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004話 カムイ

 まず感じたのは眩しさ。

 次に体が落下するような感覚。


 眩しさで閉じていた目を開くと、目の前の景色が変わっていた。エレベータの壁の向こうに広がっていた未知の世界、平原のような場所だ。

 そして体は本当に落下していた。


 俺の位置は、あの魔獣の真上――つまり空中にあった。


 そこから見えたのは今にも魔獣に喰われそうな、つむぎとマコトの恐怖におびえる表情。そして、その魔獣の後頭部。俺は落下するまま、体重を乗せて手に持っていた物を思いきり振り下ろす。


 「それ」は魔獣の後頭部に直撃するとへし折れてしまった。俺は魔獣が動かなくなったのを確認して、折れた木刀を投げ捨てる。

 

 土産物屋で買ったのか、たまたま誰かが持っていた木刀が目に入り、スマホから出た光に呑まれる寸前に思わず手を伸ばした。折れちまったから買って返さねーといけねえが、咄嗟だったから誰のか分からねえ。困ったぜ。


「カムイちゃん!!」

 つむぎ。


「カムイ、来たのか!?」

 マコト……。二人とも無事みてーだな。


「ああ、勘違いするなよ。お前らを助けにきたんじゃねえ」


 こんな事でヒーロー気取りなんてするつもりもないし、友達に「借りができた」とも思ってほしくない。


 そう、俺の怒りの矛先はこの魔獣じゃない。

 女神の方を向く。


「俺は、あの女神をぶん殴りにきたんだ」


 女神の姿はエレベータ内で見た時より、その輪郭がはっきりしているように見える。だが光の集合体のような姿である事に変わりはない。触れられるかどうか分からないが、この痛いほどに握った拳はあの女神に向かって振るわなければ収まりがつかない。


「コイツは『とばっちり』ってやつだな」

 足元に転がる動かなくなった魔獣を見て呟く。


「人間、死ぬ気になりゃあ絶対何とかなるもんだぜ……!」


 荒く息をつきながら言う。腕力とか身体能力には全く自信がないが、こんな化けモンを一発で仕留める事ができるとは、自分でも驚きだ。

 今だったら女神も倒せそうな気がする。


「よし、あのクソ女神を一発ぶん殴って帰るぞ」

「死ぬ気? じゃあ死にますかー?」


 女神の雰囲気が変わった。ぶん殴るだのクソ女神だのと言われて、女神も頭にきたようだ。


「おい待て、アイツもヤバいんじゃないか!? 逃げなきゃ……!」

「逃げる? 俺達は元の世界に帰らなきゃいけねーんだぜ。アイツをぶん殴って言う事聞かしゃ元の世界へ帰れるだろ」


 俺達はアイツによってこの異世界に連れてこられた。なら、その逆もできるはずだ。


「でも……」

「大丈夫だ、アイツには力がない」


 俺はマコトに掴まれた手を振りほどく。


「この世界を救う為に俺らに来てほしい、とか言ってたな。救うなら自分でやりゃいい。力があるならそうするはずだ。俺達みたいな普通の高校生に頼らなきゃいけないほど、アイツは力がないって事だ」


 俺はそう言って女神に向かって歩いていく。女神は顔を伏せ、動かなくなった。その表情は見えないが「力がない」という図星を突かれて観念したか。

 さらに近づくと、その口元だけが見えた。


 その表情は――笑っていた。

 次の瞬間。


「ガフッ!」

 え――? 血――? 何で俺が……血を吐いて……。


 女神が俺を指差したと思ったら、その指が眩く光った。

 膝から崩れ落ちる。胸から溢れ出た血を見て、そこで女神に攻撃されたのだと悟った。

 女神は顔を伏せたまま呟くように口を開いた。


「確かにそう言いました……。この世界の危機を救う為、あなた達に来てほしい――と」


 伏せていた顔を上げる。その顔には狂気にも似た笑みが浮かんでいた。


「でもあれはウソでーす。本当は楽しいからやってるだけでーす。異世界という言葉に釣られて平和ボケした脳ミソのまんま魔獣に喰われていくバカ高校生どもが面白すぎるからやってるだけでーす」


「この、クズヤローが……」


 この女神には力がない――そう思ったのは「世界の危機を救ってほしい」という言葉を信じたからだ。俺も結局、アイツの言う事を鵜呑みにしちまってた……。俺も平和ボケしてたって事か……。考えを改めねーとな……。


「カムイちゃん!!」


 つむぎがこちらに駆け寄ろうとするが、それをマコトが止める。

 そうだ……。マコト、お前がつむぎを守れ……。


「まだ生きてたんですかー? 早く死んでくださーい」


「お前を一発殴らねえと、寝つきが悪くてしょうがねーんだよ……」

 血を吐きながら何とか身を起こそうとする。ちくしょう、どうなってる……体が思い通りに動かねえ……。


 俺は生きる。勿論アイツをぶん殴ってからな。つまらねえ修学旅行の続きやって、家に帰って、そんで寝る。

 何とか膝をついたが、そこでまた血を吐きだす。


「アナタは……どうしてそんなに生きようとするんですか?」


 なおも立ち上がろうとする俺を、女神は不思議そうに眺めていた。

 生きようとする、理由……? んなモンいっぱいありすぎるだろ。


 図書館から本借りっぱなしだし、ゲームの予約してるし、修学旅行の間に録画しといたテレビ番組も溜まってる。


 あ、なんか今すげー腹減ってきた。そういや、スカイタワーに行く途中で見た、たい焼き……美味そうだったな。


 妹から土産も頼まれてたっけ。買って帰らねーと怒るぞアイツ……。

 いつからだろうな、昔はあんなにおとなしかったのに。

 

 昔の記憶が頭に浮かんでくる。

 これは走馬灯なんかじゃねえ。ただ思い出してるだけだ。


「あなたが生きようとするのは、私を殴る為ですか? 私に一矢報いる為に?」

 女神がなおも問いかける。

 俺は最後の力で立ち上がった。


 うぬぼれんじゃねえ、テメエなんざ理由にならねえよ。

 俺が生きてえ理由は……。


「今、無性にたい焼き食いてえからだよ!!」


 女神へ返す答えなんて何でもよかった。

 俺は、自分が死ぬ事を認めたくなかった。

 自分の命を、諦めたくなかった――。


「そうですか……」

 女神は笑みを浮かべたまま、冷酷に呟いた。


「……さようなら」


 ドン!


 女神の指先が光り、衝撃が再び俺の胸を貫いた。

 

 最後に聞こえてきたのは、つむぎの悲痛な叫び声だった――。



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