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003話 決断

 俺や他のクラスメイトはエレベータの中で取り残されたように佇むしかなかった。するとそこに、声が聞こえてきた。


「ここが異世界……すごい!」

「空気が違う!」


 声のする方を見れば、エレベータの壁の向こうに広がる世界――そこにみんなの姿があった。異世界に来る事ができて感動しているようだ。

 その中で、別の事に感動してるヤツが一人。


「ガラケーの俺でも来れた! ガラケーすげえ!」


 見ればガラケーが向こうの世界へ行っている。自分のガラケーを握りしめ、誇らしげに眺めている。よく行けたな、ガラケーで。

 他のみんなの手にも携帯が握られていた。携帯から出た光に包まれて異世界へ運ばれたものの、その携帯自体も持ち主の手に収まったままのようだ。


「ようこそ、異世界へ!」 


 気付けば女神はエレベータの中から忽然と姿を消していた。異世界のクラスメイトの前で両手を広げている。


「まだエレベータの中にいる人も、来たければおっしゃってくださーい」

 

 そして向こうの世界からこちらに話しかけてくる。

 そういえば、最初に女神は「異世界から語りかけている」と言っていた。エレベータで俺達が目にしたのは幻や分身のようなものだったのかもしれない。今の女神はその時よりも、身体を形作っている光が濃く見える。


 するとそこで――。

 女神が何かの気配に気づいたようだ。


「おや、さっそく『選ばれし者』の力が試される時が来ましたよー」

 選ばれし者――今、異世界へ行った者達も含め、女神は俺達の事をそう呼んだ。


「魔獣が来まーす」


 魔獣。その恐ろしげな言葉に、クラスメイト達の間に緊張が走った。

 そして女神の指差す方向、茂みの中からゆっくりと現れたのは――。


「犬だ」

「犬ね」

「犬だな」


 皆が口々に犬だと呟いた生物。俺にも犬にしか見えない。

 白地の毛に耳の先や足先などに青い毛が混ざっているが、どう見ても犬だった。大きさは中型犬ほどで顔はチワワっぽい。


「犬じゃありませーん。あれが魔獣でーす」


「魔獣だって。かわいいー」

「かわいい」と言いながら、その言い方は棒読みだ。異世界に来て初めて見た動物がどう見ても犬にしか見えず、その新鮮味のなさにガッカリしている。


「おおっ! すげー! 魔獣さん、ちわーっす!」


 だがガラケーのテンションは高い。ガラケーが犬……もとい魔獣に興奮した様子で走り寄る。ガラケーを向けて、どう見ても言葉が通じないように思えるその生物に話しかける。


「写真一枚いいっすか?」

 どうやらガラケーで写真を撮るようだ。

 そして、魔獣の目の前でシャッターのボタンを押そうとしたその時――。


 魔獣が口を開いた。

 すると魔獣の頭がバキバキという音を立てながら、その大きさを何倍にも膨れ上がらせていく。愛らしかった顔も凶悪なものへと変貌する。顔が変化する一瞬、大きな黒い瞳を持つ顔がまるで髑髏のように見えた。

 ついには人の身長を越えるほどの巨大な頭となり、口に鋭い牙を持つまさに魔獣というべき姿を現した。


 次の瞬間――。

 ガラケーの上半身が消えた。

 魔獣はその巨大な口で、携帯を持った腕ごとガラケーの上半身を呑み込んだのだ。


 一瞬の出来事に、皆声を上げる事すらできなかった。

 静寂の中、バリバリと骨を噛み砕く音だけがその場に響く。


 ドチャッ!


 そして残った下半身が地面に倒れ――魔獣の口から、粉々に噛み砕かれた金属の部品が血だまりに吐き出された。

 口から大量の血をこぼしながら、魔獣は他の者に目を向ける。


 そこで皆が一斉に悲鳴を上げた。


「魔獣の中には外見を変化させて人間を油断させるものもいまーす。それぐらい見破ってくださーい」


 女神はこの光景を見ても、先ほどまでと何ら変わらず顔に笑みを浮かべている。しかし、その笑みは今「嘲笑」のようにも「愉快」という風にも見えた。


「ガラケー!!」

「早速一人死んじゃいましたねー」


 ガラケーが……死んだ? ウソだ――!

 

 アイツは……クラスで唯一のガラケーだった。

 いつもガラケーの良さを力説してた。

 そんなガラケーは修学旅行終わったらスマホに変えるって言ってた。

 

 あのガラケーが……。死んだ――!?


「ウソだろ……? そうだ! 死んだらゲームのリセットみたいに、こっちの世界に帰ってくるとか……」


 しかし、待ってもガラケーは戻ってこない。

 そしてその間も、逃げ惑う者を魔獣が追いかけ、一人、また一人とその牙の餌食になっていく。


「異世界だって現実なんですよー。勿論『死』は『死』でーす。修学旅行中の不幸な『事故』ですねー」


「ガラケー……」俺は力なく呟く。


「今時、ガラケーじゃ何にもできませーん。死んで当然でーす」


「ガラケェェェェっ!!」

 

 絶叫が空しくエレベータ内に響いた。


 魔獣は近くの人間をあらかた喰い終わって、少し離れた場所にいる二人の人間に目を向けた。その二人の姿が俺の目にも飛び込んできた。頭のリボンが特徴的な女子と、その女子をかばうように立つ男子。

 あれは――!?

 

 つむぎ――! マコト――!?


 見慣れた二人。ガキの頃から見飽きるほど見た顔だ。あいつらまで異世界に――!?


 数人を喰って腹が重くなったのか、魔獣はゆっくりと二人に近づいていく。

 二人は魔獣から逃げるどころか、まだクラスメイトの死に呆然としている。


「つむぎ! マコト! 逃げろ!!」


 こちらの声は二人には届かない。このままじゃ……。

 向こうの世界で俺の声が聞こえるのは女神しかいない。


「おい……あいつらを助けてくれ……」

 呟くような、祈るような、か細い声。

 しかし。

 

「なんで私がそんな事しなきゃいけないんですかー?」


 あまりに冷酷なその一言に、それまで自分の中に渦巻いていた感情の全てがこの女神に対する怒りに変わった。


「テメエ……! 一体、何がしてえんだ!!」

「そんな事言ってる場合ですかー?」


 こうしている間にも、魔獣はつむぎとマコトに近づいている。


「二人を助けたいなら、あなたが異世界へ来て助けてあげればいいんじゃないですかー?」


 俺が……異世界に――? ガラケーの無残な死が頭をよぎる。

 冗談じゃねえ……! でも……!


「おい、女神!!」

 俺は叫んだ。


 脳裏に浮かぶのは、あの『問い』――。


 ――あなたは異世界に……行きますか――? 行きませんか――?


 行くよ……!


 冗談じゃねえけど……!

 行くよ……! 行かなきゃ二人を救えねぇんだろ!!


「どうやら覚悟を決めたようですね。それでは……。『あなたは異世界に――』」


「行くっつってんだろ! いいから早く連れていきやがれ!!」

 問いかける女神の言葉を遮って、激昂して叫んだ。


 そして、一瞬の間。


「そんな口の利き方する人は連れていきませーん」


 …………。


 えええぇぇっ!? そこは流れでスッと行くとこだろ!?

 この女神……マジでいい性格してやがる……。


「連れていってください。お願いします」

 俺はやむなく頭を下げた。



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