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026話 Magi

 カムイ主導の下、みんなが祭りで出す店の準備を始めた。

 あれから僕とカムイは事あるごとに入れ替わるようになった。僕も小屋に姿を見せないと心配されるらしい。それに力仕事は僕がやった方が早いからだ。


 力仕事のない時は森に入った。森の中では木の実や果物など、カフェで使える物を採る事ができた。


 そしてその合間に、あの場所、あの夕日の時間に、何度かフィルと会った。確かに僕とフィルはあの場所で会う約束をしたが、フィルは約束の為というより、あの場所に引き寄せられているかのようだった。ある時は僕が声をかけても気づかず――。


「カイウス様……」

 と、誰かの名前を呟いていた。初めて会った時に見せた、あの感傷とも郷愁ともつかない瞳で。まるで遠い過去を見ているかのような眼差しの秘密は、その名に隠れているのかもしれない。


 しかし僕はその名について尋ねる事ができなかった。彼女の横顔を眺める内に、それは軽々しく触れてはならない、胸に秘めた部分のような気がしたからだ。




 僕は今日も森に来ていた。もうすぐ夕暮れの時間だ。またフィルに会えるかもしれない。

「またあの女性に会いに来たんですかー?」

 スマホの中の女神が言う。女神は僕とカムイが入れ替わる度にスマホを移動していた。


「べ、別に僕はフィルに会いに森に来てるんじゃない。森に来てるのは祭りの準備の一環で……」

「またまた~」

 女神は僕のスマホの中でニヤニヤしている。しかし、そこで女神の話すトーンが下がった。少し真面目な話をする時のトーンだ。


「ところで――。あなた、まだカムイにその女性の事を話していませんねー」

 確かに、僕はフィルに出会った事をまだカムイには言っていなかった。

「隠してるんですかー?」

「馬鹿な事を言うな。カムイに隠し事なんてしない。ただ――。どう話していいか考えているだけで……」


 そんな会話をしていると――。


「アスカ、誰とお話をしているのですか?」

 木々の奥にはフィルが佇んでいて、こちらを見ていた。

「あ、その機械の中の人とお話をしていたのですね」

 会話を彼女に聞かれ、スマホの中にいる女神の姿も見られたようだ。すると女神の顔が曇った。


「ぬう……この世界の人間に女神の存在を知られるのはあんまりよくありませーん」


 それは何となく理解できた。女神が別の世界の人間である僕達にその存在を明かすのとは違い、この世界の者に女神である事を知られれば――。例えば、僕達の世界に実際に神が現れたら……想像もできないほど大きな混乱が起こるだろう。そう考えると、女神の存在はこの世界の人間には絶対に秘密にしておかないといけない、と思えた。


「どうする?」

 近づいてくるフィルに聞かれぬよう、小声で話す。

「何か、適当にごまかしてくださーい」

 またか……。そういうのは苦手なのにな……。


「や、やあ、フィル。こ、これは……この機械の機能。会話型のバーチャルアシスタントなんだ」

 携帯を示しつつ、僕は焦りながらも何とか言葉を捻り出した。

「バーチャル……?」

 フィルは首を傾げた。この世界は文明が進んでいるようだが、バーチャルという言葉は通じないようだった。


「何というか、その……そう、質問に答えてくれるんだよ」

 携帯の中の人物(キャラ)と話すといったら、検索などをサポートするバーチャルアシスタントだろう。ごく自然な理由だ。僕からすれば会心の出来だ。

「もっと他に上手い言い訳なかったですかー?」

 しかし女神は気に入らないらしい。


「はじめまして」

 フィルは笑顔でスマホの中の女神に話しかけてくる。

「私はフィルといいます。あなたは?」


「えっ……私は……」

 不意に話しかけられ、言い淀む女神。

「私は……バーチャルアシスタントのMagiでーす……」

 気に入らないながらも、しぶしぶその設定に乗ったようだ。なぜMagiなのかと思ったが、そういえば、この女神は名前をマギルゥというんだった。それを実際のバーチャルアシスタントっぽく言って「Magi」という事らしい。


 フィルは早くもMagiに興味津々だ。

「随分とお若いのですね。おいくつですか?」

 女神の外見は僕達と同じかそれより下に見える。だがもう何千年もの時を過ごしているとか。勿論、それをそのまま言う訳にはいかない。フィルは僕ではなくMagiに尋ねた。では僕の言い訳が気に入らないという女神に、上手いごまかし方を教えてもらおう。しかし。


「私は何千年も前からこの世界に存在していまーす」

 女神だという事を知られてはいけないという割に、正直に答えてしまうMagi。


「ふふっ、バーチャルアシスタントって冗談を言う機能もあるのですね」

 なぜここで正直に答えてしまったのか謎だが、フィルは本気にしなかったので深く追及されずに済んだ。


「Magiさんって面白い方ですね」

 そう言いながら、フィルはスマホの画面に映る女神の頬をつついた。すると――。


「ちょっ……つつかないでくださーい」

 僕も知らなかったが、僕のスマホはカムイの物と違ってタッチ機能で女神に触れる事ができるようだ。女神は不快そうにフィルの指から逃れようとする。しかしフィルは面白がって女神をつつきまくる。


「Magiさん、可愛いです。つんつん」

「いいかげんにしてくださーい」


 不機嫌になっていく女神とは逆に、フィルは「あははっ」と声を上げて無邪気に笑った。いつもどこか暗い影を落としたような表情をしていたフィルが、この時はまるであどけない子供のようだった。きっとこれがフィルの本当の笑顔なのだろう。その屈託のない笑顔を見ると僕も嬉しくなって、一緒に笑った。


「そろそろ夕暮れだね」


 僕達は場所を移した。夕日の見えるあの場所に。僕のスマホはなぜかごく自然にフィルの手に握られていた。フィルはツンツンと優しく触れるようにMagiをつつきながら夕日を眺めた。Magiは触れられる事が不愉快らしく、ふてくされてしまっている。


 そしてしばらくの沈黙の後――。


「ねえ、Magiさん……」

 と、視線は遠くを見つめたままでフィルはMagiに語りかけた。

「あなたは、そんな所にいて窮屈じゃありませんか?」


 Magiはぶっきらぼうに答える。

「そうですねー。今すぐ全機能を消したいでーす」

 頼むからやめてくれよ。


「私も……とても窮屈な場所にいるのです。自分の運命に抗えないでいるのです。どうしたらいいのでしょう? あなたは質問に答えてくれるんですよね?」


 そう尋ねるフィルは思い詰めたような、苦しそうな表情をしていた。それはとても難しい問いに思えた。力になってあげたいと思うものの、僕にはその問いに何と返せばいいか、答えを探す事ができなかった。


 対してMagiは、それを聞いて心底面倒だ、という顔をした。ただでさえ不機嫌になっているMagiは呆れたように言う。


「どうしたらいいか? そんな事、知ったこっちゃないでーす」

 冷たい言葉を突きつけられて、ハッとしたような表情に変わるフィル。さらにMagiは続ける。

「私がその質問に答えたら、あなたはその通りにするんですかー? 何で自分の行動を自分以外の誰かに決めてもらおうとするのか、意味が分かりませーん」


 突き放すような言葉。だがフィルは神妙な表情で手の中のMagiを見つめ――やがて「本当に……そうですね」と独り言のように呟いた。


「私、今日はもう帰りますね」

 いつものように街の門まで送ると言うと、フィルは「今日はまだ明るいので大丈夫です」と断った。


「Magiさん。いえ、Magi。それにアスカ。今日はとっても楽しかった。ありがとう……」

 そう言って微笑みながら小さく手を振り、木立の中へ消えていくフィル。その背中を静かに見送りながら、僕はフィルのある言葉が気になっていた。


「なあ、Magi……彼女の言う運命って何だろう……?」

 彼女は運命に抗えないでいる、と言っていた。


「それこそ本当に知ったこっちゃないでーす。というか、Magiって呼ばないでくださーい」

 フィルの姿が見えなくなって、女神はMagiでいる事を完全にやめてしまった。


 彼女の言う運命――。もしかしたら、それがフィルの表情を暗くしている原因なのかもしれない。そう思うと、それが何なのか知りたくなった。そして、それを取り除く事ができたなら、今日のような心からの笑顔をまた見せてくれるかもしれない。


 だが僕がそれを知るには時間が必要だと思った。もっと時間をかけてお互いの距離を縮められたなら、その時には運命という言葉の意味や、ある時呟いた誰かの名前の事を尋ねられるかもしれない。フィルはMagiの事を気に入ったようだ。これから会う度に仲を深めていけたら――。僕はいつしか、フィルを暗い影から救いたい、フィルの本当の笑顔を取り戻したい、という気持ちに駆られていた。


 しかし――この日を最後に、フィルがここへ現れる事はなかった。



 ◇



 この日、アスカと入れ替わる時――心なしか、アスカの顔は考え事をしているような複雑な表情に見えた。それとは対照的に、女神は俺のスマホに入るなりゴロンと寝転んで――。


「はぁー。ここは広々としてていいですねー」と安堵したように思いきり大きな溜息を吐いた。そして。


「何より、つつかれないのがいいでーす」と呟いた。


 何があったんだよ。




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