお母さんは暖かいなぁ。
いかがでしたか?
お分かりの通り、男の子とお母さんは太陽の事ですね。道中通ってきた国は、天球を分割した際の星座の国です。そして、クモさんは蜘蛛ではなく雲の事ですね。…なんて自分で解説してると恥ずかしいんですが……。楽しんでいただけたなら嬉しいです。